久しぶりに映画を観ました。

「空中庭園」


全然、旬じゃないですねぇ。


何かこう、もうひとつ、いまひとつ、な感じでした。


小泉今日子のキレそうな気持ちを抑えて、

プルプルしてる感じの演技はとっても怖くて良かったですが、

それ以外は、あんまり見所がなかったです。


なので、別の話を。


僕は、30歳男性なのですが、この歳になると、

周りの友人知人たちの言動から、「情熱」を感じることがないなぁと、

最近、強く感じます。


「野心」、「虚無」、「後悔」に関係するフレーズはよく聞くのに、

「情熱」は、ないんですよ。


何が違うかって言うと、

「野心」、「虚無」、「後悔」は、自己完結なんですよ。

頭に「勝手な」がつくんですよね。


「勝手な野望」、「勝手な無力感」、「勝手な自責の念」。

知らんがな、って感じでしょ?


「情熱」は違います。

そこには常に対象があって、それに対する愛情などの感情があります。

なので、自己完結したくても、他人を巻き込みます。

つまり、傍から見ても、感情移入を伴わざるを得ないのですよ。


そういう意味で、僕は漫画「スラムダンク」が大好きです。

よく泣きながら読んでます。


綾南との練習試合で、湘北が負けた時、

桜木は泣かなかった。

でも、海南戦で負けた時、桜木は泣いた。


何故か?


自分のミスが負けの決定的要因だったから。

というのもあるでしょう。

でも、絶対それだけじゃない。


「ゴリのために、勝つことができなかったから。」

でしょ?


自分のためだけじゃないんですよ。

自分が愛情を持つ人のために泣いたんですよ。


今の自分に他人のために涙を流すことができるのか。

そう思うと、悔しくて、羨ましくて、泣けてくるんですよ。

その「情熱」に。


山王戦で、背中を痛めた桜木を制止しようとする

安西監督に向かって言った、桜木のセリフ。


「オヤジの栄光時代はいつだ・・・全日本のときか?

オレは・・・オレは今なんだよ」


今の自分にこのセリフが言えるかって話ですよ!

美化された過去でもなく、無責任に想う未来でもなく、

今、この瞬間が、自分の最高地点だと思えるかって話ですよ!

それだけ、全力出してるかって話ですよ!


それが、「情熱」です。


GWは、暇を持て余し、30にもなって、漫画ばっかり読んでた僕の、

勝手な後悔の話でした。




僕は先月に30歳になったばかりなのだが、30年も生きていると、

日常生活における大抵の経験というのは、済んでいるものである。


にも関わらず、どう処理してよいか分からない感情が湧き上がる

瞬間というのが、時々ある。


先日、一人で青山で買い物を終えて、夕飯を食べるため、とある和風中華のお店に入った。

お店が結構込んでいて、僕は店の入り口にある大きなテーブル(8~10人用)で、相席させてもらうことになった。


僕の席の隣には、おっさんが一人、スポーツ新聞を読みながらラーメンを食べていて、目の前には、おっさん1人と女性2人の3人組が食事をしていた。


3人組は、どうやら皆同じ会社のようで、お酒を飲みながら、

陽気に仕事の話なんかをしていた。

話の内容から察するに、おっさんがここのお店の過去の常連客で、

久しぶりに、この2人の女性を連れて、来店したらしい。


そんな会話を何となしに聞きながら、

僕は、「ドライカレー炒飯」を注文した。


程なくして、「ドライカレー炒飯」は僕のテーブルに運ばれてきた。

結構自己主張の強い食べもので、とたんに周りにドライカレー臭が充満した。

相席だから、ちょっと悪いなと思って、すぐに食べようと思った時、

3人組の方のおっさんが、僕に話しかけてきた。


「美味しそうですね。ドライカレー炒飯は美味しいですか?

僕が昔来たときは、そんなメニューなかったんですよ。」

おっさんは、メチャメチャ笑顔だった。


面倒くさい。

僕は基本的に、赤の他人にフレンドリーに話しかけられるのは好きじゃないし、

気軽に声をかける輩も好みじゃない。


とは言え、無視するのもなんなので、苦笑いたっぷりに

「美味しいです」と答えた。

味は単なるドライカレーだったけど。

何で炒飯と銘打ったか理由が分からなかったけど。


「そうですかぁ」と、おっさんは笑顔のまま納得してくれたご様子だった。


暫くして、その3人組は食事を終えて、上着を着始めた。

おっさんは、

「いやぁ、大勢で食べるご飯は、美味しいね~。

独りで食べると全然美味しくないもんね。」

と無邪気に笑っていた。


ちょっと待て。


つい4、5分前に貴様が「美味しいですか?」と尋ねた男は、

紛れもなく、独りで食ってるだろーが。

やっぱり、赤の他人に気さくに声をかける輩には、デリカシーがない。


30年生きてても、どう処理して良いか変わらない感情というのは、

時々ある。

そもそも、僕がブログを書こうと思ったのは、書いてみたかったからだ。

何で書いてみたくなったのかは、分からない。


でも、毎日日記を書けるほど、日々はドラマティックではない。

なので、書く材料を考えた末、本か映画だと思った。

本は一冊読み終えるのに時間がかかるから、映画にした。


もともと僕は映画をあまり観ない。

嫌いな訳ではないけど、積極的に観るほどではないみたいだ。


で、僕はブログを書いてみたいという欲求を叶える為に、

半ば強制的に映画を観ることにした。


たぶん、何でこんなに映画と距離を置いているかと言うと、

期待して観たのに、あまり面白くなかったという経験が多いからだと思う。

なので、今後の僕の映画鑑賞が義務的に、事務的にならないように、

誰かお勧めの映画があったら、教えてください。


さて、今日僕が観た映画は、「Jam Films」。

短編集なので、楽に観ることができた。

結論から言うと、結構面白かった。


特に岩井俊二監督の「ARITA」が良かった。


面白さの理由は、世界観なんだろうなぁと思う。

世界観と言うと大袈裟だが、その物語の中でのみ通用するルールとでも言うか、

そのルールの設定を見ている側にうまく共有できると、

物語は魅力を増すような気がする。


漫画の「デス ノート」なんてルールがとてもしっかりしていたし、

スーパーマリオなんて、きのこ食って、大きくなるという発想があり得ないはずなのに、

ルールがきっちり共有されているから、違和感なく楽しめるんだと思う。


スーパーマリオをやった子供が、道に落ちているきのこを食ったという問題が起こらないのは、

このルールの共有に成功したからではないだろうか。


「ARITA」では、「他人には通用しない自分だけの価値観の不安定な存在」が、

面白く描かれていたと思う。


他人に必ずしも通用しない価値観というのは、たくさん存在している。

自分の家の食卓では当たり前だった、納豆のおいしい食べ方とか。

方言なんかもそうだと思う。


誰しもそういう価値観を抱えた時は、ちょっと隠したり、照れたり、抵抗したりする。

けど、その価値観というのは、その人にとってはとても大切だったりする。


「ARITA」というルールの中で、「ARITA」の不安定な存在が

不思議なトーンで描かれていたのが、心地よかった。


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