ケアプランというのは所詮こんなもの | ケアマネ時々卓球、時々その他

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仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)その不正は悪質か

介護保険における運営指導というのはハッキリ言ってガンである。処分狙いか否かは問わず、重箱の隅をつつくような書類1つ無いだけで1か月分の報酬がパーになるというものである。どんな困難ケースでケアマネがどれだけ精神を削って頑張っても、そんな事は関係ない。利用者に暴言を吐かれたり暴力を受けたりする事よりも、書類が無い事の方が重要なのであると言わざるを得ないような指導である。

 

会社にはよく「運営指導対策」の案内が来る。それだけ多くの事業者にとって難題で、やる気を削ぐものなのであろう。勿論、「不正行為」というのはやってはいけない。しかしバレなければ、通ってしまうというのも運営指導なのである。もしそこまで言うのであれば指導する側が証明しなければならない。つまりやっていないことを証明する「悪魔の証明」だから、そこまで労力をかける必要も無いという事である。

 

中には「介護Gメン」として、不正請求が疑われる事業所が実際にサービスを行っているか隠れて写真を撮ったりする自治体もあるようだが、利用者の権利を守りたいのかは疑わしい。

 

(2)絵空事なケアプランでは。

ケアプランの中身の事を言われるが、それで騒いでいるのはケアマネ業界だけだと言って良い。先に挙げた運営指導では、ケアプランの善し悪しを判断しない。長期短期目標期間が正しく、それに応じたサービスが行われているかを見る。

 

だからそれさえ合っていれば意向や援助の方針、2票の課題や目標の文言などどうでも良い。そう考えるとこれらの文言は使いまわしでも良いじゃないかと言うのは正論である。私の使っているソフトも文章は記憶されるので、迷ったら文例参照という事で引っ張り出すことが出来る。それで文言を使う事はザラにある。更に言えば、これからAIでパッと作るのであれば、それこそ文言などどうでも良い。

 

実際に利用者にとって大事なのは「どのようなサービスが どの頻度で 何処の事業所が どの期間行われるか」である。ケアプランというのはその程度のモノであるというのは、研修の場面で講師が言う事もある。

 

実際にテキストを見ると、とても実現可能なプランとは思えない絵空事ばかりである。これで希望を持たせることが出来るとは思えない。なぜなら理想を実現するために、自分が努力する事が必須であったりで、「高齢者も努力してください」と言っているようなものだからである。

 

(3)ケアプランの是非は結果で判断せよ。

高齢者がなぜ介護保険を利用したいかと言えば、自分が出来なくなったことをやってもらいたいからである。助けてくれる人がいるという事は安心なのだ。自分で出来る努力は人に言われるまでも無くしているつもりだ。だからテキストのお説教のようなケアプランなんかサインしても受け入れる気などさらさらないというのが現実だと思う。

 

ではケアマネが作成するケアプランがどうすれば彩良くなるか?それはサービスを受けた利用者が、どのようになったかという結果でしか判断できないと思う。どんなに細かいプランを作っても、サービスが悪ければ全て台無しになる。逆にプランはザックリでもサービスに満足が行けば万事OKという単純なものである。

 

民間の仕事と言うのは生き馬の目を射抜く鋭さが必要で、不要なモノには時間もお金もかけないというのが常識だ。勿論、不正はダメだがバレなければ良いという発想になってしまうのも当然のように思う。

 

もしそんなに不正を無くしたいのであれば、ケアマネ全員を行政の管理下に置く事だ。要するに公務員化だが、それをする気も無いのにガタガタ言っても何も変わらないというのが現実だろうと思う。つまりケアマネはこれからも制度と営利法人の板挟みにあって苦しむだけである。