毒家族だからこそ思う「早く死んでほしい」 | ケアマネ時々卓球、時々その他

ケアマネ時々卓球、時々その他

仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)家族の毒は骨の髄まで浸み込んでいる。

私の家族は毒家族だった。両親と姉の四人家族だが、両親は10年前亡くなり、今は姉がいるが、ここ数年連絡を取っていないし、取る気も無い。子供のころから本当に嫌な奴で、正直早く死んでほしいと本気で思う。

 

毒親や毒家族の話は多く聞くが「不幸自慢」みたいな話になって辟易する事も多い。自分が如何に不幸な境遇で虐げられてきて、お前なんか俺に比べれば全然恵まれているよ、というもの。挙句の果ては「親に感謝しろよ」等と言ってくる奴もいる。おそらく悪気はないのだろうが、それが心をえぐる事になっている事など考える事も無い。

 

単純に不幸というのは個々のモノである。その人が不幸と思えば不幸で、苦しい生き方をした。それを乗り越えるには今が幸せでなければならない。不幸な過去を上書きする幸せが無いと乗り越えられないというのも事実だ。

 

よく「過去は戻らない」という。その通りであるが不幸な過去も戻らない。後悔してもどうにもならない「毒」を骨の髄まで染み込まされた人生で、そこに苦しむ人は私を含めて多いだろうと思う。

 

(2)他人から見れば甘えと思うかもしれない。

毒親や毒家族の中で生きてきた人にとって、介護というのは様々な思いが交錯する場面であることは予想に難くない。

 

散々自分を傷つけてきた親である。動けない姿を見て殴りたくなる事もあるだろう。そして嫌いな人間の下の世話をする屈辱。自分を傷つけてきた苦しみをやり返すチャンスが来たと思う事もあるだろう。今までやられてきた恨みをどうやって晴らしてやるか、どんな苦しめる言葉を浴びせてやろうか考える事もあると思う。

 

これは私が実際に思った正直な気持ちである。

しかし実際にはそういうやり返す場面は無かった。父親は倒れてすぐに意識不明になり亡くなったし、母親は認知症もあり話を出来る状態でもなかったからだ。もしやり返せる場面があればどうなったかは分からないが、そうならないように神様が守ったのかもしれないと思う。

 

親が死んで10年たって思うが、今でも傷つけられた心の痛みは正直残っている。その苦しみからか、何をしても「面白くない」とか「イライラする」と思うし、それを上書きできるような幸せを感じていない。それは他人から見れば甘えと映るかもしれないが、苦しみの中で生き、達成感もロクにない人間の成れの果てと思ってもらえればそれで良い。

 

(3)「しょうがない」で納得するしかない人生だ。

私はそんな思いを抱えながら30年以上介護の仕事をしてきた。介護の会社を作り20年ちょっと。親に対する気持ちがネガティブな分、罪滅ぼしというわけでは無いがそれなりの年数を高齢者福祉に従事してきた。

 

個人的にそれ以上の感想は無い。やるべき事というか、自分に出来る事をやってきたつもりだ。誰に褒めてもらう事も考えていない。しかし会社経営の下手さ加減は父親に似ていると思う。

 

一人で静かな環境にいると、自分を振り返る時がある。そして「しょうがない」とつぶやく。昔に戻れるわけでは無いし、戻りたいとも思わない。残りの人生が楽しければ良いと思うが、そうもいかないだろうなと覚悟している。