わたしの両親は2人とも中卒で
パチ屋に勤めていました
中卒だからパチ屋しか勤め先がないの?
と、子どもながらに思ってたから
あえてそう
ここでは書きました
わたしが小学生の頃は
親がどこどこに勤めてる
と情報共有するのは
あたりまえに行われてて
個人情報保護なんてありません
それは置いといて
わたしは
両親ともパチ屋に勤めていることが
恥ずかしかったんです
家もボロボロだし、、、
なんでウチの親は会社に勤めてないの?と
パチ屋も会社なんですが笑
子どもはわかりません
でもまだ働いてるだけ
マシでした
そのうち親父は
無職を貫き通すことになるので、、、
働き続けてたらどうなってたかなぁ、、
ま
いっか
話を少し戻して
両親は仕事の影響か
元々好きだったのか
仕事帰りは2人で
パチ屋に寄ってから帰宅してました
当時、私と弟は保育園と小学生
20時過ぎの帰宅はザラで
22時とかもあったかも
いま自分が親になって振り返ると
いやな親だ
とりあえず私は破産申請したけど
子どもとこんな生活はしてない
(威張って言えないけど)
子どもの頃は
親の帰りが遅いことは当たり前だったから
気にしてなかったし
寂しいとかもなかったかも
もう覚えてないです
遅番の仕事で帰りが遅い日もあったので
遅いことが当たり前になってたかな
母はパチンコ嫌いじゃないけど
ただついて行ってる日もあったと思う
親父の言うことに逆らえないので
帰れなかった。みたいな
2人は勤務先が近かったので
同じ車で行ってたし
1人では帰れない
母は免許なしだったから運転できない
でも歩いて帰ろうと思えば帰れる距離
何がいいたいか
その影響で
あまりいいイメージがないわたしは
フツーだったら
パチンコが嫌いになりそうなもの
確かに興味はなかった
うるさいし
たばこ臭いし
親は
ウチは金がない
ウチはビンボーだから
と、よく言ってたけど
パチンコするお金あるのに
と、子ども心にわたしは思ってて
矛盾を感じてた
まぁ
借金してたのかどうかは
知らんけど
それなのに
20代になって
パチ屋に行く事が日課になり
365日行かない日はないくらいに
依存したわたし
恐ろしい
いまは
全く行かないけどね
あーーー
恐ろしい
人間
なかなか強くなれない
弱い方には
ズルズル行くのにね
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