「優しくありたい」——その想いが、
いつの間にか私を苦しめていました。
今日は、優しさが"自分を縛る鎖"になっていた
私の経験についてお話しします。
人は、優しさという名のもとに、自分を犠牲にする。
私は、ずっと「優しい人」でいたかった。
誰かが困っていたら助けたい。
誰かが悲しんでいたら慰めたい。
誰かを傷つけたくない。
そう思って生きてきました。
日々の暮らしの中でも、それは変わらなかった。
傷つけたくないから、本音を飲み込む。
困らせたくないから、自分のやりたいことを諦める。
不安にさせたくないから、いつも笑顔でいる。
「これが優しさだ」 「これが思いやりだ」
そう信じていたんです。
でも、ある日気づいてしまいました。
私の優しさは、相手のためじゃなく、
「面倒を起こしたくない」という想いからきていたんだと。
つまり、優しさが鎖になるのは、
それが「本当の優しさ」じゃなく
「自分を守るための仮面」になったときなんです。
優しさという鎖に気づいたのは、
限界が来たときでした。
何気ない一言に深く傷ついて、
でも、優しくしなきゃと笑顔を作って。
心の中では叫んでいるのに、
「大丈夫」と言い続けて。
そのとき、気づいたんです。
私は優しくしているんじゃない。
ただ、自分が傷つくのが怖いだけ。
見捨てられるのが怖いだけ。
一人になるのが怖いだけ。
恐怖から生まれた優しさは、
相手のためにもなっていないし、
自分のためにもなっていない。
ただ、自分を縛る
鎖になっているだけだったんです。
そして、もうひとつ気づいたことがありました。
本当の優しさは、 自分を犠牲にすることじゃない。
自分も相手も大切にすること。
自分の本音も、相手の本音も尊重すること。
それが、本当の優しさなんです。
あなたも同じような気持ちになったこと、ありませんか?
「優しくしなきゃ」
「相手を傷つけたくない」
「嫌われたくない」
でも、その優しさの裏に、何があるのか。
本当に相手のための優しさなのか。
それとも、自分が嫌われないための優しさなのか。
私が気づいたのは、
自分を犠牲にする優しさは、
誰も幸せにしないということ。
あなたも苦しい。
相手も、本当のあなたを知ることができない。
優しさという鎖を外したとき、
初めて本当の関係が始まるんです。
心に手を当てて、聞いてみてください。
『今、「優しさ」という名のもとに
我慢していることは何ですか?』
それは、誰かの頼みを断れないことかもしれない。
本音を言えないことかもしれない。
自分を後回しにすることかもしれない。
正直に、自分に問いかけて。
『それは本当に優しさですか? それとも恐怖ですか?』
本当の優しさは、
自分を犠牲にすることじゃない。
自分の本音を大切にしながら、
相手の本音も尊重すること。
優しさという鎖を外したとき、
あなたは初めて、
本当の意味で誰かに優しくできるんです。
ゆっくりで大丈夫。
あなたが「優しさの裏にある恐怖」に気づいた
「今」が、本当の優しさへの第一歩です。
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