他人軸から自分軸へ|本音で選ぶ人生の整え方
「人生を変えたい。」
そう思った時、
多くの人は大きなことをしようとする。
生活を全部変える。
環境をリセットする。
完璧な計画を立てて一気に動き出す。
でも、続かない。
三日で終わる。
結局また元の自分に戻っていく。
それは意志が弱いのではない。
一口で飲み込めない大きさのものを、
無理やり口に詰め込もうとしているからです。
変化は、一口サイズでいい。
起業する前の私は、
朝がとても憂鬱でした。
目が覚めてもすぐに起き上がれない。
今日もまた始まるという重さがあった。
一日のスタートから、
すでに気持ちが沈んでいたのです。
そんな朝を変えたのは、
拍子抜けするほど小さなことでした。
目が覚めた瞬間に声に出す。
「よし、やるか!」
それだけだ。
特別なことは何もない。
お金もかからない。
時間も取らない。
ただ、起き上がる前の一瞬に、
その言葉を自分にかける。
最初は半信半疑だった。
こんな一言で何かが変わるのだろうか。
でも続けていくうちに、
朝の感覚が変わり始めました。
憂鬱だったはずの朝が、
前向きな気持ちで
始められるようになった。
気持ちよく一日を
スタートできる日が増えていった。
そして気づけば、
朝の行動も変わっていた。
その日のスケジュールを
自然と考えるようになった。
やることを整理して、
時間配分を考えるようになった。
頭の中が整理された状態で、
一日に入れるようになった。
結果として、
物事がスムーズに動くようになった。
現実が望む方向に動き始めた。
たった一言が一日を変えた。
一日が変わって現実が変わった。
なぜ「一口サイズ」が効くのか
人は変化に抵抗する生き物。
大きな変化は脳にとって負荷が高い。
だから無意識のうちに、
元の状態に戻ろうとするのです。
でも一口サイズの行動は、
脳が「変化」と認識しにくく、
負荷が小さいから抵抗が起きにくいのです。
そしてその小さな行動が積み重なって、
ある日気づいたら「変わっている自分」がいる。
劇的な変化は、
実は静かに始まるのです。
派手なスタートを切る必要はない。
誰かに宣言しなくていい。
完璧な準備が整うまで待たなくていい。
今日の自分が一口だけ飲み込む。
それを明日も、また明後日も繰り返す。
それだけで、
未来の自分は確実に変わっていきます。
では、どんな行動が
「一口サイズ」なのでしょうか。
基準はシンプルです。
「これなら今日できる」と思えるもの。
✅朝、声に出して「よし、やるか!」と言う。
✅寝る前に、今日の感情をひとつ振り返る。
✅本音を飲み込みそうになった時、
✅一度だけ立ち止まる。
✅自分のためだけの時間を5分だけ取る。
大きくなくていい。
誰かに褒められなくていい。
ただ、未来の自分が
「あの時やっておいてよかった」と
思えるものを、今日ひとつだけ選ぶ。
行動が先、気持ちは後からついてくる
よく「やる気が出たら動く」と言う人がいます。
でもそれは逆。
動くから、やる気が出るのです。
「よし、やるか!」と
言いながら起き上がった朝、
最初から気持ちが整っていたわけではない。
言葉が先だった。
行動が先だった。
気持ちは、その後からついてきた。
一口サイズの行動を起こすことで気持ちが動く。
気持ちが動くことで次の行動が生まれる。
変化のきっかけは、
いつも小さな「動き」の中にある。
未来の自分に、
今日の自分は何を残せるでしょうか。
大きなことでなくていい。
完璧でなくていい。
ただひとつ、
一口サイズの行動を今日選んでほしい。
その小さな選択が積み重なった先に、
あなたが望む現実がある。
未来の自分は、
今日のあなたの行動を見ています。
結婚して、子どもが生まれて。
気づけば、私は
「お母さん」になっていた。
「奥さん」になっていた。
「家族のための私」になっていた。
それ自体は悪いことじゃない。
家族を大切にしたい気持ちは本物だった。
でも、ある日ふと気づいた。
私は今、何を感じている?
私は本当は、何をしたい?
答えが、出てこなかった。
いつの間にか、私が消えていた
結婚前の私は、
自分の気持ちに正直だった。
やりたいことをやって、
嫌なことは嫌と言えた。
思ったことと行動がちゃんと繋がっていた。
でも家族ができてから、
少しずつ変わっていった。
自分の想いよりも家族の都合が優先。
自分の感情よりも場の空気が優先。
自分が何を感じているかより、
みんなが笑顔でいることが優先。
それを積み重ねていくうちに、
思考と行動がちぐはぐになっていった。
本当はしたくないのにしている。
本当は言いたいのに言えない。
本当は休みたいのに動いている。
じわじわと、
私が私でなくなっていった。
「なぜ、こんな風になってしまったんだろう。」
そう思って自分と向き合っていた時に、
ある言葉に出会った。
自己一致。
自己一致とは何か
自己一致とは、
シンプルに言うとこういうことだ。
自分の内側にある感情や想いと、
外側に出る言葉や行動が一致している状態。
苦しい時に「苦しい」と言える。
嫌な時に「嫌だ」と伝えられる。
やりたいことをやれている。
当たり前のように聞こえるかもしれない。
でも、これができていない人が驚くほど多い。
特に、誰かのために生きることが
当たり前になっている人や、
自分の感情を後回しにすることが、
習慣になっている人は、
気づかないうちに自己一致から遠ざかっている。
自己一致できていない時、何が起きているか
思い当たることはありませんか?
なんとなくずっと疲れている。
頑張っているのに満たされない。
誰かといる時と一人でいる時で、
自分が違う気がする。
本当にやりたいことがわからなくなった。
これらはすべて、
自己一致が崩れているサインかもしれない。
内側と外側がちぐはぐな状態は、
思っている以上にエネルギーを消耗する。
本音を押し込めることに体力を使う。
感情を取り繕うことに気力を使う。
「私らしくない私」を演じ続けることに命を使う。
それでは、疲れるのは当然です。
自己一致のはじめかた
難しいことは必要ない。
まず、ここから始めてほしい。
自分の感情に、名前をつけること。
今、何を感じているか。
嬉しいのか、悲しいのか、
モヤモヤしているのか、疲れているのか。
ただそれを言葉にする。
誰かに言う必要はありません。
心の中で、自分に向かって言うだけでいい。
「私は今、疲れている。」
「私は今、本当はしたくない。」
「私は今、寂しい。」
これだけで、
内側と外側の距離が少し縮まります。
次に、その感情に正直な小さな行動を、
ひとつだけ取ること。
疲れているなら今日だけ休む。
したくないなら断れる場面で一度断る。
寂しいならその気持ちを誰かに話す。
大きく変えなくていい。
一度に全部やらなくていい。
ただ、小さな一致を積み重ねていく。
私が自己一致を意識し始めて、
少しずつ実践していったある日。
ふっと、心が軽くなったのを覚えています。
何かから解放されたような感覚。
重いものをずっと抱えていたのに、
それをそっと下ろせたような感覚。
特別な出来事があったわけではない。
ただ、自分の本音に正直に、
小さな選択をした日のことでした。
あの瞬間、気づいたんです。
私はずっと、私を裏切り続けていたんだと。
そしてその裏切りをやめた瞬間、
こんなにも楽になるんだと。
今のあなたの言葉と行動は、
本音と一致しているでしょうか。
誰かのために生きることで、
あなた自身を見失っていないでしょうか。
自己一致は、わがままではない。
自分を大切にすることは、
周りを大切にすることと矛盾しない。
むしろ、自分と一致している人だけが、
本当の意味で誰かの力になれるのです。
まず今日、自分に一度だけ聞いてみてほしい。
「私は今、本当はどう感じている?」
その問いが、自己一致への最初の一歩になる。
「もっと早く始めていれば、よかった。」
そう思ったことありませんか?
あの時動いていれば。
あの選択をしていなければ。
もっと若い頃に気づいていれば。
過去を振り返って、ため息をつく。
そしてその「遅さ」を理由に、
今日も動けないでいる。
でも、
少し立ち止まって考えてみてほしい。
その「もっと早く」は、
本当に必要だったのでしょうか。
「遅い」という概念は、誰が決めた?
30歳までに結婚していなければ遅い。
若いうちにキャリアを築いていなければ遅い。
あの時決断していれば、今頃は違った。
これらはすべて、
誰かが作った「タイムライン」です。
社会が、周りが、
あるいは親が描いたシナリオ。
あなたが本当に望んでいた
タイムラインではないかもしれない。
「遅い」と感じているのは、
他人の基準にあなたの人生を
当てはめているからではないでしょうか。
あなたの人生に、
他人のタイムラインは関係ありません。
過去は変えられない。
でも、意味は変えられる。
過去に起きた出来事は変えられない。
失った時間も、しなかった選択も、
言えなかった言葉も。
それはもう、
動かしようのない事実。
でも、その出来事に
「どんな意味を持たせるか」は、
今のあなたが決められる。
遠回りしたのではなく、
必要な道を歩んでいた。
失敗したのではなく、
その経験があるから今がある。
気づくのが遅かったのではなく、
今気づけたことに意味がある。
過去の事実は変わらない。
でも過去の「解釈」は、
今この瞬間に書き換えられるのです。
それがわかった時、
過去はもう足かせではなくなります。
スタートラインは、常に「今」にしかない
考えてみてください。
5年前の自分が
「今から始めよう」と決めた瞬間、
それは5年前の「今」だった。
今日この瞬間も、同じです。
1年後の自分が振り返った時、
「あの日始めてよかった」
と思う日が、今日かもしれない。
始めるのに、ふさわしい過去は必要ない。
準備が整う日を待っていたら、
永遠に始められない。
スタートラインは常に、
今ここにある。
過去がどうだったかは関係ない。
今、動くかどうか。それだけです。
「今から」と決めた人だけが変わっていく
私がこれまで見てきた中で、
本当に人生が変わっていく人には
いくつかの共通点があります。
過去を言い訳にしない。
完璧な条件を待たない。
「今から」と静かに決めて動き始める。
華々しいスタートじゃなくていい。
誰かに宣言しなくていい。
小さくていい。
ただ、今日の自分が「今から」と決めること。
それだけで、昨日までとは違う人生が始まる。
あなたは、
過去を悔やむことに命を使いますか?
それとも、
今日から始めることに使いますか?
「もっと早く」は、もう手に入らない。
でも「今から」は、いつでもあなたの手の中にある。
始めるのに、遅すぎることはない。
いつも今が、スタートラインだから。
今日も一日、お疲れさまでした。
ベッドに入ったのに、
なんとなく眠れない夜。
今日あったことがぐるぐると頭を回る夜。
どっと疲れているのに、
なぜか気持ちが落ち着かない夜。
そんな夜が続いているなら、
もしかしたら心に「片づけられていないもの」
が残っているのかもしれない。
今日は私が毎晩続けている、
小さな習慣をお話しします。
感情は、放置すると積み重なる
私たちは毎日、
たくさんの感情を経験している。
嬉しい、悲しい、モヤモヤする、
なんとなく引っかかる。
でもほとんどの場合、
その感情を「感じたまま」
次の瞬間へ流してしまう。
忙しい日常の中で、
立ち止まって感情と向き合う時間なんて、
なかなか取れないから。
でも放置された感情は、
消えるわけではない。
じわじわと積み重なって、
ある日突然重くなる。
理由もわからないのに涙が出る。
なんとなくずっと疲れている。
誰かにイライラしてしまう。
それは意志が弱いのではなく、
感情の片づけが追いついていないサイン。
きっかけは、一冊の本だった
以前の私は、感情を振り返るという
習慣を持っていなかった。
感じたことはそのまま流して
次の日へ。また次の日へ。
そうやって生きていた。
あるとき、
ジョセフ・マーフィーの考え方に触れた。
眠りにつく前の意識の状態が、
その後の現実に影響を与える。
その言葉が静かに刺さった。
私は毎晩、どんな状態で
眠りについていたのだろう。
未処理の感情を抱えたまま。
モヤモヤを放置したまま。
自分の本音を確認しないまま。
それに気づいた日から、
寝る前の時間を変えることにした。
私が毎晩やっていること
やることはシンプル。
ベッドの上で、
眠る前に少しだけ時間を取る。
今日一日に起きたことを、
静かに振り返る。
嬉しかったこと。
モヤモヤしたこと。
我慢したこと。
本音を飲み込んだこと。
どんな感情でも、
まずそのまま認める。
「そうか、今日はそう感じたんだね」
と、自分に言い聞かせるように。
そしてひとつ、自分に問いかける。
「明日がもっと楽しい一日になるには、
この出来事をどう捉えるといい?」
これだけです。
答えを無理に出そうとしなくていい。
ただ、この問いを胸に持ったまま眠りにつく。
すると不思議なことに、
翌朝の自分が少し違う。
同じ出来事でも、
見え方が変わっていることがある。
昨日モヤモヤしていたことが、
静かに整理されていることがある。
感情の片づけとは、
感情を消すことではありません。
誤解してほしくないのだけど、
これは「ポジティブに考えましょう」という話でも、
苦しい感情を無理に塗り替えることでもありません。
ただ、その感情を「見る」こと。
そして、その事実を
明日の自分にとってどう活かせるか
を、静かに問うこと。
我慢したなら、
なぜ我慢したのかを見る。
モヤモヤしたなら、
何が引っかかっているのかを見る。
本音を飲み込んだなら、
本当は何を言いたかったのかを見る。
感情は敵ではない。
感情は、あなたの本音が送ってくる
メッセージなのです。
片づけるとは、
そのメッセージをちゃんと受け取ること。
今夜から始められる、小さな問いかけ
難しいことは何もいらない。
今夜ベッドに入ったら、
目を閉じる前にただ一度、
自分に聞いてみてほしい。
「今日、どんな気持ちがあった?」
「明日がもっと楽しくなるには、
今日をどう捉えるといい?」
答えが出なくてもいい。
うまく振り返れなくてもいい。
ただその問いを持ったまま、
今日をやさしく終えてほしい。
あなたの感情は、
ちゃんとあなたに見てもらうことを待ってます。
「大丈夫?」
そう聞かれるたびに、私は反射的に
「うん、大丈夫。」
と答えていた。
本当は全然大丈夫じゃなかった。
胸の奥が締め付けられるような苦しさがあった。
でも、その言葉は自然に口から出てきた。
あなたにも、心当たりはないですか?
「大丈夫」は、誰のための言葉?
苦しいのに「大丈夫」と言う時、
私たちは何を守ろうとしているのでしょう。
相手を心配させたくない。
場の空気を壊したくない。
「弱い人」と思われたくない。
理由はさまざまあるけれど、
根っこには共通するものがある。
自分の本音よりも、
相手の感情を優先しているということ。
これは一見、優しさに見える。
でも本当にそうでしょうか?
「大丈夫」と言い続けることで、
あなたは相手に何を伝えていることになるか、
考えたことがありますか?
「私はどんな扱いをされても平気です」
「私の限界はまだまだ先です」
「もっと要求しても構いません」
言葉にすると、ゾッとする。
でもこれが、「大丈夫」という言葉が
相手に送り続けているメッセージなのです。
軽く扱われていくのは、当然の結果だった
私自身、
苦しくても「大丈夫」と
言い続けた時期がありました。
最初は相手を思いやってのこと
だったのだと思う。
でも気づけば、
相手の態度が少しずつ変わっていった。
無理なお願いをされる回数が増えた。
私の都合は後回しにされるようになった。
「どうせ大丈夫でしょ」という空気が漂い始めた。
私は、おかしいと思った。
でも「大丈夫」と言い続けたのは私だ。
相手は悪意を持っていたわけではないかもしれない。
ただ、私が発信し続けたメッセージを、
そのまま受け取っただけだ。
そしてある日、限界が来た。
爆発した。
涙が止まらなかった。
長い間押し込めていたものが、
一気に溢れ出した。
その後、関係は変わった。
元には戻らなかった。
苦しかった。
でも同時に、
気づいたことがあった。
あの「大丈夫」が、
この結末を作っていたということ。
本音を隠すと、何が起きるのか
本音と行動がズレ続けると、
3つのことが起きる。
ひとつ目は、相手との関係が歪む。
「大丈夫」と言い続けることで、
相手はあなたの本当の状態を知る機会を失う。
関係は表面だけ穏やかで、
内側はどんどん空洞になっていく。
ふたつ目は、自分の本音がわからなくなる。
「大丈夫」が口癖になると、
本当に苦しいのかどうか、
自分でも判断できなくなり、
感情のセンサーが麻痺していく。
みっつ目は、限界が突然やってくる。
じわじわ積み上がった苦しさは、
ある日突然崩れる。
爆発という形で。
涙という形で。
体の不調という形で。
静かに、でも確実に。
これは意志が弱いのではない。
本音を無視し続けた、当然の結果だ。
本音を一致させるとは、どういうことか
誤解してほしくないのだけど、
「全部正直に言え」ということではなく、
苦しい時に「苦しい」と言える関係を、
自分が選ぶということなんです。
「大丈夫じゃない」と言った時に、
その言葉を軽く扱う相手なのか。
ちゃんと受け取ってくれる相手なのか。
それを見極める目を持つということです。
そして何より、
自分自身に対して正直でいることです。
「私は今、大丈夫じゃない」
その事実を、まず自分が認めること。
そこからしか変化は起こせない。
あなたに問いたい
「大丈夫」と言い続けている関係の中で、
あなたは本当に大丈夫なのでしょうか。
その「大丈夫」は、誰のため?
あなたの命は、
本音を押し込め続けることに
使うものなのでしょうか?
答えは私が出すものじゃない。
でも、静かに自分に聞いてみてほしい。
本当のことを、一番知っているのは
あなた自身だから。

