高知の碁石茶は徳島の阿波番茶や富山の黒茶(バタバタ茶)と並んで乳酸発酵させた後発酵茶になります。
後発酵茶とは、摘まれた茶葉を酵素の働きを止めて微生物の力で発酵させたお茶のことです。
お茶といっても様々あり、緑茶、紅茶、烏龍茶とあります。これは原料は同じで発酵度合いによって決まってくるものになります。緑茶は不発酵茶。ウーロン茶は半発酵茶。紅茶は発酵茶。
大きくは不発酵茶・半発酵茶・発酵茶にわけることができます。
紅茶は発酵茶になりますが、茶葉に含まれる酸化酵素で発酵させるのに対し後発酵茶はカビや乳酸菌など微生物の働きによって茶葉を発酵させます。
茶葉には酵素が含まれていますので、後発酵茶はこの酵素を熱処理で殺青(さっそう)させて酵素の働きを止め(発酵を止める)ここに微生物を加えて発酵させます。
中国の黒茶(プーアル茶)も後発酵茶になります。
日本にある後発酵茶の特徴を見ていくと、山間部で発展してきたお茶であること、また山間部では作物の収穫量が少なくお米を使った保存食よりもほかの作物が広まったと考えられます。
ものの流通が今ほど自由に行き来できる状態ではなかった時代ではその土地にあるものを使っていかに貯蔵ができるかと地元の人たちによって考えられたものなのでしょう。
発酵食品の特徴でも
ある、保存性の高さの長所を生かして冬場作物が少なくなる時期を乗り越えていくための知恵だったのかもしれません。
発酵食品のはじまりはお酒と言われています。
果物が自然発酵した猿酒というものが始まりと言われています。
放置していた食材が腐敗する事なく香気を発して食してみたら味や風味がよかった事から発見されました。
この経験的に学んだ発酵食品というものは保存性もよく、栄養価も高いと次第に口コミによって伝わりその土地土地で改良を加えられたものが定着していったのでしょう。
はるか昔の古代エジプトの死者の書にはビールやパンがあり、7000年~8000年前のメソポタミア文明ではワイン製造の形跡が見つかっています。
キリスト教圏とローマ帝国の拡大によりヨーロッパ全土に広がり現まで伝わってきました。
権力と一緒に技術やものの物流ができ、その道を通って様々なものが通っていくとうのも地域が異なっても似てるところがあるのでしょう。技術が広がっていく事で研究も進みより使いやすい形でより広い地域へと広がっていく。これは食品に限った事ではありません。
たまたま見つかった発酵食品ではありますが、理にかなった道を通って様々な地域へ広がっていきました。