大安ケイコです。
子育てについてのブログその2です。
2004年の10月5日に34週で2100gの赤ちゃんを
産みました。
それが今年高校生になった一人娘・ポン子です。
ポン子さんはNICUに2ヶ月半入院してました。
私はなるべく毎日病院(神奈川の病院だったので片道1時間半かかった)に顔を出してました。
退院の日はものすごく嬉しかったのを覚えています。
NICUの優しい看護師さん代表だったKちゃんが私と夫に退院の日に沐浴を教えてくれました。
夫は恐る恐る赤ちゃんを抱いて石けんでそーーーっと
洗ってましたが、背中にひっくり返すことが出来なくて
「おい、ちょっと!
どうすんだこれ!」
と慌てていたのを思い出しますww
ちなみに家に戻ってきてから毎日沐浴していたのは私でしたが、あるとき手がつるっと滑って、
赤ちゃんの顔と身体がお湯の中に全部入ってしまったときは私の心臓が止まるかと思いましたww
泣くかなと思ったら全然泣かなかったので、心底ホッとしたことを覚えています。
泣くと言えばポン子さんは2ヶ月半NICUにいたからか、とにかく夜泣きがひどくって、だいたい夕方の16時半ぐらいから泣き始め、ずっと泣いてるからおんぶして夕飯の支度してそれからもずっと泣いてて23時ぐらいまで泣いて泣いてちょっと寝て、また夜中の1時ぐらいから朝の4時ぐらいまで泣いている・・・・・という日々が1ヶ月ぐらい続いていたことがありました。
この時はさすがに私も参ってしまって、夫が帰宅したらすぐに近くのコンビニに行って気分転換をする・・・がその頃の唯一の息抜きでしたw
↓泣いて泣いて泣いて大変だった頃w
ポン子が1歳になるちょっと前の頃のことです。
私の腎機能の数値がよくないと病院で言われ、今のうちにパルス治療(扁桃腺を摘出して大量のステロイドを投与する治療)をしたほうがいいと言われました。
けれどポン子を預ける場所がない。
義理の両親は赤ちゃんの面倒は見れないと言うし、私の両親は当時二人とも病気しがちでとても預けられそうもなかったため、探しに探して四谷の乳児院に預けることが決まったのです。
パルス治療での入院は結局1ヶ月近くかかりました。
その間、腎生検(腎臓に大きな針を刺して腎臓の組織の一部を取って検査をする)もしましたが、なんと
それが手術室ではなく、ふつーーーに6人部屋の一角で局部麻酔だけで行われたのです。
これが麻酔してても痛くて痛くてw、
「痛いです!!!」
と叫んでたから、一緒に入院していた他の患者さん達もドキドキして落ち着かなかったそうです。
腎生検は手術室か別の部屋(せめて誰もいない個室とか)でやるべきだと断固思います!!
(もう15年前の話だから今は違うかも)
腎生検もパルス治療も免疫が下がるから外出しちゃダメと言われてましたが、ポン子のことが気になって乳児院に会いに何度か行ってました。
あるとき私が面会に行っても1歳過ぎのポン子が
「え?
だれ??」
みたいな顔をしたので、え!!!もしかして忘れちゃったのかな・・・とすっごく不安になりました。
そうか、赤ちゃんってしばらく会わないとお母さんのこと忘れちゃうのかも・・・、帰宅したら乳児院の先生を恋しがって泣いたらどうしよう・・・とこれまたすっごく不安になりました。
なので予定よりも早めに退院のお願いをしてすぐにポン子を迎えに行きました。
すると、家に入ったら私の膝の上にごろんと寝っ転がってニコニコしながら哺乳瓶に入った赤ちゃん用麦茶をゴクゴク飲んで、プハー!と私に満面の笑顔を見せてくれたので、
「ポン子ーーー!忘れてなかったんだね!!」
とぎゅーぎゅー抱っこしましたww
つづく。
IBJ入会優秀賞&成婚優秀賞頂きました!
アラフォー、アラフィフの成婚もどんどん出てます!
9月末まで!入会金半額キャンペーン中
人生が飛躍的にハッピーになる!ハピ婚相談所
■ご入会はこちらから
開業15周年記念特典!!
「7日間で男性に恋されて一生愛されるオンナになる方法」動画プレゼント中♪↓




