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前回の最後
自己肥大させてはいけないのです
させてはいけないという言葉は
禁止や抑圧に聞こえて抵抗感が出る人もいるかもしれませんが
そうなっちゃダメだよってことじゃなくて
自己肥大できない状態になる
🟰うまくいかない、通用しない
優越感や安心感が得られない
🟰どうしようもないもどかしさや苦しさから抜け出せない
納得できないが、どうすることもできない
そこまで追い込まれる感覚がある人もいるかもしれません。
どうしても私たち人間は
自己の存在を大きく感じたい生き物なのです。
そして、外側の人たちからも大きく見られたいのです。
大きく見せなくても小さく見られることには抵抗します。
それは、
ここに存在して良い、自分は大丈夫
自分は間違ってない、自分はうまくいっている
という安心感、肯定感を持っていたいから。
自尊心が傷ついている状態では
外側に、安心を求めます。
自分の居場所、存在して良いかどうかの答えを他人に委ねてるので
安心をくれる対象に依存します。
私は大丈夫
私はうまくいってる
私は幸せ
私は愛されてる
という安心への執着
エゴはここを守る役目
安心が壊されそうになると怒り、距離をとる。
安心を得られるところに依存します。
これは人間の当たり前の姿。
しかし、その先の
真実に生きる道
に進む人は、ここでは終わらない。
どんなに安心を得ようとしても、
その為に仮面をつけて頑張っても、
我慢して耐えても、
愛情を注いでも、
思いつく限りのポジティブ変換してみても、
誰かからの優しい言葉さえも
根底にある不安の仕組みがわかってなければ
どれも一瞬の安心で終わるか
不安が増大するか
苦しさから解放されることはないのです。
しかし人は
ずっと苦しんでもいられない。
そうなると、
認識や捉え方、解釈を
自己肥大に進む方に持って行ってしまうのです。
ちなみに自己肥大とは
自分自身に対する評価や認識が過度に膨れ上がった状態のことをいいます。
ツインレイのお相手によって
自己評価も自己価値もボロボロになった人、
傷ついた自尊心を取り戻すために
自分を愛する道へ進みますが
自分を大切にする
尊厳を守る
この段階を終えた人は
穏やかな日常を取り戻します。
しかし、ここからです。
その穏やかな日々の中で
私は大丈夫と思えるようになった気がしてたのに
また心が揺さぶられる出来事が起こると
「学びが進んでいるわたし」仮面をつけ
無意識に気にしていないフリをするのです。
本当は辛いのに
それを認めてしまったら
ここまでこんなに頑張ってきたのに
まだまだだったと、
未熟な自分になってしまうことを受け入れられないのです。
報われない自分になってしまう
愛されてるという信念が壊されてしまう
学びが進んでいる、統合が進んでいる
それは勘違いだった
それが怖くて
そこから動けなくなり
愛されてるはずだ
できてるはずだ
というドラマにしがみつくのです。
愛されてる、大丈夫と安心できる材料を求めて
相手の言動をすべて
自分への思いとして量ります。
とにかく、安心したくてたまらないのです。
しかし
真実に生きる道に進む人は
この安心は他人からは得られないということを身をもって確信するのです。