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『宇宙犬マチ』第2回をアップします。
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カッピー
『宇宙犬マチ』 第2回
Ⅱ 家族 ヒロキ
マチが僕たちと暮らし始めたのは、先住犬だったハッピーが亡くなる前だった。近所でお付き合いをしていた一人暮らしの老婦人が高齢者施設に入ることになるとのことで、飼っていた同じヨークシャーテリアをもらってもらえないだろうか……、と散歩で何度も会って知り合いになっていた僕にいきなり言ってきたのだ。お互い同じヨークシャーテリアだったこともあったかもしれないが、ハッピーはその犬が大好きだった。
ハッピーは老婦人に会うと、ピンと上を向いたシッポを高速に降って、喜んで近づいていき、彼女の犬にお互いペロペロと舐め合うのであった。まるで兄弟のような存在みたいだった。
二人の大きさはかなり違っていた。“マチ”と呼ばれていた彼女の犬は、ハッピーの二倍近くの大きさだったが、少し臆病な感じだった。いつでも人見知り、犬見知りをしないハッピーから近づいていき、匂いを嗅いでいくと、同じような行為をし始める。かなり異なる体形と性格だったが、何かが似ていると思っていた。それは目のつくりというか、眼差しであった。マチは僕や妻、リサにもなついていて、会うとすぐにペロペロ舐めてくれた。だから、当然のように引き取ることにした――。
春四月に入り、マチをもらい受ける日が来た。妻のリサと一緒に老夫婦の自宅に行く。すっかり家の中は片付けられていた。彼女は愛おしそうに伏せをしているマチの頭を何度も撫でて「いい子でいるのよ。いままで一緒にいてくれてありがとうね。幸せに長生きするのよ」と言って、僕たちに預けた。マチは少し寂しそうな目をしたが、しばらくすると僕たちの顔をしっかりと見た。
「きっと将来役に立つと思います。大切にやって下さいませ」と老夫婦は、涙を浮かべた。「さようなら、マチ」と言うと、マチのほっぺに軽くキスをして、手を振って送り出してくれた。リサは涙を浮かべていた。
その日からマチは我が家のワンコとなった。年齢は三歳と言われていた。
それ以来、老婦人と会うことはなかった。マチの近況を知らせたいと思って、消息を近所に尋ねてみたが、まったくわからなかった。
マチはすぐに我が家になじんだ。ハッピーとも適当な距離感を持ち、仲良くしていた。彼は、どちらかというと臆病で犬見知りをするタイプで、二匹で散歩に行き、知らない犬と会うと、ハッピーは近づいて挨拶をしたがるし、マチは怖いのか吠えてしまうことがほとんどであった。しかし、人間にはすぐに近寄り親しくなる。そしていつもいろんなことをじっと観察しているような犬だった。少し変わった点もあった。吠えるのでも唸るのでもなく、何かを訴えているかのように、“クゥーン、クゥーン、ウニャウニャ”とやたらと喋るのだ。長い時には一時間も喋る続けることもあった。その声は犬のものでもない感じがしたし、もちろん人間のものでもない。彼の言葉を理解でき、お喋りをできればどんなに楽しいだろうといつも思っていた。しかし、マチが喋るのは家の中がほとんどで、外ではまったくといって喋らない。相当親しくなった人にだけは、時折喋りかけるが、それも一言二言だけであった。
もうひとつ、マチは車に乗って外を見るのが大好きだった。ハッピーもそうだったが、ハッピーは車に乗って出かける目的地の公園などが待ち遠しくて、窓から身体を乗り出して“早く! 早く!”と思っているのがよくわかった。だが、マチの場合、とにかくいろんなものを見続けているのだ。何がそんなに面白いのか? と思うくらいだった。
そしてよく食べた。僕らの食べるものはたいてい欲しがったし、口に入れていた。まぁ、それは好奇心と食欲が強い犬であれば、理解できる事であった。
三 期限 マチ
僕と同じ使命を持った仲間が宇宙から何人も地球に派遣された。
みんななぜか犬になっている。
きっと身体の相性がよかったんだろう。
その仲間と連絡取り合っている。
みんなからの報告をまとめて宇宙のある所に送るのが僕の役目。
その他の星の使者も数え切れないほど地球を訪れている。
宇宙のたくさんの生命体たちが、
美しい地球が気になっているだろう。
いまは、その思考がひとつにまとまって、僕たちに任されている。
一見ダラダラした普通の犬の姿なんだけどね。
明日は日曜日。地球の多くの人々の安息日。
おとうさんと一緒に公園を探索する日なんだ。
元々犬はそうらしいけど、感覚が敏感だ。
特に匂いに対しては……
お家を出ると、僕、マチはクンクンと匂いを嗅ぐ。
地球での外の匂いは特別!
広い公園には、いろんな匂いがある。
でも、ここのところ空気の汚れが激しい。
それが気になっている。
いまは初夏なんだけど、とにかく暑い!
毎年のように気温が上がっているのも気になる。
地球自体が大きな転換点にあるのかもしれない。
でもね、緑の多い自然の中にいると、
そんなことが気にならないほど喜びを感じられる。
太陽の匂い、四季の花々の匂い、虫たちの匂い、鳥たちの匂い、草の匂い……
おとうさんたち人間にはわからないようだけど、
ひとつひとつにエネルギーが湧き出している。
こんな星は、宇宙に存在しない貴重な存在。
地球の魅力でもあるし、宇宙の唯一の星なんだと思う。
僕たちが長い間、体験し学んできた中にもこんな星はなかった。
だから、みんなが気にしている。
だけど、地球が良い方向に進んでいないことがわかってきた。
それは人間たちがいるせいなのかも?
日曜日。おとうさんと車に乗る。
窓から顔を出して、匂いをいっぱい嗅ぐ。
黒い小さな鼻をしきりに動かしながら、公園に向かう。
その時が僕は大好きだ。
公園に着くと、さっそく小走りに歩き出す。
公園には犬たちも、子供たちも、散歩したり、走っている人も……
人々はいろんなことをして、幸せそうなんだ。
公園に行くと嬉しくなる。
ハッピー兄さんもそう思っている。
こんな平和なハーモニーを奏でる場所があるなんて。
でも、地球上のほんの片隅でしかない。
この星全体の真の姿を、宇宙の仲間に伝えなければならない。
公園は宇宙一幸せな場所なんじゃないかと思っている。
だから、ここにいる時は、僕も楽しんで散策する。
僕は匂いで、その生き物たちの考えがわかるし、記憶ができるんだ。
そんなことをしていると、時を忘れてしまいそう。
――期限は近づいている。
人間は辛い時、動物を見たち触れたりして、心を癒して回復する。
わかってきたことの一つだ。
未知の新型ウイルスが発生し、世の中がストップしてしまった時、
そして戦争が起きた時も。
いろんなメディアで犬や猫などの動物の映像が流れ続けた。
見ただけで心が癒される。落ち込んだ心と気持ちの修復――
僕もおとうさんとおかあさんが家にいると嬉しいんだ。
こんな気持ちは初めてさ。
最近、世界中では諍いが大きく広がってきている。
大陸では大きな戦争も起きていた。
人と人との諍いを止める方法はないのか?
僕たちは分析し、考えてみる。
人間の気持ちや感情はあまりに複雑で個性的で、未だに解析できいていない。
感情は僕たちが失ってしまったものなのかもしれない。
しばらく前からそう思い始めている。
人間にとって<感情>は大切なものらしい。
でも、それがあるために諍いが起きているのは間違いない。
そう分析できるけど、理解はできない。
感情は悪い面ばかりではなく、人の持つ優しさ、親切心、愛することも全て感情。
それは心から来るものなんだ。
これだけは言える。
ほんのひと握りの人間の欲やエゴにより、
諍い=戦争が起き、気候変動も起きている。
このことをまともに宇宙司令に伝えたら、
この美しい地球は‶悪”として消すことになってしまうだろう。
僕たち、そして宇宙全体の高等生物が失ってしまった<心>。
それを存続させて再び僕たちが学ぶべきなのか?
あるいは地球を消して宇宙全体を守った方がいいのか?
人の感情と心を知ってしまった僕は迷っている。
きっと同時に地球に来た僕の仲間たちは、地球を<悪>とみなしてしまうだろう。
未だに野蛮な殺し合いをしているのだから……
でも、僕はどうしても<悪>とは思えないんだ。
(以降、15日掲載予定の第3回に続く)