突然だけど、2階まで階段で上がるのと、6階まで階段で上がるのでは何倍しんどい?
一瞬、3倍って思っちゃわん?
でも正解は5倍。
よく考えればすぐ分かることだけど、2階までは1階分だけど、6階までだと5階分上る。
だで5倍しんどいってこと。
一番下の階を1階って呼ぶもんでややこしいんよ。
音楽理論が無駄にややこしいのと何か似とる。
ワシはバンド中心の生活を20年以上続けとるけど、音楽理論なんか一切知らずにバンドを率いて唄ってきた。
でも今年の夏の終わりに思うことあって急に音楽理論を勉強してみたんけど、ほんとガッカリした。
既存の音楽理論なんてもんは単純なことを無理やり崇高な学問に見せるためにわざわざ難しくしとるだけのハリボテみたいなもんだった。
音楽理論もビルのフロアと同じでルートを1度と定めちゃったもんで直感的じゃなくなって無駄にややこしくなっちゃっとるんよ。
まだゼロという概念がない時代に音楽理論が作られたから最初の音を1にしたって説があるらしいんけど、だったら今からでもルートをゼロ度に設定し直せばいいのに。
例えばルート(ド)と3度(ミ)は実際は2音(半音4つ分)離れとるだけなのに、音楽理論的には「長3度」音が離れとるって教えられとるらしい。
長って何?3度って何?ってなるじゃん?
半音をベースに考えれば半音を4つ分上げれば3度の音になるだけの話なのに。
まーイライラする(笑)
しかも中3階はあるのに中4階はなかったりと中間フロアがあったりなかったりするもんでややこしい。
(ピアノの黒い鍵盤のこと)
さらに6階と7階の間の本来なら中7階って呼ばんといかんフロアなのに音楽理論的にはただの7階(セブンス)って表記して、本来の7階を「メジャーの7階(メジャーセブンス)」って表記することになっとるんよ。
なんで?
こんな不親切な既存の音楽理論なんか捨てて、いっそのことルートをゼロにして全て半音ベースで考えちゃった方がわかりやすいかも。
ド=0、レ=2(ルートから半音2つ分離れた音)、ミ=4(ルートから半音4つ分離れた音)、以下省略するけど、同様にファ=5、ソ=7、ラ=9、シ=11、ド=12=0ってな感じで番号をふっちゃえばいい。
これだと今までの3度って呼ばれる音が4になって、5度が7で、フラットセブンスが10になるってことか。
今更音楽理論自体を変えるのは無理な話だけど、たぶん初心者にはこっちの方が理解しやすいんじゃねーかな?
ギターとかウクレレで言えば1本の弦でドレミファソラシドを弾く感覚と同じだでね。
解放が0でド、2フレットがレ、3フレットがミ、、、って弾き方なら誰でもドレミファソラシドって弾けるじゃん?
この音の呼び方を「判治理論1.0」と名付けよう。
もちろん他に同じこと考えた人なんかいっぱいおると思うけど(笑)
いや、ドレミファソラシドなんて名前自体が紛らわしい!
最近またびっくりした事があるんけど、CからのドレミもGからのドレミもどっちも同じドレミなのに、ピアノを習っとった人はGからのドレミを「ソラシ」って言うらしい!
この違いをどうやら移動ドと固定ドって言うらしいんよな。
じゃあ、もうドレミファシラシドって言葉は使わずにドレミファソラシドって聞こえる音を1234567って数字で表記した方がいいとすら思わん?
さらに歌いやすいようにイニサヨゴロナって呼べばカエルの歌なら
イニサヨサニイ
サヨゴロゴヨサ
イイイイイイニニササヨヨサニイ
って唄える!
これを結構昔に思いついて雑誌で意気揚々と語ったんけどスルーされた(笑)
でも今こそこれを「判治理論β」と名付けよう!
そもそも音楽を始めた人間の全てがスタジオミュージシャンを目指す訳じゃない。
むしろスタジオ系ミュージシャンを目指す人間なんかほんの一握りというか砂漠の中の砂一粒。
だったら、既存の音楽理論を真面目に勉強したり、楽譜とか読める能力なんか全く必要ない。
特にウクレレとかアコギを始めた人のほとんどは、好きな唄を弾き語りしたり、自分なりの曲を作ってみたくて始めたはず。
それに加えてほんの少しだけ、誰かの演奏にあわせてソロっぽいことが弾けるようになれたら素敵だなって思っとる人が大半だと思う。
それなのに、コードを覚えて弾き語りできるようになった人がもう少し進んでみたいって思った時に、立ちはだかるのが音楽理論とかいうハリボテインチキ学問。
そんなもん理解せんくても音楽はもっと楽しめるようになるのに、無駄に難しいフリをしとる音楽理論のせいで挫折しちゃう。
むしろ、音楽を理解させないための罠じゃないかってすら思う。(笑)
だで、音楽理論なんか勉強しちゃダメなんよ(笑)
音楽理論の代わりに、最近、ワシが拙いながらも短時間でウクレレでソロを弾いて楽しめるようになった秘訣を教える。
判治理論はあくまでもソロを少しだけ弾けるようになった後に、理論的にどういうことなんだろう?って既存の音楽理論を勉強してみたらあまりにも不親切すぎて呆れたもんで対案として考えたもんなんよ。
じゃあ何をやったのか?
たまたま昔から好きな音の並びがあって、「判治理論1.0」で言えば0-3-5-6-7-10-12な音の並び方、「判治理論β」で言えばイサ♭ヨゴ♭ゴナ♭な音の並び方なんけど、この曲のこの歌詞のとこでこの音を鳴らすとこんな気持ちになるんだってことを1日何時間かやり続けただけ。
それを数日続けてみたらなんとなく、気持ちがいい音の合わせ方がわかってきたってだけの話。
ここには難しい音楽理論なんか一切介入しとらん。
あえて音楽理論的に言うならこの音の並びをブルーノートスケールって呼ぶってだけのこと。
ワシはジャズとかブルースが大好きだもんでたまたまこのブルーノートスケールが一番しっくりきたんけど、やっぱドレミファソラシド(判治理論1.0=0-2-4-5-7-9-11-12 / 判治理論β=イニサヨゴロナイ)がしっくりくるって人が多いと思う。
そんな人は好きな曲のキーにあわせたドレミファソラシドの音を使ってテキトーに弾いてみればいい。
なんならファとシを抜いたいわゆるメジャーペンタトニックスケールだけで楽しんでみればいい。
これを1週間ぐらい毎日やれば誰でもちょっとしたソロは弾けるようになる。
西洋音楽では音は12種類しかないんよ。
ルートに対してその12個の音がどんなニオイがするのかを体に叩き込めばいいってこと。
スケールなんてもんが多数あるらしいけど、そんなもん覚えたところでかっちょいいソロは弾けん。(と思う。ワシは覚えとらんもんで知らんけど(笑)
でも12個しかない音のニオイを嗅ぎわけて自由に組み合わせたりして使えるようになれば何にでも対応できる。
はずだ。(笑)
ワシはやっと12個のうちの6個ぐらいのニオイが分かったところだで偉そうなことは言えんけど(笑)
だで今はまだダイナミックなワンパターン!(笑)
でもワンパターンでもいい。
0を1にすることが一番難しいんだでね。
本来は無限にある音程を便宜的に12種類に分類してくれたってことぐらいかも。
西洋の音楽理論に感謝することって。
今年の夏の終わりに初めて単音に向き合ってみるまでは、ギターとかウクレレの指板を見ても何が何だか分からず、ただ無数にある音の並びに感じて全く手が出せんかった。
でも、ちゃんと向き合ってみたら音って12種類しかないんだって気づいてから急に気が楽になった。
子供の頃からピアノやったりしとった人にとっては当たり前のことかもしれんけど、ワシみたいな音楽的素養が全くない人間にとっては画期的なことで目からウロコが落ちた。
音楽理論に対してアレルギーを持っとる人にこの言葉を伝えたい。
「音はたった12週類しかない!恐れることなかれ!」
当たり前すぎるか?(笑)
最近ちょっとだけ音楽理論のさわりを勉強しただけなニワカなワシが音楽理論をバッサリ斬ってみた。
あくまでも音楽理論アレルギーに苦しんどる人に向けてのメッセージだで音楽理論を熟知しとる人とかクラシックの専門家の方は目くじら立てんでね(笑)
でも間違いがあったり異論反論があれば是非教えて!
もちろんスタジオミュージシャンとか伴奏者になりたいって人は既存の音楽理論をマスターしとるのが当然。
逆に伴奏者のくせに理論も知らんのか!ってムカついたりするもん(笑)
ボーカリストとかソリストってそーゆーワガママな生き物(笑)
音楽理論を全く知らんくても曲は作れるしバンドもやれる。
でも分からんままじゃ悔しいもんで、音楽理論ぐらいマスターしてやるぜ。