すぐに知らされなかった怒り、落胆、寂寥というあらゆる感情が、ひろこに届けられていたようだ。
だからというわけではないが、一周忌には双方の親戚(全員、北海道在住)に案内を送った。
ところが!
一周忌を前に東日本大震災が起こった。
実家のある宮城は、仙台空港が水没し、非常用のレーダーで何とか運航をさせようとしている頃だ。
このため、一周忌はひろこ(父)と私の二人きり。
お坊さんに家まで来ていただき読経して頂き、位牌を白木から交換した。
その年の暮れ、私の誕生日に母方の祖母、つまりちゃこの母が亡くなった。
大往生ではあったが寝たきりで、娘が先に旅立ったことも分からないままの最期だった。
年末の急な北海道での参列。
そして、漸く三回忌に、ひろこの兄弟姉妹が法要にてちゃこに別れを言うことができた。
渡航費こそ自腹にしてもらったが、実家には7人も泊めてあげられなかったので、皆で近くの温泉に泊まることにし、その費用はこちらもちとした。
このように物入りが続いたものの、もう返済がないのだから、微増で安心できる程度の金額はキープできていた。
そして2013年11月、遂にミア・シーガルに出会ったのである。
つづく