未来を見据えるといつでも今が一番若く、物価は一番安い。
そんな理由で実家のリフォームに踏み切り、とりあえず健康体で長生きする自分に賭けてローンを組むに至っている。
(契約直前)
私は実家のある県には暮らしていないが、土地と家屋は両親が他界しているので相続した。なので、登記者の現住所は、東京になっている。
リフォームは、建て直す家のことばかり楽しく夢見て考えていればいいだけではない。
諸々の現実が襲ってくる。
まずは、リフォームはそもそも住んでいる家を直すという前提でローンを組むので、現住所を実家にすること。
仕事は続くので二拠点生活になる。
唯一のメリットは、リフォーム中も住むところに困らない点
次に家の中のものを片付けること。
当然だがこれを機に不用品は家具も含め捨てることにする。感傷にひたりながらもこれからの人生への要否を即決せねばならない
で、もったいない根性がむくむくわいてきて、食器、レコード、本、釣竿、布きれ、壺やら将棋盤、窓の昭和ガラス、各部屋に使われている建材などただのゴミで捨てるのは忍びなくなんとかほしい人にもらってもらえないか?とネットで検索しまくって時間が溶ける、作業も進まない
やっかいなのは、両親の手書きの日記やら手紙やら。自分の若い頃の手紙やノートは一昨年ぐらいに捨てたのだが、親のものは踏ん切りがつかない。自分の物は何が書いてあるか覚えていないまでも一度は読んだので自分の血肉になっているだろうが、親のものは何が書いてあるかがわからないため捨てていいのか悪いのか。
これが、私が作家で、これらを題材に作品を作り上げるなら素晴らしい資料になるだろうが、そういうわけでもない。
高校生だった父の日記。
あるいは、病床の母の様子とその時の父の感情の吐露(読んでいないので想像)。
日記は誰に読ませようと思って書いたわけでもないだろうから、プライバシーを守る!と自分に言い聞かせれば、捨てることも非ではない。
が、母の闘病の様子は、明らかに娘である私に読んでほしいと思って書いたようで、読んでくれと渡された。
が、気落ちすることがわかっているので、16年経った今も1ページも開けずにいる。この先も読める自信がない。
あと、写真。大量の思い出。
リフォームがぼんやり形になってからのほぼ1年、帰省の度に今度こそ!と思って片付けに挑むが、感情を切り離せずに遅々として進まぬままリフォーム着工まで1ヶ月を切ってしまった。
ここまで悪足掻きをしてきたので、もう手はないのだ、捨てるのが得策なのだ、と踏ん切りをつける準備を長きにわたってしてきた感はある。
そんなわけで、重かった腰をようやくあげて、捨てない家具、家電、食器を保管してもらう倉庫を今探している。
ピアノは友だちに御願いして預かってもらうことにできた。
倉庫保管されない神棚も別の友だちが預かってくれる。
で、問題は遺骨だ。
実は家に、3柱ある。
両親と生後すぐ亡くなった弟の小さい骨壺。
これは友だちにも頼めないし倉庫も無理。
ということで、東京に送るか。
宅配はゆうパックのみ遺骨を運んでくれるらしい。
車で自分で運ぶことも考えたが、ここはプロに頼むしかないか。
あと、もうちょっというと、実家を立てたときの物置が登記されていなかったらしい。コンクリート基礎のしっかりした2階建ての物置で一階部分は車庫になっている。これを登記して固定資産税を払うか、解体するかどうか。
解体費用がけっこうな額で、取り急ぎ物置の中の物を廃棄するだけは進め、解体はリフォームの完工までに実施するか残すか決めねばならない。
リフォームの意匠を選んでいくと見積り時より値上がりするという心配より前に、いろんな予期しなかった作業で悩まねばならないことも費用も増えていく。
リフォームなんてしなきゃ良かった、と、始まる前から辛くなっている。
(工務店さんとの契約は終わっている)