あこのブログ☆オープンマインド

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今日あった面白いこと、感銘を受けた言葉、いつも考えていること、など様々なことを、徒然に記していきます。

父にガンが見つかってから、私の帰省頻度は月に1度、多い時には2度になった。

父が元気だった頃は、GW、夏休み、年末年始の年3回だったのだから

4倍以上だ。

そして、父はいなくなり、帰省の頻度は今も変わらず月1回だ。

というのも、実家の様子を時々見に来ないと、庭の雑草が伸び放題で

荒廃っぷりに目もあてられなくなっているからだ。

 

うっかりすると、車のバッテリーは上がるし、

目の前の他人の土地(空地)から、クズの蔦が猛威もふるってくる。

 

さて、父が亡くなった後、私はさっさと相続登記をして名義変更をした。

一人っ子なので、マニュアルに沿って書類を作り、自分ですべて手続きをした。

 

そういえば、昔、まだ母も生きていた頃だから15年以上も前に、

クレカのキャッシングがあったため、3社ぐらいに過払い請求をしたことがある。

あれも、過払い請求が盛り上がりかけている頃だったが、

弁護士を通さずに自分でエクセルで書類を揃えて、

カード会社に請求しまくったな。

 

話は戻るが、もう自分のものになった実家の修繕が今の唯一の悩みであることは、

前回もブログに書いたわけだが、とうとうそのリフォームを進めることにした。

資金は全然ないので、フルローンである。

いつ借りても80歳になる月までに完済しなければならない。

つまり、いつでも「今」が一番若く、資材費も安いのだ。

悩んでいるうちに返済期限は短くなり、資材はますます高騰する。

もう少し言うと、会社員の立場でいられるのもあと4年なので、やはりそんなに後ろ倒しはできない。

 

ということで、金融機関のローン仮審査を無事に終え、

本審査の申し込みに行ったときのことだ。

書類を作りながら、抵当権の話をされたのだが、ふと、担当の方から物置について聞かれた。

物置は登記されていないようだが、登記できるものであれば漏れている。

司法書士に確認してもらう必要がある、と。

 

昭和51年に家を建てたときから隣にあった物置。

それが、登記されていない?というか、登記しないといけないの?

 

どうやら、簡単に動かせるような箱ものであれば登記不要かもしれないが

我が家のそれは、基礎があるように見受けられるらしく、こりゃ追徴課税か?

 

去年のうちに、万全に諸々の手続きを速やかに終えたと思っていたのに。

なんで、まだ残っているかな~。

 

毎月帰省して、工務店さんと見積額の調整をさんざんしてきて、

契約まで進んだのに、これか。

しんどい。

 

 

 

 

色々な条件が重なって、まあ、なんとなくリフォームしようかな、と思った。


色々な条件というののきっかけは、父の他界なわけだが、存命の頃には、実家は父の名義のため私がリフォームするには贈与税やら何やらかんやらで面倒くさそうなので、実施に至らなかった。


雨漏りしていたし雨樋は壊れているしウォシュレットじゃないしタイルの床の冷たい風呂場だし給湯器は時々壊れていたけど、だましだまし住んでいた、父が。


さて、父がステージ4の癌治療中は、退院してバリアフリーが必要になったら介護認定のアレコレで少し手をいれなければと思っていたのだが、結局、脚が思うように動かなくなってから、入院、治療、施設入居となり、その後3ヶ月で帰らぬ人になってしまった。


今度はこうなると、相続はして登記の名義は私になったものの、喪も明けぬ前に実家に手をいれるなどできないわけで(隣近所の目)、私の定年、雇用延長、一周忌と続く間に、工務店さんに相談したり、超概算見積りもらったり、金融機関にローンの概要聞いたり、事前審査したりして、タイミングをはかっていた。


ローンについては、定年から20年ローン、どうするのよ?


っていうのと、


実家売って賃貸に暮らすなら、ローン返済してても同じでは?


っていうのと、


年齢的には今が一番若くて借りられるラストチャンスでは?


って思う反面、やはり、60歳にして高額なローン(それが2000万は行かなくても)を組むことの恐怖と天秤にかけて、のんびりしていたわけである。


で、今度の連休に、事前審査通った金融機関で具体的な契約に向けての打ち合わせ、工務店と契約についての打ち合わせを予約したのが、今現在である。


さて、そんなこんなで、中東問題である。

大手メーカーが新規受注しない、屋根の資材が足りなくなる、という流れが、どどっと来てしまった。


我が家のリフォームは、2階を減築して平屋にする予定だったのだが、ここで契約して建てている途中に資材不足で継続できない!みたいなことになったら、目も当てられないわけで、これは一体どうしたものか、という所にいる。


あと、実家をリフォームするなら住民票を実家に移さないと、住宅ローン用の抵当権を設定できないと言われ、東京で働いているのにどうするんだ?問題はまだ解決できていない。


先行き悪いな~。





昨日、何事もなく無事に父の一周忌を終えた。

葬儀の際にも読経はしなかったので、一周忌もただ一人で花を飾りご飯を供え線香をあげた。


父の兄弟妹も高齢になり飛行機に乗ってまで来ることは難しくなっている。

母方の妹弟にいたっては、10日前に弟の奥さんが他界し、それどころではなかった。


親戚数人から一周忌に寄せてお供え物やLINEでのメッセージが届いた。


母の時もそうだったが、一周忌を迎えるまでは、おり折に触れ、去年のこの時期はまだ生きていてこんな会話をしたな、こんなことが起こったなと思い出してはいたが、一周忌を境に、その思い出も、もう生きている頃こんなことがあったな、という大きな括りの中の出来事に埋もれていく。


そんな感じに、心の拠り所から徐々に記憶は思い出という言葉に生まれ変わっていく。


実家の片付け問題は、相続登記はしたものの何も始まっていない。


私も還暦を迎え、仕事を継続しているが、常に人生で今日が一番若いという事実を、無意識にあるいは意識的に感じている。


実家を直すのか問題

お墓はどうするのか問題

老後をどう生きるのか問題


更に自分の状況なんてお構いなしに世界情勢、日本での生活は変化する。


人世は常に悩み解決しサバイバルしていくものである。