まさに去年の今日、地元で右手首を骨折した。
https://ameblo.jp/hanyako2/entry-12884554669.html
親指の下の橈骨が折れていると言われたが、いざ手術で開いてみたら小指側の尺骨も折れていて、こちらには細い棒みたいなものをいれたと術後に説明を受けた。
また、橈骨の補強に使われている小さい熊手みたいなチタンプレートは、抜かない人もいるが抜いても良い、が、尺骨側の棒は抜く必要がある、いずれも半年~1年ぐらいで抜くことになると医師に言われた。
半年経つと7月で、その頃父の状態はどうなのか、それより夏の暑い中手術をして傷口が汗でかぶれるのは嫌だな、とぼんやりと考えながら聞いていた。
結局、父は3月に他界してしまったので懸念材料からはずれることになったが、夏の暑さは6月からひどく、なんとなく秋か年明けに抜去かな、と思って過ごしていた。
さて、同時に、夏頃の悩みは12月の定年後、1月からの仕事のことであった。同じ会社で継続するか違う会社に所属するか。
そこで気付いた。
あれ?会社変わると保険証(マイナ保険証)変わるのか?
ということで、仕事のことがどう転んでもいいように秋口に抜去手術を前提に診察してもらった。
すると、以下の状況が判明。
抜かなくても良いと言われた橈骨側のプレートはネジが浮いているので抜かなければならない。
抜く必要があると言われた尺骨側の棒は、骨に埋没してしまっていて抜くことはできない。
え?両方を抜去できるわけではないの?
片方残るの?
いくらチタンでもなんとなく嬉しくないな。
が、まあ東京の医者も地元の医者も同じ見解なので、手術方針は決まってしまった。
父が亡くなっても月ごとに帰省しているので、まだ保険証が使える11月に地元で手術を実施。頻繁には帰省できないことを伝えると、術式を埋没法にしてくれて、抜糸に出向かなくとも良くなった。
手術中に、抜去したプレートは持ち帰るか聞かれた。
今後、断捨離していきたい私には、何ゴミなの?と悩むものは不用品でしかなく、見たいけどいりません、と言ったらものすごく驚かれた。
持ち帰ってキーホルダーにしている人もいるよ?と。
そんな趣味はない。
で、術後にこれが入っていました、と見せられ、ネットでさんざん検索したものと同じものであることを確認しただけで、特に感慨もなかった私は薄情なのだろうか?
術後、結構血が出るよ、と、麻酔され感覚のない包帯ぐるぐる巻きの右腕を三角巾に吊られた私に医師が言い残した。
翌日午前にまた術後の傷痕確認に来る必要があるため、近くのホテルに泊まったが、
(実家は電車で25分+駅から徒歩20分
のため)右腕をコンビニ袋に突っ込んで寝た。
正解だった。
朝起きたら、包帯全体が血で真っ赤に染まっていた。コンビニ袋にいれていなければ、ホテルのシーツは真っ赤で事件・事故扱いされてもおかしくないことになっていたほどだ。
もし抜去手術する方は心して寝てほしい。
傷痕は問題なさそうで、もう通院不要!で私の骨折体験は終わった。
いや、終わらなかった。
抜去手術から1ヶ月ぐらい経った頃、傷痕の1ヵ所から、プチっと指のはらに触る何かが。かさぶたかと思ったが、この感触は、糸ではないか?
埋没法で溶ける糸ではなかったのか?
これ、どうすんの?
とりあえず、ここからバイ菌が入らないように気を付け、年明けの帰省で、診察を受けた。それが昨日である。
医師がピンセットで飛び出している1ミリもない糸の端をつまみ、少し引っ張りハサミで切った。
もう飛び出した糸はなくなっていた。
こうして、まさにちょうど1年かけて私の骨折体験は完了した!
今年は、女性の還暦にも厄年を増やした神社によっては後厄だが、頭を低くして病気も怪我も災害もなく過ごしたい。
還暦過ぎた身としては、若い頃とは心持ちを変え、体力も思考も過信しないようにするように、でも、徒に老け感覚にならないようにしていきたいものだ。