
先週のスピリチュアル占星術1stの恵那講座の際、
午前の時間を使って夢の跡地へ行ってまいりました。
夢の跡地・・・
それは、少女の頃の私が、
いつか行ってみたいと夢見ていたという意味での
「夢」の跡地でもあり、
かつて全国からオカルティスト達が訪れ、
霊的な学びを行っていた「跡地」でもあるという
ダブルミーニング的な意味があります。
いろんな本を見て、
いろんな話を聞いて・・・
それも勿論、素晴らしいことです。
しかし、台湾で、
かつての日本人の足跡をたどるうちに、
さまざまな人々が
どんな所でどんな空気を吸っていたのか、
そこに立って思いを馳せてみたいと
改めて思うようになりました。
そんなわけで。
せっかく恵那に行っているわけですので、
太霊道恵那総本院跡地へ
行ってまいりました。
太霊道はスピリチュアルに関心のある方なら
ご存知だと思いますので詳細は省きますが、
ご存知ない方のためにwikiを引用しておきます。
太霊道(たいれいどう)とは
田中守平が創始した霊術団体である。
大正から昭和始めにかけての霊術ブームの引き金となった。
霊術家の総数は、昭和初期ごろには、
推定3万人まで達したといわれている。(wikiより)

田中守平
太霊道の修行法は一般的に
霊子顕動法を修得することから始まり、
次に霊子潜動法を修得する。
具体的な訓練方法として、
呼吸法、断食法、気合法、催眠術、
針を刺す法なども用いられた。
また、西洋の心霊主義も取り入れ、
テーブル・ターニングや
ウイジャ板なども用いていた。
最終的には、千里眼、テレパシー、読心術、
降雨術などを修得するに至るという訳である。
彼の修行方法は、東洋と西洋の混合であったが、
それを独自のシステムとして体系化し、
さらには国粋主義的な道徳でもって
思想化したところが特徴であった。
守平のかかげたカリキュラムでは、
わずか10日で修得できるものになっている。
大正9年(1920年)田中守平の故郷である
岐阜県恵那郡(現在の岐阜県恵那市武並町)に
大本院が出来たため、
全国から多くの信者が訪れるようになり、
国鉄中央本線には参拝客のために武並駅が設置され、
また郵便物も増えたため、
武並郵便局が開設されたが、
大本院は数年後に不審火により消失した。
田中が昭和4年(1929年)突然の発作で倒れ、
46歳で亡くなると、太霊道は急速に衰退し、
歴史の彼方に去り、武並村は寒村に戻った。



2014年に岐阜県博物館で開催された特別展
「奇なるものへの挑戦」展でも、
もちろんしっかり取り上げられておりました。
(貴重な資料が展示された特別展で、
今でも再度見たいものばかりでした)
上のポスターの人物名を見て、
おや?と思った方もいらっしゃるかも?
田中守平さんのお名前の右側に、
臼井甕男さんのお名前がありますよね。
「靈氣」というと、いまではまるで
ヒーリングの主体的名称のように思っている方も
いらっしゃるようですが、
当時、様々な霊術家が靈氣というものを語っており、
「靈氣療法」というものを行っていました。
また、電気と同じような、
なにか科学的なエネルギーの名前として
靈氣という言葉が使われていたような節もあります。
今でいうなら、マイナスイオンとか、
ナノイーみたいな感じの言葉だったと想像していただくと
雰囲気がつかみやすいかもしれません。
臼井甕男さんは、当時大勢いた
靈氣を取り扱う霊術家の中のひとりなのです。
「臼井式」と、
わざわざ名称をつけていたという辺りからも、
当時様々な靈氣療法があった事が伺えますね。
そこから直伝靈氣や、西洋レイキなどに分かれていき、
現代再び多種多様な
「レイキ」繚乱とも言うべき時代になったのですね。

こちらからお借りしました★★
何故か日本のスピ界隈では
あまり話題にならないのですが、
海外ではこのように扱った書物もあるようです。
「臼井の先生」というタイトルになっているのは、
田中守平さんと臼井甕男さんが
どちらも岐阜県出身であることと、
田中さんが臼井さんよりも先駆けて
靈氣療法(手かざし)を行っていたことなどが
理由かもしれません。
(この本を読んでいないので推測です)
いづれにせよ、当時、
田中守平さんは国鉄の駅や
郵便局を新設させるほどの
強い影響力を持っていましたから
かなり凄い方だと思います。
今回私が訪ねたのは、
wikiにもある恵那市の大本院跡です。
1920年に作られたものの
不審火で焼失してしまいました。
田中さんが29年にお亡くなりになられていますから、
大本院建設し亡くなられるまで
わずか9年という短い間です。
この跡地は、現在、
たいれいロードパークという名称になっており、
NPOの方々が管理されているようでした。
名称から住所を調べて行ったのですが・・。
見事に迷子になりました。
たまたま出会った
地元の方にお聞きするも、
「あそこにはなーんもないよ?
何しに行くの?」
というお言葉に
行ってみたくて、と答えると、
「ご苦労さんやねー」
と 笑われてしまいました。

空は青く。
どうにか到着!
したものの。
どこが入り口なのかよくわかりません。

なにか石碑が?

ついに来ました太霊道総本院!

何かありました。
が、時間も無いので、
とりあえずそのまま道を下っていくと
池がありました。

マップでみた鏡池という名前の池のようです。

開演記念碑が立っていました。
普段はあまり人が訪れることもなさそうな、
静かな静かな山の中です。
周りは里山保存の会の方々が植栽された
ミニバラのグリーンアイスや
クロッカスに
セージのホットリップスなど
見慣れた洋風の花々が植えられていました。

そこそこ大きい池で、
何か少し大きい鯉かなにかが
時折水音を立てていました。
(姿は見えず)
時期が良ければ
この蓮が綺麗に咲いていることでしょう。
季節ハズレでしたが暖かい日だったおかげか、
真っ白の花がひとつぽつんと咲いていました。
ぐるりと見渡しても、
確かに地元の方が言うとおり、
何もそれらしい遺構はありません。
それでも。
(ああ、ここを目指して
かつては大勢の人々がやってきたのだ。)
そう思うと、胸が熱くなります。

池の周りを歩くとこんなものが。

池の中ほどにも何かあります。
何もないとはいえ、下調べでは、
ここには実は
「ある遺構」が残っている事が
わかっていました。
それは人工導水の滝です。
こちら(★★★)の画像を見ると、
かなり大きいもののようです。
ということで、
滝を探して一路下って行きます。
歩きはじめてすぐに、
右側にちょっとした広さの平地があり、
里芋畑のようなものになっていました。
こちらの本院にはかつて、
霊華殿という建物があったようですが、
もしかしたら、あそこがその跡だったのでしょうか?
実際に現地に来てみるとわかるのですが、
ここは平らな土地がほとんどなく、
一体どこにそのように建物を立てていたのだろうと
少し謎になるような場所なのです。
平らな所というと、
・私が入り口だと思ったあたり(消防の建物がある付近)
・鏡池
・里芋畑
この三ヶ所程度しかありません。
山をまっすぐ降りていくと
有りました!

太霊大滝!
胸が震えるネーミングです!
・・が、滝見台と書いてはあるものの、
単に下山路で立ち止まれというだけのもので、
足元が広くなっている等の事は
一切ありません。
この立て看板が無ければ、
滝見台なんて思いもしないでしょう。
矢印の方向をみると。

・・・あったけど。
岩・・的な・・・?
滝・・?
iPhoneで思いっきりアップにしてみたのですが。

岩・・・・・。
滝見台の道をそのまま下って、
左の草道に降りれば
滝?の真下へ行けるのが見て取れました。
思わずこれで見たことにして
帰りたくなりました。
が。
(太霊道に集まった方々と
同じ視界を見ねば!!!)
ということで、
車を取りに再び山を
頂上まで登り直します。
午後から講座があるので、
車を取ったらそのまま
下に見えた道路へ
直接車で突っ込む算段です。
登ります・・・

山・・・

山で山で・・
足の悪い私には
もはや苦行状態になったところで、
頂上へ到着。
ロードパークの地図で確認して
車でGO!
すると・・・。
坂を下ったところに・・・・。

残されし遺構その2!
太霊道の石門です!!
こちら(★★★)で当時の画像をみると、
かつてはまったく人家がない坂道で
この大きな石門がとても目立っていたのが
よくわかります。
この坂を、田中守平も歩いたのですね。

こちらの石門は、
マップでは両脇にあるように書かれていましたが
実際に立っているのは
こちらの門だけのようです。
台座はコンクリでがっちり補強されていました。
なんにせよ、完全に個人のお宅の敷地内で
あまり眺めているのも申し訳なく。
記念に上の方だけ撮影しました。
そして、車をぐるりと
先程の滝があったほうへ走らせると・・・。
あれ?
ここ来たことが。
恵那には「日天月天」という
素敵なカフェ&お宿&イベントスペースがあるのですが
(現在お休み運転中のご様子です)
初めてお邪魔した際、実は死ぬほど迷子になりました。
なぜかナビがこちらに私を誘導して
何度も何度も往復して走らされたのが、
今滝へ向かっている道だったのです。
※日天月天さんへ行く道はまた別の道です
(ええええ!
あの時見たあの赤い岩!
あれがそうだったの!?)
びっくりする間もなく到着。
道路からまずパチリ。

↑この画像、帰ってから気がついたのですが、
こちら(★★★)にある滝の画像と
ほぼ同じ位置で撮影していました。
これを写す時、当時の人は
ここからどんな思いで眺めただろうと
そう思いながら写していたので
少し嬉しい偶然です。
とはいえ。
こういう事に興味でもなければ、
一体なんだかわからない
単なる赤い岩です。
道のこちらからでは
滝ということもよくわかりません。
大雨が降った翌日などは
もっと滝らしくなるのかもしれませんが。
本当に水はもう流れていないのかを
確認するために
ザクザクと枯れ草野原を侵入。
到着!

真下から見上げると、
「大滝」の名前にはそぐわない
優しげな水しぶきが
そっと私へ降り掛かってきました。
かつての写真のような
大水流はいまはもう
見ることはできないようです。
それでも、まだ、
こうして水は流れていて。
いま私が立っているここに、
かつての人々が思いを込めて
立っていらっしゃったのだと思うと
背筋が伸びる思いがしました。
ここで写した写真は
どれも光が入っていて
うまく写りませんでしたので
せっかく下まで来たのですが
ブログには一枚だけ・・。

滝の正面に見える山並みは
恐らく100年前も変わらないでしょう。
もしかしたら、植林したてて、
緑の具合は違ったかもしれませんが、
この山と空を分かつ稜線は
きっと今も昔も同じなのではないでしょうか。
下にはかつてと同じく
美しい川が流れています。
山と川と空だけが、
栄枯盛衰を眺めているのですね。

最後に道路を渡った所からの1枚。
いつか訪ねたいと思っていた夢を叶えて
元気に午後からの講座に向かった私でした。
【霊術スポット001】
太霊道恵那総本院
(現 たいれいロードパーク)
住所:岐阜県恵那市武並町竹折
スピ度:★★★☆☆
田中守平さんの足跡を訪ねる事ができ
大満足でした。

あなたにもできる!
ハヌルの透視能力開発講座・初級編
【岐阜会場】※詳細はコチラをご覧ください ★★★
◯日時:12月1日(木)13:00-16:00 残席3
◯会場:岐阜県美濃加茂市/美濃太田駅歩15分
◯料金:15,000円
◎申し込み先
reserve★hanuru.info
件名【岐阜透視講座申し込み】にて、
★を@に変えてお送りください。

【東京会場】※詳細はコチラをご覧ください ★★★
◯日時:2017年1月15日(日)13:30-16:30 受付中
◯会場:HUB cafe東京 2Fイベントルーム
◯料金:13,000円
◎申し込み先
透視能力開発講座・東京1月
http://peatix.com/event/212866

神聖香術 ー浄化とその実践ー
【多治見会場】※詳細はコチラをご覧ください★★★
◯日時:11月16日(水)13時〜16時 残席3
◯会場:岐阜県多治見市/多治見駅徒歩7分(駐車場有)
◯料金:15,000円
◎申し込み先
sai4sin☆yahoo.co.jp
☆を@に変えてお送りください。
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