少し前に「HPS(繊細過ぎる人)」という概念がある事を知りました。


その特徴をざっと読んだ時は、私の場合は違うだろうと思い、心のどこかで引っかかりつつも気にしないようにしていました。


HPSの特徴として挙げられていたのが



普通の人よりも疲れやすい


その場の気まずい雰囲気を敏感に感じ取り、疲弊する


他人の気分に左右される


光、音、匂い、感触などに敏感


極端にびっくりしやすい


一度に沢山の事をやろうとすると混乱する


生活に変化があると混乱する


競争させられるのを嫌う


人混みの中に居ると具合が悪くなる



などなど・・・



もちろん症状の出方は人それぞれですが、生まれつきとても繊細で過敏な感覚を持っている人は、社会で約20%10人に2人はいるそうです。




どの症状もピッタリ私に当てはまっていたのですが、私の場合は発達障害によるものだろう、だから私には関係のないものなのだろうと決めてしまいました。



先日、図書館に行った時、何気なくとりあえず読んでみようと思い1冊の本を借りてみました。







少し読んですぐ、私はHPSでもあるのかなと考えが変わりました。


特に薬や食品、添加物等にも敏感な事が書かれていて、思い当たる事が多々あったり・・・




今日は薬の話。


私の場合は精神科の薬を色々飲んでいますが、何故か抗うつ薬は副作用が酷く、1番少ないミリ数をさらに半分に割った量でも吐き気、頭痛が酷すぎて3日と飲めなかったりと、どれだけ鬱状態が酷くてもどの抗うつ薬も飲めません。


最近ではADHDのストラテラを「子どもでも効かない量から始めようか」と出してもらいましたが、3日程でガッツリ具合が悪くなり、自分で自分をコントロール出来ずに家を飛び出し、パートナーに連れ戻されるという騒ぎを起こして中断したり・・・

後日、先生にこういう副作用があるのかと訊いたら

「聞いたことがないねぇ、そういう人もいるんだねぇ」

と不思議がられました。



この本を書いた先生は、精神科でHSPのことも含めて治療している珍しい先生のようで、他の病院でもHSPという概念を取り入れられたらもっと楽に生きられる人が増えるのに、と自分の事も含めて考える良い機会になりました。




これは自分と、私のような境遇の人へ。



私にはあらゆる変な考え、というより強迫観念のようなものがこびりついていて、


それは例えば、通帳に使っていいある程度の貯金があるのに、常に「お金が無い」とか「使ったら無くなっちゃう!」と、必要な時にも使えず何も出来ずじまいになっていたこと。


それは両親が常に不仲で、どういう状況かも分からず、(でも訊いたらぶちギレられただろうし)、とにかくいつ独りになってもいいようにという、無くてもいい自己防衛なんだと思う。


今は必要な物を買う時に躊躇する度、パートナーがおまじないのように


「ちゃんとお金はあるから大丈夫だよー」


「でも使ったら無くなるよねぇ?」


「それは必要な物だし使ってもまだ大丈夫だよ」


という具合。



お金が減ったらまともに生きていけない



といういらない強迫観念のおかげで、色々機会を逃したり、とにかく減らないようにとバイトをしては一部の理解ない人達に傷付いてボロボロになったりを繰り返してきた。



今のところ行き着いた結論は


今の環境を変える


無理をしない


今の自分にできる事、やりたい事をやる



これが精一杯なんだと思う。



そして最近よく分かった事は


私の家庭はかなり歪んだおかしな環境だったんだという事。


それは残念ながら今も変わらないどころか悪化している気がするし、もういい加減、無駄な厄介ごとには巻き込まれたくない、というのが本音。




寝る所もあった、ご飯も出してもらってた。

親の収入はそれなりにあったらしく、お金に困って光熱費が払えない、なんて事も無かった。


それでもね、


幼稚園の頃に眠れなくて(その頃から不眠症だった)泣いていたら怒鳴られてピシャっとドアを閉められたり、


泣いてたらうるさいとキレて叩きまくられたり、


毎日人格否定的な暴言を浴びせられたり、


お風呂に入ったばかりなのに臭いと言われたり、



とにかく両親にとって、私はそこに居るだけで我慢にならない存在だったらしい。


でもなぜか母親は未だに私を病的に支配下に置きたいというのもあるらしく、逆に父親は連絡先もお互い分からないくらい全てを一人で楽しみたい人。




この歳までこんな人達に縛られていた自分って、本当にバカだなって思う。


その事に気付かせてくれて、行動しようと思えるようになったくらい一緒に居てくれているパートナーに心から感謝。



「自分は不幸だったな」って思うのは構わないと思う。むしろ過去の自分をいたわってあげてほしい。


でもやっぱり、ずっと過去に埋もれて「不幸だ不幸だ」って言い続けていたら、これからも不幸なままになってしまうと思う。



どんな形でも良いから信頼できる人に出会えたら、その人に頼ったり、たまには頼ってほしいなと思いながら、昔から抜け出してほしい。



土日、祝祭日は基本的になるべく外に出ません。


平日よりも人が多く、話し声や人混みに疲れて混乱し、周りに泣いている子どもやイライラしている人がいると、自分のせいのように感じてしまってビクビクして人が余計怖くなります。



昨日は全体的に調子が良くなかったいえれど、パートナーが気分転換に行きたい所に連れていってくれました。


最近行きたいと思うようになってきたのは神社。

人が少なくてしずかで、なんだか安心できるからです。


もともとパートナーが神社が好きと言っていたのですが、やっとその良さが分かってきたかもしれません。





賑やかな所で買い物をするのはあまり向いていないと思います。



その後、安平町のD51ステーションに行って野菜を買い、お腹が空いていたのでホエー豚まんを食べて帰りました。







オープンしてしばらくは人でごった返していて、居るのが苦痛にも感じていたけれど、昨日はだいぶ落ち着いて過ごす事が出来るくらい空いていました。

ようやく建物の中をまともに見た気がします。



今日は病院に送るマンガを描きながら過ごした1日でした。


大きな事じゃなくても、今出来る事を少しずつ進めていけたらいいなと思っています。



医学書院さん HP



医学書院さんの「精神看護」5月号に作品を載せていただいた事もあり、


病院の広報委員会さんやワーカーさんの協力で、病院のブログから広報に載せていただいた「まりもちゃん」過去9作品を見られるようになりました。


「まりもちゃん」アーカイブ



社会医療法人こぶし HP


ページの左下の「まりもちゃん」から読むことが出来ます。


またHPから、毎月「まりもちゃん」を載せていただいている広報「うえなえ」も読めます。

今後もこちらの広報に1作品ずつ載せていただける予定で、描ける時に日頃感じた事、思った事、過去の事などを描いています。


感想をいただけると、色々な方の考えを知る事が出来ると思います。
今後のこまち自身の考え方の参考にもなるので、是非色々な声を聞きたいと思っています。


ちょっと気が向いた時、まりも=こまちの世界を覗きに来て下さい。

よろしくお願いします。







最初にこれだけは言いたいと思う事。

学校に行くのが死ぬほど辛いなら行かなくていい。
ずっと行かなかった人間でもこうして大人になっているから心配いらない。

死んだらそれまでなんだから、今は外に出るのも辛いなら部屋に引きこもるなり、行きたい場所や安心して会える人がいるならそちらに行くのが正しいと思う。





私が不登校になったきっかけは、父親の大阪への転勤でした。

因みに私の不登校期間は、小学4年の夏から中学卒業まで。
小学校の時は何日か分からないけど時々学校に行き、修学旅行で広島に行った記憶もあります。

でも中学に上がった途端、私は一度も授業を受けないまま引きこもり、卒業という形になりました。


この期間(それ以前からもあった事ですが)、とにかく苦痛だったのは、ほぼ毎日続いた私の不登校が原因という名目の両親の怒鳴り合い、罵り合いの喧嘩。

小学生の時は、泣き叫んでドアにしがみ付く私を親と迎えに来た教師に力づくで外に引きずり出され、無理矢理学校まで連れていかれた事。

時代のせいか、学校か親か、何が悪いと責めても仕方がないのですが、当時は本人の意思とは関係なく学校に行けば全て解決、という考えがあったように思います。

ネットも何も無い時代。
私は親の怒鳴り声を聞きながらずっと孤独でした。

学校に行く、行かない、不登校問題の話を聞く度に、行かない事の何がそこまで悪い事なんだろうと思うのです。

色んな生き方を選択していいのに。
それをサポートするのが周りの大人の本当の役割なのでは?



私は何をするにも人に追い立てられるとまともに考えられなくなります。

マイペースにしか行動出来ません。

そういう人間がいたっていいと思うのです。


1年前から病院の広報に4コマ漫画を毎月載せてもらっています。


今回、看護師さんや色んな方との縁もあり、「精神看護」という専門雑誌に漫画を4作品と、長く関わってくださっているワーカーさんがこれまでの関わりについて書いてくれました。


雑誌に作品を載せていただくのは人生初の事でなんとも複雑な心境...


発売前に4冊送っていただきパートナーと見たけれど、自分の事だという感じがしないのでなんだかなー


それでも色々な方に見てもらって「まりも」ことこまちの事を知ってもらえたら嬉しいです。






書店やAmazonさんなどで発売中です。



個人的に自分の事より他のどの特集も興味深く、読みごたえがありました。


普段接する事のない雑誌だったのでとても良い経験になりました。



編集者さん、ワーカーさんや看護師さん、描けない似顔絵を助けてくれたパートナーさん。


ありがとうございました٩(๑)۶






毎年、咲いていると知っていたのに外に出られずに見られなかった満開の桜を、今年は大切な人と見ることができました。

天気が良い日は散歩をしたり、最近は急に暑くなる日もあってコンビニでアイスを買って帰ったり・・・


今日は大切な記念日で、パートナーさんと一緒に散歩がてらケーキを買いに。





どれも美味しかった。
でも1番嬉しいのは、独りきりじゃなく2人で食べられたということ。


風が強くて、桜が散るのが早いです。
これからも毎年一緒に見られたらいいな。


今朝、久しぶりに嫌な夢を見たけど、今日は楽しい日でした。
うまく言えないけど、いい一日でした。


特別今日書かなきゃ!という事はない、、、

 

だって今日も明日もあさっても基本は同じだと思うし。

 

 

ただ4分の3くらいは平成を生きてきて、そのほとんどは自分に関する周囲の罵り合いだとか、自己主張しようとすれば押込められたりだとか、頑張って周りとうまくやろうとすると完全に迫害に遭ったりだとかで、いい思い出ってホント少ない。

 

よく病院の先生に「いい事もあったと思いますよ、いい事は思い出しづらいので」と言われたけど、無かったものは思い出しようがない!

 

 

 

わざわざ無理して周りに合わせるのもやめよー

自然と合う人とだけ付き合えばいいと思う。

 

自分のことを罵ったり迫害する人。

もしまたいて傷ついたら助けを求める。

それ以前にそんなところに近づかなきゃいいだけなんだけど。

 

 

無理しなくても大丈夫な、自分にとって楽に生きられるようになりたいな、とは思う。

まだよく分からないし難しいけど。