気が付いたら、病室のベッドの上でした。
お腹が激痛に見舞われるとかはありませんでしたが、枕なしに横たわっている身体は全く起こせません。
父は午後から予定があると言っていたのでいませんでしたが、母が部屋にいてくれているようでした。
麻酔用の針を刺した左の手の甲には点滴がつけられ、着圧ストッキングを履いている足にはさらにフットポンプがセットされて、一定時間毎に交互に膨らみます。
少しだけ違和感があるお小水用の管。
でも、出した感がないのに、勝手に外付けの袋にたまっていく不思議。
血中酸素濃度計が左手人差し指に挟まれており、心電図モニターもつけられていたようです。
ドラマで見るような、心臓の動きに合わせて音を出す機械等は部屋になかったので、異常があった時、どうやって看護婦さんにお知らせがいくのかは不明でしたが‥
また、しばらくして右手・左手それぞれに縄跳びの持ち手のようなスイッチを握らされていることに気付きました。
どのくらいの間隔でかは不明ですが、看護婦さんが来ては、熱・血圧を測り、お腹の音を聴診器で聞き、出血量や傷の様子を見てくれていました。
手術前に履いていたパンツは紙袋に入れられて、母に渡されていたようで、術後はオムツみたいなフレックスパンツというのを履かせてもらっていました。
入院持ち物に書いてあり、病室の売店で購入したものです。
何度、フレックスパンツのマジックテープを剥がされ、傷や出血量を見てもらったことでしょう。
身体の辛さに、恥ずかしい等という気持ちはどこかにいってしまいました。
少しして、右手で握っているのは、ナースコールと分かりましたが、左のスイッチが分からず、何度目かの測定時に聞いてみました。
左の手の甲につながっている点滴の一つは痛み止めだそうで、痛みがひどい時に握っているスイッチを押すと、少し多目の量が流れて、痛みが緩和される仕組みとのこと。
最初に握らされてた時に説明があったのかもしれませんが、全く覚えていませんでした。
入院時にもらった予定表によると、部屋に帰ってから平均で3時間後に水を飲んでも可となるようです。
朦朧として記憶が曖昧ですが、水を飲んでみますか?と言われるまで酸素マスクもしていたかもしれません。
水は、部屋備え付けの冷蔵庫に入れてあったので、すぐ出してくれました。
ストローはどこですか?と聞かれ、ええと、観音開きの扉の中の手提げに‥となんとか答えられましたが、今思うと最初から机の上に出しておく等、指示をもらっていた方が良かったのでは‥
夕方、母が帰り、長い夜を過ごしました。
ベッドの上では足を曲げ伸ばしした方が回復が早いと手術のパンフに書いてあったのを思い出し、実践してました。
また、ずっと仰向けに寝ていると腰が痛くなりますよー、と言われ、水を飲む以外にも出来る限り寝返りをうってました。
ウトウトしては、足をポンプに刺激され、寝返りをうちつつ、両手のスイッチが命綱のように感じられ、決して離しませんでした。