じぇっとエッセイ -3ページ目

焼肉ストリート

徹夜で並んでチケットぴあでチケットを買った。彼女のぶんも一緒に。
コンサートの日、結局彼女は姿を見せなかった。
余ったチケットをダフ屋に売った。ダフ屋は「この人って有名なの?」と俺に訊いた。「どうなんでしょうね。」俺は答えた。
徹夜で並んで買った甲斐もあり前から4列目の席でコンサートを見た。となりには暗い感じの女の子がひとり。「そのチケット、俺がダフ屋に売ったんだ。このあと飲みにいかないか?」当たり前のように断られてコンサート会場を後にする。

心斎橋筋を南に下る。家に帰る気分じゃなかった。くたびれたカバンからオールド・グランダッドのボトルを取り出し口を付ける。胃袋に温かみを感じながらゆっくりゆっくり歩いた。ミナミの夜は神戸とは全く違う。日付が変わる頃だというのにものすごい人の数だ。この人の数だけいちいち生活があり、悲しみがあるのかと思うと多少気持ち悪くなったが考えるのをやめた。昨日別れ際に見た彼女の笑顔と決意のこもった声が俺の思考力を奪ってしまっていたのだ。

戎橋に着いた。橋の上でギターを弾いてる奴がいた。下手なブルースを歌っている。足を止める人もなく、そいつの周りはホストクラブの客引きがうろうろしているだけだった。
酔っていた。少し、いやかなり酔っていた。
「ギターを貸してくれないか?」
そいつはギターを貸してくれた。赤の他人にギターを貸すなんて自分の女を知らない男に抱かせるようなもんだろ?借りておいてなんか不機嫌になっている自分が面白かった。
決してコンディションがいいとは言えない古いギブソンのギターを弾いた。気がつくとデカい声で歌っていた。

Stand by me!

がなり立てていた。寂しくてたまらない。通りすがりの人がなぜか千円札を一枚くれた。
「やるやんけ!」ギターを貸してくれたやつが笑った。歌を歌って金をもらえるなんて思ってもみなかったので少しびっくりした。オールド・グランダッドを回し飲みしていたら朝になった。開けっ放しのそいつのギターケースには10円玉が2枚入っていた。
次の日もその次の日もコンサートを見にいった。
3日公演だったのだ。最終日以外は空席が目立った。ダフ屋が「この人あんまり人気ないんやな。全然商売にならへん。ユーミンのほうに行っといたらよかった…。」と言っていた。知らんがな

彼女は心斎橋にある紳士服の店で働いていた。彼女についてはそれだけしか知らなかった。ほかに彼女について知っていたのは婚約してる男と結婚することにしたっていうことだけだった。
会いたい。彼女に会いたい。くたびれたカバンにワイルド・ターキーのボトルを入れ、楽器屋で買えるなかでいちばん安い弦を6セット用意して戎橋に向かった。ギターケースをぶら下げて。
金曜日の午後9時のミナミの街は人が溢れていた。この中にきっと彼女がいる。そう思って歌うことにした。戎橋の橋の上で。

サラリーマンってのは9時5時で働いている。だったら俺は9時5時で歌ってみよう。夜の9時から朝の5時まで歌うことにした。
知ってる歌はなんでも歌った。知らない歌も適当に歌った。歌うと小銭が開けっ放しのギターケースの中に投げ入れられる。中には札をくれる人もいた。汚い作業服姿のおじさんのリクエストに応えると二万円くれたときはびっくりした。
何十曲も歌い続けたおかげで背筋がパンパンになりながら朝になって金を数える。小銭だけで八千円くらい、札が四万円くらいあった。この調子なら週1で歌えばなんとかなる。しばらくこれでやっていこうと思った。そう、その瞬間は彼女に会いたいなんて気持ちはどこかにいっていた。
ギターケースを閉じて帰り支度を終えた。橋の反対側では先週ギターを貸してくれたやつがシンナーを吸ってご機嫌になっていた。そいつのギターケースにはその時も10円玉が2枚入っていた。

毎週金曜日の夜9時から朝の5時まで歌うことにした。雨の日は家にいようと思ったがなぜか金曜日には雨が降らない。結局毎週歌いにいった。
カウボーイブーツを履き、テンガロンハットをかぶり、ギターケースとバーボンのボトルをぶら下げて毎週毎週歌いにいった。
その日も声を枯らして歌っていた。俺の歌に合わせてどこからともなくハーモニカの音が聞こえてきた。音のする方向に目を向けるとギターケースをぶら下げた背の高い白人の男が近づいてきた。
「このあたりで歌っても構わないか?」少し訛りのある英語で訊いてきた。「構わないと思うよん。警察も何も言ってこないし。」もっと訛った英語で俺は答えた。彼はギターをぶら下げていろんな国を旅しているそうだ。しばらく話しこんだ。
「日本の路上で歌ってもちっとも金にならない。ガイジンっていうのが珍しいのかたくさん人は集まってくるが金をくれない。」と彼はこぼした。
アメリカのようにストリートミュージシャンがたくさんいる国では足を止めたらコインを投げ入れるのが礼儀とされているらしい。

そうかもしれない。実際に路上で歌ってみて何が大変かといえば道行く人の足を止めることなのだ。ひとりきりでアコースティックギター1本抱えてマイクもない場所でいくら声を張り上げても足を止める人は少ない。足を止めたということは歌を聴く意思表示をしたということで歌の対価としてコインを投げ入れるのが礼儀だというのはわかる気がする。
「とりあえずやってみるわ。」彼は俺から少し離れた場所で歌い始めた。
みるみる人だかりができたが結局金を払う人はほとんどいなかった。「別の場所を探すよ。頑張ってな。」と言い残して彼は去っていった。

だけど俺は路上で歌い道行く人から金をもらって口を糊していた。まずは足を止めることだ。カウボーイみたいな格好で人目を引き、それだけではインパクトに欠けるのでケツを丸出しにして走り回ったり、放送禁止用語を連発してみたり…。あるときテレビ局が取材に来て歌ってみろというので歌ってみた。放送を見たら(うれしがり)ピーピーピーピー、歌詞(なんてもんでもないが)を消されていた。
俺は路上に生き、そして死んでいく!なんかメジャーになれない負け惜しみみたいだけどその頃はそう思っていた。

そんなケツを丸出しにしながらギターを抱えて走り回っていたあるとき、ひとりの女の子が俺を見てケラケラ笑っていた。「何がおかしい?(っていうかおかしいやろ)」彼女に訊いてみた。「だって背の低い日本人のカウボーイがお尻丸出しで走り回っとったら笑てまうやんか。」彼女は唇をウニュウニュ(俗にいうアヒル口)させながらそう言った。(アカン、かわいい。めっちゃタイプや!)
「なんやと!そんなにおもろいか?おもろい思うんやったらやらせてくれ!」とりあえずギャラリーの笑いが欲しくて土下座した。

「実はわたしマフィアに狙われているの。危険な女やねんよ?」彼女が言った。
「無理に面白いこと言おうとせんでええよ。で、やらせてくれる?」彼女は答えるかわりに電話番号を書いた紙をくれた。

次の朝家に帰ってシャワーを浴びてから受話器を手に取る。

毛虫









毛虫
















毛虫って















毛虫ってヒドい名前だね













¬(゜~゜)Γだって毛虫だよ?

無精ひげ

確か僕が幼稚園に入る前のこと、その日は日曜日だったと思う。
僕の父親はお世辞にも活動的とはいえず、かといってこれといった趣味もない人だったので休みの日はたいてい家でゴロゴロしていた。
母親が用事で出かけてる日にたまに父親がどこかに連れて行ってくれてもせいぜいバッティングセンターくらいなものであとはたいがい喫茶店か本屋。喫茶店では好きな飲み物を飲ませてくれたし本屋では好きな本を買ってくれたから僕は嬉しかったんだけど、いまにして思うとつまらない親父ではある。

僕の父親は世間一般でいう仕事人間てやつではあったが家ではとてもだらしなく、休みの日はひげも剃らない。母親がいくら文句を言っても全く聞く耳を持たず、居間で寝転んで新聞を読んでいた。

業を煮やした母親が語気を荒げる。

「もういい加減にしてちょうだい!休みの日やからって無精ひげ生やして!」

そばで様子を見ていた僕は気になって母親に訊いた。

「ぶしょうひげってなに?」

母親は少し落ち着きを取り戻して「ちゃんと剃ってないひげのことよ。」と教えてくれた。

「ふーん。ぶしょうひげかあ。」

僕は新しい言葉を覚えたのが嬉しくて繰り返した。

それから何日か経ったある日、僕は弟と母親と3人でお風呂に入っていた。弟はまだ小さくて自分で頭を洗ったりできなかったので母親がシャンプーするんだけど(とはいえ小学校低学年まで僕はシャンプーハットなしで頭を洗えなかった)その様子を僕は湯船に浸かりながら眺めていた。

頭を洗われながらビービー泣く弟をバカにしながらマブチモーターのついたウルトラマンの人形で遊んでいると見たことのある光景が目に飛び込んできた。

「あっ、ぶしょうひげ!」

僕は母親の脇の下を指差して叫んだ。



数秒後ボコボコにされた。



間違ったことは言ってないのに!

後日母親は井戸端会議で僕の「ぶしょうひげ発言」をネタに充分すぎるほどの笑いを取っていた。


ボコられ損である。

世の中ってのは理不尽なものだと悟ったのはこの時のことだ。