じぇっとエッセイ -2ページ目

焼き肉ストリート3

路上で歌い始めて3ヶ月ほど経ったある日、暇つぶしに元町の楽器屋に立ち寄った。壁一面にバンドのメンバー募集の貼り紙。その中の一枚が目に留まった。
【全パート募集 ボーカル、ギター、ベース、ドラム、キーボード、ハーモニカ、ホーンetc.】
何じゃこりゃ?“全パート募集または加入希望”ってのはよく友達がいないボーカリストが貼り付けてるけどボーカルも募集してるし…。なんか気になったので電話をかけてみた。
じ「あのー、貼り紙を見てお電話させていただいているのですが…」

マクドナルドで待ち合わせてその人に会った。ラスタカラーのTシャツを着た怪しい中年の男の人だった。コバヤシと名乗るその人が俺に楽器は何が出来る?と訊くのでアコギとハーモニカと答えたらハーモニカを持って練習スタジオに来いという。よく分からんがとりあえずスタジオに行ってみることにした。つまらんかったら帰ったったらええし。

春日野道にある練習スタジオ(いまはもうない)に入るとすでに何人かが練習していた。コバヤシさんはギタリストでかなり上手い。全員が集まったところで紹介された。ドラム、ベース、ピアノ、ギター×2、テナーサックス、ボーカル。俺が入ると8人編成のバンドだ(多いよ)。とりあえずという感じでセッションする。スリーコードのブルースばかり。全部同じに聞こえたが違う曲だそうだ。わからないまま適当にハープを吹くと「ええ感じやん、ものっそブルージーやん!」と若いギターの人に言われ困惑した。


2時間くらいグダグダと音を出してその日は終わった。全員でロイホ(!?)に移動してグダグダと話をする。何人かがブルースについて熱く語ったりするのだが俺はあまり聞いてなかった。つまんねーなあ帰っちゃおっかなあとか思いながらタバコを吸ってるとライブの日取りが決まっていた(早いよ)。
ロイホを出ると若い方のギタリストが話しかけてきた。
ギ「普段どんなん聴くん?」
じ「んー。トム・ウェイツとかライ・クーダーとか…。ブルースやったらロバジョンとかサン・ハウスとかチャーリー・パットンとか。」
ギ「渋っ。」
じ「…。」

会話はそれほど弾まない。

何度か練習スタジオで音を出すうちにライブの日が近づいてきた。例によってロイホで2、3時間だべる。音楽の話が嫌いな俺には苦痛だったがメンバーの半分が下戸だったので仕方ないといえばそうだった。
ふとコバヤシさんが「自分、道ばたで歌っとうんやろ?今度のライブで前座やるか?」と言ってきた。「やります。」と俺は答えた。若い方のギタリストに「横でギター弾いてぇや。」と頼む。そこで即席のユニットが誕生したのだった。

ライブは日曜日の昼間だった。コバヤシさんとボーカルのアオキ君がたくさんお客を呼んでいたので店の中は人で溢れていた。
お客は「キャーッ、久しぶりぃ」だの「うおー、どないしとったん?」だの言って騒いでいる。全然知らない学校の同窓会に紛れ込んでしまったような気分のまま前座の出番を迎えた。
客電が落ちる。ざわついたままの客席。俺はチューニングをしながら「キーはB♭。適当に弾いてくれ。」とものすごくいい加減なことをギターのイワムラ君に向かって言った。精一杯デカい声で歌ったが客席は静かにならない。俺の隣ではイワムラ君が見事に“適当な”ギターを弾いてくれていた。歌い終わると思い出したように客席からパラパラと拍手が起こったが義理以外の何物でもない。

かなり悔しい思いをしながらギターをケースにしまい込むとほどなくバンドの演奏が始まった。さっきまでとは打って変わって盛り上がる客席。「くだらねー、ケッ!」などと思いながら(負け惜しみ)ハーモニカを吹く。悔しいので割り振りを無視して吹きまくる。…がまったく誰もこっちを見ていない。


チキショー、目立ちたいぜ…

そこでひらめいた!


※ここでいう「割り振り」とはそれぞれが担当するソロパート及びその直前のバッキングパートを指し、それ以外は余計なことをしないのが基本(古いけどディープパープルの演奏なんかを聴いてみるとよくわかると思います)。

ギリシャの古い諺に「目立ちたいなら尻を出せ」というのがある(ねーよ)。とにかく目立ちたかった俺はとりあえずGパンを下ろしてケツを出した。「ギャー」なかなかのリアクション。座ってる女の子の膝の上に座った。「ギャーギャー」泣き叫ぶ女の子。

勝った!


(いま考えるとわけわからんな、俺…。いや、いまもたいして変わらんか…。)

気が済んだ俺はGパンを上げてハーモニカを吹く。ふとメンバーを見るとみんな自分の演奏に夢中で俺のことなんて気にもしていない。唯一コバヤシさんだけがギターのソロを弾きながら俺の方を見てニヤニヤ笑っていた。なんじゃその余裕。キャリアを積んだミュージシャンてすごいなと妙なところで感心してしまった。(実はコバヤシさんはもともとプロのミュージシャンでNHK教育テレビの音楽をつけるような仕事をしていたらしい)

ライブが終わってとりあえずビールを飲む。俺のハーモニカを気に入ってくれた人が何人か声をかけてきてくれた。
「自分めっちゃブルージーやなあ!」
意味がよく分からなかったがとりあえずお礼を言う。30歳くらいの女の人が「めっちゃおもろいやん自分!ファンクラブ作ったげるわ!」と言うので冗談だとは思ったがこちらにもお礼を言う。若い女の子達は俺を避けるのだがそれはそれ。気に入ってくれる人が少しでもいたらやっぱり嬉しいものなのだ。
何杯かビールを飲んだところで近づいてくる人がいる。

「んまぁああ!素晴らしいぃっ!」小太りの中年の男の人だった。握手を求めて手を差し伸べられたのだがその人があまりにオカマチック(死語)で気持ち悪かったので俺は思わず手を引っ込めてしまった。
「もう、なんで手ぇ引っ込めるのよぅ(笑)」ちょっと怖くなった。いよいよオカマチックだ。そのオカマチックなMさん(神戸で音楽やってる人の間では有名な人だし、オカマチックって書いちゃったのでここはイニシャルで…ってか知ってる人間にとってはオカマチックってのが最大のヒントになってしまって意味ないよなあw)は店のオーナーだった。

「いま平日ウチで歌ってくれるアコースティック系の子を探してるんだけどよかったらやらない?」なんでも店の防音がちゃんとしてないので平日はほかのテナントから苦情が来るのでバンドは入れられないらしい。毎週毎週路上で歌っていてまさか屋根のあるところで歌えるとは思ってもみなかったし、少しだけどギャラも出る、何よりギャラが安い代わりに酒を原価の半額で飲ませてくれるというので喜んで引き受けた。
翌週から毎週木曜日にその店で歌うことになった。初ライブの日、ファンクラブを作ってやると言ってくれた女の人がたくさん知り合いを呼んでくれたので客席は8割がた埋まっていた。冗談だとばかり思ってたのに本当に応援してくれるらしくちょっと面食らってしまったがやはりそこは嬉しくなり俺はワイルド・ターキー(12年のほう。おいしい。)、イワムラ君はジンをがぶがぶ飲みながらゴキゲンで初ライブ。
「キーはA。適当に頼む。」例によってイワムラ君に適当なギターを弾いてもらいつつその場で適当に歌詞を考えながら歌う。俺もイワムラ君もかなり酔っ払っていていま思えばお客に対して失礼なレベルの演奏だったがなぜか妙に盛り上がる。俺はやたら調子に乗り30分のステージを三度こなすのだが3ステージ目の終了までにワイルド・ターキーのボトルは空になっていた。

ベロベロになりながら少ないギャラを受け取りギターケースをぶら下げて最終に乗り家に帰る。屋根のあるところで歌えたこととある程度笑いも取れたことでその日はとても満足していた。

そして翌日はミナミの路上で歌う。マスコミは連日バブルの崩壊を伝え、なんとなくミナミの空気も澱んで感じた。その頃から一晩歌って稼げる額が少しずつ減っていった。

秋になる頃には一晩歌っても7千円ほどしか稼げなくなった。ミナミまでの交通費が往復2千円、弦代が3千円、ウイスキーが3千円。合わせて最低8千円以上稼がないと赤字になる。それで俺は路上で歌うのをやめることにした。初めてミナミで歌ったときにギターを貸してくれた奴に「お前は金のために歌うのか?」と訊かれたが「そうだ。」と答えられるほど自分の歌に自信があったわけでもなくましてや「好きで歌ってる。」なんて言い切れるほどバカでもなかった。歌うのが好きなだけなら誰かに聴いてもらおうなんてせず自分の部屋で歌えばいいのだ。



あ。いまの俺はそうかも…。歌う引きこもり。

お母さん、生まれてすみません。

¬(゜~゜)Γ死のう

焼き肉ストリ−ト2

「名前なんていうの?」
俺は彼女の名前も聞いてなかった。
「わたしはミコ。あなたは?」「いや、別に名乗るほどの者でも…。」「つまんないよ?」「そうですか…。(そういう割には笑ってるじゃん)」いろんな話をした。


朝になった。缶ビールを飲みながらテレビをつける。隣ではミコが寝息を立てていた。(ミッキー・スピレーン風場面展開)

次の週からも戎橋に歌いにいった。その頃の俺は路上で歌うコツのようなものを掴みコンスタントに4、5万は稼げるようになっていた(いまやってみろっていわれても多分無理)。
ミコとはしょっちゅう会うようになっていた。ある土曜日ミコが言った。「わたし今日誕生日なの。」「年に何度も誕生日のある女を知ってるぜ。」「ほら、ホンマに!」彼女は真面目な顔で免許証を出した。それには笑ってしまった。「そっか。昨日歌って稼いだ金が5万いくらある。なんか買ってやるよ。予算は4万!」少しはデート代を残しておかないといけない。

「じゃあ、指輪!」ミコは嬉しそうに三宮の小さなアクセサリー屋に俺を連れていった。「うーん。ペリドットってかわいいのがないね。」ミコは口を尖らせた。「8月生まれだからってペリドットにこだわらなくても獅子座の守護石はルビーだったりするぜ?」「なんでそんなこと知ってんの?」「言いたくない。」「あらそー。すいませんこれくださーい。」
37500円のルビーの指輪を買った。買い物前の予想より少なくなった釣りを受け取りながらちゃっかりしてやがるなどといろいろセコいことも考えたがやたら喜んでいるミコを見てるとどうでもよくなった。

「何か食べにいこう。」ミコを連れて俺の地元まで電車に乗った。行きつけの喫茶店の斜め向かいにその焼き肉屋はあった。俺の家は家族で外食する習慣もなく(貧乏だってのもある)、焼き肉など食べにいったこともなかったが店の前を通る度にとてもいいにおいがしたので一度行ってみたかったのだ。路上でとはいえ歌って稼いだ金もある。しかし足りないと恥ずかしいので銀行でいくらかおろしていった。少し緊張しながらのれんをくぐる。

中途半端な時間だったので店には俺達のほかには客がいなかった。おかげで「あそこの人と同じ物を作戦」が遂行できずメニューを見てもなにがなんだかよく分からなかったがとりあえず生ビール(俺)と烏龍茶(ミコ)とタン塩から頼んだ。タン塩はアイドル時代の浅香唯が好物に挙げていて印象に残っていた。(余談だがそれ以前のアイドルの好物はフルーツだのケーキだのばかりだったのだが浅香唯が流れを変えた。アイドルが所謂アイドルではなくなった瞬間であった。)
世の中にはこんなにおいしい食べ物があるのか!感動しながらほかにもメニューの中から聞いたことのあるもの(骨付きカルビとか上ミノとか)を選び注文した。

「なんか嬉しそうね?」ミコが言った。「好きな女の子とおいしい物を食べるのが夢だったからね。」生ビール2杯で酔ったようだ。「ウイスキー飲みながらピーナッツかチョコレート食べてるイメージしかないよ?」「ぬぅ。そういえばまともな食事は何ヶ月振りだろう…。」実際、酒ばかり飲んでいたせいで食べ物をほとんど口にしなく(できなく)なっていた。しかし何故だかその日はやけに胃の調子が良く、結構な量の肉を平らげた。仕上げにビビンバまで食べて勘定を払う。

会計は“5900円”だった。ビールを2杯しか飲まなかったのも大きいが予想よりはるかに安かった(居酒屋で飲むより安いぐらいだ)ので10年以上経ったいまでも強烈に覚えている。今にして思えばその店は庶民的な値段でいい肉を出すとても良心的な店だった。このときの経験がいまの俺の焼き肉好きにつながっているわけである。
「おいしかったねー。」「おう!また食べよう。」ニンニクのにおいを撒き散らしながら手を繋いで歩いた。俺の住んでる街は何もない街だがまんざら捨てたもんでもない。「引っ越してこないか?」冗談めかしてミコに言ってみた。「うん?」チキショー、聞いてなかったな?


…っていうところでひと段落(書けない話が多すぎ)、やっと焼き肉屋に行けました。

続き

「おはよー。とりあえずやらせてくれ。」電話をかけた。
「おはよう。あはは。他の言葉は知らないの?」彼女が答えた。
「ニホンゴスコシダイジョブ。ヤラセテクレ。」
「わたし処女やよ?」
「この国の処女は10年前に絶滅したと新聞で読んだ。」
「じゃあ、世紀の発見やね?」
「俺は下ネタは嫌いだ。」
「あはは。あなたみたいな人好きよ。」

デートすることになった。

元町駅で彼女と落ち合った。飲みに行くには時間も早いのでメリケンパークを散歩した。ポニーテールを揺らしながら歩く彼女。やたらきれいな髪だなあ、などとボーっと後ろ姿に見とれたりしていた。「歩くの遅いね。そんな奴は置いてゆく!」ふざけ合いながら神戸の街を歩いた。
「ガス欠だ。」俺は彼女に向かって言った。「んー?クルマとちゃうよ?」おそらく近畿で五番目くらいに間抜けな声を彼女は出した。「とりあえず飲みに行こう。そしてやらせてくれ。」「わたしお酒飲めない。」「ところが俺は飲めるんだな、これが。」

限界だった。連続飲酒が祟り、その頃の俺はアルコールなしではまともに動くことさえままならなかった。ウイスキーが飲めればどこでもよかったが彼女の手前自分が知る範囲でいちばんまともな(俺にとってはつまらない)バーを選んだ。彼女にジンジャーエールを、自分にはジャック・ダニエルズをストレートで頼み指の震えを悟られないようにタバコに火を点ける。背中が冷たくなるほど冷や汗をかいていた。タバコを二口ほど吸ったところでやっとジャックに再会できた。「会いたかったぜ、ジャック!」ショットグラスに向かって呟く。そこで気付いた。


焼き肉ストリート2に続く