ヴァン・ドゥーゼン・シリーズの短編集。科学捜査探偵。様々なトリックによる犯行。[???]
オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン:哲学博士, 法学博士, 王立学会会員, 医学博士, 歯科博士, 探偵, “思考機械”
ハッチンソン・ハッチ:新聞記者
マーサ:ヴァン・ドゥーゼンの家政婦
マロリー部長刑事
「呪われた鉦」:突如鳴り出す鉦。
「幽霊自動車」:一本道で消える自動車。
「復讐の暗号」:不審死にまつわる暗号。
「消える男」:部屋から時折姿を消す男。
「跡絶えた無電」:打電中に殺された通信士。
「ラジウム盗難」:部屋から失われたラジウム。
「三着のコート」:裏地を切り裂かれた三着のコート。
「百万長者ベイビー・ブレイク誘拐」:跡絶えた足跡。
「モーターボート」:モーターボートに乗っていた海軍衣装の死体。
「百万ドルの在処」:隠された遺産捜し。
「幻の家」:地図にない道の先にある家での怪奇譚。フットレル夫妻による連作。
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
東京創元社の独自編集短編集の第二作。頭と末に「呪われた鉦」「幻の家」という印象的な作品を配し、その他も小粒ながらそこそこ安定したクオリティの作品が収められており、前集に劣るということもないだろう。(いまひとつ焦点がぼやけた作品も散見されるが)
前集よりもヴァン・ドゥーゼンの三枚目的な(人間的とも言える)描写が目立つのは面白い。
「呪われた鉦」
フランクリン・フィリップス:実業家
フィリップス夫人:フランクリンの妻
ハーヴィ・フィリップス:フランクリンの息子
ジャイルズ・フランシス:フィリップス家の使用人
キャンプ:フランクリンの秘書
ヨハン・ワーグナー:古道具屋
奥松巳:日本の外交官の息子
パーデュウ博士:医師
実業家・フランクリン・フィリップスの書斎に吊られた鉦が突然鳴った。風もなく、虫がぶつかったわでもない。その鉦は妻から贈られた物。さっそくフランクリンはそれを販売したという古道具屋のヨハン・ワーグナーを訪ねるが、彼はそれを売っていないと頑強に主張した。
ある日、奥松巳がフィリップス家を訪問した。たまたまその際、その鉦を目にした彼は途端に呆然とし、それを崇拝するような仕草を見せた。我に返った彼はその理由については語らなかったが、この鉦についての知識があるらしく、突然鳴ることまでわかっていた。松巳は鉦を譲るように希望したが、フランクリンは断った。フランクリンは鉦についての知識を求めたが、松巳はやんわりとそれを交わした。
その後、ワーグナーから手紙が来た。例の鉦を買い戻したいという。売った覚えも見たこともないと主張していた彼からの要求など断固拒否したが、何としても手に入れたいらしく、その金額は日に日に釣り上がっていった。
フランクリンは日に日に神経質になっていった。表面的な態度とは裏腹に、突然鳴り出す鉦に怯え切ってしまっていた。そんなときに書斎で射殺体が発見されたのだ。それはあのワーグナーだった。鉦には血痕が付いていた。そしてフィリップス家の使用人・ジャイルズ・フランシスが姿を消していた。
鉦が鳴るのは共鳴によるものだった。様々な条件が揃ったときに、遠くの時計の音に反応していたのだ。殺人事件についてはもっと単純である。どうしても鉦が欲しいワーグナーが銃を手に盗みに入り、それを見咎めたジャイルズがその銃を奪い彼を射殺し、怖くなって逃げ出しただけなのだった。
さて、心身ともに衰弱していたフランクリン宛に、鉦が11の鳴ったときに云々という手紙が実は届いていた。それは宗教的意味合いを含む死を予告する内容で、そんなものを本人に読ませたら症状が悪化してしまうと、ヴァン・ドゥーゼンはそれを隠した。迷信的なものなど一顧だにしない彼はその手紙をあっさり灰にした。
数日後、フランクリンはすっかり回復した。ジャイルズも発見され、事件についてのヴァン・ドゥーゼンの推理の正しさが証明された。
それからさらに数日後、フランクリンはベッドの上で死体となっていた。額にかすかに残る青白い痣のような跡は、三つの焔の輪の中に点が三つ打たれたような印に見えた。
思考機械譚としては珍しく、科学的・合理的にすべてきっちり解決という形になっていない。最後に怪奇的な展開を見せ、不気味な余韻を残している。
「幽霊自動車」
ベイカー:特別巡査
ボウマン:同
ジミー・タルハウアー:長距離自転車選手権王者
フィールディング・スタンウッド:銀行頭取
ジョゼフ・マーシュ:銀行の支配人
左右を長い壁に挟まれたその一本道の両方の出入り口には、速度違反の取り締まり警官が立っている。ところがその一方を通過し、中に入った自動車がもう一方に姿を現さずに消え失せてしまうという、“幽霊自動車”事件が頻発するようになる。
幽霊自動車の正体は二台のバイクを横に連結し、座席を渡すという特殊なものだった。一本道の壁には小さな隙間があり、連結を解除すれば二台のバイクはその隙間を抜けて行けるのだ。その理由は、単にそっちのほうが近道だからであった。
フランス軍の開発による特殊なバイクなどというのがなんとなく胡散臭いのはともかく、目撃者がその乗員数まできっちり確認していながら車と見間違うというのはなぁ。当事者は意図的に偽装したんじゃないんだから、見間違いさせるような加工してたわけでもあるまいし。
遅刻しそうだから速度違反してまでも急いでさらに近道を…という理由もねぇ。初回は納得できるが、絶対に注目されたくないであろう悪事絡みなのに、毎回警官を振り切ってまでそれを繰り返す適当な理由くらいは付けて欲しいところ。
「復讐の暗号」
ポムロイ・ストックトン:発明家
ジョン・ストックトン:ポムロイの息子
エリザベス・ディヴァン:ポムロイの養女
モントゴメリー:執事
フレデリック・スローン:弁護士
ベントン:医師
ヴァン・ドゥーゼンのもとにある手紙が持ち込まれる。その内容は遺産をすべて息子に残すというものだったが、いくつか妙なところがあり、暗号のようでもある。それを持ち込んだのはエリザベス・ディヴァン。その手紙を書いたという故ポムロイ・ストックトンの養女である。
ヴァン・ドゥーゼンは暗号はすぐに解読した。それによるとポムロイは息子・ジョンに殺されたとある。しかし殺人者たるジョンの強制によって書かされた手紙に、このような込み入った暗号を紛れ込ますというのも不自然である。ヴァン・ドゥーゼンはこれは逆にジョンを陥れるための偽書と見抜いた。
手紙はエリザベスの手によるものだった。彼女はポムロイが自然死したのを好機としたのだ。彼女はこの暗号をヴァン・ドゥーゼンに解読させ、ジョンを死刑台に送り、ついでに遺産の分け前を増やすつもりだったのである。
暗号というテーマを用いつつも、推理劇よりも人間ドラマに重点が置かれている印象。最後の段落もそれを感じさせる。
「消える男」
チャールズ・デューア・キャロル:“キャロル-スウェイン-マクパートランド社”社長
ニック・キャロル:同社創立者, チャールズの祖父
ゴードン・スウェイン:同社総務部長兼財務担当重役
ブラック:同社経理社員
若くして“キャロル-スウェイン-マクパートランド社”の社長に収まったチャールズ・キャロルは時折社長室から消え失せることがあった。確かに部屋に入っていたはずなのに、室内を覗くとその姿がなくなっていて、しばらくしてまた覗くとそこには本人がきちんと座っており、ずっと部屋にいたと言い張るのである。
ある日、重役のゴードン・スウェインがチャールズに呼び出された。ゴードンの管理下にある証券が持ち出されたというのである。チャールズは保管されている全証券をさっそく社長室に持って来させ、自ら調べ始めた。
チャールズが部屋から姿を消したトリックはなんということはない。自室の窓からぶら下がり、下の階の部屋へと移って抜け出していただけである。彼が姿を消したのは、そのときを利用して、社で預かる証券を持ち出し利殖を図っていたのだ。彼は充分な利益を上げ、証券はそのまま戻していた。
窓から抜け出して下の階の部屋へ…って、じゃあ帰りは社長室の上階の部屋までこっそり上がって…?w
ゴードンが管理する証券をこっそり持ち出した手口が不明だが、チャールズは社長だから簡単に持ち出せるのだろうか。それとも宣誓供述書が偽造?
「跡絶えた無電」
ジョン・ダイル:船長
ハリー・テネル:一等航海士
フォーブス:二等航海士
チャールズ・イングレアム:通信士
メイア:船医
ミス・ベリングデーム:乗客
クラーク・マシュウズ:乗客
航海中に唯一の通信士のイングレアムが殺害された。第一発見者は一等航海士のテネルで、凶器は前日に彼が紛失したというナイフだった。彼の話によると、自室で通信文を書いているときに通信室で打電する音が聞こえていた。それが途切れたため、イングレアムの通信が終わったと思い、次に自分の通信文を打電してもらおうと通信室へと向かった。するとイングレアムが死んでいたという。ダイル船長にとってテネルは信頼が篤い男である。ひとまずこの件を口外禁止にして、彼を自室に待機させた。
しかし狭い船内でのことゆえ、この殺人事件の話は瞬く間に船じゅうに広がった。その話を聞いた一人、ミス・ベリングデームはショックのためかデッキに突っ伏した。なんと彼女はイングレアムと婚約者なのだという。彼女から話を聞いた船長は、テネルの拘束を命じた。ミス・ベリングデームがテネルが通信室前で怪しい行動を取っているところを目撃したことを船長に告げたからである。
ところでイングレアムが死んだことで、この船は困った事態に直面した。それは無線機の扱いを心得ている船員がイングレアムただ一人しかいなかったことである。つまり港に到着するまで、この事件について連絡を取ることすらできなのだ。技能を持つ者はいないかと乗客にまで呼び掛けたが誰も名乗り出ず、仕方なく通信士なしでの航海となった。ところが深夜、驚くことに無線の発信音が船長の耳に届いた。通信室を確かめると、もうそこには誰もいなかった。
通信技能を持つ者を探した際、誰も名乗り出なかった。しかしその深夜に通信した者がいるのである。つまりこの謎の通信士はこの殺人に関わりがあり、危険を犯してまで密かに通信する必要があった可能性が高い。また、イングレアムは何らかの通信をしているときに殺されている。それは彼が打電している通信文が、犯人にとって一刻の猶予も許されない内容であったからだが、犯人はその内容を理解している。つまり犯人は通信技能を有し、電信音でその内容を解する人物なのだ。
ヴァン・ドゥーゼンはミス・ベリングデームと面会した。隣の部屋では電信音が鳴っていた。彼女は何やら慌てふためいた様子で席を立ち、その場を辞した。
ミス・ベリングデームがテネルについて話したことはまったくの嘘なのだろうか。ならばテネルに反論させれば逆に彼女に容疑が掛かりそうなものだが。
「ラジウム盗難」
デクスター:ヤーヴァード大学の教授
ボウエン:ヤーヴァード大学の専任講師
テレーズ・デュ・シャステーニュ
チャーリー:チュートニック・ホテルの支配人
バーカーシュトロム:“フォン・フリッツ伯爵”
ヤーヴァード大学では今まさに全世界のエネルギー事情に革命を起こすやも知れぬ実験が行われようとしていた。実験室に置かれているのはラジウム1オンス。これは当時の全供給量にほとんど等しい量である。ラジウムが次世代のエネルギーとなり得るかどうか、この実験には世界中が注目していた。
今、実験室にはデクスター教授ただ一人。この実験の相棒であるヴァン・ドゥーゼン教授の到着を待っていた。マダム・テレーズ・デュ・シャステーニュという女が来訪したのはそんなときであった。
来客を告げられ、実験室に隣り合った応接室への扉を抜けたデクスター教授はスーツケースに躓いた。マダム・デュ・シャステーニュは謝罪し、またスーツケースを元の場所へ戻した。それから彼女は紹介状を示し、玄関ホールに近い、明るい窓際へと教授を呼び込み、相談を持ち掛けてきた。彼女はなんと大量のラジウムを所持しており、それを譲りたいというのである。話は一応まとまり、彼女は引き上げた。実験室に戻った教授はラジウムが紛失していることに気づいた。
マダム・デュ・シャステーニュのスーツケースには小さな男が入っていた。彼はこっそりとスーツケースから出ると実験室のラジウムを持ち出し、再びスーツケースに隠れた。そして彼女は男が入ったスーツケースとともに、怪しまれることもなくラジウムを持ち去ったのである。
珍しくヴァン・ドゥーゼンは推測を最初に二つも外してしまう。その内の一つが紹介状の真偽なのだが、その推測が外れたにも関わらず、特に問題視されずにあっさりと話が進んでしまう。大した問題じゃないなら、わざわざ触れることもないのではと思うのだがw
マダム・デュ・シャステーニュは175cmほどの身長の美人で、並外れた体力の持ち主らしいと描写されている。だからこそ小男の入ったスーツケースを軽々と扱っているw
登場人物のラジウムの扱い方や、無限のエネルギー源という描写には、現在では隔世の感がある。
「三着のコート」
キャロル・ガーランド:ごく普通のサラリーマン
ハル・ディクスン:ガーランドの友人
キャロル・ガーランドは何者かの気配を感じて目覚めた。そこには見知らぬ男がいた。コートの裏地を切り裂き、何かを探っているようだった。ガーランドはその男に試合を挑んだが、残念ながら相手のほうが実力が上らしいことはすぐに察せられた。何せ相手はガーランドが一発当てる間に二発のパンチをヒットさせるのである。最後は見事なアッパーカットを食らい、ガーランドのノックアウト負けに終わった。奪われた1347ドルも惜しいが、この敗戦もそれ以上に悔しいものである。
見知らぬ男は悠々とロビーを抜け、ヴェールを被った女と目付きの良くない運転手が乗っている車に乗り込み、その場を後にした。
翌朝、前日のことが夢ではなかったと知ったガーランドは、とりあえず友人のハル・ディクスンに借りていたコートを返しに行った。ガーランドは昨夜の顛末を語り、コートを破られたことと、その修繕費を自分に回すように彼に告げた。そして友人のコートの代わりに残しておいた自分のコートを手に取ったガーランドは驚いた。なんと自分のコートの裏地も切り裂かれていたのだ。彼らは連れ立って警察へ向かった。
その後、自宅に戻ったガーランドはまたもや驚かされた。自宅に置いていたコートが三着目の切り裂かれたコートとなっていたのである。
キャロル・ガーランドには同姓同名のいとこがいる。そのいとこは昔の恋人からの手紙をコートの裏地の中に隠していた。見知らぬ男は相手を間違えたのだった。
この状況から隠されたものを恋愛絡みの手紙と断定する論理は、決して「2足す2は常に4」ではないと思うのだが…w
「百万長者ベイビー・ブレイク誘拐」
ダグラス・ブレイク:1歳の百万長者
ラングドン・ブレイク:ダグラスの父, 故人
エリザベス・ブレイク:ダグラスの母
イヴリン・バートン:ダグラスの子守
チャールズ・ゲイツ:身代金要求犯
マイケル・シェルドン:前科者
生後14ヶ月の幼児・ダグラスがほんのわずかの間に姿を消した。家の周囲には雪が積もっていた。ダグラスのものらしき足跡が塀に向かって続いていたが、それは途中で急に途切れ、その先には何の跡も見られなかった。そこから数フィート離れた所に木箱があるが、手を伸ばしてもちょっと届きそうもない。また仮に誰かがそこで幼児を捕らえたとしても、そこから雪の上に足跡を残さずにどのように立ち去ったのか?
ダグラスを連れ去ったのはオランウータンだった。オランウータンは木箱の上に立ちダグラスを抱え、洗濯物を掛けるロープやブランコを伝って木に登り、それから枝から枝へと飛び移り去ったのである。
オランウータンが登場すると、どうしてもアレの二番煎じのような印象になってしまうw
「モーターボート」
ハンク・バーバー:船長
ビッグ・ジョン・ドーソン:漁師
クラフ:検屍官
ランガム・ダドリー:船主長者
ダドリー夫人:ランガムの妻, 旧姓・エディス・マーストン・ベルディング
大坂:ダドリー家の使用人
港にボートが全速力で突っ込んできた。ボートには男の死体が乗っていた。死体の左手には“D”の刺青。ボートからは“E・M・B”のイニシャルがある女物のハンカチが見つかった。死体はフランス海軍将校のような服装をしていたが、付近にフランス軍艦はないことが確認された。
死体の手首に貼られた絆創膏には毒が塗られており、彼の死の原因はそれだった。ヴァン・ドゥーゼンは死体の服が正式の海軍のものとは異なっていることを認めると、付近で催された仮装舞踏会に目を付け、その会場であったダドリー家の主こそ被害者と突き止めた。そしてE・M・Bのイニシャルを持つその夫人が犯人ではないことを確かめるとともに、使用人の大坂にちょっとした罠を仕掛け、彼が犯人である根拠を掴んだのである。
脈拍を測ったり、毒物を割り出したりといったところは、まさにヴァン・ドゥーゼンらしい科学的推理なのだろうが、そこはあんまり面白くないw
「百万ドルの在処」
ジョン・ウォルター・バラード:資産家, 故人
ドクター・ウォルター・バラード:ジョンの孫
ジョン・ウォルター・バラードの死は単なる老衰であった。彼は大変な財産家なのだが、それを誰にも渡すつもりはないと、恨みつらみを吐きながら死んでいった。
ジョンが生前に飼っていたオウムの鳴き声から、ヴァン・ドゥーゼンはその隠し場所を見つけ出した。
ヴァン・ドゥーゼンとオウムの絡みのユーモアは悪くないのだが、作品の筋書き自体はさほど面白くない。
ジョンは偏屈な老人のように描かれているが、果たして是が非でも遺産は渡さないというつもりだったのだろうか。オウムの鳴き声に気づかないほどおかしくなっていたとも捉えられるが、あるいは遺産を探し出せるようにしておいたとも解釈できないこともない…。
「幻の家」
ウィリアム・フェアバンクス
ポロック博士:フェアバンクスの主治医
[嗤う神像](問題編)
その夜、フェアバンクスはペラムの村からミレンの町へと向かっていた。途中でガソリンを切らした彼は小さなガソリン販売店に立ち寄った。店主からミレンへの道は一本道をひたすらまっすぐ行けばいいと聞き、フェアバンクスは車に乗り、走り出した。走り始めてすぐ、フェアバンクスは背後に誰かが叫ぶような声を聞いたが、そのときは何かの錯覚だろうと気にも留めなかった。
フェアバンクスは戸惑っていた。というのも目の前の道が二股に分かれていたからである。さきほどの店主の話でも、手許にある地図を見ても、そんなところに分かれ道があるはずはないのだ。フェアバンクスは腹を決め、左の道を選んだ。
彼が背後からまたもや悲鳴のような声を聞いたのはそのときである。それは女の声と思われた。振り返るとぼんやりと白い影が動いていた。それを眺めていたとき、突然に大きな雷鳴が襲い掛かり、再び悲鳴が上がった。彼は白い影を見失った。そこでようやく彼は女を助けなければならないと気づき、辺りを捜したが彼女は見つからなかった。
とうとう嵐がやって来た。フェアバンクスは車に乗り込み、左に緩い弧を描く道を走り、ミレンへと急いだ。
目の前に民家の明かりが見えたとき、嵐はますます激しくなっていた。この雨風を避けられるならと、フェアバンクスは住人の断りもなくその納屋へと車を収め、住居の扉を叩いた。
中に人の気配は感じるが、反応はなかった。フェアバンクスは勝手に家に入った。室内には小さな神像のような置き物がある。ほかには老人が一人いた。フェアバンクスは老人に詫びたが、彼はやはり反応を示さなかった。そのうち彼は食事を運んできた。フェアバンクスはそれが自身に用意されたものと解釈し、それを食べた。フェアバンクスは何度も老人に話しかけたが、彼は一切それに応えなかった。
フェアバンクスの耳にまたもやあの悲鳴が聞こえた。老人はそれを気にもせず揺り椅子に腰掛けている。フェアバンクスは拳銃を手に廊下に飛び出した。するといつの間にか老人は彼を追い越し、その先の階段を上っていた。フェアバンクスは老人を追った。老人は奥の部屋に入った。フェアバンクスもその部屋に入った。老人は部屋を出て行った。フェアバンクスは扉に閂を掛け、いつしか眠ってしまった。
フェアバンクスが目を覚ましたとき、辺りは煙に覆われていた。家全体が猛火に包まれていた。窓から脱出した彼は車を飛ばした。ミレンに倒れていた彼は事の次第を話したが、彼は精神病と判断され、入院生活に入った。彼はポケットの中に小さな神像のようなものを持っていた。
[家ありき](解決編)
フェアバンクスが訪れた家には聾唖の老人と精神を患った女が暮らしていた。いくら話し掛けようとも老人が反応しなかったのも当然だった。フェアバンクスの前に置かれた食事は老人が女のために用意したもの。白い影はもちろんその女が彷徨っていただけである。
地図にない二股に分かれた道の理由は、フェアバンクスがガソリン販売店から出発する際にうっかり逆方向に車を発進させたためである。つまり二股の道はミレンの方向にあったのではなく、ペラムに向かう方向にあったのだから、地図と合わないのも当然だった。その道は緩く曲がっていたので、彼の車もいつしかミレンのほうへ向かっていた。
フェアバンクスがガソリン販売店から発進直後に聞いた声は店主の声だった。店主はフェアバンクスが逆方向へ走り出したのを見て、親切にも注意してくれたのだ。
問題編を妻・メイ・フットレルが書き、解決編を夫・ジャックが書いた、夫婦連作短編。妻の提示した超自然的な謎に夫が挑み合理的解釈を与えたという形式。登場人物の設定にやや不満はあるが、なかなか上手くまとめている。店主の叫び声のオチは見事w
元々は「嗤う神像」「家ありき」というそれぞれの題名しかなく、「幻の家」という題名は本書で便宜上付けられたもの。
オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン:哲学博士, 法学博士, 王立学会会員, 医学博士, 歯科博士, 探偵, “思考機械”
ハッチンソン・ハッチ:新聞記者
マーサ:ヴァン・ドゥーゼンの家政婦
マロリー部長刑事
「呪われた鉦」:突如鳴り出す鉦。
「幽霊自動車」:一本道で消える自動車。
「復讐の暗号」:不審死にまつわる暗号。
「消える男」:部屋から時折姿を消す男。
「跡絶えた無電」:打電中に殺された通信士。
「ラジウム盗難」:部屋から失われたラジウム。
「三着のコート」:裏地を切り裂かれた三着のコート。
「百万長者ベイビー・ブレイク誘拐」:跡絶えた足跡。
「モーターボート」:モーターボートに乗っていた海軍衣装の死体。
「百万ドルの在処」:隠された遺産捜し。
「幻の家」:地図にない道の先にある家での怪奇譚。フットレル夫妻による連作。
※以下の反転表示部はネタバレ注意。
東京創元社の独自編集短編集の第二作。頭と末に「呪われた鉦」「幻の家」という印象的な作品を配し、その他も小粒ながらそこそこ安定したクオリティの作品が収められており、前集に劣るということもないだろう。(いまひとつ焦点がぼやけた作品も散見されるが)
前集よりもヴァン・ドゥーゼンの三枚目的な(人間的とも言える)描写が目立つのは面白い。
「呪われた鉦」
フランクリン・フィリップス:実業家
フィリップス夫人:フランクリンの妻
ハーヴィ・フィリップス:フランクリンの息子
ジャイルズ・フランシス:フィリップス家の使用人
キャンプ:フランクリンの秘書
ヨハン・ワーグナー:古道具屋
奥松巳:日本の外交官の息子
パーデュウ博士:医師
実業家・フランクリン・フィリップスの書斎に吊られた鉦が突然鳴った。風もなく、虫がぶつかったわでもない。その鉦は妻から贈られた物。さっそくフランクリンはそれを販売したという古道具屋のヨハン・ワーグナーを訪ねるが、彼はそれを売っていないと頑強に主張した。
ある日、奥松巳がフィリップス家を訪問した。たまたまその際、その鉦を目にした彼は途端に呆然とし、それを崇拝するような仕草を見せた。我に返った彼はその理由については語らなかったが、この鉦についての知識があるらしく、突然鳴ることまでわかっていた。松巳は鉦を譲るように希望したが、フランクリンは断った。フランクリンは鉦についての知識を求めたが、松巳はやんわりとそれを交わした。
その後、ワーグナーから手紙が来た。例の鉦を買い戻したいという。売った覚えも見たこともないと主張していた彼からの要求など断固拒否したが、何としても手に入れたいらしく、その金額は日に日に釣り上がっていった。
フランクリンは日に日に神経質になっていった。表面的な態度とは裏腹に、突然鳴り出す鉦に怯え切ってしまっていた。そんなときに書斎で射殺体が発見されたのだ。それはあのワーグナーだった。鉦には血痕が付いていた。そしてフィリップス家の使用人・ジャイルズ・フランシスが姿を消していた。
鉦が鳴るのは共鳴によるものだった。様々な条件が揃ったときに、遠くの時計の音に反応していたのだ。殺人事件についてはもっと単純である。どうしても鉦が欲しいワーグナーが銃を手に盗みに入り、それを見咎めたジャイルズがその銃を奪い彼を射殺し、怖くなって逃げ出しただけなのだった。
さて、心身ともに衰弱していたフランクリン宛に、鉦が11の鳴ったときに云々という手紙が実は届いていた。それは宗教的意味合いを含む死を予告する内容で、そんなものを本人に読ませたら症状が悪化してしまうと、ヴァン・ドゥーゼンはそれを隠した。迷信的なものなど一顧だにしない彼はその手紙をあっさり灰にした。
数日後、フランクリンはすっかり回復した。ジャイルズも発見され、事件についてのヴァン・ドゥーゼンの推理の正しさが証明された。
それからさらに数日後、フランクリンはベッドの上で死体となっていた。額にかすかに残る青白い痣のような跡は、三つの焔の輪の中に点が三つ打たれたような印に見えた。
思考機械譚としては珍しく、科学的・合理的にすべてきっちり解決という形になっていない。最後に怪奇的な展開を見せ、不気味な余韻を残している。
「幽霊自動車」
ベイカー:特別巡査
ボウマン:同
ジミー・タルハウアー:長距離自転車選手権王者
フィールディング・スタンウッド:銀行頭取
ジョゼフ・マーシュ:銀行の支配人
左右を長い壁に挟まれたその一本道の両方の出入り口には、速度違反の取り締まり警官が立っている。ところがその一方を通過し、中に入った自動車がもう一方に姿を現さずに消え失せてしまうという、“幽霊自動車”事件が頻発するようになる。
幽霊自動車の正体は二台のバイクを横に連結し、座席を渡すという特殊なものだった。一本道の壁には小さな隙間があり、連結を解除すれば二台のバイクはその隙間を抜けて行けるのだ。その理由は、単にそっちのほうが近道だからであった。
フランス軍の開発による特殊なバイクなどというのがなんとなく胡散臭いのはともかく、目撃者がその乗員数まできっちり確認していながら車と見間違うというのはなぁ。当事者は意図的に偽装したんじゃないんだから、見間違いさせるような加工してたわけでもあるまいし。
遅刻しそうだから速度違反してまでも急いでさらに近道を…という理由もねぇ。初回は納得できるが、絶対に注目されたくないであろう悪事絡みなのに、毎回警官を振り切ってまでそれを繰り返す適当な理由くらいは付けて欲しいところ。
「復讐の暗号」
ポムロイ・ストックトン:発明家
ジョン・ストックトン:ポムロイの息子
エリザベス・ディヴァン:ポムロイの養女
モントゴメリー:執事
フレデリック・スローン:弁護士
ベントン:医師
ヴァン・ドゥーゼンのもとにある手紙が持ち込まれる。その内容は遺産をすべて息子に残すというものだったが、いくつか妙なところがあり、暗号のようでもある。それを持ち込んだのはエリザベス・ディヴァン。その手紙を書いたという故ポムロイ・ストックトンの養女である。
ヴァン・ドゥーゼンは暗号はすぐに解読した。それによるとポムロイは息子・ジョンに殺されたとある。しかし殺人者たるジョンの強制によって書かされた手紙に、このような込み入った暗号を紛れ込ますというのも不自然である。ヴァン・ドゥーゼンはこれは逆にジョンを陥れるための偽書と見抜いた。
手紙はエリザベスの手によるものだった。彼女はポムロイが自然死したのを好機としたのだ。彼女はこの暗号をヴァン・ドゥーゼンに解読させ、ジョンを死刑台に送り、ついでに遺産の分け前を増やすつもりだったのである。
暗号というテーマを用いつつも、推理劇よりも人間ドラマに重点が置かれている印象。最後の段落もそれを感じさせる。
「消える男」
チャールズ・デューア・キャロル:“キャロル-スウェイン-マクパートランド社”社長
ニック・キャロル:同社創立者, チャールズの祖父
ゴードン・スウェイン:同社総務部長兼財務担当重役
ブラック:同社経理社員
若くして“キャロル-スウェイン-マクパートランド社”の社長に収まったチャールズ・キャロルは時折社長室から消え失せることがあった。確かに部屋に入っていたはずなのに、室内を覗くとその姿がなくなっていて、しばらくしてまた覗くとそこには本人がきちんと座っており、ずっと部屋にいたと言い張るのである。
ある日、重役のゴードン・スウェインがチャールズに呼び出された。ゴードンの管理下にある証券が持ち出されたというのである。チャールズは保管されている全証券をさっそく社長室に持って来させ、自ら調べ始めた。
チャールズが部屋から姿を消したトリックはなんということはない。自室の窓からぶら下がり、下の階の部屋へと移って抜け出していただけである。彼が姿を消したのは、そのときを利用して、社で預かる証券を持ち出し利殖を図っていたのだ。彼は充分な利益を上げ、証券はそのまま戻していた。
窓から抜け出して下の階の部屋へ…って、じゃあ帰りは社長室の上階の部屋までこっそり上がって…?w
ゴードンが管理する証券をこっそり持ち出した手口が不明だが、チャールズは社長だから簡単に持ち出せるのだろうか。それとも宣誓供述書が偽造?
「跡絶えた無電」
ジョン・ダイル:船長
ハリー・テネル:一等航海士
フォーブス:二等航海士
チャールズ・イングレアム:通信士
メイア:船医
ミス・ベリングデーム:乗客
クラーク・マシュウズ:乗客
航海中に唯一の通信士のイングレアムが殺害された。第一発見者は一等航海士のテネルで、凶器は前日に彼が紛失したというナイフだった。彼の話によると、自室で通信文を書いているときに通信室で打電する音が聞こえていた。それが途切れたため、イングレアムの通信が終わったと思い、次に自分の通信文を打電してもらおうと通信室へと向かった。するとイングレアムが死んでいたという。ダイル船長にとってテネルは信頼が篤い男である。ひとまずこの件を口外禁止にして、彼を自室に待機させた。
しかし狭い船内でのことゆえ、この殺人事件の話は瞬く間に船じゅうに広がった。その話を聞いた一人、ミス・ベリングデームはショックのためかデッキに突っ伏した。なんと彼女はイングレアムと婚約者なのだという。彼女から話を聞いた船長は、テネルの拘束を命じた。ミス・ベリングデームがテネルが通信室前で怪しい行動を取っているところを目撃したことを船長に告げたからである。
ところでイングレアムが死んだことで、この船は困った事態に直面した。それは無線機の扱いを心得ている船員がイングレアムただ一人しかいなかったことである。つまり港に到着するまで、この事件について連絡を取ることすらできなのだ。技能を持つ者はいないかと乗客にまで呼び掛けたが誰も名乗り出ず、仕方なく通信士なしでの航海となった。ところが深夜、驚くことに無線の発信音が船長の耳に届いた。通信室を確かめると、もうそこには誰もいなかった。
通信技能を持つ者を探した際、誰も名乗り出なかった。しかしその深夜に通信した者がいるのである。つまりこの謎の通信士はこの殺人に関わりがあり、危険を犯してまで密かに通信する必要があった可能性が高い。また、イングレアムは何らかの通信をしているときに殺されている。それは彼が打電している通信文が、犯人にとって一刻の猶予も許されない内容であったからだが、犯人はその内容を理解している。つまり犯人は通信技能を有し、電信音でその内容を解する人物なのだ。
ヴァン・ドゥーゼンはミス・ベリングデームと面会した。隣の部屋では電信音が鳴っていた。彼女は何やら慌てふためいた様子で席を立ち、その場を辞した。
ミス・ベリングデームがテネルについて話したことはまったくの嘘なのだろうか。ならばテネルに反論させれば逆に彼女に容疑が掛かりそうなものだが。
「ラジウム盗難」
デクスター:ヤーヴァード大学の教授
ボウエン:ヤーヴァード大学の専任講師
テレーズ・デュ・シャステーニュ
チャーリー:チュートニック・ホテルの支配人
バーカーシュトロム:“フォン・フリッツ伯爵”
ヤーヴァード大学では今まさに全世界のエネルギー事情に革命を起こすやも知れぬ実験が行われようとしていた。実験室に置かれているのはラジウム1オンス。これは当時の全供給量にほとんど等しい量である。ラジウムが次世代のエネルギーとなり得るかどうか、この実験には世界中が注目していた。
今、実験室にはデクスター教授ただ一人。この実験の相棒であるヴァン・ドゥーゼン教授の到着を待っていた。マダム・テレーズ・デュ・シャステーニュという女が来訪したのはそんなときであった。
来客を告げられ、実験室に隣り合った応接室への扉を抜けたデクスター教授はスーツケースに躓いた。マダム・デュ・シャステーニュは謝罪し、またスーツケースを元の場所へ戻した。それから彼女は紹介状を示し、玄関ホールに近い、明るい窓際へと教授を呼び込み、相談を持ち掛けてきた。彼女はなんと大量のラジウムを所持しており、それを譲りたいというのである。話は一応まとまり、彼女は引き上げた。実験室に戻った教授はラジウムが紛失していることに気づいた。
マダム・デュ・シャステーニュのスーツケースには小さな男が入っていた。彼はこっそりとスーツケースから出ると実験室のラジウムを持ち出し、再びスーツケースに隠れた。そして彼女は男が入ったスーツケースとともに、怪しまれることもなくラジウムを持ち去ったのである。
珍しくヴァン・ドゥーゼンは推測を最初に二つも外してしまう。その内の一つが紹介状の真偽なのだが、その推測が外れたにも関わらず、特に問題視されずにあっさりと話が進んでしまう。大した問題じゃないなら、わざわざ触れることもないのではと思うのだがw
マダム・デュ・シャステーニュは175cmほどの身長の美人で、並外れた体力の持ち主らしいと描写されている。だからこそ小男の入ったスーツケースを軽々と扱っているw
登場人物のラジウムの扱い方や、無限のエネルギー源という描写には、現在では隔世の感がある。
「三着のコート」
キャロル・ガーランド:ごく普通のサラリーマン
ハル・ディクスン:ガーランドの友人
キャロル・ガーランドは何者かの気配を感じて目覚めた。そこには見知らぬ男がいた。コートの裏地を切り裂き、何かを探っているようだった。ガーランドはその男に試合を挑んだが、残念ながら相手のほうが実力が上らしいことはすぐに察せられた。何せ相手はガーランドが一発当てる間に二発のパンチをヒットさせるのである。最後は見事なアッパーカットを食らい、ガーランドのノックアウト負けに終わった。奪われた1347ドルも惜しいが、この敗戦もそれ以上に悔しいものである。
見知らぬ男は悠々とロビーを抜け、ヴェールを被った女と目付きの良くない運転手が乗っている車に乗り込み、その場を後にした。
翌朝、前日のことが夢ではなかったと知ったガーランドは、とりあえず友人のハル・ディクスンに借りていたコートを返しに行った。ガーランドは昨夜の顛末を語り、コートを破られたことと、その修繕費を自分に回すように彼に告げた。そして友人のコートの代わりに残しておいた自分のコートを手に取ったガーランドは驚いた。なんと自分のコートの裏地も切り裂かれていたのだ。彼らは連れ立って警察へ向かった。
その後、自宅に戻ったガーランドはまたもや驚かされた。自宅に置いていたコートが三着目の切り裂かれたコートとなっていたのである。
キャロル・ガーランドには同姓同名のいとこがいる。そのいとこは昔の恋人からの手紙をコートの裏地の中に隠していた。見知らぬ男は相手を間違えたのだった。
この状況から隠されたものを恋愛絡みの手紙と断定する論理は、決して「2足す2は常に4」ではないと思うのだが…w
「百万長者ベイビー・ブレイク誘拐」
ダグラス・ブレイク:1歳の百万長者
ラングドン・ブレイク:ダグラスの父, 故人
エリザベス・ブレイク:ダグラスの母
イヴリン・バートン:ダグラスの子守
チャールズ・ゲイツ:身代金要求犯
マイケル・シェルドン:前科者
生後14ヶ月の幼児・ダグラスがほんのわずかの間に姿を消した。家の周囲には雪が積もっていた。ダグラスのものらしき足跡が塀に向かって続いていたが、それは途中で急に途切れ、その先には何の跡も見られなかった。そこから数フィート離れた所に木箱があるが、手を伸ばしてもちょっと届きそうもない。また仮に誰かがそこで幼児を捕らえたとしても、そこから雪の上に足跡を残さずにどのように立ち去ったのか?
ダグラスを連れ去ったのはオランウータンだった。オランウータンは木箱の上に立ちダグラスを抱え、洗濯物を掛けるロープやブランコを伝って木に登り、それから枝から枝へと飛び移り去ったのである。
オランウータンが登場すると、どうしてもアレの二番煎じのような印象になってしまうw
「モーターボート」
ハンク・バーバー:船長
ビッグ・ジョン・ドーソン:漁師
クラフ:検屍官
ランガム・ダドリー:船主長者
ダドリー夫人:ランガムの妻, 旧姓・エディス・マーストン・ベルディング
大坂:ダドリー家の使用人
港にボートが全速力で突っ込んできた。ボートには男の死体が乗っていた。死体の左手には“D”の刺青。ボートからは“E・M・B”のイニシャルがある女物のハンカチが見つかった。死体はフランス海軍将校のような服装をしていたが、付近にフランス軍艦はないことが確認された。
死体の手首に貼られた絆創膏には毒が塗られており、彼の死の原因はそれだった。ヴァン・ドゥーゼンは死体の服が正式の海軍のものとは異なっていることを認めると、付近で催された仮装舞踏会に目を付け、その会場であったダドリー家の主こそ被害者と突き止めた。そしてE・M・Bのイニシャルを持つその夫人が犯人ではないことを確かめるとともに、使用人の大坂にちょっとした罠を仕掛け、彼が犯人である根拠を掴んだのである。
脈拍を測ったり、毒物を割り出したりといったところは、まさにヴァン・ドゥーゼンらしい科学的推理なのだろうが、そこはあんまり面白くないw
「百万ドルの在処」
ジョン・ウォルター・バラード:資産家, 故人
ドクター・ウォルター・バラード:ジョンの孫
ジョン・ウォルター・バラードの死は単なる老衰であった。彼は大変な財産家なのだが、それを誰にも渡すつもりはないと、恨みつらみを吐きながら死んでいった。
ジョンが生前に飼っていたオウムの鳴き声から、ヴァン・ドゥーゼンはその隠し場所を見つけ出した。
ヴァン・ドゥーゼンとオウムの絡みのユーモアは悪くないのだが、作品の筋書き自体はさほど面白くない。
ジョンは偏屈な老人のように描かれているが、果たして是が非でも遺産は渡さないというつもりだったのだろうか。オウムの鳴き声に気づかないほどおかしくなっていたとも捉えられるが、あるいは遺産を探し出せるようにしておいたとも解釈できないこともない…。
「幻の家」
ウィリアム・フェアバンクス
ポロック博士:フェアバンクスの主治医
[嗤う神像](問題編)
その夜、フェアバンクスはペラムの村からミレンの町へと向かっていた。途中でガソリンを切らした彼は小さなガソリン販売店に立ち寄った。店主からミレンへの道は一本道をひたすらまっすぐ行けばいいと聞き、フェアバンクスは車に乗り、走り出した。走り始めてすぐ、フェアバンクスは背後に誰かが叫ぶような声を聞いたが、そのときは何かの錯覚だろうと気にも留めなかった。
フェアバンクスは戸惑っていた。というのも目の前の道が二股に分かれていたからである。さきほどの店主の話でも、手許にある地図を見ても、そんなところに分かれ道があるはずはないのだ。フェアバンクスは腹を決め、左の道を選んだ。
彼が背後からまたもや悲鳴のような声を聞いたのはそのときである。それは女の声と思われた。振り返るとぼんやりと白い影が動いていた。それを眺めていたとき、突然に大きな雷鳴が襲い掛かり、再び悲鳴が上がった。彼は白い影を見失った。そこでようやく彼は女を助けなければならないと気づき、辺りを捜したが彼女は見つからなかった。
とうとう嵐がやって来た。フェアバンクスは車に乗り込み、左に緩い弧を描く道を走り、ミレンへと急いだ。
目の前に民家の明かりが見えたとき、嵐はますます激しくなっていた。この雨風を避けられるならと、フェアバンクスは住人の断りもなくその納屋へと車を収め、住居の扉を叩いた。
中に人の気配は感じるが、反応はなかった。フェアバンクスは勝手に家に入った。室内には小さな神像のような置き物がある。ほかには老人が一人いた。フェアバンクスは老人に詫びたが、彼はやはり反応を示さなかった。そのうち彼は食事を運んできた。フェアバンクスはそれが自身に用意されたものと解釈し、それを食べた。フェアバンクスは何度も老人に話しかけたが、彼は一切それに応えなかった。
フェアバンクスの耳にまたもやあの悲鳴が聞こえた。老人はそれを気にもせず揺り椅子に腰掛けている。フェアバンクスは拳銃を手に廊下に飛び出した。するといつの間にか老人は彼を追い越し、その先の階段を上っていた。フェアバンクスは老人を追った。老人は奥の部屋に入った。フェアバンクスもその部屋に入った。老人は部屋を出て行った。フェアバンクスは扉に閂を掛け、いつしか眠ってしまった。
フェアバンクスが目を覚ましたとき、辺りは煙に覆われていた。家全体が猛火に包まれていた。窓から脱出した彼は車を飛ばした。ミレンに倒れていた彼は事の次第を話したが、彼は精神病と判断され、入院生活に入った。彼はポケットの中に小さな神像のようなものを持っていた。
[家ありき](解決編)
フェアバンクスが訪れた家には聾唖の老人と精神を患った女が暮らしていた。いくら話し掛けようとも老人が反応しなかったのも当然だった。フェアバンクスの前に置かれた食事は老人が女のために用意したもの。白い影はもちろんその女が彷徨っていただけである。
地図にない二股に分かれた道の理由は、フェアバンクスがガソリン販売店から出発する際にうっかり逆方向に車を発進させたためである。つまり二股の道はミレンの方向にあったのではなく、ペラムに向かう方向にあったのだから、地図と合わないのも当然だった。その道は緩く曲がっていたので、彼の車もいつしかミレンのほうへ向かっていた。
フェアバンクスがガソリン販売店から発進直後に聞いた声は店主の声だった。店主はフェアバンクスが逆方向へ走り出したのを見て、親切にも注意してくれたのだ。
問題編を妻・メイ・フットレルが書き、解決編を夫・ジャックが書いた、夫婦連作短編。妻の提示した超自然的な謎に夫が挑み合理的解釈を与えたという形式。登場人物の設定にやや不満はあるが、なかなか上手くまとめている。店主の叫び声のオチは見事w
元々は「嗤う神像」「家ありき」というそれぞれの題名しかなく、「幻の家」という題名は本書で便宜上付けられたもの。
