こんばんは。すいません遅くなりました。
何となく当たる気がしてはいたのですが、当たりましたね。
いや、今日はも長く書きます。
三回生の奥村です。
今日も暑かったですね、ついに半袖半ズボンのみで登校しました。まるで小学生みたいですね。
23歳ですけど。
さてメニューです。
今日は試合の後ということで、リカバリーでした。
EN1で長い距離を泳ぎ、ドリルで泳ぎを見直した後、最後はsprint系で速い動きを確認しました。
ぼくは試合でしっかりとダウンに行けなかったので、体をほぐす感じで泳ぎました。
みなさんはどうでしたか?あと2週間で関国、1ヶ月で関カレです。関国や関カレにむけてしっかりと体をリセットしておきましょう。
…かつて日本の西端に、ガンダムと呼ばれた男がいた。
彼はほぼ毎日、1時間半で7000や8000泳ぐようなメニューをこなしていた。もちろん、その練習前には想像を絶するようなキツさのサーキット・トレーニングや筋トレが行われていた。
そんな生活を送ってはや3年、彼はみるみるうちにガッシリとした筋肉と力強い泳ぎ、修行僧のような精神力を手に入れた。その変わり様から学校ではガンダムと呼ばれるまでになった。
しかしどうだろう、彼は全中にも、インハイにも出ることはなく、ましてや地方大会ですら、表彰台に上がることはなかった。
極めつけは、自己ベストの更新もままならずに、そのまま引退し、学生時代の青春を捧げた水泳人生はここで幕を下ろした。
その後、彼は受験という関門にも2度もはじかれ、更なる挫折を味わったそうだが、それ以来、彼の姿を見た者はいない。
参考資料→http://ameblo.jp/handaiswim/entry-12066061806.html
…西暦2015年。かつて天下の台所と呼ばれた地域の北の方、二ロチンと呼ばれた男がいた。恰幅はいいが、その目には人より2年くらいは多くの闇を見てきた光が宿り、見る者すべてを遠ざけていた。
そんな彼は、水泳が好きだったので水泳部に入ることにした。
その年の彼はどうだっただろうか。おそらく、その醜い体をもとに戻すので精一杯だったはずだ。もちろん過去の自分には追い付けてない。
次の年はどうだろう。確か彼は、まるで狂ったようにバイトの犬と化していた気がする。大学でも余暇は与えられなかったようだ。それもあってか、彼の頭が一部はげてしまったこともある。
そのまま彼は、過去の自分に追いつくどころか、その年のベストを更新することもなく、そのシーズンを終えた。
ところがどっこい。そのまま冬シーズンもくすぶっていた彼に光明が差す。
2017年6月17,18日、関西学生夏季公認記録会。
彼はその生涯で一番速く泳いだ。しかも、かなりあっさりと自身の記録を越えていった。あまりの呆気なさに、本人も動揺してしまったそうだ。
しかし、嬉しいものは何があっても嬉しいもので、何度も自分の泳ぎを見てしまう、と彼は語る。
だが彼には、まだ長水の生涯ベスト切りという目標が残っているようで、その目には闇ではなく、ギラギラと炎が輝いていた。
…とまぁせっかく生涯ベストだしたので、中学生くらいからの僕の水泳人生をザックリと振り返ってみました。自分での確認の意味も込めて。
高校の時の話とかは、いろいろ書きたいですが長くなるので聞きたい人は僕のところまで。もちろん、僕の1回生や2回生の時の話が聞きたい下級生もウェルカムです。
なのでその辺は割愛して、何でこんな急に記録が出始めるようになったのか、ということです。
自分で意識して変えたことがあります。それは、自分を知ってコントロールしようとすることです。
例えば、自分の好きなことはしてもいいが、ここまではやっていい、ここからはやってはいけない、まだ実力不足だ。みたいなことです。
すいません、今いろいろと例を書こうとしたのですが、文章にするのが難しくてこれくらいしか書けませんでした。
…んー、自分の枠の外側にある目標に手を伸ばすのではなく、自分の枠を大きくしていく感じですかね。
果たしてこれが直接関係してるかは分析中ですが(ストローク数とか)、変えたことといえば、自分で心当たりがあるのがそれくらいなのです。
正直僕は、上を見過ぎているときがあるので、少ししんどくなったな、と思ってこういう考え方に変えました。
ただ、かなり徹底して自分に詳しくなる必要があるのかな、と思います。
みなさんは自分のこと、どれくらい知ってますか?
たぶん、そこが変化への第一歩かなと、現在部内で年齢トップの僕からの意見です。
長文すいませんでした。今日はここで終わりです。
明日のブログはコメントで!
関国まであと12日
関カレまであと32日
~For The Moment~