単行本化を心待ちにしていた天久氏の小説、読み終えました。
ミステリー、ホラー以外の現代小説を読むのは久しぶりだったので、今回の体験はなんだか懐かしい気分でした。最高に面白かったです。

全体的に軽妙で、途中で息苦しくなるような部分は少ないですが、特に後半50ページくらいの畳み掛けでぐっと集中できました。
大きく言って、トイレで出くわした女、花壇の老婆、ネコ爺、菜津子がこのお話に登場する不思議要素ですが、主人公がこれらとの遭遇を案外冷静に受け入れていたのが後半で読者を引き込む仕掛けになっていました。というのも、不思議=伏線をことさらに主人公がいぶかしがらない事で、最初こそ急展開を期待していた読者である私も、しだいにそれらに対する不信感が鎮まり、そもそもエブリデイマジック的な世界観なのかなと勝手に得心していたからです。だから後半になって、それらがやっぱり異物だったという事に改めて気づかされる驚きがあります。この、あーそういえばという感覚が気持ちよかったのですが、これが気持ちよいのは、読んでいた瞬間は強烈なイメージを想起していたのに、いつの間にか頭の片隅に追いやられていたため。だから、細かい伏線が回収された場合の"そういえば"とは似て非なるものでした。

印象深かった部分は3つ。どれも近い部分です。
一つ目は180ページ。辰彦の自宅、マンション4階のベランダに横付けされたジェットスキーにネコ爺が飛び乗るところ。クライマックスの入り口としては大満足のシチュエーションで、ここから一気に最後のページまでトリップしていきます。

次に195ページ。柳が原発は生命の進化にとって必要悪だったんだとシニカルに説明するところ。実際、震災を経てカルチャー批評の論壇が「80年代頃に我々が夢見た終末世界が現実のものとなってしまった」という主旨の言説で盛り上がりましたが、これをさらにフィクションに組み込むことで醸し出される空気が何とも言えません。なんと言っても半分以上本当の話が語られ、これから加速度的に進むであろう生命の進化という(悪)夢が新たに提唱されているのですから。ここにギャグの功罪が融合して見えます。

三つ目は200ページ。辰彦が風俗嬢あゆゆにからまれるところ。プロフィール写真用に画像修正された偽あゆゆが現実化して辰彦に迫るシーンは、あの印象深いセリフも含めてものすごく不快です。仕事を続けているうちにキャラクターに愛着がわいてくるのも理解できますが、この愛着というのが二次元の創作されたキャラに対するそれである事は言うまでもありません。
ここにも先ほど言及したように、「夢が現実になった時、それが初めて悪夢だとわかる」というショックが描かれています。

ちなみにこのお話の最後の三行が、この作品を傑作たらしめているといっても良いんじゃないかなと思っています。最初にあげた不思議要素のひとつが完璧に活きる形になっているのです。


失礼ながら、天久氏のまとまった文章を読むのは初めてだったので、ここまで整然としたお話になるとは思っておらず、うれしい誤算となりました。
先日、ハロステで公開されたベリの新曲MVを見たので簡単な感想を書きます。


まず一番大きな印象は、どちらの作品も既聴感(?)が強いというもの。

どこかで聴いた感じというくらいなら世の中の音楽に五万とあると思いますし、既存の音楽をベースに多くの作曲作業が進められるというのも何となく認識しています。だからなぜ今回ばかりそこが気になったのかは正直に言ってよくわかりません。
ただ気になったので何に似ていたか一応書いておきます。

「もっとずっと」は『as for one day』。台詞パートがあるのとその内容がよく似ていました。
「rockエロティック」は『ブス哲』、『女と男のララバイゲーム』。サビ終わりにある"チューニング"とかの、ためて一言の部分がこの二つにもあります。

単純ですが、自分はこれらのハロ曲を思い出しながら聴いていました。

ただ私自身はつまらないとも思っておらず、特に「rockエロティック」は最近のベリではトップクラスに世界観(コンセプト)が打ち出せている作品だと思いました。例えば、本作は同じように特殊な世界観である『ああ夜が明ける』よりも印象深く感じたのですが、それはおそらくバニーの髪飾りがアイコンとしてよく機能したからだと思います。最近では『愛の軍団』のアーミーベレーにも感心した所です。銃剣など持っていなくても、行進とベレーで十分軍隊特有の無個性で機械的な印象が与えられる事を知りました。長くなるので手短にいうと、『愛の軍団』はそれにも関わらず、割と大胆にデザインの異なる衣装とクローズアップで、完全に個性を除去しないようにバランスを保っているのが心憎い点。
こういったテクニカルなデザインが導入されているのは自分に取ってうれしい変化で、今後のハロ曲にも期待が高まります。

あと、細かいですが、「もっとずっと」の"時代が違えば~"という部分のふり。全員がちょっとずつ動くのですが、熊井ちゃんがハートを手で作るふりがなぜかおかしく感じてしまいます。他のメンバーも大して良くわからないんですが、手でハートを作るという行為が何となくしょぼいのかもしれません。

また、youtubeのコメントが意外と好意的なのに驚きました。自分はこういった世界観をファッションとしては凄くかっこ良いと思っていて、元気な曲等の振幅を維持しつつもこの路線でより深く潜ってほしいと考えます。でも『ロッキーホラーショー』みたいなのやったら完全にハローからはぐれるでしょうし、よりいかれている方がえらいといった御芸術賛美もどうかと思うので、これくらいがちょうどいいのかもしれません。レイティングでいうとpg12程度でさえNGがでるような環境でいろんな事をやらなきゃいけないアイドルというのは難しいですね。


最後に、話は変わって9/11にあがったスマ福田さんのブログを見ていて気になった事があります。そこには本人が髪色を大胆に変えた事に触れながら、「黒髪ロングを目指してますがもはやそれは難しい」「グループてそういうもの」と書かれているのですが、和田さんの言った「予測不可能な(スマイレージの)未来」と関連があるのでしょうか。
あるとすれば、グループをあげてのイメチェン(末っ子感からの脱却)でもするつもりなのか、気になるところです。
ちなみに、竹内さんもブログでJ=Jのメジャーデビューを祝福しつつ、自分たちは「いつまでもフレッシュ(中略)だけじゃだめ」と気合いを入れていました。
まず始めに。
モーニング娘。のみなさん、シングル三作連続のオリコンデイリーランキング一位、本当におめでとうございます。

『ブレインストーミング』の歌詞同様、「トリプル良い事」があって何よりです。こうなったらいやが応にも「もう一つおまけ」の「でっかいラッキー」に期待してしまいます。

さてMステ『ハピサマ』での、久方ぶりに見たキラキラ感に涙してからというもの、少しモーニング娘。について考えていました。
そこで自分は、メンバーや事務所の努力が報われ始めているのかなとしんみりしつつも、ここ最近起こった一連のキテる現象に対して違和感を感じている事に気づいたのです。今回はその事を記録しておこうと思います。

具体的には、田中さんが辞めてからのモーニング娘。について引っかかる点が二点ほどあります。

一つは道重さんがインタビュー等でしきりに「田中なしでもなんとかなる」発言をしている点。
グループが意外にまとまっているという事なのか、パフォーマンスに衰えを感じないという事なのか、ファンを不安にさせないための方便なのか。
この発言の真意はわかりませんが、はっきり言って田中さんの歌唱にモーニング娘。の「歌が強い」という売りが依拠していたのは事実で、今のモーニングの歌唱力の水準はそこから比べると落ちていると思います。
パフォーマンス至上主義を公言して他事務所のアイドルとの差別化を図っているハローだからこそ気になる訳ですが、声量があって音程とリズムがまともにとれているのは小田さんくらいではないでしょうか。みんなうまいとは正直思いますが、田中さんのいなくなった穴を補えているとは思えません。ダンスはアップで見なければきれいだと感じます。
つまり、いわゆるパフォーマンスにおいて、現状で充実していると言えてしまうのは危険ではないかと思うのです。

そして、もう一つは握手会(チェキ会等も含む)が最近多すぎるという点。
今回三作連続のシングルオリコンデイリー一位を取ったのは、ひとえにこの商法の賜物です。実際、握手会というのは地方民や経済的に余裕がない人にとって、安価でメンバーを間近に見られるチャンスなので、ファンサービスや周知活動としては有効です。しかも数の説得力は強大なので、ドーピングでもなんでもいいから何十万枚売れましたという話題がメディア露出の機会を増やす契機にもなります。
で、これ自体は少し過剰かなというくらいで、大して問題視していませんが、次のシングルでも同じ事をするというのであれば全く賛成できません。というのは、今回のような握手会の量を維持するとしたら、モーニング(ハロー)=パフォーマンスという売り文句はお門違いになりかねないからです。彼女たちが握手会をやっている間にも着々と場数を増やしてパフォーマンスを磨いているアイドルはいくらでもいるし、現に、team岡井(℃岡井さんとモースマの新メンバー、研修生ら)がyoutubeに上げているフォーメーションダンスのフリコピと本人であるモーニングのダンスの質の差は、素人の私には判断できません。むしろ、ああ案外少しのダンス経験さえあれば踊れるものなんだなという認識です。
従って握手会というのは廃止するべきではないとしても、かかる負担(体力、時間)が大きい分、ほどほどにした方が良いのではないでしょうか。


まとめると、今"キテる"モーニング娘。は、48系列と差別化できない状態になりつつあるように思えてなりません。さらに言えば口パクを開き直って正当化するくらいの度胸はないでしょうから結局どっち付かずで、流行の落ち目とともに凋落しそうなビジョンが見えます。このルートをたどらないために、今、事務所はモーニングの舵取りについて重大な決断を迫られている状況だと思います。

だからこそ「ナルチカ」のような、地方でライブを見せてくれる企画が発表されたのには希望が見えますし(モーニングはやらないが)、つんくさんがツイッターでカップリングも気にしてねとアナウンスしていたことも安心材料になっています。

という事で、これからもモーニング娘。が歌と踊りを手放しませんようにと願っています。

追記
最近特に落ち着きがないようで、また訂正です。

"三作連続の一位"という目標はデイリーランキングではなく、オリコンチャートの順位でした。
オリコンチャートは一週間の売り上げを競うものなので、集計結果は9/2に出るようです。