先ほど配信されたハロステを見ていて思った事を二点ほど書きます。

一つは「ベーグルにハム&チーズ」のMVについて。
曲はつんくさんらしいテイスト(落ちサビ前の「今で十分満足よー ウォー」など)がありますが、全体的にあくが無くていいなと思いました。聞きやすいです。

ただ、より注目すべきは映像の方。最近ハロのパーティ系MVは外れ知らずですね。今回もよかったです。
本作を含め、「lytm」や「never gonna stop」が女子だけのパーティーというコンセプトなのは、どれも、主人公(メンバーそれぞれ)が充実している今を一人(恋人がそばにいない空間)で味わっているから。つまり曲の主人公がメンバー分存在し、なおかつ浮かれ具合と恋人がいない空間という要素を組み合わせて、"メンバーみんなでパーティー"というコンセプトが打ち出されている訳です。しかし、本作は他二作と違って台詞部分がある。台詞は恋人に向けられたものですから、そこに他のメンバーがいてはいけません。恋人と主人公が一対一のシチュエーションを保持しなくてはいけないから。本作がすごいのはこういう細かい法則をしっかり守っているが故に、恋人の話なのに女子が騒いでいる事の違和感や気持ち悪さをすれすれで回避しているところではないでしょうか。
まとめると、歌詞に描写されるような日常風景を潔く取り入れなかった事、そして台詞部分はすべてワンショットである事によって、恋人の話なのにパーティーしているというちぐはぐ感を悪印象にしなかった点がすごいのです。
例えば、朝食にベーグルを準備している主人公の様子を描くのに、メンバーが複数写っていたり台詞部分でメンバーが複数写っていたりするのは、恋人がおおっぴらに二股しているみたいな感じを与えてしまっておかしい訳です。

またCDjournal(?)でも鈴木さんが言っていましたが、℃-uteがこういうMVを撮るのは珍しいという事も見応えの一つだと思います。

ちなみに、このめちゃくちゃ説明のしづらい、純愛の歌なのに恋人が出ずメンバーが一緒に登場してしまう空間の事をアイドル空間と名付けたいと思います。

基本的には『君チャリ』のようなMV(ちゃんと恋人が出てきて日常が描写される)が最も自然な形でしょう。


そしてもう一つの話ですが、手短かに言うと鞘師さんの進学について。
彼女は番組の冒頭で、中学三年の現在を指して"最後の学生生活"と言っていました。という事はおそらく高校には進学しないつもりでいるのだと思いますが、これを聞いて自分は本当に感心しました。理由は二つ。
一つは大学に行かないのなら高校にいく必要がないという論理が理解できているから。高校で勉強した内容は大学入試、大学の専攻、専門職以外の使い道がありません。それ以外は雑学として頭に蓄積されるか忘れられるだけです。努力の経験も他で補えるのなら高校にいかなければいけない理由にはなりません。で、そういう見識を鞘師さんが持っている事がすごいです。普通は、みんなが行くからとか、それが常識なんだろうからという理由で高校進学する人が大半でしょうから、高校の機能をしっかり把握した上で進学するかどうかの判断ができるというのには驚く他ありません。
もう一つの理由は、上と関連しますが、彼女に明確な夢があるだろう事が分かるから。彼女の夢が何なのかは知りかねますが、モーニングの活動を本気でこなすというのが、彼女の夢の達成に向けたプロセスと踏んでいるのではないでしょうか。今年度あたりから格段に他メンバーとの意識の差を見せ始めているようですし、ハローでも随一の向上心の高さがあると思います。これから先、グループでの意志統一に苦しむ様子がありありと想像できますが、鞘師=ハロのエースという図式がだんだんと疑えなくなってきているのも実際です。孤高の道かもしれませんが、迷い無く突き進む彼女の姿勢に尊敬するばかりです。。

その意味でも、鞘師さんの良きライバルになりうる逸材、研修生の稲葉愛香さんにぜひ12期メンバー入りを果たしてほしいものです。メンバーが口々に言う、顔がかわいいとかしっかりしているとか最初からハイスペックといった条件にはことごとく適っているんじゃないかと勝手に想像しています。それと、顔立ちが何となくつんくさんが今まで採ってこなかった(他のアイドルグループにいそう)タイプかなと感じるので、入ってもらえると面白いです。まるわかりbookで鞘師さん自身も稲葉さんに注目しているという話が載っていました。

追記(訂正)
二つ目の話題について割と力説しましたが、鞘師さんのブログで×学生生活→○中学生活という訂正がありました。
よって、後半の話は、鞘師さんが自主的に高校進学を辞退したifの話として、残しておきます。
音楽業界ではCDが売れなくなって久しく、企業の営業目標が、「質の良い曲をCDで聞いてもらうこと」から「ライブに来てもらうこと」にシフトしている現状があります。

だから多くの場合、CDはライブチケットを購入するための申込み券等、特典が封入され付加価値を帯びるようになりました。

ただこの商法を嫌うアーティストからはドーピング等と揶揄されもしていて、やり方には賛否があるようです。

さて、このいわゆるドーピング商法が一般化している状況ですが、CDが不必要かと問われれば全くそんなことが無いのはすぐに分かります。
見本を知らなければライブでついていけませんし、興味を持たれる切り口という重大な役割もあります。芸術的な観点でも、作品として評価を受けるたたき台となるのはやはりCD音源です。

従ってCD(データも含む)が必要だということはすぐに証明できるのですが、私は最近、ディスクであるCDの必要性を発見しました。特に作業(クリエイティブな)をしやすいというアメニティの観点での必要性です。ここからは個人的な見解だらけの説明をします。

一言で言うと"過不足の無い充実感"。今、たくさんの人がネットの常備された環境で生活していますが、CDってそこからすると結構不便です。たいていはwavファイルとしてデータで保管・鑑賞されるために、一回取り込んだら用済みとなってしまうもの。いちいち別のCDと交換しながら聞かなくてはいけないし、その度に出したりしまったりというのも面倒だからです。

しかし、それがかえって良いなと最近になって思うのです。理由はいくつかあります。

一番大きいのはネットと切り離されている点。自分も普通にyoutubeでハロー!曲を聴いている毎日ではありますが、、これって実は作業用としては余り効果的に思えない。中には作業用bgmとか言う名目で色々な音声ファイルが上げられていますが、ネット上で限定的に聞くものだから間違いなく気が色々な方向にそれます。ネットというのは便利すぎて自制できなくなるツール(自分だけ?)なのです。ちなみに私はyoutube等で関連動画の無間地獄にすぐに陥る小人、凡夫です。なので特に動画サイトは、この無間地獄にはまるきっかけとなりやすいものだと思うのです。したがってipodはセーフ。

次にライブでは無いという点。わたしは、ライブに催眠作用がある事を確信しています。これが危険で、廃人になる恐れがある。と私は勝手におびえています。感覚としては、ライブDVDをよく見る人が現実への引き戻しに絶えきれなくなっておかしくなるような事、冗談でなくある気がするくらいです。私にとって現実の『ヴィデオドローム』のような存在のライブDVD、作業用としては使い物になりません。先の説明に加え、多幸感が「あの時よかったなあ(よかったんだろうなあ)」と「次のライブ気になるなあ」と「今どうしてるのだろう」という思考で頭を支配してしまうからです。

最後に、CDの取り替えが作業のブレイクとして機能するためです。アルバムを3周くらいして別のアルバムに取り替えるだけでも、メリハリが出て集中が持続します。つい限界まで頑張ろうとしてしまいますが、肩、腰、血流等の体調が悪くなるのであまりそれはよくありません。そう言う中で小休止のきっかけを与えてくれるというのは、CDの大きな役割となるのです。

注意しなければいけないのは、先にもちらっと書きましたが、これはあくまで絵を描くとかものを作る作業中に効果を発揮するものだと言う事です。クラシックとかで、メロディーと勉強内容をリンクさせて覚えるような学習方法があるとは聞きますが、読書とか勉強、レポート作成といった頭を使う作業で音楽を聴くのは自分の経験上、ほぼ無意味です。ただテンションを上げる事はできるので、やるとしたら勉強等の直前に聞いて自分を鼓舞する方法がいいのかもしれません。

すぐに話題になるでしょうけど、京アニの新作第一話、素晴らしい掴みでした。なのでごく簡単に思った事を記録します。

印象深かった点・素晴らしかった点。
1.水の表現
2.服を勢い良く脱ぎ捨てる行為の様式美
3.主人公とライバルの、奇麗なネガポジの関係(=本質的には同じもの)
4.同性とつるむ心地よさ

1. 3. まず水の表現ですが、京アニの有する労働資源を惜しみなく費やして作ったんだろうなあとしみじみ思えたものでした。まあそれはおおげさとしても、動きがとても細かく奇麗です。元々水って浄化とか透明とか奇麗なイメージがありますが、この作品で描かれる水はそういうプラスイメージを最大限に表現しているように感じます。そしてなぜここまで、ある種執拗に水を描くかという事に『Free!』の最大の目的があるのだと思います。率直に言って、この作品における中心的視点が遥であり、水を心から渇望する彼の見ている世界を私たちは見せられているのではないでしょうか。だからあんなにも水に存在感がある。従ってこの作品の目指す所は自ずと見えてきます。すなわち凛にもう一度遥が、そして私たちが見ている美しい水の風景を見せるという地点です。オーストラリアから帰ってきた現在の凛は、記録や勝負にこだわり過ぎて、本当の意味では水泳を楽しんでいないように思えます(まだはっきりとは分からないが)。
ちなみに水を軸にした二人のネガポジ関係は、EDアニメーションが明確に、そしてかっこ良く示しています。

2. 4. 全員が全員、泳ぐ前に服をばっと脱ぎ捨てます。これがとても気持ち良い。ここだけ妙にスピーディな作画になっているのは印象的でした。先の話にもある通り、水を始め髪とか身体の動きに関しては現実より少し遅いくらいのスピード感で丁寧に描かれるのですが、戦闘態勢に入る脱衣部分には明らかに意識的に勢いが付けられています。言ってみればこれは変身シーンのようなもので、簡素化している代わりにカットを切らない非バンクの模様です。
加えて、さわやかな男子が仲良く連れ立っているシーンに萌えのような感覚を覚えます。ここで大事なのは、実際は……と現実を引き合いに出さない事。使い方が微妙に合っていないような気がしますが、これはかのまんが・アニメ的リアリズムの成す萌えなのです。『けいおん!』などはまさにそれでしょう。女子が無毒でやんわり戯れる図が現実にあり得るでしょうか。あり得たとして、希有です。それなのにありありと空気感を味わう事ができるのです。

最後に、"遥"ときて"水泳"ときたらモーニング娘。の工藤さんを思い出さずにいられません。『ごがくゆう』のコレクション生写真に「前向いとけっ!! 何か見えるっしょ?\></」というメッセージがありましたが、本当にこの言葉に元気を貰っています。