神去なあなあ夜話 三浦しをん | mori

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独り言 & 本の感想

神去なあなあ日常の続編。

読み始めると、すぐに神去村の日常に戻れる感じがした。

もともと都会にいた勇気という青年の日記という形の物語なので、田舎の暮らしや林業がどういうものなのかわかりやすい。勇気がこの神去村に居続けることを選んだのも、神去村の人々が勇気のことを好きで大事に見守っていることも、勇気の素直さや心根の優しい人であることが大きいと思う。

そこが単なる田舎の暮らしの話とは違うのかな。

あと、スマホの存在。勇気は神去村に来たときに、ヨキという、後に兄貴分になる人に、スマホの電池を投げ捨てられて強制的に取り上げられた。だけど、スマホという便利なツールを失って、本当の人のつながりを得ていく。そして、一年後の夜話の中では、もうスマホの必要ない生活を送っている。

私は家の電話からポケベル、そして携帯電話へと移行していくのを10代後半で体験した。便利にはなったけど、あまり人に会わなくなったように思う。メールで連絡とるだけで会ったような気になってしまうからかな。

当時は、相手の家の電話に連絡を入れるときは、誰が出るかわからないので、ものすごい緊張してたし、言葉遣いもきちんとして、9時以降は非常識だからやめとこうと思ったり。

待ち合わせするにも大変だった。複数の人だともっと大変。駅の伝言板を使って「先に行く」と書き残したり。

スマホのない神去村では、たとえ幼馴染の家でもきちんと礼儀を忘れず挨拶する。そこは、なあなあにせずに。そういうところが好きだなと思う。

スマホはあれば便利だけど、「コミュニケーションをするため」に頭を使う。でも、会いたいなら訪ねていくしか方法がない、という神去村では、SNSで簡単に繋がる部分が全部行動になる。苦労した分会えたときの喜びも大きいんだろうな。

SNSだと、言葉が文字になるので、送り手と受け取り手の解釈が変わり誤解を生むことも多い。

だけど、顔を見て話をするとそういうことも少ないと思う。神去村の人の関わり方は、少し懐かしい感情になる。

 

夜話では、神去村に伝わる話や勇気の周りの人々の過去の話が出てくる。神様の話、悲しい過去の事故の話。勇気を通じて知ることにより、この村の人々のことをとても好きになる。

心が温かくなる物語だった。

何かあったときに、私も誰かのために行動できるようになっておきたいと思った。