開運童子のブログ -37ページ目

雨のあとに虹・もうひとつの物語 その2

 4月に入って久しぶりに珈琲ショップに行くと女性店長さんが優しく微笑んでくれた。

「彼女がいないと私も寂しいですよ。」

店長さんは私に静かに話しかけてきた。私も同じ気持ちである。

「これは恥ずかしいから言うなと言われていたのですけどね。」

店長さんは静かに言った。

「でも言いますよ。」

私は気になってしまい

「何でしょうか?」

と言った。

「あなたともう少し早く出会っていたらって人生が変っていたと言っていました。」

私は驚いて

「彼女がそう言ったのですか?」

と言うと少しの間だけ私の思考が止まっていた。

「彼女がこの店に来る日はありますか?」

私が言うと

「来週にはお給料を取りに来ると思います。」

店長さんは優しく言った。


「その時に彼女に伝えてください。」

私が言うと店長さんは私を見た。

「私も同じ気持ちだと伝えてください。」

私は言った。

「君は思い出という大事なものをこの店に忘れていったからいつまでも僕が預かっているよ。」

私は続けた

「いつの日か必ず受け取りに来て欲しい。」

私が言うと店長はさんは

「必ず彼女に伝えます。」

と約束してくれた。私が店を出る時に

「また来て下さい。」

店長さんは優しく言ってくれた

「来週には珈琲を飲みに来ますよ。」

私が言うと

「必ず来てください。」

と店長さんが言った。

 いつになるか解からないが必ず彼女はこの店に来てくれるだろう。その時にもこのテナントはあるだろうか?この珈琲ショップのスタッフは変わっているだろうか?それでも彼女は旦那さんと子供さんが買い物をしている間にここに来るかもしれない。

「私も以前はここで働いていたのよ。」

と言って微笑んでいるような気がする。相変わらず私はひとりでやって来ると彼女に気付いて目を合わせることだろう。私は彼女の前ではなく隣に座って

「いつ日本へ?」

と短く言うと

「先週末に家族と一緒に来たの。」

彼女は言うだろう 

「それでいつ帰るの?」

私は短く言うと

「来週末には帰らないといけないの。」

彼女も短く言うだろう?

「今日の珈琲はおいしいですか?」

彼女が言うと

「おいしいよ。」

私は言うと言葉を続けて

「でも君が入れてくれた珈琲よりおいしい珈琲を未だ出会っていないよ。」

と言うつもりだ。

「そんな事はないわ。」

彼女も言うだろう?

「私が入れたのは普通のフレンドよ。」

彼女が言っても

「それは違うよ。」

私は言う。

「君が入れた珈琲には珈琲に君の笑顔と優しさと思いやりがブレンドされていてミルクと砂糖を少しだけ入れると切ない甘さが口に広がっていく。」

私は彼女の目を見て

「君の珈琲は格別だよ。」

と言うに違いない。

 翌週の同じ曜日で同じ時間に彼女はもう一度会いに来てくれるはずだ。私も同じ場所に座って会話が続くことだろう?

「思い出は受取ったね。」

私が言うと

「確かに受取りました。」

彼女は言った。

「次に運命がいたずらをしたらまた会えるかも知れないね。」

私が言うと

「その時にはまた会いましょう。」

彼女は大人の目を私に向けるかもしれない。

「その時まで元気でいてください。」

彼女が短く行くと入口に旦那さんと子供さんがやってきて合図をする。彼女はそれを見て静かに席を立ち店から出て行くことだろう?私は彼女の後姿を決して忘れなる事はないと思う。

 そしていつか彼女に会う日が来るとしたら私はその時に彼女に対して恥ずかしくない男でいたいと思っている。運命がいたずらをするその日まで私は彼女を待っているつもりである。

雨のあとに虹・もうひとつの物語 その1

私がこの物語に登場させる人物はほとんどが実在の友人をモデルにしている。実在しないのは榊原や貴志に田所と言った悪役の人たちである。名前もゴロがあうようにつけている人物がいるので親しい人には誰の事を書いたのか?すぐに解ってしまう事もあるかもしれないのだ。当然であるが久美子にもモデルになる女性がいるのである。物語では20歳の女子大生となっているが実際は20代前半のパートの女性である。

私が彼女と出会ったのは去年の10月末の事であった。その時は私が使用する駅ビルが2ヶ月かけてリニューアルするとテナントは半分が以前と違う店舗に変っていた。活気溢れる人ごみに混じって私はとテナントのひとつである珈琲ショップに入ったのがその出会いへの序章であったのかもしれない。その店はおしゃれで雰囲気が良く落ち着いて寛げる店であった。その時の私は店員さんの丁寧な対応に好印象を持って以後は気が向いたらその店に行くようになっていた。

 その時は何回目であっただろうか?初めて彼女を見た日でから何かが始まっていた。店員さんも時としてミスをする事もある。その時は少しだけ彼女の対応が悪かったのである。彼女だけが悪いのではなく体制の問題であったと私は思った。本来の私ならそんな事で怒ることはなかったのであるがどうした事であろうか?その時には黙ってやり過ごした私であるが後になって怒りが倍加していた。私は意地悪な事に管理会社にクレームを入れてしまっていた。すぐに店長さんから私に謝罪の電話が来たのである。私は店長さんと電話で話をすると怒りはすぐにおさまったのであるがどうしてあんなに怒りが込み上げてきたのであろうか?今でも不思議に思っている。よほど私のバイオリズムが悪かったのだと思っている。

 後になって女性の店長さんもそうであるが彼女の事もとても気の毒に思えてきた。彼女たちから見れば正確の悪いおじさんにクレームをつけられたのである。

「彼女がクビになりはしないか?」

と私は後味が悪いものを感じていた。

「彼女が嫌になって店を辞めはしないか?」

と心配になったりもした。私がつまらない事に怒ったのがいけないのである。

それから一週間ほどしてその店を訪れた時に

「先日はすみませんでした。」

と言う彼女を見て少し安心したのを今でも鮮明に覚えている。その日以来彼女は時間があると時々私に話しかけてくれていた。

「今日のパスタはおいしいですか?」

と言ってくれた。

「今日の珈琲はどうですか?」

と優しく微笑んでくれる時もあった。

本来ならばクレームをつけたおじさんなど避けてしまいたいと思うであろう?それが逆で積極的に話しかけてくる彼女に私は少しずつ好感を持っていった。他の人にはない何かが彼女にはあったのである。

 それ以来私は週に一度か二度は珈琲を飲みに行った。彼女は時間があれば必ず話かけて来てくれた。

「先週はお見えになりませんでしたがお忙しかったのですか?」

と言ってくれる時もあれば

「今週は今日が三回目ですね。」

と言ってくれた時もあった。ほんの数秒から数分であるが雑談をすると私はふたりだけの時間が流れたような錯覚を覚えていた。そんな時に彼女をヒロインにしたドラマを書いてみようと思ったのである。

 私は彼女の詳細は解からないのである。私にとって彼女とのほんの数分の会話が他にはない特別な何かを感じさせてくれていた。私が書くドラマは創作である。私が自分に都合がいいように勝手に結末を決められるドラマである。現実とは大きく違う理想がそこにはあった。

 そんな数ヶ月が夢のように過ぎて桜の花が咲く頃に突然彼女は私に言った。

「私は今月でお店を辞める事になりました。」

私が驚いていると

「結婚して来月にはインドネシアに行きます。」

彼女の言葉が私にはショックであったがそれは仕方のないことである。ドラマの俊之と違って私は彼女に恋心を抱いていたわけではなかった。正直に言えばもう少し時間が経てばどうなっていたか解らないが今の時点では彼女の見た目の若さとは裏腹に落着いた身のこなしと細かい心遣いに感心していた。ある意味で優しく思いやりがあって芯の強さがあることに惹かれていたのかもしれない。私にはこれで全てが理解できた。これから違う国に行き違う文化の中で違う言葉で話して違う歴史を持ち違う人種の人たちと触れ合おうと言うのだ。同じ日本人である私のクレームにくじけている場合ではなかったのである。

 その時に私は彼女が掴んだ幸福が長く続くように願っていた。彼女が日本を離れて遠い場所に行っても今と変らない彼女であるように願わずにはいられなかった。それからも変らずに女は私に話しかけてくれた。彼女との会話は確実に何かを私にくれたのだった。

 最後の日なると私は彼女に言った。

「結婚おめでとう。」

驚いている彼女に

「この数ヶ月間はとても楽しかった。」

私は続けた。

「いつも親しくしてくれてありがとう。」

私は彼女の目を見て言った。

「いつも素敵な思い出を作ってくれてありがとう。」

私は悔いが残らないように言った。

「君が入れてくれた珈琲が一番おいしかったよ。」

握手をして始めて彼女の身体に触れた時が彼女に会う最後の日であった。彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て私は動けずにいた。

雨のあとに虹 その239・最終回

 田中の運転でバスが動き出すと俊之と久美子を中心に思い思いに会話が交わされていた。

「一時はどうなるかと思ったよ。」

矢島が言うと

「高村さんの運気は上がっているはずですよ。」

天門は言った。

「未来さんも喜んでくれるはずですよ。」

木暮理事長が言うと

「お疲れ様でした。」

直子は言った。

「会社に電話するのはあとにします。」

陽子が言うと

「あとで何かおいしいものを食べましょう。」

春香は言った。

「明日榊原さんに会いに行きます。」

ひとみが言うと

「今度の休みに海に行こうよ。」

久美子が俊之に言った。

「あの海でやり直しをしようよ。」

俊之は言った。

「笹川さん」

育子が言うと

「どうかしたの?」

翔太は言った。

「私たちも何処かへ遊びに行かない?」

育子が言うと

「どこかに行きたくなったね。」

翔太は言った。

「あのふたりを見ていたら宛てられたよ。」

育子が言うと

「僕たちも観覧車に乗ってみようよ。」

翔太は言った。田中が運転するバスを10人ほどのオートバイ部隊が取り囲んでいたがそれは関口たちであった。関口たちは思い思いに右手を上げて前方に走り去って行った。

「関口さんたちにもいろいろと協力してもらったよね?」

俊之は関口たちを見ながら久美子に言った。

「関口さんたちにあとでお礼を言いましょうよ。」

久美子も言いながら関口たちを眼で追って俊之に言った。雨が降ったあとに空が晴れると虹が七色の橋を架けるのを誰もが一度は見た事があるはずである。七色の色彩を放つ虹の架け橋を渡るように田中が運転するバスは日常が待つ都心へと走っている。その架け橋を渡る事によって新しい何かが始まるのを俊之と久美子も含めてバスに乗っている全員が期待していた。春が近づく沿道には蕾をつけた桜の木が俊之たちを乗せたバスを見送るように空に向かって大きく伸びていた。吹いている風には微かに春の香りが漂っていたのである。