ゆるぎない自信をつける秘訣 | wai blog~日々是安泰~

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ピアノを再開して

一ヶ月が過ぎた。

 

毎日弾くことが日課になってきている。

 

 

ピアノと子供時代は深くリンクしていて

時々思い出がよみがえってくるのだが

大抵は

苦い思い出である。

 

 

上手だったあの子。

敵わなかったあの子を思い出す。

 

 

小学生の頃

同級生に圧倒的に上手な子が2人いた。

 

感覚でわかるよね

敵わない人って。

才能がある人って。

 

 

ピアノが弾けることは

自信になっていると思っていたのだが

違うかもしれないと

最近、気が付いたのだ。

 

 

自信がつくどころか

自信を失うことになっていたかもしれない。

劣等感の塊を作っていたかもしれない。

 

 

いつも、誰かがいた。

 

もっとできる、

もっと上手で

もっと才能のある誰かが。

 

 

 

「この曲が弾けた!」

と喜んでも

 

あの子は、もっと難しい曲を弾いている。

ダメだ、私。

 

私は弾けない。

まだまだだ。

まだまだ足りない。

どうしたらいいのか。

 

 

練習を繰り返し

ようやく築き上げた自信は

誰かと比べれば

崩れてしまう。

 

あっさり崩れる。

 

 

例え、その子より難しい曲が弾けたとしても

次から次に

上手な人が現れる。

 

つまり、トップにでもならない限り

自信が得られない。

 

 

じゃあ、トップとは、何?

何をもってトップと言えるのか。

そもそもトップなんて幻。

 

人と比べて自信をつけるような方法だと

どこまでいっても劣等感しか感じられない。

 

誰かを押し退けていかないと得られないような自信ならば

さっさと捨てたほうがいい。

 

誰かとの比較の世界は

自信を失うことしかないのだから。

 

 

今の私は

 

ピアノが弾けた!

この曲、弾けた。

すごいぞ、私。

 

である。

 

 

ライバルがいるとしたら

それは、いつも自分であり

良きライバルは、自分以外いないのだ。

 

 

自信を失いかけたら、励ましてくれるし

上手くできたら、褒めてくれる。

 

 

そういうライバルと共に歩ければ

他者との比較では作れない

どっしりとした自信が身に付くのではないだろうか。

 

 

それにしても

ピアノって本当に面白い。

1ヶ月弾き続けてみて

しみじみ思う。

 

 

ピアノが面白いのか

自分の指や手の動きが面白いのか

正直わからないが。

 

 

今はどこかに習いに行っているわけでも

誰かに聞かせているわけでもないから

完全に自分の世界。

 

のびのびと楽しんでいる私がいる。

 


今初めて、心から

「ピアノを習わせてくれてありがとう」

と、両親に感謝できた気がする。

 

 

技術的には高校生がピークだったから

25年のブランクは大きい。

 

1ヶ月経っても、音階が高い(低い)音符は

よくわからない。

楽譜をしっかり読もうとすると

レ?シ?ナニコレ?

状態である。

 

昔から音符を読むのは苦手だった気がする。

 

でも、繰り返し弾くことで

指が思い出し始めたのだ。

あの頃の動きを!

 

指の位置、移動する距離、手の形。

はるか昔に覚えた手の動きを

体が思い出してくれたから

徐々に弾けるようになってきた!

 

単に思い出すだけで

また弾けるようになってきたって

すごい。

 

 

子供の頃のような

片手ずつ練習とか

ハノンから弾くとか

気分がのらない地味な練習なんてしていない。

 

いいでしょ、もう、

嫌なことはしなくても。

ハノンやツェルニーが好きな人ならいいけど

ずっと嫌いだったな、私は。

なんで好きな曲だけ弾かせてくれないんだろう、って

ずっと思ってた。

 

 

「私はこの曲を知っている。

昔弾けたから!」

という意識が上達を早めてくれているのは確かだ。

 

 

半年くらい弾いていたら

25年前のレベルに戻っちゃったりして

とニヤニヤしてる。

 

別に独学であの頃より上達したっていいわけよね。

 

 

ただ、新しい曲、お初の曲は、そういうわけにはいかない。

1つずつゆっくり練習が必要。

 

 

昔弾けた曲なら

思い出していけばいいだけ。

 

 

弾いたことのない曲なら

ゆっくり学んでいくしかない。

 

 

では、

 

私たちがかけがえのない存在であるということは

どちらだろう?

 

 

そう、ただ、思い出していけばよい

ということなのだ。

 

wai