こちらに越してすぐの頃、ダンナの祖母が亡くなり。
先日は、私の母方の祖母も旅立った。
義祖母の時には、ダンナだけお通夜と葬儀に出席してもらい、私と子供達は留守番。
私の祖母の葬儀には、子供達が学校もあるということで欠席させてもらい、夏休みに少しだけ帰省することにした。
こんな時にお金の事が頭を過るなんて、不義理にも程があるのだけれど…
遠く遠くに越してきたな、と身に沁みて思う。
私は母方の祖母には、忙しい両親に代わりよく面倒をみてもらった。
大人になって嫁いでからも、転勤族になったことをいつも心配してくれていたし。
「ダンナの笑顔が爽やかすぎて裏があるんじゃないか…」「名前の似ている姪っ子の旦那さんみたいにDV男になるんじゃないか…」と、無いことまで妄想して気にかけてくれていた(^_^ゞ
外孫の中では一番お世話になって、一番気にかけてくれていたのに。
最期に会うことも、見送ることもせず、申し訳ない気持ちと。
お葬式に行っても祖母がそこにいるわけではない、というような気持ちと、混ざり混ざっていた。
電話で訃報を聞いて、買い物中だったのだけれど、何を買っていいのかわからなくなるくらいには取り乱して。
知らず知らずのうちに、溜息をつきまくり、お腹にガスが溜まって腹痛をおこすくらいには落ち込んでいたようなのだけれど。。。
ちゃんと見送ってないからか。。まだ、実感はない。
ただ、子供の頃に感じていたような喪う事に対しての漠然とした恐ろしさはなく。
年齢だとか。順番だとか。そういった事ですんなりと受け入れられた。
そして、葬儀に参列してくれた人たちの様子を母から聞き、両親のこと、自分達のことをいろいろと考えさせられた。
元気に動ける年齢を80歳くらいとして、私達は40歳。もう半分に到達している。
私達の両親達は65~70歳。
もう、いろいろと考えなければいけない年齢だ。
母も、従兄弟や再従兄弟、そのまた遠縁の同じような年齢の人達と話していて様々な老後を聞き、いろいろと思うところがあったようだ。
2年後に会社をたたむつもりでいる。。とは、聞いていたけれど。
より具体的に、やりたいこととか、どんな風に暮らしていくのかを想像できたのかもしれない。
私は。
私達夫婦のこれからはどんなふうなんだろう。
次の転勤で中日本から西日本に戻れたら、中古マンションでも買おうかなと思っていることだとか。
その次の転勤では単身赴任かな、とか。
子供達が巣だって、退職したら2年くらい沖縄に住んでみたいだとか。
具体的なことは何一つ決まっていないし。
予定の中に、お互いの両親が患ってしまったら…なんていう事は一切含まれていない、ただの妄想。
先の事、まだ決まっていない事、おこってもいない事を考えすぎても仕方がないんだけれどね。
いつまで生きていられるのかも、決まってはいないんだし。
最期の最期、振り返った時に笑顔でいられるような自分でいたいとはおもうんだけど。
おばぁちゃんは、どうだった?
いろいろな事があったと思うけど、総合的には幸せな人生だと思えた?
私は、私のおばぁちゃんが、おばぁちゃんで良かったと思ってるよ。
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