英語を教えに来ていたアメリカ人のリック・オーバートン先生が、めぼしい学校を紙に書いてくれたのを思い出した。
大学4年生の私は、リック先生のジャズの授業をとりたかった。しかし、その授業を受けるためには、「事前説明会」に必ず出席しなければならないという、音大からの訳のわからない「条件」があった。
私は、事情があって、その説明会に出れないことを教務課に行って掛け合ったが、
石頭の教務課は、「あの、説明会に出ないと・・」の一点張りだった。
一方先生の方は「教務課がOKなら」ということだったが、ダメだったのだ。
取りたい授業が時間割の関係でとれなくて、交渉した人は何十人といるが、
ほとんどが受け入れてもらえないか、
「わかったわかった、来年はこういうことが無いようにするから」
とあしらわれ、翌年も同じ、ということが日常茶飯事であった。
私は、東京音大の、こういう所が、嫌だった。
高い学費をとっておいて、どういうことだ。
だけど、私は4年生、来年はない。諦めなかった。
どうしても、リック先生の授業が受けたくて、1年生の英語の授業に行かせてもらえるよう、先生に頼んだ。そして、たまたま一人の欠員が出たばかりで、私は受け入れられた。
授業が始まって初めて知ったが、先生の授業では
「英語で四分音符は何というか」
など、留学に役立つ授業だった。あの時頑張って、授業に行かせてもらって、本当に良かったと思っている。
運良く、その紙は残っていた。
それらの学校に募集要項を送ってくれるよう、問い合わせた。
自分がついていた大学のピアノの先生に、どこか、いい学校がないか、教えて欲しいと聞いたことがあった。
「アナタね、アメリカに行くにはまず英語が話せるようにならないと。英語ができるようになってから聞いてね」
・・・すごいショックだった。
心臓をバクバクさせながら、決心してリック先生に尋ねることにした。
先生は、親身になって聞いてくれた。
助けてくれたのは、ピアノの先生ではなく、英語の先生だったのだ。
その後、留学中、何度もアメリカ人に助けられた私は、アメリカ人のほうが、よっぽど親切であることを、身を持って知ることになる。ただ、この時は、先生の前で緊張していたし、必死だった。
ホームページも見てね~http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb