「弁慶と牛若丸」と、この世には「絶対」なんてない!というお話 | 花緒no心理学ブログ

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ものの見方転換アドバイザー、心理カウンセラー花緒の、昔話分析
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こんにちは!ものの見方転換アドバイザー・花緒です!
今日もご覧くださいまして、ありがとうございます(*^^*)

 

昔話、フェイスブックのお友達からのリクエストをいただきました!!「弁慶と牛若丸」を取り上げます。

 

昔話を取り上げる時は、時代背景や史実などをある程度調べるのですが、「牛若丸」(のちの源義経)はかなりしっかりした内容がたくさん出て来るのに、「弁慶(武蔵坊弁慶)」についてはほとんど出てこない(@@; 


どうやら、「弁慶」については、もともと比叡山の僧で武術を好み(僧兵と呼ばれる)、悪いやつらを集めて悪行を働いた悪僧だったことと、義経に仕えていたことはたしかなようですが、出生から亡くなり方まで、ほとんどが創作だったようです。

 

ってことでこれもお話と同じ扱いで、分析してみようと思います(^^)
一番代表的であり印象的な、ふたりの出会いのシーンです。

 


ざっくりストーリー

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世は平安。平家に敗れた源氏の総大将源頼朝には、このとき妻と子供たちがいました。

 

平清盛に首をはねられるところでしたが、まだ幼い子供3人は情けをかけられ、命を奪われる代わりに寺に預けられて僧になる修行をすることになりました。

 

その中のひとりが牛若です。牛若は幼かったために出生を明かされることなく寺で修行をしていましたが、ある日寺に鎌田正近という男が忍んでやってきて、牛若の出生を教え、源氏の再興をするよう伝えます。

 

そこで牛若は鞍馬山へ出向き、そこに住むカラス天狗に修行を願い出て、15歳になるまで武術を学びました。

 

その頃、京都では弁慶という悪僧が刀狩りをしているという噂が広まっていました。道行く侍にかたっぱしから戦いを挑み、勝ったら相手の刀を奪う。集めた刀はもうすぐ1000本になるそうな・・・ 牛若はこの噂をきき、弁慶討伐に向かいました。

 

五条の大橋を横笛をふきながら静かに歩いてくる小柄な若者。


腰に差した立派な刀を見て、弁慶はこれこそ1000本目の刀にふさわしいと、牛若に勝負を挑みました。ですが牛若はひらひらと軽く弁慶の攻撃をかわし、持っていた扇を弁慶の額に投げつけると、弁慶は急所を突かれて卒倒してしまいます。

 

弁慶はこうして、牛若に感服し、その後死ぬまで仕えることとなりました。

 

そして牛若は、のちに源九郎義経と名乗り、兄とともに平家を打ち滅ぼしました。

 

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この戦いのシーンは、猿楽・能・歌舞伎などで派手に演じられることが多かったため、どんどん着色されていきました。それが絵本などにもなって、一般の人たちにも娯楽のひとつとして親しまれていきました。

 

わたしが覚えているのは、小さいころ見た絵本です。真っ赤な五条大橋で、ふんわりした布をまとい、これまた赤い横笛をふきながら欄干の上に立っている絵です。風景は春の夜で、まわりには桜吹雪が舞い、子どもながらにとてもきれいだなと思ったものでした。

 

 

さてこの物語を心理学的に見ると、どうなるのでしょうか?

 

このお話(シーン)で印象的なのは、真っ赤な五条大橋と、異様なまでに身軽な牛若丸です。そして妖怪「カラス天狗」。

 

「橋」というのは、人生の大きな変わり目を表すと同時に、生と死の境目を暗示します。皆さんは橋の夢って見たことがありますでしょうか? 夢の中で橋に人がいる場合、それはあなたの人生を大きく変えることを告げる人だったり、あなたをあの世に導く人だったりすることも。

 

橋はまったく違うふたつの世界をつなぐ、通路なのです。

 

橋の赤い色に関しては、それを見たあなたが受ける印象によって意味合いが変わってきます。あまり良くない印象を受けたときは「なんらかの警告」を表し、美しいと感じた場合は「幸運の知らせ」を表します。両極端ですね。

 

牛若丸は欄干の上をひらひらと飛んで身をかわします。「飛ぶ」というのは自信のなさを表します。心身が不安定だったり、やる気が出ないような状況を暗示します。


そして「戦い」というのは、心理学的には抑圧された強い感情を表します。たとえば強い不満や、理不尽な目にあったという憤りなどで、それを爆発させたいという思いを抱いていると読めます。

 

 

ここから裏読みをしてみると・・・・

 

 

ものごころつく前に母と引き離され、血のつながった兄たちとは別々の寺に入れられたために、牛若自身は自分の出生についてまったくわかりませんでした。ですが寺での扱いは、子どもながらに理不尽と思われるようなひどい扱いを受けました。

 

今でいう虐待です。

 

そこは平家側の寺であり、監視を兼ねて預けられた。寺の者の身内や檀家には、平家の軍について戦った武士もたくさんいたかもしれませんから、まだ幼いとはいえ敵武将の子どもに、いい待遇をしてくれるわけがありません。

 

身体の小さい牛若は、毎日打たれたり蹴られたり、ひどい仕事ばかりを言いつけられるなどしていました。同じような小僧は他にもいるのに、なぜ自分だけがこんな扱いを受けるのか? でも小さな彼は力では勝てず、屈するしかありませんでした。

 

母親についても、寺の者は一切話してくれません。その生死さえも・・・。
なぜ、母はこんなところに自分を預けたのだろう?なぜ? なぜ?・・・

 

誰にも愛されず、何をしても認めてはもらえず、彼の心はどんどん荒んでいきました。

 

そんなとき、鎌田という男が現れ、出生の秘密を知ります。
今の理不尽な扱いの理由も、すべて。

 

何の目標も持てず、ただ日々の暴力に耐えていた彼にとって、鎌田の話は神の啓示に近かった。彼はそこに、自分の「存在意義」「存在価値」を見出したのです。


ですが彼は自分の体格が戦いには向かないことを、よくわかっていました(現代に伝わる彼の鎧から算出するに、彼の身長は約150cmほどだったらしい。)刀を扱うにしても、ある程度の力や体格は必要となりますし、体力もないといけません。

 

どんなに厳しい修行をしても、この体格だけはどうしようもありません。

 

ではどうすればいいのか?


彼は、鞍馬山に住むカラス天狗の「妖力」を使うことにしたのです。


カラス天狗は、その辺にいる下級妖怪とは違う、神に近い妖怪。妖術も強い。牛若はカラス天狗に、自分の今までの扱いを涙ながらに訴えました。カラス天狗はいたく同情し、彼に一時的に力を貸してくれることになりました。

 

彼が与えてもらった妖力は、「身軽さ」です。


まともに刀を交えるのは、牛若の体格上圧倒的に不利になる。だから敵の攻撃を「かわす」ことだけに特化して、敵が疲れ切るのを待ち、隙ができたときに不意打ちをくらわして勝つという戦法をとったのです。


妖力は一時的なものでした。


でも牛若はそれで十分だとふみました。なぜなら、武将として上り詰めてしまえば、戦いは部下がやってくれます。武将に求められるのは、兵をどう動かすかという戦法術。頭の回転が早い彼は、そこには自信があった。


こうして彼の作戦は功を奏し、やがて武将となって平家を打ち負かしました。

 

つまり、

 

牛若丸が強かったというのは まっかなウソ!!!wwww

 

妖術で相手が踊らされただけだったというオチでございます(苦笑)

 


あああ・・・・書いてしまった・・・(@@;


こんなこと書いたら全国の義経ファンに怒られてしまいそう(怖)
あ、あ、あくまでわたしの個人的な、勝手な創作話ですから!!!
お許しください!!(苦笑)

 


ってことで、このお話から私たちが学べることは、

 

「物ごとのやり方にはいろいろな方法がある」ということだと、わたしは思います。

 

武将になりたいと思ったとき、通常は武術の腕を上げることを考えます。


でもそれって本当に「必要不可欠」なのか?
自分が「必要不可欠」と思った時点で、「ないとダメ」になってしまいます。

 

でも実際は違う方法だってある。

自分の不利な要素をプラスに転換できる方法が。

 

たくさんの人たちとかかわりあって、視野を広く持ちましょう。

 

この世に絶対なんてない(*^^*)


自分が決めつけた「ダメ」を取っ払った先に、違う道がありますよ♪