「雷様と桑の木」と、心が内包する感情 | 花緒no心理学ブログ

花緒no心理学ブログ

ものの見方転換アドバイザー、心理カウンセラー花緒の、昔話分析
ウェブサイト http://hanaoplanning.com/

こんにちは!ものの見方転換アドバイザー・花緒です!
今日もご覧くださいまして、ありがとうございます(*^^*)

 

今日は「雷様と桑の木」という昔話をご紹介します。


「雷様」って、考えてみたら「鬼」と見た目が激似ですよね。ツノがあって、トラじまパンツをはき、赤やら青やら緑やらの種類がいるのも似ています。どこが違うんでしょうか? 

雲の上にいるのが「雷様」で、地上で暮らすのが「鬼」?

だとすると、海外でいう天使と堕天使の違いに似ているのでしょうか。面白いですねw


ざっくりストーリー

-----------------------------------

 

昔、母と二人暮らしをしている百姓の男の子がいました。


男の子が母に頼まれてナスの苗を畑にうえたところ、苗はぐんぐん育ち雲の上までのびました。


男の子がそのナスを伝って上に上っていくと、雲の上には立派なお屋敷が建っており、そこには雷様とふたりの娘が住んでいました。


雷様は毎日美味しいナスをもらっていたお礼にと、男の子をもてなしてくれました。

男の子は雷様に興味が出て、雷様が仕事をするところを見学させてもらうことに。


雷様が太鼓をたたくと、娘の一人が鏡で稲妻を光らせ、もう一人が杓子を使って雨をふらせます。

男の子もやってみたくなり、杓子を借りて雨を降らせようとしたときに、足を滑らせて雲からまっさかさまに落ちてしまいました。

 

幸いなことに、地上に生えていた桑の木にひっかかって、男の子は命拾いをしました。
雷様は男の子の命を助けてくれた桑の木に感謝して、それ以来桑の木には雷を落とさなくなったということです。


-----------------------------------

 

「鬼」は人間と仲が良いとは言えず、体が大きくて乱暴者というイメージですが、見た目はそっくりでもさすが神様である「雷様」はちがいますね!!小さな男の子や、地上に生えている桑の木にまで、感謝の心を忘れない。なんて優しい方なんでしょう(*^^*)

 

ストーリーが本当にこころあたたまりますw

 

心理学的にみると「雷」というのは、抑圧された怒りなどの感情を爆発・発散させるという意味があります。いい意味でも悪い意味でもありますね。


「雨」も気持ちを発散させることを意味します。

 

「神様」という存在は、何でもできるという可能性や万能であること、想像力などを意味しますが、男の子が神様の真似をしようと杓子を借りたくだりは、すべて、もしくはなにかを支配したいという欲求だったり、自分の力を過大評価しすぎて失敗するという暗示だったりします。

 

ただしこの「すべてを支配したい」という欲求は、いわゆる中二病みたいなもので、幼い子供がよく抱く欲求です。

 

そして「高いところから足を滑らせて落ちる」というのは、無力感や体力の低下、人生を左右するような出来事の予兆を意味します。

 


以上のことから想像しますと、このお話は、貧困から病気になり、生死の境をさまよっている男の子が見た夢物語なのではないかと思います。

 

母とふたりきりの家庭で、子どもとはいえ生活の為には働かざるをえない。友達が欲しい、遊びたい、お金に困らない生活がしたい・・・といった、本来子どもであれば当然持つはずの望みがかなわないまま、自分は死んでしまうのかもしれないという不安と失望が読み取れます。

 

発熱のせいで脱水症状を起こしていると、水の夢を見ることも多いです。

 


ただ、雲の上から落ちた男の子は、「桑の木」に命を助けられました。

 

桑の木は中国でも日本でも、昔から「神聖な木」とされ、特に日本では「霊力の宿る木」として考えられてきました。また、日本では宮崎県や沖縄県など、各地で「雷」と「桑の木」が関連づけられた民話が伝わっているのも、興味深いところです。

 

つまり、男の子は病気から奇跡的に回復したのでしょう。そして、それ以降は大きな災難にはあわずに無事成長した、ということを示唆しているように思います。

 

よかったよかった(*^^*)

この男の子が大きくなって、自分がやりたいことをできるようになってくれたならいいですね。

 

 

昔話を読み解くブログを書き始めてから、うれしいことにご感想をお寄せいただくことがたまにあって、毎回うれしく思います。本当にありがとうございます。

 

心理学的に読み解くと、本来の話とは全く違うストーリーが浮かんでくるのが興味深いと言っていただけることが多いです。これは、ブログを書いているわたし自身もそう思います。

 

ブログを書いてみないと、どんな裏読みになるのかはわかりません。中には「これは内容的に公開できないぞ・・・という展開になってしまって、掲載を断念したものもありました(^^; 

 

何話かこうして続けてきて感じるのは、人の心の複雑さ・多様性です。


心の中は可能性や失望や、生きること、死ぬ恐怖、とにかくさまざまな思いを内包しています。人の心の中は、本当に複雑だと実感します。

 

こうして書いているブログが、誰かの目にとまって、それがその人の問題を打破するためのきっかけになれたらいいな。

 

フェイスブックに毎回掲載していますので、よろしければぜひ、フェイスブックからご感想などをお寄せください♪ 取り上げてほしい昔話のリクエストなどもお受けしております。

 

ではまた、お会いしましょう(^^)