あるお花との出会い その2 | 日蓮宗妙浄寺✳︎寺嫁れいこ 手を合わせる・プリザーブドフラワー・お経カード

日蓮宗妙浄寺✳︎寺嫁れいこ 手を合わせる・プリザーブドフラワー・お経カード

\仏さまに繋がって、豊かに生きる/

*365日護られイキイキ過ごす
*お寺空間で自身のいのちを受け入れる

藪木れいこです。
 
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昨日、このお花と出会ったきっかけを
記事にさせていただきました。
今日はその続きになります。
 
 
 
資材屋さんでお花と出会って
同時に頭のなかを巡りだしたのは
ちいさないのちのことでした。
 
逢えた子も、逢えなかった子も。
 
 
私自身の逢えなかった子のこともそうだし
それから知った小さないのちのことも。
 
 
長男くんは早産だったので
産まれてすぐ
赤ちゃんのためのICUに入り
その後はおうちに帰るまでも約2ヶ月病院で
過ごしていました。
 
ママ同士の交流はあまりなかったから
正確にはわからないけれど
「いのちが消えることがある」
それを感じる日もありました。
 
 
 
いろいろある中肌で感じていたこと。
それは
いのちって、
こんなに私を考えさせるものなんだ
ということ。
 

何も考えず
この空気をすっているだけじゃ
ダメなんだ

という感触はありました。
 
 
なんでも当たり前じゃない
って。
 
 
 
 
そのころ、結婚して数年でしたが
私はお参りに来られている方から
漁師さんや元・漁師さん
そのご家族の方と話す機会がありました。
 
 
「海で亡くなる」
「子どもを水難で失う」
という話は、環境として理解できる話です。
でも私は理解していても実感していませんでした。。。
 
 
 
そんな私は
自分の流産・早産を経験してからようやく
お檀家さんのお話を
いのちが逃げていった
手からこぼれ落ちていった
リアルな体験
として受け止めることができたのです。
 
 
 
 
それも含めて、私が結婚してから
体験して感じてきたことが、あらためて
お花によってぐるぐる引き出される感じ...かな
 
いのちって消えてしまうこともある、それを
知ってしまったときの不安定な自分。
失った悲しみと、直前までは確かにあったはずの喜び。
その落差を感じるときに起こる、何かに
すがりたくなる気持ち。
 
 
その気持ちが心の奥にあることを
受け入れていいよって
お花が教えてくれたように思います。
 
 
もっと言うと
心の奥の気持ちを受けいれる
だけでなく
そもそも
心の奥の気持ちを受け止めることが許される
そのことに気づかせてもらえたのが
私にとってはお花だったのです。
 


長くなりました。
おつきあいくださり、ありがとうございました。