虹の約束♪ -33ページ目

虹の約束♪

「いつも喜んでいなさい・・・」

威厳ある精神と驚くべき膨大な知性

 

・・・

 

レオナルドは人体解剖学を学び、人間の筋肉、腱、骨、

心臓や臓器、性器や胎児などの多くの人体手稿も残している。

 

「モナ・リザ」のモデルは実際にいたとされているが、しかし様々な推測がされていて、

あれはレオナルド本人という説や想像の架空の人物とも言われている。

 

この作品は背後にも謎が多く、レオナルドの突出した知能が感じ取れる。

光と影、遠近、科学、哲学の意味が込められているからだ。

 

 

 

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私が眼にした「モナ・リザ」の画はまるで今も生きている人間に見えた。

 

頬や口元や目尻の筋肉はゆるみ微笑んでいるように見えているが、

こちらを見据える瞳は決して笑っていなかった。

 

眼に深い知性が感じられ、まるで心の中を見透かすようであり、

私は怖くなり戦慄が走ったが、同時に言いようのない感動があふれた。

 

人間の本質をここまで計算尽くし一枚の画に描けるものなのかと感嘆するしかない。

あたかも作画家がこの画に自分の魂を吹き込んだかのようだった。

彼は科学を追求したかったわけではない。

 

神の造った偉大な摂理やその本質を知りたかったのだ。

だから弟子に言う。

 

 

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神の創造した自然界は実に美しく完璧で、どんな天才画家にも描けないと。

 

彼の残した言葉から、彼の思想や哲学が何だったのか少しは想像できるはずだ。

そして興味深いのは、彼の作品はほとんど未完成のままで終わっていることだ。

 

 

考えるにはきっかけがいるー「モナ・リザの微笑み」より

 

 

 

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God be with you ❣

 

 

 

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何年か前にフランスのパリにあるルーブル美術館を訪れた時、

私は「モナ・リザ」の画を前に、しばらく身動きできずに佇み、

その画の迫力に魅入られ眼が離せなかったのを今でも鮮明に覚えている。

 

画の制作者はレオナルド・ダ・ヴィンチ(一四五二~一五一九年)だ。

 

彼はイタリアのルネサンス期を代表する芸術家で、

絵画の他にも様々な分野で優れた業績を残した万能人と呼ばれる天才だ。

 

レオナルドは小作農の家で育ち、幼い頃から芸術家に

弟子入りしその才能を開花させていた。

 

絵だけではなく彫刻、設計、化学、金属加工、

機械工学、木工、その他多数の方面にも及んだ。

 

また彼は才能あふれる音楽家でもあり、

自然科学分野でも非凡な能力を有した。

 

数々の作品を手掛け、その晩年はフランスのフランソワー一世に

与えられた居城で暮らし、死去するまで年金を受け取っていた。

 

そのフランソワー一世の腕の中で息を引き取ったとされていて、

フランソワー一世は彼について後にこう語っている。

 

「かつてこの世界にレオナルドほど優れた人物がいただろうか。

絵画、彫刻、建築のみならず、レオナルドはこのうえなく傑出した哲学者でもあった」

 

芸に秀でたその基礎には、彼の考えるという土台があった。

 

 

 

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レオナルドを見た人の記述は、特に若かりし頃の彼は、

ずば抜けた肉体美、測り知れない優美さ、

強靭な精神力と大いなる寛容さ、

威厳ある精神と驚くべき膨大な知性と評され、

有名人との交流や友人も多数いたとされている。

 

その彼の残した絵画の中でも代表作が、

「モナ・リザ」「最後の晩餐」「岩窟の聖母」である。

 

 

 

考えるにはきっかけがいるー「モナ・リザの微笑み」より

 

 

 

 

 

 

God be with you ❣

 

 

別次元に移動はできないけど

 

・・・

 

私達の見えている世界は悲劇でいっぱいで、

見るに堪えない事件ばかりだ。

 

未来に希望が見えてこないだろう。

 

だからといって考えない理由にはならない。

 

 

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困難があればあるほど

考えなくてはならないからだ。

 

それは過去のトラウマに捕らえられるのではなく、

未来につなげるために高く考えを向けるべきだ。

 

想いを馳せることに空間は必要ない。

 

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考えがないのは、

場所や時間がないからではない。

 

三次元に住む私達は限られた時間と

空間の中でしか生きられない。

 

だからこそ自分の生き方は

自分で考え決めなくてはならない。

 

そしていつかはその結果の責任も

自分が負うことになる。

 

だから人は考えるのだ。

 

 

 

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考えるにはきっかけがいるー「四次元の世界」より

 

 

 

 

God be with you ❣

 

 

 

結局何も知っていないし見えていない

 

・・・

 

情報を整理するために、

まずは過去の人間の歴史を学び、

昔の人がどんな理想や理念を抱えていたのか、

どうして失敗し腐敗したのか、

今現在の私達の世界はどう変わったのか、

そのため集めた知識を総合的に推理すれば、

少しは未来が予測できる。

 

人間の身体は時間を遡れないし、

目は別世界が見えておらず、

私達は別次元に移動はできないけど、

心や考えは広げることが可能なのだ。

 

 

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しかしそれさえ怠け、学ばず、

生きていることを疎かにして、

何も考えないなら、

それは知らないのではなく、

自己責任に問われ、

身体や網膜のせいにはできない。

 

私達の見えている世界は悲劇でいっぱいで・・・

 

 

 

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考えるにはきっかけがいるー「四次元の世界」より

 

 

 

 

 

God be with you ❣

次元が違う

 

・・・

 

また宇宙飛行士のインタビューで、

宇宙人と遭遇して戦争になったらどうするかという質問に、

もし地球に現われるほどの宇宙人であれば、

映画のような戦争は起きない。

 

彼らは人間よりはるかに知能が高いはずだからと答えていた。

その説明で、次元の違いに対して何となく理解ができると思う。

 

結局私達は何も知っていないし、見えていないのだ。

 

 

 

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網膜で見えるものには限界がある。

従って理解できる情報が少ない。

 

だから推理し想像するしかないのだ。

 

想像とは知識の土台なしに感情的に妄想するのとは違う。

構想し考えるということだ。

 

自分勝手に早合点し知っていると思い込む前に、

何を確実に知っていて、何を知らないのか、

自分の中で目録を作ってみるといい。

 

どれほどもないはずだ。

 

 

 

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考えるにはきっかけがいるー「四次元の世界」より

 

 

 

 

God be with you ❣