虹の約束♪ -29ページ目

虹の約束♪

「いつも喜んでいなさい・・・」

誇りとは・・・ (前掲)

 

気高く生きたいという自尊心だ。

 

・・・

 

自分の心に嘘を吐かず、

他人の自尊心を傷つけず配慮し、

優れた人材には尊敬を評し、

ライバルや対立者にも卑怯な手を使わず、

議論することはあっても憎むこともなく、

公平であるために常に努力することを、

自分の誇りとするべきだ。

 

 

 

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自分を自慢するためのものであってはならない。

稚拙な好き嫌いで判定する感情ではなく、信念の問題だ。

 

自分を認めてくれる人だけが良い人で、

自分を否定する人とは縁を切るという価値観では、

物事全体の本質は見極められない。

 

 

 

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たとえ自分によくしてくれなくても、

その人が社会や会社や組織の中で

優れていて貢献できる人間なら、

嫉妬せず認め尊敬するべきだ。

 

それが守るべきプライドだ。

 

 

 

考えるにはきっかけがいるー「さらなる高みに」 より

 

 

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God Bless You ❣️

 

 

 

どう生きるべきか・・・  (前掲)

 

 

・・・

 

「武士道」とは結局自分の中の生き方に

誇りを持つということだ。

 

いわゆるプライドだ。

 

 

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ある人は私に言った。

プライドとは自分が否定されたり、

バカにされたり、指摘されたくないためのもので、

他者から褒められ認められるためのプライドだと語った。

 

私は返す言葉を失うほどショックを受けた。

それはプライドでも何でもない。

 

他者の判定に寄りすがる依存症にすぎず、

自分の生き方の指針を定めてはいない。

それでは誇りとは言えない。

 

 

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人が成長するためには、

他者からの指摘なしでは不可能だ。

 

自分本位の狭量的な考えでは

視野は決して広がらない。

 

誇りとは自分の考えや生き方を尊重する心を言う。

 

他人がどう思うかではなく、

自分が自分をどう思うかという、

気高く生きたいという自尊心だ。

 

 

 

考えるにはきっかけがいる ー「さらなる高みに」 より

 

 

 

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God Bless You ❣️

 

 

 

他人に見せびらかすためではなく・・・  (前掲)

 

・・・

 

「仁」味方だけではなく、戦った敵にさえ情けをかける。

「義」戦う時には公正に、卑怯な不正行為はしない。

「礼」他者に対する配慮や思いやりを態度で示す。

「智」物事の本質を捉え、最善の方法を得ようと心がける。

「信」信じる力。信じてあげる力。

「忠」尊敬し愛する者への忠誠心。

「誠」自分で口にした言葉は死んでも守り通す。

 

「武士道精神」とは人がどう生きるべきか、だ。

 

 

 

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その「武士道」を書いたのは教育者でもあり

思想家の新渡戸 稲造(一八六二~一九三三年)だ。

 

彼は東京に出て十三歳で東京英語学校(後の東大)に入学する。

そして札幌農学校に入る。

 

その頃は「少年よ大志を抱け」のクラーク博士は

帰国していて入れ違いであった。

 

しかしクラーク博士の倫理学の授業で

聖書が教えられていたことから、

新渡戸稲造もキリスト教に入信する。

 

 

 

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卒業後ドイツに留学し、

その帰途アメリカで、アメリカ人メアリーと結婚する。

 

帰国した後札幌農学校に赴任したが、

体調を崩した後は休業しカルフォルニア州で療養する中、

「武士道」を英文で書き上げた。

 

それから各国語で翻訳されベストセラーになる。

彼はその後、日本に戻り多くの教育の分野で

活躍し勤め上げる。

 

 

 

考えるにはきっかけがいるー「さらなる高みに」 より

 

 

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God Bless You ❣️

 

 

 

 

 

海外では「サムライ」や「忍者」を題材にした、

日本の漫画やアニメや映画に関心が高く、

「武士道」精神、(侍魂、サムライスピリット)も

また注目を集めている。

 

しかし今日の日本では

「武士道」という言葉を使う者は少なく、

堅苦しい古いものは敬遠される。

 

 

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「武士道精神」とはサムライを意味する言葉ではないのだ。

 

自分自身の心と向き合い強くあろうとし、

他者を力でねじ伏せ勝つということではないのだ。

 

心の姿勢やあり方を問うもので、

男性だけではなく女性や子供、万人に区別なく、

人の精神世界の中で自分を律し、

他人に見せびらかすためではなく、

自分の中にある美意識を高めるというものだ。

 

「仁」味方だけではなく、戦った敵にさえ情けをかける。

・・・・

 

 

考えるにはきっかけがいる ー「さらなる高みに」 より

 

 

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God Bless You ❣️

 

 

 

良心の声は人間たる存在であり続けるための最終ライン・・・(前掲)

 

忙しいとは文字の如く、心を亡くすという意味で、心も良心も殺してしまうということだ。

 

 

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・・・

 

忙しとは時間がないのではなく、

心の空洞を忙しさで埋めたいという、

間違った思考回路によるものだ。

 

「心の声」は独り静かにならなければ

聞こえない。

 

 

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祈りとは自分の心と向き合い、

他人や周りの人のことも客観的に考え、

どう生きていくのか模索し思索し探求することとも言える。

 

 

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一日の間に少しの時間でもそんな祈りの時を持ち、

亡くしがちな心を取り戻す努力をしていかなければ

ならないのではないだろうか。

 

 

 

 

考えるにはきっかけがいるー「心の声」 より

 

 

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God Bless You ❣️