床の間に祀る鏡餅


台所や機械に供える小さな鏡餅?を餅つき機でつこうと思うて


一升8合の餅米でついた



餅ちつき機から出していたら



落ちた



モロ板の手前で


デローンとテーブルに落ちた


柔らかかったからね



丼3杯はあるかと思う程の量の餅



床にも丼ぶりいっぱい分くらいは落ちた…




そやけん

2段重ねの鏡餅を作るのを諦めたよ

かわゆいのしか作れんし



作る馬力を無くした…しえー



スーパーに行って

プラスチックの鏡餅の中に

切り餅が入ったのを買ってきたよ



だいぶ取った後のテーブル

夜の8時過ぎです



デローンと着いていた餅つき機も後少し



乾いたら

ペロンと剥がれるかと思っていたのですが



それは薄いときの話

厚いと乾かないので剥がれない



フライ返しなどを突っ込んでも

くっつくし

どうにもならん



結局

どのやり方が綺麗にできたかと言うと



ビチャビチャに濡らしたタオルで餅を湿らせて

漆喰を剥ぐように取りました



ビチャビチャにしたら

フライ返しやヘラにもくっつきませんでした



遅くまでかけて綺麗になりましたが

テーブルには傷もついたし

私の心も体もヘロヘロでした



でも

災難が

餅で良かったウインク



白い餅のあと

芋の餅を2回つきましたが

ちゃんと気をつけて

モロ板に餅を移しましたてへぺろ



ゲームしか興味がない


ような



孫1 4年生



掃除が上手



一昨年だったかも

アルパイトで

台所のパネルをピカピカにしてもらったので

今年もお願いしてみたら


やる!と言うてくれました



ガス台、調理台に新聞紙を敷き

登って磨いてもらう




パネル磨きだけのつもりだったけれど


ここも汚い!

と言って磨いて


【おばあちゃんには見えんろうけん、スマホ貸して】と

写メをとって見せてきた



換気扇フードの上


おっとろしや汚いねえ



爪楊枝を取って〜と言うので渡したら

手前のネジの所も磨いていた




上の方も磨いて




カバーも外して

妹を応援に呼んで磨いて


うわ!

汚すぎて


いやん!恥ずかしい



それが,綺麗になりました

ボタンのとこがあとちょっと…と思うけど

ここも爪楊枝で掃除をしていました



カバーの外し方を

おじいさんが孫1に教えていました

そのまま

おじいさんも、パネルを磨いて

流しの扉も磨いていました



そこ

すごく気になっちょったがよー

ありがとう😊




パネルだけのつもりが

換気扇フードまで綺麗になって



ほんまに

あんたたち掃除が上手やねえ



ほんまに助かったわ!

ありがとう😭




ところで孫1は

ゲーム以外にも集中できるがやねぇ爆笑



夏にも頼みたいね=(^.^)=



喪中です


実母が3月に亡くなりました


嫁ぎ先のお鏡はいるらしいので

明日は餅つき



と言う事は



今夜、あんこを炊いて

餅米を洗っておかなくてはいけません



へとへとなんですけど〜😂




さて

実家の父の法事や初盆や

全てが土曜日



弟たちは日曜日は休みのはずなんですが…

全て弟達が決めます

相談はありません



仕事の段取りをつけて

相手に無理を言って来ました



母も

病院から直接、葬儀社へ

看板も立てない家族葬

市の広報のお亡くなりになった方の名前も載せず



遠くで暮らす弟達は

今後付き合いができないからと言うのわかる


しかし

私たちは地元で暮らしてるんですけどねー



初盆の時に

【土曜日は仕事ながよ】と告白しました

ひょっと、日曜日にしてくれんろうかと思うたがよね



先日

次弟が長弟と話をしたらしく

うちの次女にLINEが来てた



母の一周忌を3月○日の土曜日に行います

場所はまだ決めていません

うめこさんに伝えておいて下さい

あと

土曜日に仕事などの用事があれば

来なくていいです


ってね



空いた口がしばらく閉まりませんでした爆笑



これまで

お寺さんで拝んでもらって、はい,さようなら

その場解散なので

母が寂しいだろうと



夫、次女、息子一家でご飯を

仏壇の前で食べようと

料理を構えて食べました



一応

食べるものは余る程あるので食べませんかと

弟2人を誘いましたが

長弟はすぐに帰って行きました

次弟夫婦は食べて帰りましたが


次弟に

次からせんでもえーけん

と言われました



うちのご飯を

自分でお金を出して

どこで食べようが勝手やろうが!ねぇ

グラサン



一周忌の土曜日は仕事なので

行きません



夕食か

次の日の昼ごはんに

刺身やお寿司などを構えて

実家の仏壇の前で

(空き家に仏壇はある。柴などは私が変えている)

うちの家族で食べて



みんなでお線香を立てて

お墓参りにも行けたら行こうと

嫁さんに伝えてあります



弟達は

亡くなった人のことは

考えてないがやろうかね




お母ちゃん


買い物に行きたいと電話が来た時に

今日は忙しいけん,明日の朝に行くけんねと言えば

弟達には

【お姉ちゃんに、忙しいけん,電話をしてくるな!と怒られた】と伝え

弟からは電話で怒られました



区長さんの奥さんが

弟さんの話をする時は

あんたの話をする時と顔が違うと言われた程

私には態度が違うかったね


実家から帰る時はいつも

泣きながら運転をしよった


けんどある日

今のままではいかん


お母ちゃんの事は大事!って伝えていこう

私は

お母ちゃんの子供やなくて

お母ちゃんの親のように

何も求めず

お母ちゃんが好きだよと伝えていこう


そう決めた


そして

その次の日の朝

お母ちゃんは倒れて

何も喋れない後遺症が残った

私のことがわかる時もあったけれど

あまり物事もわかっていないようだった



もう

優しい言葉をもらう事は

一生無くなった


施設に入って10年

呼吸が少しいつもより荒いようですと

連絡を受けて

施設に向かう途中で静かに息を引き取りました



もう

何も伝えることも出来ない


と思っていましたが



イベントごとをやりたい母の事だから

法事に飲み食いもないのは悲しいに違いないと思い

私たち家族で食べているわけよねぇ



今からでも

母の喜ぶ事は出来るかもしれないと

思ったのでした



もう


30年前になるのですが

年賀状の時期になると

思い出して

目頭が熱くなります



その頃は

いじめで命を絶つ子供さんのニュースが多い時でした



現在

孫(自分の息子)を怒鳴りつける息子


若い頃

大きな声を出すのを見たことがありません


体が大きいから

言動に気をつけるように言って来たから

今の息子は

その反動でしょうか



小学校卒業時の身長は170cmをとうに超え

174cmの父親が

息子のお古を着ていました



小さい時から大きくて

(生まれた時も)

小学2年生では転校生が怖がって

学校に来なくなったことがありました



親の知らないところでの担任の先生のお力で

2人は仲良くなりました

同じスポーツ教室にも通うようになりました



そんな息子の小学校1年生の時の話です



年末に年賀状を書いていると

息子が言いました



学校で年賀状を書いたけど

僕には1枚も来なかった


ガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーンガーン



2クラスで50名近かったと思う1年生全体で

好きな人5人に年賀状を書きましょう


と言うことだったそうです



息子は0枚

3枚の子供がいれば

10枚の子供もいたでしょう



私は

担任に連絡するのは控えて

校長が母と個人的に親しかったので

校長に電話をかけました




 

担任への文句と言ったことではありません

今後、こんな不公平を無くして頂きたいと思います

学校全体のご指導をお願いしたいです…と




校長は

人が晩酌をしてくつろいでいる時に

わざわざ家まで電話をしてきて

担任の批判をするのか‼️

と怒りました



こりゃダメだ

私は担任に電話をしました



学校で年賀状を書いたら

息子には1枚も来なかったそうですね


と言うと


担任は



まさか

1枚も来ない子供がいるとは思いませんでしからねぇ爆笑



明るい返事が返って来ました

それだけでした




私は

学校を信じない

子供は学校の人質

先生の事も信用しない


と思いました



それから8年後

学校の読書ボランティアを始めて20年が経ち


ボランティアで習字の授業に行くようにもなり

今では小学校の授業に有料で出向いてもいます



ある時は

小学校の先生をしています爆笑


ずいぶんとPTA役員もやりました

表からは見えない先生方も見ました


あの時の思いは消えてはいませんが

あの時のあの先生方が

たまたま

そんな先生だったんです

先生も人間ですから

でも,教育のプロです…




先生方が全員そうなわけでも

もちろんありません

これまでに



この先生に頼まれたら

できる限りのことをしよう


と思った先生もいます



開かれた学校づくり推進委員会の役を受けて

生徒会執行部と懇談をした時に

(先生抜き)



【相談できる先生はいますか?】と言う質問に

男子生徒が


『います』と答えました



続いて

【相談した事はありますか?】の質問には



『いいえ、ありません。

その先生の顔を見ただけで、心が落ち着くからです』



との事でした



私が

頼まれた事は

できる限りのことをしよう

と思ったのもこの先生です



私は私のままでいい

と思いながら



けれど

孫や硬筆の生徒に対して

どのように接していけばいいのか

考える事も少なくありません



どんな対応でも

思う反対の結果になってしまう事はあります

人生に無駄はない

どんな結果も

1番いい結果なんだと

それを受け止めて進む事は大事だと思っています




書く事で

自分の心を整理しているんだなと思う事があります




今,思った事は



今のままでいい

今の私でいい

ただ

誠意を尽くす



と言う事です





Mr.サンデーにて茶道裏千家15代家元が

特攻隊として飛び立った仲間が飛びたった話を見た

検索してみてね




私は

人は1人では生きていけないし

生かされている

と思うけれども



私に親はいて←当たり前じゃ

子供がいて

孫もいる



仕事をさせても頂くし

生徒もいる

生徒の子供も生徒として来てくれるし



弟さん妹さんも来てくれる



けれど

私は

1人

だといつも思う



同じことを書いたことがあるけれども



今回は

テレビを見ながら感じたことがあり

今までとは違う自分を感じている



私は

人の生まれ変わりを信じる

と言うよりも

そうなんだと思っている



従兄弟の娘の結婚式で

初めて旦那さんを見た時に



涙が溢れて来て

生まれて今日まで離れていたことが悲しくてたまらなくて

ずっとずっと涙をこらえていた

きっと

いつか

家族や親戚や何かだったのだろうと思った



従兄弟の嫁さんに

その話をすると


うん,そう思う

と言った



そんな事は

初めてではない



今日

テレビを見て感じた事は




昔々


ずっと昔



私を助けてくれた人や

一緒に笑ってくれた人や

いろんな人たちが

気がつかなくても

周りにきっといるんだ



と言う事です