一生、できないって思っていたこと | 専業主婦からシングルマザーになってもうた。~自分調整の旅 編

専業主婦からシングルマザーになってもうた。~自分調整の旅 編

職なし家なし貯金なしでスタートしたシングルマザー生活。おまけに自律神経失調症持ち。
公営住宅に移り住み、非正規雇用のまま二人の子供を借金無しで私立大学に通わせました。
現在は自分の内面と向き合うこととライフワーク探しに奮闘中。

日々、幸せに向かって前進する皆さんへ
お越しいただきありがとうございます。

へっぽこ自分癒し実践者のFutakobuです


今回は「驚きと感謝の気持ちとともに。」ってお話。


この間の日曜日は父の日でしたね。

私の父はこの日はグアテマラに滞在中でした。滝汗

そして母は関西に移住した妹宅へ。

そんな感じでした。

 

過去、何度も書いていますが、自分癒しを始めるまでは父は私にとって暴君でした。

 

理不尽な自分ルールをどこまでも押し付けてくるところから始まり…

 

もう過去何度も書いてきたので、この程度にします。

 

思春期に入った私は、父のことを嫌悪しました。

自分の衣類を父のものと一緒に洗濯されるのも嫌だったりもしました。

 

人と違うところは、これが40歳になっても続いたこと。

 

小さい頃はパパっ子で、父のことは大好きでした。

でも、今思えば父ってあんまりこっちを見てくれていなかった印象があります。


すごく気まぐれなんです。


子供が気まぐれにぬいぐるみを抱き上げて、飽きたらどこかへほったらかし。

そんな感じでした。

 

だからいつもなんとなく不足感みたいのはあったような気も。

 


離婚の傷と生きづらさを何とかしたくて、7年前にあちこちとカウンセリングを受け始めました。

 

その時に口を揃えて言われたのが、これ。

 

「色々な問題が絡み合っていますが、お父様との間の問題がこれらのブロックとなっている可能性があります。」

 

この言葉を聞くたびに、絶望的な気分になりました。

 

だって、一生、父のことを許したり、この生理的な嫌悪感を解消させることなんてできないと思ったから。

 

なぜこんなにも嫌悪感があるのかも、自分自身で分からなかったし、

父との距離なんて詰めたくもなかった。

 

まるで、離婚の傷を癒し、女性として前に進むには父との問題を解決しないと欲しい結果はやってこないよって言われているようで。

 

自分癒しを続けていくうちに、過干渉で毒親属性の両親との関係がいい方へ緩んではいきました。

 

でも、父へ許しや感謝の気持ちを表すには抵抗があったんです。


過去何度もそのようなワークに挑戦しても、進められず挫折していました。

 

それが、シンパパ氏が話題にした「鏡の法則」をきっかけにスルッとできてしまった…。


拍子抜けするくらいに。


こんなことってあるの?

一生無理だと思ってたのに?


これをやったからと言って何かが劇的に変わってる感じはないけど、自分の生きづらさの解消がさらに加速しそうだなって思ってます。

 

ホントこれだけでも、シンパパ氏との出会いに感謝なんです。



そんな気持ちで過ごしていたら、
数日ぶりに連絡が。


今日はここまで。


それでは
お読み下さりありがとうございました。