むかしむかし、ハンスという男の子が、炭焼きの仕事をしているお父さんとお母さんとくらしていました。
ハンスはとても力持ちで、小さな木なら、草を引きぬくようにひっこぬいてしまいます。
子イヌをだきしめたら、あまりの力に子イヌをグッタリさせてしまうほどでした。
ある日、ハンスが森で一人であそんでいると、子クマを人間に殺されたクマが、しかえしをしようと飛びかかりました。
ふつうの子どもなら、ひとはたきで死んでしまうのに、ハンスはクマにはたかれたってへいきです。
そのうちに、クマは子グマをだくようにハンスをだきしめると、森のおくのほら穴につれて行きました
そして、やわらかい干し草の上にそっとおろしました。
「わあ、気持ちいいなあ」
ハンスはニッコリ笑うと、そのままねむってしまいました。
それからしばらくして、あまいかおりで目をさましてビックリ。
つみたてのイチゴが、山のようにつんであります。
クマは、
「さあ、お食べなさい」
と、いうように首をふりました。
ハンスは大喜びで、おいしいイチゴを食べました。
そのあと、クマのあたたかいおっぱいを、ゴクゴクとのみました。
こうしてハンスは、クマと一緒(いっしょ)にくらすようになりました。
クマはハンスのために、毎日食べ物をとって来て、おっぱいをたっぷり飲ませてくれました。
ハンスはグングン大きくなり、やがてりっぱな若者になりました。
でもクマは、ハンスが外に出られないように、いつも穴の入り口を岩でふさいでいました。
きっと、二度と子どもを失いたくないと思ったからでしょう。
ところが、ある日のこと。
いつものようにクマが岩のふたをして出かけたあと、ハンスは岩を押してみました。
ぐっ、ぐぐぐーーー。
なんと、岩が動いたのです。
クマのおっぱいを飲んでそだったハンスは、クマと同じくらいの力持ちになったのです。
岩は少しずつ動き、やがてハンスは明るい光につつまれました。
ついに、岩がはずれたのです。
森は緑でまぶしく、花も草も一本一本かがやいて、うれしそうに風にゆれています。
「ああ、なんてすてきなんだろう」
ハンスはむねいっぱいに、森の空気をすいました。
そして、すぐにかけ出しました。
ハンスは走り続けて、小さな炭焼き小屋につきました。
「すみません、水を一杯飲ませてください」
いきなり入ってきた若者に、炭焼き小屋の夫婦(ふうふ)はビックリしましたが、ハンスの肩に、いなくなった自分の子どもとおなじホクロがあるのを見つけて、おどろきの声を上げました。
「ああっ、お前は、私たちの息子ハンスにちがいない」
ハンスの方もビックリです。
「お父さん、お母さん!」
髪は白くなったけれど、小さかったころかわいがってくれた、やさしいお父さんとお母さんです。
その日からハンスは、お父さんやお母さんと一緒(いっしょ)に、炭焼きの仕事を始めました。
でもしばらくすると、どこか広い世界へ行き、自分の力をためしたくてたまらなくなりました。
「ぼくを旅に出してください。必ずもどって来ます」
ハンスがたのむと、お父さんもお母さんも気持ちよくうなずいて、見おくってくれました。
ハンスは、しばらく国中を旅しました。
そうして、そろそろはたらき口を見つけようと、大きな農家にたのみました。
農家の主人は、ハンスの丈夫そうな体を見て、果物畑の仕事をまかせることにしました。
ハンスはリンゴ畑へ行き、次々とリンゴを取るはずでしたが、力がありすぎるため、ちょっとリンゴを引っばると、木の枝がバキバキおれてしまうのです。
「だんなさま、リンゴの木は、みんなくさっています」
ハンスが言うと、主人はおこるよりもおどろいて、
「何という力持ちだ。お前には森の木をたおしてもらおう」
と、ハンスにオノを渡しました。
でも、ハンスはオノなど使わずに、木から木へクサリをつなぎ、「エイッ!」と引っぱりました。
そのとたん、木はドスンドスンとたおれるのです。
主人も、仕事なかまもビックリです。
「あんな力持ちがいたら、何をされるかわからない」
「そうだ、ハンスをおこらせたら、殺されてしまうかもしれない」
そこでみんなで、ハンスをやっつけてしまおうと相談(そうだん)しました。
そしてある日、主人が言いました。
「ハンス、井戸
(いど)の中にかくしてある宝(たから)をとって来ておくれ」
「はい。わかりました」
ハンスは喜んで、井戸の中におりました。
でもそのとたん、主人も仕事なかまも、ハンスめがけて大きな石を投げつけたのです。
でも、ハンスにはいたくもかゆくもありません。
ハンスは、井戸の底から主人にこう言いました。
「宝物は見つかりませんよ。いまから上にあがりますから、井戸の入り口であばれるニワトリをどかしてください。さっきからゴミが落ちてきて、目にはいってかゆいんですよ」
主人たちは、あわてて石を投げるのをやめました。
大きな石をゴミだというハンスには、とうていかないません。
主人はハンスにお金をたくさんあげて、出ていってもらうことにしました。
仕事をなくしたハンスが、ションボリ歩いていると、お城のまどから町をながめているお姫さまの姿が見えました。
「ああ、なんて美しいんだろう。でも、なぜあんなにかなしそうなんだろう?」
ハンスがつぶやくと、通りかかったおじいさんが教えてくれました。
「お姫さまは、大男と結婚させられるのじゃ。王さまは大男をたおしたら、その者に国を半分やり、お姫さまと結婚させるとおふれを出している。でも、今まで誰一人として、大男をたおすことはできなかったのじゃよ」
「よし、それならぼくがやってみるよ」
ハンスは剣と、かぶとと、よろいを買って身につけると、そのままお城にむかいました。
そして王さまに、
「ぼくが大男をたおしてみせます!」
と、言ったのです。
ハンスは元気よく、大男の住む森へ出かけて行きました。
大男はハンスを見ると、フンと鼻で笑いました。
そして大きな剣を、グサリと土につきさしました。
「お前に、この剣が引き抜けるか?」
するとハンスは、その剣をスルリと土から引き抜くと、空にむかって投げました。
大男の剣は青空でキラリと光り、大男の目の前にまっすぐ落ちてきて、そのまま土にささりました。
「じゃあ、次はこれを抜いてみてください」
大男は汗だくになって、なんとかその剣を引き抜きました。
(こいつには、美しい姫をとられるかもしれない)
大男は急にやさしい顔になり、ハンスに言いました。
「なあ、俺の宝は全部お前にやろう。しかし、姫だけは俺にくれないか?」
ハンスは、大きく首を横にふりました。
「いやです。姫は、ぼくの結婚する相手だ!」
ハンスはそう言いきると、大男にむかって行きました。
そして大男の頭を思いっきりなぐると、一発でたおしてしまったのです。
ハンスが大男をたおしたのを知り、王さまは大喜びです。
お姫さまも、ハンスのように強くて勇敢(ゆうかん)な男の人と結婚できることを、心の底から喜びました。
ハンスは、お姫さまとすぐに結婚式をあげました。
それから、お父さんとお母さんの待つ炭焼き小屋へ、お姫さまをつれて行きました。
お父さんもお母さんも、飛び上って喜びました。
つぎにハンスは、お姫さまと家来(けらい)を連れて、森へ出かけました。
「いったい、どこへいらっしゃるの?」
そうたずねるお姫さまに、ハンスは答えました。
「もう一人の、お母さんのところさ」
ハンスの行ったところは、森の中の大きなほら穴でした。
ほら穴には、クマが今にも死にそうに横たわっていました。
ハンスはお姫さまの手をひいて、クマのそばへ行き、やさしく言いました。
「お母さん、ぼくをそだててくれてありがとう。おかげでぼくは力のある男になり、お姫さまと結婚することができました」
するとクマはうす目をあけ、涙を一すじ流しました。
クマはハンスがもどって来たことを、心から喜んで泣いているのです。
そしてハンスに体をなでられながら、天国へ旅立ったのです。
ハンスはお姫さまと二人で、クマのお墓(はか)をつくりました。
それから、炭焼きのお父さんとお母さんをお城へ連れて帰り、みんなで仲良くくらしました。
おしまい