やまなし光学研究所 -4ページ目

あるかいわのきおく②

いつの間にか彼女は眠っていた。


 僕は、暇つぶしに本を読むことにした。どこかに出かけるとき、僕はたいてい本を持ってでかける。そこから何か教訓を得たいわけじゃない。少なくとも、ジョン・レノンの歌をきくより、ずっとためになる。
 それに飽きると、ラジオをきく。
 外国の音楽、祖国の音楽、DJ,ラッパー、ニュース&ドレッシング。

 それから、音楽が変わった。明るく、チャーミングなナンバー。
 それと同時にアナウンスが流れ、彼女が寝返りをうった。
 彼女の長い髪が、僕の右腕に触れた。左肩も頭も、彼女のそれは、いま、僕の体の一部分のようになっている。
 柔らかく暖かい匂いがする。


 一瞬、彼女の頭をなでてみたい衝動にかられる。僕は女の子の頭――というか、頭の骨の感触がなにより好きなのだ。もちろん、変な意味じゃなくて。それは人が胸だとか、ふとももを好きなことと同じように、僕は頭蓋を愛しているのだ。たぶん。


 やがて、彼女は僕の願い通りの姿勢になり、それから三〇分ほどして目を覚ました。


「ねぇ? アタシ、寝言いわなかった?」と彼女は髪を整えながらいった。
「いってたよ」と僕はいった。
「どんな寝言?」
「海に落ちたピクルスと、河に落ちた子豚ちゃんを救出する物語」
「それで、どうなったのかしら?」
「ロープのわっかが、ピクルスの胴体に巻きついたところまでは覚えてる。でも、その先は僕にも何をいってるのかわからなかった」
「少なくとも、私はピクルスを救おうとしたのね?」
「キミはピクルスを救おうとしたんだよ。時間があれば、きっと子豚ちゃんも」
「でも、きっと救えなかったわ。ねぇ、私、今まで誰のことも救えなかったのよ? わかるでしょ? 人を河や海に突き落とすことはできても。誰かを拾いあげることなんて、できやしなかったの」
「みんな、そうさ」
「だけど、みんな、そうじゃないっていうわ。おかしいのは私なんだっていうの」
「みんな、ウソツキなんだよ」
「私だってウソをつくわ」
「僕もつくさ。だけど、そうでもしないと生きてけないんだよ」
「ウソをつかなきゃ、ほんとに生きてけないの?」
「もし、いま僕がいっていることが、ウソなら、キミは傷つく?」
「わかんないわ。そんなの」
「僕にだって、わかんないよ。そんなの」
「ねぇ、さっき、私、ウソをいったの……。信じられる?」
「わかってるよ。僕だって、いくつかウソはついたさ」
「何回くらい?」
「人は一日に五〇〇回のウソをつくらしいよ」
「うん」
「僕は今日、四九九のウソをついた」
「……それで?」
「僕はウソつきだ」
「それはウソなの?」彼女は、ごく真面目にいった。
「五〇一個目のね」と僕はいった。

あるかいわのきおく①

次に目が覚めた時、飛行機は、がたがたと揺れているようだった。アナウンスで、乱気流だとか、気圧がどうだとかいっている。


まあ、いい。とにかく、僕は目を覚ました。


毛布をどけて、伸びをする。


すると、いつの間にか、隣に知らない女の子が座っていた。彼女は僕をみて、笑っている。


僕は、少しせきばらいをすると、身だしなみを整えた。


「ねぇ、アナタ寝言いっていたのよ」と女の子はいった。
「僕が?」と僕はいった。「どんな寝言だった?」
「ピクルスと子豚ちゃんの物語」
「ピクルス? 子豚ちゃん?」
「ええ、そうよ。確かに、あなた、そんなこといってたわ」
「それで、結局、そのピクルスと子豚ちゃんは、どうなったのかな?」
「そうねぇ、ピクルスは海に落ちて、子豚ちゃんは河に落ちたみたいだったわ」
「そりゃ、ひどい寝言だね」
「どんな意味があるのかしら?」
「意味?」
「つまり、あなたが見ていた夢の意味」
「意味なんてないんじゃないのかな?」
「そんなことないわ。すべての夢には、確かに意味があるものなのよ」
「そういうもの?」
「そういうものだわ」
「例えば?」
「例えば、そうねぇ……」と彼女はいった。「あるいは信じてもらえないかもしれない。だけど、話をきくことくらいはできるでしょ? どう思うかはさておき。それに、ここまで話したんだから、やっぱり最後まで説明しないとね」
「誠実なんだね」
「わがままなのよ」
「それでいて、美人だ」
「ありがとう。でも、クッキーはあげないわよ」
「クッキー?」
「私の国のことわざ。ほめてもクッキーはもらえない」
「話が少しずれるけど、それはどういう教訓がこめられているのかな?」
「つまり、クッキーを手に入れるには、相手をほめるだけじゃだめだ、ってことね」
「ほめるだけじゃだめなの?」
「ほめるだけじゃだめね」
「じゃあ、どうすればいいのかな?」
「自分で考えなさい」
「わかったよ。夢の話。夢の話をしよう」
「いいわ。夢の話をするわ」




 彼女が見る夢には、二種類の夢があった。ひとつは普通の夢。おきて努力でもしないと、すぐに忘れてしまう、たいした意味のない夢。
もうひとつの夢、それはコンピューター室での夢。
 彼女が、その夢を見始めたのは、十五の頃からで、実際に機械ふれたのは、大人になってからだった。
「なぜ、大人になってからなのかな?」と僕はいった。
「つまり、怖かったのよ」と彼女は答えた。「目の前のモニターにね、色んな項目があるの。ほら、あれ。ゲームみたいな画面でね、それで色んなアイコンがあって、それに触れると、色んなことができるようになるの」
「例えば?」
「操作よ」
「操作?」
「まず画面にはね、世界地図が表示されているの。それで、その地図を書き換えることができるの。大陸をけずってみたり、島を新しく作ったり。樹を増やしたり、人口を調節したり。つまり、なんでもできるの。すべては数値で、すべては二次元で、すべては私のものだったわ。でもね、そんなの怖いじゃない。だから、私は、そのモニターをじっとみているだけで、何もしなかったの」
「いまは?」
「もう、やめたわ」
「なぜ?」
「一度、ふれて、それっきり。もう二度と見たくもないし、さわりたくもない夢なの」
「じゃあ、一度は何か操作したわけなんだ? 何をしたのかな?」
「イルカの数を増やしたの」
「イルカ? なんでまた」
「イルカが好きだったの。悪い?」
「いや、悪くない。僕もイルカは好きさ。背中にのって泳いだこともある」
「本当?」
「ほんとさ。僕のオヤジはイルカ職人だったんだ」
「なぁに、それ?」そういって彼女は笑った。
「壊れたイルカを工場まで運んで、修理するんだ。僕は、それをよく盗み見してた。なつかしいな。どうしてるだろう? イルカのピピと、イワシのトト」
「つまり、獣医さんだったのね?」
「どっちが患者で、医者かわかりにくい獣医。変な人さ」
「いいお父さんね」
「ありがとう」と僕はいった。「それで、イルカは増えたの?」
「ふたつの答えがあるの」
「ふたつ?」
「ふたつよ」と彼女はいった。「つまり、ひとつは、その夢の中、夢の中の画面では、確かにイルカの生息数はあがったの。ぴぴぴ、っていって、数字が上昇するのね」
「もうひとつは?」
「実際、この起きてる世界でも、イルカの数が増えたの。ねぇ、信じられる? そんなこと」
「わからない。けど、ウソだとは思わないね」
「そう? でもね、怖いと思わない?」
「なぜ?」
「私はね、それでやめてしまったの。でも、私以外に、あの夢を見ている人がもしいるんだとしたら、そしたら、この世界は、そんな風にして動かされているのよ。それは、とても怖いことじゃない?」
「そうかもしれないね」
「私、一番怖かったのがね、画面のアイコンに軍事項目があるの。軍隊の力だと、各国の状況だとか、それからどことどこが戦争をはじめるんだとか、とにかく、そういうことが全部、そこにのっていたの」
「うん」
「それで、もし、私がそれをいじっていたら、もしかしたら、大変なことになっていたのかもしれないわ」
「じゃあ、キミは、先の戦争の原因は――」
「そうよ。別に信じてもらわなくてもいいの。でもね、そうなんじゃないかって、そんな気がして、忘れられないのよ。夢もまだ見るし」
「じゃあ、キミは戦争もとめることができたわけだ。起こすことができるのなら」
「でもね、そういうわけにもいかなかったの」と彼女はいった。「私にも確証は持てないんだけど、画面の右下のところに変な数字があってね、夢をみるたんびに、どんどん減っていくの。で、それが何なのか、私、わからなかったのね。でも、はじめて使った時、イルカを増やした時、その数値が下がったのよ。ほんのわずかなんだけど」
「その数値がゼロになると、どうなるんだろう?」
「わからないわ。でも、もしかすると、何もできなくなるのかもしれない」
「じゃあ、毎回数字が減っていたってことは、つまりキミ以外の誰かが、それをいじってたってこと?」
「かもしれない。でも、とにかくね、私はもうそれ以上、数値を下げたくなかったのよ。それに、自分が世界をいじくりまわすだなんて、怖くてね。わかるでしょ?」
「わかるよ」と僕はいった。「でも、もしあの戦争を誰かが、そのコンピュータールームで始めたんだったら、きっと他の誰かは、それを食い止めようとしただろうね。一度起こったことを、やめることはできないのかな?」
「とめようとする力を発生させることはできるかもしれないわね。でも、キャンセルはできないの」
「そうか」と僕はいった。
「ねぇ、変な話ししちゃったわね。ごめんなさい」
「いいよ。あやまらなくても。そういう話は大好きだから」
「ほんとに?」
「ほんとさ」
「みんな、あたしの頭がおかしいっていうわ。きっと」
「そうかな」
「でもなんで、アナタに話したのかしら? 初めて話したのよ」
「ピクルスと子豚ちゃんの仕業かも」
「安心できるのよ。アナタの顔をみてると」
「そう?」
「そうよ。なんていったらいいかしら? 毛布をかぶってるみたいな感じ」
「毛布?」
「毛布よ。誰を傷つけることもなく、ただやさしく温めてくれる毛布」
「けど、僕は八つの頃、丸めた毛布で殴られて、頭から血を吹いたことがあるよ? 柱に頭をぶっつけてさ」
「ほんとに?」
「ほんとさ。今でも、その後遺症で、ボーリングの球が、右に曲がるんだ」
「ぶつける以前は?」
「左に曲がってたな」
「じゃあ、もう一度ぶつけたら、どうなるのかしら?」
「きっと、ボーリング場から追い出されるよ」


 それで、彼女は楽しそうに笑った。

みどりのこ

 みんな、死んじゃえ、そう緑の子は思った。

 緑の子は、肌が緑色だった。だから、みんなにいじめられた。

 緑の子は、それで、みんなを憎んだ。だから、寝る前にはいつも、神様に祈った。


「神様、お願いします。明日の朝、おきたら、みんなが死んでますように。町も学校も、あいつらも、みんなみんな消えてなくなっていますように」


 ある朝起きてみると、本当に町も学校も、そしてクラスメイトの家もなくなっていた。ただ、焼け焦げた鉄筋と柱がほんの少しだけ残っていた。

 緑の子は、森の中で暮らしていた。だから、緑の子は助かった。

 それで、緑の子は、とても喜んだ。神様がマジメな僕のいうことをきいてくれたんだって。ありがとう、神様、そう緑の子は感謝した。


 それから、みんなの悔しがった顔が見たくて、緑の子は町へおりていった。

 でも、誰も答えてくれなかった。みんな、妙な顔をして、固まったままだった。

 緑の子はいつもいじめられていたように、いじめっ子の腕をひっぱりまわした。すると、その子の腕がとれてしまった。

 緑の子は、つまらなくなって、教会にいった。

 教会は神様のご加護のせいか、キレイさっぱり残っていた。


 ドアを開けようとすると、中から誰かの声がした。

 緑の子は、聞き耳をたててみた。

 すると、中で神父さまと、誰かが話をしていた。

 知らない言葉を話す男は、神父さまに重そうな袋を手渡した。

 神父さまは、それを受け取った。

 それから、男は教会からでていった。緑の子は隠れてやり過ごした。


 安全になってから、中へ入ってみる。すると、そこにキラキラ輝く石ころを数えている神父さまがいた。


「ねぇ、神父さま? 何をしているの?」と緑の子はいった。

「なんでもないよ、緑の子」と神父さまは、石ころを袋にしまいながらいった。「今日は、何か用かな? 懺悔でもにしにきたのかな?」


 緑の子は、しばらくもじもじしていたのだけど、思い切って懺悔することにした。


「ねぇ、神父さま」と緑の子はいった。「僕さ、昨日の晩に、町がなくなるように、いじめっこたちが、みんな死んじゃうように、って、そう神様にお願いしたんだ。でもさ、なんだかつまんなくなっちゃって。いじめられるのは嫌だけど、でも、みんながいないのは、もっと嫌だって思ったんだ。ねぇ? どうしたら、町は元に戻るの?」

「キミは大変なことしたね」と神父さまは怒ったようにいった。「一度、消えてしまったものは、二度と戻ってこないんだよ。永遠にだ。わかるかい? 緑の子。キミはね、とりかえしのつかないことをしてしまったんだよ」


 それで、緑の子は泣いて謝った。


 だけど、神父さまは許してくれなかった。


「みんなは、お前が殺したんだ」と神父さまはいった。「天罰がくだるぞ。自分ひとりのために、町の人を殺してしまうんて。神様は全部しっているんだ。悪いことした人間は、明日になれば死んでしまうんだ」

「でも、神様は懺悔すれば許してくれるんじゃないの?」

「それは、人間の話さ」と神父さまはいった。「でも、キミは緑の子じゃないか。懺悔しても無駄なのさ」


 それで、緑の子は泣きながら森に帰っていった。



 その次の日の朝、緑の子はやっぱり冷たくなっていた。



 神父さまは、それから、南の島にいって、大きな家と美人の奥さんをもらって、優雅にくらした。


 神父さまは、百二十才まで生き続けた。

せんしのつよさ

 男は日々戦いにくれる戦士だった。


 村に妻と子供がいた。


 だけど、男は家に帰らず、おかまいなしに敵をどんどん倒していく。


 戦士はつよく、その皮膚は、やりの先のように硬かった。


 そして、最後の敵を倒し終えて村に帰ると、その村はなくなっていた。


 それで、男は初めて気づく。


 その瞬間、誰かの放った矢が男の胸につきささった。


 いままで、鉄のように堅かった男の体は、もう、山羊の腹部のように柔らかくなっていた。

「こんな晩」

むかぁし、ある小さな山村に、ひとりの年老いた六部がやってきた。六部は、村の、ある家に泊めてもらうことになった。六部がいうには、明日の朝には、もう村をたたなければいけないのだという。屋敷の旦那は、じゃあ、明日の朝、わたしが途中まで道案内をしますよ、といった。それで、六部は喜んだ。


次の日の朝、旦那は六部を山の奥深くへ連れ込むと、後ろから殴ってころした。


六部の持っていた袋の中には、金銀財宝や巻物がつまっていた。旦那は、昨日の晩、六部が宝を持っているのに気づいていたのだ。だから、道案内をするといい、山奥へ連れ込み、六部をころしてしまったのだ。


そのおかげで、旦那は大金持ちになった。


それから、数年のうちに、旦那と妻の間に、子供ができた。二人は大層よろこび、生まれた男の子を大事に育てた。


ある晩のことである。息子が、外で小便がしたいと、ぐずりだした。旦那は、息子を背負って、家をでた。外は思ったよりも、明るかった。満月だったから。


やがて、橋の上に行くと、旦那は、ここで用をたしな、と息子にいった。しかし、息子はそれには、答えずに、こんなことをつぶやいた。


「あぁ……、そういえば、こんな晩だったなぁ……」


なんのことだろう? と思い、旦那は、後ろの息子の顔をみようとしたところ、背中の息子は、重く太い声で、こういった。


「おれが、お前に、ころされたのは」


息子の顔は、あの時、旦那が殺した六部の顔だった。




「こんな晩」という、いう日本の古い話である。


夏目漱石の夢十夜だったか何かで、似たような話がでていたように覚えている。


ところで、なぜ、こんな話ができたのだろう?

あくまで、僕の考えなのだけど、「嫉妬」が大いに関係しているのではないかと思う


まず、話を作ったり、語ったり、きいたりする人間の層は、お金持ちではなく、貧困層で、彼らは、金持ちを嫉妬していた。

彼らは、金持ちを嫉妬するあまり、その裕福さの起源を「後ろめたい行為」とすることによって、社会での立場を均等に、もしくは下にみることによって、欲求を満たしていたのではないだろうか?


つまり、あの金持ちは、悪い人間だ。自分たちは、必死になって働いても、少しも楽にならない。だけど、あの男は、働いている風に見えないのに、裕福に暮らしている。それは、おかしなことだ。きっと、裏でなにか悪いことをしたに違いない。


とここまでは、どこかでよくきくような話である。

で、このあと、その時代や環境、文化、社会などによって、「おはなし」が付け足され、足りない部分が補われ、完成するのである。


他にも、似たような話で、「金」ではなく、「美」に対する嫉妬の話もあるから、おもしろい。


この話は、あまりに醜い女の子を産んでしまい、嫌になって、子供を川に突き落として殺した母親(父? もしくは、男児であってもかまわないかもしれない)の話である。


それから、数年して、子供が生まれるのだが、その子は、とてもかわいらしい子だったので、女は喜んだ。

そして、ある晩、二人して、橋の上を歩いていると、とつぜん、女の子がいうのだ。


「ねぇ、おかあさん。もう、わたしのこと、ころさないでね……」




とまあ、色々書いてきたのだけど、僕は、昔話が好きだ。単純で、いらない描写が少ないし、子供向けのものが多いためか、すっと入ってきやすい。それに、昔話には、当時生きていた人たちの価値観みたいなものが、よくわかるような気がするのだ。特に、外国の昔話なんかを読んでいると、日本人との考えの違いがわかっておもしろい。


その話は、長くなるので、また今度書こうと思う。


とっぴんぱらりのぷぅ