あるかいわのきおく⑥
「ねぇ、ぱおぱお」とハルはいった。「キミはこの間いったけど、ほんとに僕のことは殺せないのかな?」
ぱおぱおは少し考えると、どうかな? と首を横にふった。
「それ、首を横にふったつもり?」とハルはいった。「ロボットでも、首を振るんだね」
「まあね。でもキミだって、ロボットみたいなもんさ」とぱおぱおはいった。「いいかい? 僕はね、そのつもりになれば、どんなことだってできるのさ。キミら以上にね」
「けど、できない」
「ロボット三原則のこと? つまり、僕が人間を殺せないとか、そういうこと?」
「ちがう?」
「ちがうことはないさ」
「じゃあ――」
「例えば、学者ってのは、頭が悪い。彼らは周りのことをまったく考えない。だから、間違いをおこす」
「つまり?」
「つまり、キミを使うのさ」
「僕を?」
「キミを洗脳する。それだけで、ずいぶん変わるさ。そういう可能性があって、またそれを僕が思考し、実行しうる可能性が、ここにあるってことが、彼らの失敗なのさ。つまり、僕をあの時、処分しなかったのが間違いだったんだ。破棄するべきだったんだよ。僕みたいな狂ったロボットは」
「ぱおぱおは、自分で自分を狂ってるってわかる?」
「わかるよ。僕にはわかる。ねぇ、それが、ロボットになる、ってことなんだよ、つまりさ」
「キミの一部が昔人間だったってことはきいてるよ。どんな人間だったのかは知らない。けど、とにかくキミは好んで自分を博士に売った。この星を愛していたからだ。そう僕はきいたよ。なら、なんで人を殺そうとするの? 人がこの星を壊そうとしているから?」
「違うね。まったく違う」と、ぱおぱおはいった。「そんな理由じゃあ、僕は人を殺せない。核を使ったのは、まったく別の意味、それから目的があった。だから、僕はミサイルを発射させることができた。けど、それは決して人を殺したい、なんてつまらない理由じゃなかったんだ」
「でも、キミは教えてくれない」
「そうさ。その通りさ。キミには教えられない」
「けど、僕がキミのいうとおりにしたら、キミはそれを教えてくれるんだろう?」
「そうだね。そういうつもりさ」
「でもね、僕はやらない。決して、やらないさ。だって、僕はそんなこと望まないもの」
「キミはほんとに感情がないの? そういうふうに分析はできないけどね」
「ないわけじゃないんだ。あるんだけど、それを実感することができないんだ。とても微妙なんだ」
「あと、十分。どうする?」
「今日は、もう帰るよ」とハルはいった。「午後から、友達にあうんだ」
「友達? キミに友達だって?」やけにおかしそうにPAOPAOがいう。
「僕に友達がいちゃ、そんなにおかしい?」
「失礼。でも、悪いけど、それは違う。キミのいうのは、友達なんかじゃないよ。それは、ただの思い込みさ。そいつは、キミのことをひどく憎んでる。友達を憎む人間は、友達なんかじゃないさ。キミを憎しみ、殺そうと考えている。それを、みんなは友情だなんていうけどね。とにかく、キミは間違ってる。ねぇ、わかってるでしょ?」
「さようなら」
「また明日ね。九時。実験があるらしいからね」
よいオニ、わるいオニ
むかしむかし、あるところに、よいオニと、わるいオニがいた。
しかし、困ったことがある。よい鬼は、赤い肌で、そして、悪いオニの肌も、また赤かったからだ。だから、人間たちは、よいオニだとか、わるいオニだとか、そういうことに気づかずに、ただ、オニとは悪いものだと思い込んでいた。
よいオニがしたいいことは、かみさまが、悪いオニがしたことは、オニが、そんな風に思われていた。
ある時、よいオニは、なんだかめんどうくさくなった。うまれてこのかた、いいことしか、したことがないのに、人間にいじめられたのだ。足の骨がおれ、とうぶんよいことができなくなった。だから、よいオニは思ったのだ。これをいい機会に、もうやめよう。よいことをするのは、もうやめよう。
そんな風にして、よいオニは去り、悪いオニだけが残った。
だけど、人間たちは、今も、よいことは神様が、悪いことはオニの仕業だと思っているんだそうな。
サバクネズミ
男は、つかれていた
もう、ずいぶん長い間歩き続けていた気がする
だから、もうずっと昔に、二度と座らないと誓ったことを、ここで破ったとしても、きっと誰も彼をせめなかっただろう。彼は、もう、疲労しきっていたのだ。
彼は、小さな椅子をみつけた。その椅子は、無限砂漠の真ん中にあった。ぽつんとあった。まだ、誰のことも知らず、まだ誰にも踏まれたことのない、その椅子は、この日のことを待ち続けているようだった。
汚らしい砂漠ネズミはこういった。
「ねぇ、旦那。アンタは、ここにやってきた。この場所にやってきた。だから、この椅子はアンタのもんだよ」
しかし、一方で、椅子は彼を拒否した。
彼にはそれがわかった。だから、悩んだ。ここでいま、俺は椅子に座るべきなのか? それとも、また、この果てのない砂漠を進み続け、100年を過ごさなければならないのか。俺はどうすべきなのだろう。
数百年に及ぶ行遠の果てに、男は、旅の終わりを感じ始めていた。
そして、男はゆっくりと椅子に座った。その、とたん、男は後悔した。
「ああ! 俺jはなんてことをしてしまったんだ! ここは、地獄じゃないか! 地獄のまっただなかじゃないか! これは夢だ! 俺のいるのは、俺が見ているのは、もうこれいじょうにない、わるい夢に違いないんだ!」
しかし、砂漠ネズミは、ぎしし、といやらしく笑い、満足そうにいった。
「あーあー、また1人、この砂漠で溺れ死ぬ人間がやってきた。いいかい? その椅子は夜になると、砂漠の奥底に沈んでしまうのさ。もう二度とないくらいにキレイな光景だよ。ステキな夜食だ! アンタは、無限砂漠の向こうに行き、それを果たさなくちゃあいけなかったんだ! 椅子に座ってもダメだし、水を飲んでもいけなかった! だけど、どうだい? アンタはあきらめた。だから、ここでおしまいなのさ! アンタは、この俺によって、死刑をいま、いいわたされたのさ! いい気味だね。あー、いい気味だ!!」
男は、沈み込んでいく椅子と堅くなった足が、ずぶりずぶりと、音をたてるのを、じっときいていた。そして、悔しいやら、悲しいやら、情けないやら、色々なことを考えたあと、少しだけ泣いてしまった。
だけど、砂漠ネズミは、もうぜったいに、ゆるしてくれなかったのだ。
あるかいわのきおく④
「昨日、頭をママに叩かれたんだ」とトモダチはいった。「ひどいもんだぜ。俺が何やったっていうんだよ。弟のオヤツ食べただけなんだぜ。ほんと、まいっちゃうね」
それで、彼は一人で大笑いした。
ハルは、ゆっくりと紅茶を飲んでいた。二人は小さな植物園のガラス温室の中にいた。テーブルの上には、湯気立つ紅茶と甘いクッキーが置いてあった。トモダチの皿は、もうカラになっている。
「ねぇ、話し、変わるんだけどさ」とハルはいった。
「なに? なんだい? 前の続き? それとも、オヤジのほうの話?」
「うん。――その、ママの話し」そうじゃない、違う。まったく違う。僕は、そんなんじゃないんだ。そうハルは思った。
けど、結局、ハルは何もいいだせないまま、時間をすごした。やがて、トモダチはハルのお菓子にまで手をつけ、帰っていった。
彼の使ったコーヒーカップには、小さなヒビが入っていた。でも、よくみると、それは誰かの髪の毛だった。いや、人間のものじゃなかったのかもしれない。どこか遠くの猫が、コーヒーカップに、その柔らかい栗色の巻き毛をすりつけたのかもしれない。鈴が、リンとなり、風がびゅうと吹く。ハルは、そんな中、一人泣いていた。
次にやってきたトモダチは、そんな彼を見て、なぐさめようとした。
「ねぇ、ハル」とトモダチはいった。「どうして、アナタは泣いてるのかしら?」
「なぜ僕が泣いてるかって?」とハルは目を赤くしていった。「キミには、それがわかるの? 僕がいま悲しくって泣いてるってことが? 涙がキミには見えるっていうの?」
「そうよ。見えるし、わかるわ」とトモダチはいった。「そうやってしか、私たちは、アナタのことを判断できないの」
「これが、水だって、キミは考えない?」
「目が赤いわ」
「ウサギだって、赤い」
「アナタはウサギじゃないわ」
「ウサギかもしれない」
「耳はどうしたの?」
「あるよ。でも、昔切ったんだ」
「にんじんは好き?」
「きらい」
「ぴーまんは?」
「きらい」
「じゃ、犬は?」
「どちらでもない」
「それでも、アナタはウサギだっていうの?」
「鳥かもしれない」
それで、彼女は、やさしく微笑んだ。
「ねぇ、わかるの。アナタが辛いんだってこと。でもね、私たち、みんな何もできやしないのよ。言葉でいっても、アナタには決して届かないのよ。私たちは違いすぎるのね。どんなに好きでも、届かなきゃ意味がないものね。無責任なのよ。みんな。こんなことしかできなくて」
「キミは僕のことを友達だって思うの?」
「思ってるわ」
「でも、ぱおぱおは、キミらは僕を憎んでるっていったよ。殺したいと思ってる」
「それは、誤解よ」
「けど、僕もそう感じ始めてる」
「かわいそうに」
「なにが?」
「あなたは人を信じすぎるのよ」
「ぱおぱおはロボットさ」
「他人に頼りすぎているのよ。何もかも人に決定してもらいたがってる。ねぇ、PAOPAOが何をいったのかはわからないわ。でもね、人を信じすぎていいことはないわ」
「大人はみんないう。人を信じろって。でも、本当に信じると痛い目を見る。馬鹿正直だっていわれる。一体、僕は誰を信じればいいんだろう? 人間のことが誰よりも大好きだっていうのに、誰も僕のことを愛してはくれない。人を愛せば愛すほど。真剣になればなるほど、人は大きな声で僕を笑う。ねぇ、そんな時、僕はどうしたらいい? なんで、みんな僕にウソをつくのかな? ほんとのことを教えてくれるのは、もうぱおぱおだけなんだ」
「私はウソなんていわないわ」
「ウソだよ。キミはウソをいってる」
「そんなことないのよ。ねぇ――」
「だって、キミらはお金をもらってるじゃないか」
それで、トモダチは少し躊躇した。
「ねぇ、それもPAOPAOがいったの?」
ハルは何もいわない。
「そう……。なら、残念ね――」
「それもいったよ。ぱおぱおが僕に教えてくれた。残念って言葉は悪意で満ちているって。ほんとにその通りさ。彼のいうことは、なんでもあたってるんだ。僕が望まなくても、信じなくても、彼のいうことは、後になって重くなっていくんだ。恐ろしい夜の夢みたいにして」
「わかったわ。今日は帰る。でもね、忘れないで。アナタが死ねば、いいってもんじゃないの。次に、三人目になるのは、私たちの誰かなのよ」
それで、その日は終わった。
あるかいわのきおく③
初めて見たハマダの印象は「暗い女」だった。
僕とハマダは大学のとある授業で同じ研究グループになった。教授がホワイトボードに一から十までの数字を書き、数字の下に名前を書け、といった。周りの連中は、それぞれ親しい友人や恋人たちと同じグループになるためにボードへ走ったが、僕はじっと椅子に座ったままだった。ひどく面倒くさかったのだ。結局、僕はグループ八に自動的に入れられ、そこの一人がハマダだった。
授業が終わった後、数人のメンバーがいつまでにどこそこを調べ上げ、誰彼がなんとかを担当する、と話し合いをし始めた。もちろん、僕はただ座っているだけで何一つ発言しようとしなかった。不思議なもので、その時、一切発言しなかった連中は僕の周りに残り、未だに交流がある。その一人はノミマニアで、いつもポケットの中に変わったノミを入れて持ち歩いていた。
それは何に使うのか、と僕がきくと、彼は、いつか必要になるかもしれないと思ってね、といった。結局、そのいつかは彼が生きている間には訪れなかった。だから僕は彼の両親に彼をノミと一緒に焼いてあげてはどうか、といってみたのだけど、彼らは僕のことを頭のおかしい人間だと思ったようだった。事実、頭のおかしい人間だったのかもしれない。
もう一人は、少しぽっちゃりしていて、目が細くいつもニコニコ笑っている仏様のような女の子だった。
「ねぇ、スズキくん」と彼女は帰り際、僕にいった。「アナタって、無口よね?」
無口だけど何もいいたいことがないわけではない、と僕は答えた。
「じゃあ、なんで話さないの?」と彼女は不思議そうにいった。
話しても伝わらないと思っているからだ、と僕は答えた。
「でも今あたし、アナタのいってることわかるわよ」
別にそんなことをいいたいわけではない、と僕はいった。
「アタシだって、別にアナタと話したいわけじゃないのよ」
ではなぜ話しかけたのだ、と僕はきいてみた。
「だって」と彼女は嬉しそうにいった。「アナタがアタシに話しかけてほしいと思ってたからよ」
その通りだった。
そして、最後にハマダ。先にいったように彼女の印象はとても暗かった。しかし僕が暗いという言葉に悪いイメージを持っているかというとそうではなく、むしろそれは魅力的にさえ見えた。
彼女は他の連中が何か話している間中、机の上でピアノの鍵盤を叩く仕草をしていた。目はどことなくうつろで、時折口を開いたり閉じたりする。少し体を動かすたびに長い黒髪がさらさらと流れた。
結局、僕と他の三人は授業を放棄し、一度も課題の集まりには参加しなかった。
ぽっちゃりした女の子から電話がかかってきて、四人でさぼることにしたのだ。
「ねぇ、今日逃げ出さない?」と彼女がいった。
なぜ彼女が僕らを食堂に呼び出したのかはわからない。とにかくまあ僕らはなんとなく集まり、そして話をした。
「なんで、みんなあんなにマジメなんだろう」とノミがいった。
「わかんないわよね」とぽっちゃりがいった。
「でも、なんで俺、ここにいるのかもわかんないよ」とノミがいうと、ぽっちゃりと僕は頷いた。彼女は黙ってコーヒーをすすっていた。
それから、僕らは色んな話をした。ノミはノミの話をし、ぽっちゃりはダイエットの話をした。
「ノミってのはね、いがいと便利なんだ。いろんな種類もあるし、それにロマンがある」とノミがいった。
「ロマン?」とぽっちゃりがいった。「ノミに?」
「だって、ノミがなきゃロマンなんて必要ないだろ?」とノミが当たり前のように答えた。
僕は黙って二人の話をききつづけた。
「いっそのこと、そのノミでアタシのお肉を削ってほしいわ」とぽっちゃりがいった。
ノミは、それをきいて、そんなものにはロマンがない、と反論した。
「じゃあ、アンタのロマンって何よ?」とぽっちゃりがきくと、ノミは「色んなノミで作った部屋に色んなノミを並べて、色んなノミを使わなくてもいいように暮らしていける世界をいろんなノミで創り上げることだ」と答えた。
どうやら彼らは気が合うようだった。
僕は彼らのことを嫌いではなかったのだけど、結局のところ僕にとってその時、必要だったのは、ノミでもダイエットでもなく、ハマダだったのだ。
その帰り道、僕はハマダを誘って、それから僕の部屋で寝た。
そして、彼女は僕の部屋に住むことになった。彼女に荷物は持ってこないのか、ときくと、彼女は、そんなものはない、と答えた。
事実、一度だけいった彼女の部屋はからっぽでベッドしかなかった。しかし、それが彼女の魅力のひとつなのだと思うと、僕はどこかぞくぞくした。