今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ -27ページ目

今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ

現在43歳 9歳と12歳の男の子のお父さんです。肺腺がんステージⅣの治療や生活をつづります‼

タイトルの「おしお事件」とは
以前に世間を賑わせた「押尾」学氏の事件ではない。

我が家に起こった「お塩」にまつわる事件の話である。


私と妻はそれほど喧嘩をする方ではない。

たまにお腹が減るとお互いにイライラして
何を食べるのか?とか
とても小さな事で喧嘩することはあっても
取っ組み合いや殴り合いの喧嘩をするような
暴力的な夫婦ではなく、実に平和的な夫婦だと思う。


しかし、私ががんを患い、一度喧嘩をした。


というか

今となっては、私が悪いことに
間違いないことに気づいているのだが
今日はその時のお話をしようと思う。


この投稿の前に食事療法のことを書いたが
がんを告知されてすぐに取り入れたのが
標準治療ではなく、この食事療法だった。
(治療計画を練っているところだったので
「やれることから始めよう」ということで
本やネットの情報を頼りに
すぐに始めたのが、食事療法だった)


しかも、その食事療法は
かなり厳格で今よりももっと制限の
キツイものを行っていた。

何故なら、本から得た知識によって
その食事療法によって
がんが住みづらい体になるから…
がんがそれによって消えていくかもしれないから…
と大きな希望を持っていたからである。


「何が何でもやったるねん」と
意気込んでいた。

私は、必死だった。

まだ死にたくないし、
がんをやっつけてやると…
(もちろん今もあきらめてませんよ やっつけること
 そして、共存していくこと)


塩に関しても
ほぼ無塩に近づけようと
私はストイックなまでに制限を課していた。


さて、そんな大きな野望をもっていた
私なんですけど

ダイニングテーブルに座り
治療について、勉強をしていた
ある夕方のことである。

妻が私の後ろの方で
夜ご飯の準備をしている時のこと


そんな時だ


「ガリガリガリっ」

これは我が家のキッチンにある
岩塩の入ったボトルで塩を削る音だ

私はすかさず
「それ何?塩?」

言い放つ
(しかも、言い方が非常に悪かったと思う)


少し時間があっただろうか


妻はかなり怒った様子で
「そんなん言うんやったら
もうご飯作らへんっ」



………


せっかく食事を用意してくれているのに



下の子をおぶって長時間あやしながら

食事を準備していたのに



塩をちょっと削って入れただけなのに
(後で分かったのだが、大きな鍋のスープに
味見程度に入れただけのこと)

何も見ずに音だけで反応して
言い放たれた私の厳しい言葉に
非常に腹が立ったのだ。


そら、そうである。


塩をちょっと入れるぐらい
いいじゃないか

そこまで言われたら食事を準備する気も失せるし
何よりもその言い方はないんじゃないか

今となってはそう思う。


でも、私もその時は意地になっていた。

「塩を体に入れることは
がんを育てることだ」

それぐらいに塩を避けていたし
ガッチガチに頭がそっちにいっていた。

だから、私も
「悪いことを言ってないもぉん」
と意地になり


2階に逃げていく妻をほったらかしにした。


どれぐらい時間が経ってからだろうか


私は2階にいる妻のところにいった。


意地になっていた私も謝るわけでもなく
とりあえず向かった

そして、そんな私に妻は
「自分に焦点あてすぎやっ」
と言った。


私は今でもその言葉を
よく覚えている。


「あぁ、妻にも見離されたかな」
とも思った。

がんになったことで
自分のことばかり考えて
妻のこと、家族のこと、周りのこと
全然考えられていなかったな


非常に自分が情けなかった



その日の夜、家の周りを一人徘徊した

ちょっとした「吾輩なりの家出である」
とか思いつつ
「もう家に帰らないでおこうか」
とも思いながら
近くの琵琶湖まで歩いた…

ただ、2月の寒い夜
薄着でしかも裸足に突っ掛けで出たものだから
寒くてしょうがない

そうそうに家に戻ったのだ…


そのあたりの考えを変える早さも
私の良いところである



その夜は妻にゴメンとも言えず
お互いにその日は何も言わずに
私は下のリビングのソファで寝た。


でも寝付けなかった

今の思いを手紙にして書いておいた。


ごめん、言い過ぎた


そこまで言わなくてもよかったこと

病気のことで必死だったこと

ただ、今後も食事は大切だと思うから
どうかサポートをお願いしたい


そんなことを書いた


次の日の朝
それを妻は読んで
許してくれた



食事療法は厳格にすれば厳格にするほど
我慢や負担がかかることもあります。
もちろん、それによって病気が治るかもしれない

ただ、私の場合、やりすぎて
それが逆に負担になり
美味しいはずの食事が我慢の食事になり
体が欲しいと言っているのに
それすらも聞き入れない状態にもっていってたと思う。

しかも、それを続けたからかどうかは分からないが
心タンポナーデにもなってしまった。
それほど急成長しているがん細胞ではないようだが
どうやら悪さをしている。

何が原因かは分からない。

ただ、食事に関して、急に今までと違う食事に変えたことで
私は我慢していたのは事実だ

だから今は、当初よりは少しだけ緩めた
食事療法を行っている。


行いながら体の調子もみて、進めておこうと思う。


極端に無塩とか無糖とかの方向に走るのではなく
程々にバランスよく栄養をとることを大切にしたいなと

自分なりの食事、家族それぞれの食事があると思う


基本的には栄養バランスのとれた
出来るならばバリエーション豊かな
楽しい食事が出来たらと思います。


そんなことも教えてくれた
これが我が家のおしお事件である。


お塩の取り扱いにはくれぐれもご注意を…

次回に続く…

古代ギリシャの医者のヒポクラテスの言葉です。
病気は神が与えた罰だと言われていた時代に罰などではなく
環境や食事、生活習慣によるものであると信じ、主張しました。

 

これを本で読んだ時
「ほほぉお」と目からウロコぽろぽろ

 

私もいったいどんな食事が良いんだろうかと調べ、
実践し、その内容を更新していっています。

 

今まで提唱されてきた食事療法には
甲田療法やゲルソン療法、星野式ゲルソン療法
済陽式食事療法、マクロビティクス等々
いろいろ存在します。

 

また、私は食事療法を取り入れている医師や
栄養学を専門とする医師に直接会いにも行き
話も聞きにました。

 

私が食事で気をつけていることは
現在、以下の点をざっくりと気をつけています。
※あまり細かいところまで書いていませんが

 体の状況をみつつ、実践しながら
 更新していこうかなと思っています。

 

・主食の炭水化物は白米→玄米に
 小麦も出来るだけ全粒粉を良しとする。

 

・塩は控えめに(1日10g以下目標)
 調味料はだし、香辛料、酸味で基本調節するのがよい
 醤油は使用しても減塩醤油をよしとする.。

 

・糖分は控えめに
 白砂糖ではなく、精製されていない、きび砂糖などを取り扱う
 ジュースやお菓子はNG

 

・鶏肉>牛(赤身)、豚の脂身は控えめで。

 魚は青魚or白身>赤身は少々
 肉については、四足歩行の動物の肉は

 NGとするという判断もあるが
 たまにはどうしても肉が食べたい!と体がいうもんで、

 控えめにしてますが、私は完全排除にはしていません。

 

・野菜は積極的に摂取、果物も程々に摂取
 大量の野菜ジュースはやっていません。
 そこは栄養補助の観点で私は、違うものを取り入れています。
 それについては、後日お話出来ればと思っています。

 

・海藻類、キノコ類、発酵食品を積極的に摂取

 

・油は火を通さないなら亜麻仁油、えごま油(オメガ3脂肪酸)
 火を通すならオリーブオイル、米油(オメガ9脂肪酸)

 

・禁煙、禁酒
 もともと煙草は吸っていないが、

 酒は一年間は控えようと思っています。

 

以上です。

 

質素でも良いから
バリエーション豊かな、楽しい食事をしたい

 

そんなこんなです。

 

一人暮らしの方だと、また状況は違うかもしれませんが

食事において、私は妻や実家のサポートを受けてます。

本当に有難いと思っています。

 

 

効果が現れるかどうか
すぐには分からないけれど
しっかりと継続してやることが大切だと思うので
実践して経過をみていきたいと思います。

 

がんを患っていない人も

がん予防という意味でも

日々の生活習慣の見直し

食生活の見直し

是非おススメします。

 

私は病気になって、生活習慣、

食生活の方向転換を行いましたが

出来るなら健康な時から少しずつでも良いから

心がけておけばよかった…

と思っています。

 

もはや、なってしまったものはしょうがない

なってしまったのだから

改善すればよい

と今は思っています。

 

 

ただ、健康な時こそ忘れがちなこと

 

このブログを読んでくれた人から

身の周りの知り合いや家族まで

私をきっかけでもよいので

命の為のちょっとした投資

して欲しいなぁと

説得力のない私ですが、思うのです。

 

 

次回に続く…

今回はほとんどの方が知らないと思われる

(私も発症するまで知らなかった)

「心タンポナーデ」について

同じようなことが起きた方

起きるかもしれない方の為にも

書き残しておこうと思います。

 

そもそも「心タンポナーデ」とは

Wikipediaから拝借しますと

心臓と心臓を覆う心外膜の間に

液体が大量に貯留することによって

心臓の拍動が阻害された状態のこと。

容易に心不全に移行して死に至るため、

早期の解除が必須である。


特に外傷や大動脈解離の上行大動脈型等の大血管損傷が

原因の場合、急速に死に至る可能性が高く、

早期の診断と手術が必須であり、

また手術に至った場合も救命率はきわめて低い。
上記以外の原因の場合は、

心腔穿刺にて排液を行えば症状は急速に消失する。

と記載されている。 

 

私の場合は

心腔穿刺と呼ばれる

針を心臓の周りの心嚢水のいる箇所にさして

心囊水を採取し、またドーレン(管)を留置し、

心囊水を排液しました。

 

どうやら心膜のすぐそばにいるがん細胞が悪さをして

心外膜炎が起こり、心嚢水が溜まったとされており

心腔穿刺にて排液を行い、急速に消失しました。

 

なので、2週間経った今は、まだ少し心臓が痛みますが

復活しております。

併せて胸水も溜まっていましたが

それも全て尿と一緒に消失していきました。

 

心嚢内には,通常50ml程度の心嚢液が存在し

心膜と心臓の潤滑油的な役割を担うそうだが,

私は2200mlも溜まっていたそうだ。

 

今後の為にも、その時のCT画像も掲載しておきます。

 

 

真ん中の方にいるのが心臓でその周りが全て心嚢水!

ほぼ水で心臓が動けないような状態になっているのが

見て分かると思います。

 

心臓のポンプ機能が働かなくなり

ギリギリの状態に陥ってました

 

症状としては

呼吸困難、胸の痛み、倦怠感、吐き気など

 

今後は上記症状が出る前から

・定期的にエコーやレントゲンで

 水が溜まっていないか診ること

・少しでも症状が出てきたら病院へ行くこと

を心がける必要がありそうです。

 

これも非常に稀なケースなようで

私は胸腺がんなのか肺腺がんなのか

今は決まっておりませんが

 

胸腺がんとした時

 

縦隔腫瘍は年間20万人に1人

そのうち胸腺腫が40%程度

胸腺がんは5~10%程度との数値からすると

単純計算ですと、胸腺がんは200~400万人に1人

日本の人口1億2000万人とざっくりとした数値にすると

40~60人の症例数となり、本当に数が少ないんですよね

(実際はもう少し多いかと思いますが、

それでも少ないです)

希少がんといわれる所以でしょう

 

その中でも「心タンポナーデ」になった患者というのは

症例がほとんどない状態

 

私は稀にみるがんかもしれない状態

かつ

稀にしか起こらない症状を患いました

 

稀 稀 づくめで

医者も私も困ったもんだと悩んでいるところです。

 

でも、今までにないことだからこそ

うまくいけば それが成功体験になり

今後につながる

 

そんな希望をもって

私の復活劇は続くのです。

本でベニクスノキタケという

きのこの成分と同じアントロキノノールという
何やら抗癌作用があるというサプリメントを知りました。

 

その本の中では、海外での試験結果もあるとか
その結果、効果はこうだと書かれていた。

 

「おぉ何やら効果がありそうだぞ うむうむ」


と告知を受けて、それほど経ってない私にとっては
魅力的な女性が突如私の前に現れたことが如く
飛びつきそうになってしまった。


「待って待って、そんなオイシイ話

飛びついていいのかしら?」


と悪魔の声と共に天使の声が聞こえてきたので
私は、手を出すにも本だけの情報で判断していいものやら…
と思い
その著者のクリニックに電話をし
直接相談をしてみることにした。

 

今日はそこで私が感じたこと

起きたことを書きたいと思います。


アガリスク、フコイダン、ブロコリ…

何やら癌に効くぞ!

魅力的なアピールをしてくるサプリメントは

世の中にいっぱいあります。

 

効くと思えば効くかもしれないし
効かないと思っても効くかもしれない。


その効果は、正直私には分からない。

 

“やれるだけのことはやる”の精神でいくと
やればよいのだが、全部飲むのも大変だ

 

その手のものはもちろんお金もかかるし、
お金を考えずに全て飲んだとしても
「私にいったい何が効いてるんだ」
とか考えてしまう部分もあったり
正直何錠もの膨大なサプリを飲むのも大変だ

 


さて、そのクリニックの話

 

東京にあり、私はいろいろ専門医の意見を聞きに
病院を周っている間の時間を見つけてそこに向かった。


雑居ビルのエレベーターに乗り

4階だか5階だかに降りる

何やらクリニックらしからぬ
いや知り合いの家とでも言うべきドアがお出迎え


ムムム

 

 

勇気を持って、ピンポーン

 

ベルを押す

 

 

どうぞぉと言う声と共に

その一室のドアを開けた


中に入ると
ドンッとそのクリニックの先生の大きな机
そしてその横にはベンチ

 

受付などない

 

熟年の看護師と50代ぐらいと推測される

ファンキーな格好をした先生 2人体制のようだ

 

白衣からちらりと見える赤と白の

ナミナミストライプのベルト!


ズボンも赤で実にイカしている

(別に褒めているわけではない)

 

ファンキー先生と呼ぼう

 

私は一目見て勝手にあだ名をつけてしまった
(人は見た目や格好では分からない

違和感あるけど気にするな俺と言い聞かせる)


雑然とした本棚に並ぶがんに関わる本の数々


私の趣味ではない、西洋絵画の入った額縁の数々


その両隣には、診察ベッドのある処置室兼相談室


もう片方には機器が並んだ部屋が存在。

 

私が話をしに行った時は
先におじいちゃんおばあちゃん夫婦が受診をしていた。

 

私はファンキー先生の隣のベンチに座り

並んだ本の中からおもむろに一冊を取り
本を読みながら待つことにした。

 

いや、実際には本は読んでるふりで
耳に神経を集中させ、その部屋の隣で行われる
やりとりの一部始終を聞いていた。

 

やりとりは短く伝えるとこんな感じだ

 

おじいちゃん患者

「先生、一発お願いします」
ファンキー先生

「今日は、退院した後すぐだからやめておきましょう。」
 

(この一発やるというのは、私が後ほど紹介される

コロイドヨードというヨードを水素と結合させた液体を

扱った治療のことだと推測される。)

 

 

おじいちゃん患者

「そうですか、じゃあ他に何が出来ますか?」

ファンキー先生

「じゃあ、これなんかどうです ゴニョゴニョ」

おじいちゃん患者

「それでいきましょう」


ということで、ゴニョゴニョと話のやり取りが行われ
処置室兼相談室から出てきて
私の前を通り
機器が並んだ部屋へ移動していった。

 

ちなみに部屋はドアが閉められておらず
ツウツウなので、だいたいの声は

聞こえてくるわけなんです。

 

さて、機器が並んだ部屋では

その間もやりとりが行われていた
(中の様子までは見えない、あくまで声だけ聞いてます。)

 

看護師

「じゃあ、奥さんこっちを持ってください」
付き添いのおばあちゃん

「あ、はい」
看護師

「このあたりにお願いします」

おじいちゃん患者

「あちちちちちぃ」
何やら熱い様子だ


看護師

「先生 先生ぇ」それほど焦ってはいない

 私の隣に座っている先生を呼び寄せる


看護師

「どうも熱いみたいでして…」
ファンキー先生

「熱いと言うことは効いている証拠です」
おじいちゃん患者

「は はい」

ファンキー先生

「もう少しずらしてみてあててみたらどうですか?

 それほど熱くないでしょ?」
おじいちゃん患者

「は はい」

 

時間を少しおいて
 

おじいちゃん患者

「あちちちぃ 先生熱いッ」
ファンキー先生

「効いているの分かりますか?」
おじいちゃん患者

「は はぁ」

まぁそんな感じのやりとりを聞いていた。

 

何とも私には面白くて、何かと聞き逃せない

なぜか、付き添いのおばあちゃんまでが手伝っているのやら
熱いと訴えるおじいちゃんの声やら
そのやりとり


そうこうしている内に私が呼ばれ
処置室兼相談室へ

そこには、半開きの医療ごみ箱や

雑然と並んだ医療関係のパッケージ
何やら梱包材のごみが入ったゴミ袋がボンと置かれていたり
処置用ベッドに置かれたホワイトボードなど
私にとっては、初めて見る医療の現場だ


カオスだっ


そして、怪しい 怪しすぎるぞ

 

私はさらに思った。

 

そらそうである、入る前から怪しいと思っていた。


いや、ホームページみても
扱ってる機器も旧式のものが多い。

 

私は疑って見ているから 尚更だろう。

 

でも、ここに来ている患者さんは

ここで治そうと信じて来ている。


だからそれを否定している訳ではない

むしろ治るかもしれない…


これはあくまで私の見方であり

感じたことなのでご理解いただきたい。

 


さて、話は私とファンキー先生との話し合いだ


一通りの私の医療情報や内容の話をして
病状を伝えた

そして、私からは気になっている
アントロキノノールについて質問を行った

 

そのアントロキノノールの著書
ファンキー先生からは意外な答えが返ってきた

 

「アントロキノノールも良いけど
 コロイドヨードが良いよ」
ということ

 

「えっ?」
である

 

アントノキノノールの内容は本で書いているし
読んでもらっているみたいだから
説明するまでもないでしょうとのこと…

 

まぁ、もはやアントロキノノールという
口に出しても言いにくいサプリよりも
コロイドさんが良いと言うのだから
とりあえず話は聞いてみてみよう

(このあたりから私は、もはやこれはネタだ
なかなか人が体験しえないネタだ
と思って話半分に聞いている状況となる)


そこからコロイドヨードについてホワイトボードも使って
図解しながら話が進む

 

ふむふむ 何だか良いようにも聞こえてしまう
 

恐ろしいものだ

 

もしかして本当に効く液体なのかもしれない
それは分からない

 

でも、私はこれまで
そこで起きていること、聞いていることから
「よっしゃ 一発やりますか」とは思えなかった。

 

一通りの話が終え
「治療を行なうも行わないも貴方次第ですので
 よく考えて判断ください」


そこまでグイグイと推してくるわけでもなく
受診を終えた。

 

どうこの状況を回避しようかとも途中から考えていたので
そこは助かった。

 

私も「今日聞いたことふまえて

また治療をお願いすることになれば
連絡いれるようにします」

とだけ伝えて
ファンキー先生ルームをあとにした…


まさかの展開である

 

アントロキノノールではなく
コロイドヨードを勧められるとは…


かくして私は
アントノキノノールは手にせず
コロイロヨード療法も行っていない。


帰ってファンキー先生の本をパラパラと読み返した

 

前半に書いていることは
がんに関係する本を読んでいる人は知っていると思うが
ケリー・ターナー氏の本の内容であり
(もちろん本の最初にその本のことについてふれている)

 

その内容が、がん患者にとっては
非常に共感を覚える内容だけに
前半それを読むと なるほどと思うのだ。

 

それをふまえてアントロキノノールの話になっているから
脳は何だかこれ良さそうと思うわけだ。

 

また、試験結果などのデータもよく見ると
N数が圧倒的に少ないと言うこと

 

いろいろ私にとっては疑問点が

残る本だったということが分かった。


オレオレ詐欺ではなく
効く効く詐欺なんじゃないか
とまで思った。

 

私はそんな風に感じ取ってしまったのだ
(気を悪くされる方がいたら謝ります。
あくまで個人的な体験による、感想だと思ってください)


だから、私は代替療法も全てを信じるわけでもなく
試せるものは試すが
何でもかんでもやるのではなく
信頼のおける情報を得た上で
自分が納得して行うことが大切なんだと思った

そんなこんなでした。


がんを患うことで体験することって
今まで体験し得なかった

こんな世界もあるんだなぁと思った。

 

別に面白がってやってるわけではない
至って真剣なのである。

 

ただ、その想いとは裏腹に
こんな奇妙なこともあるということを
知っておいてもらえたらと思う。


ファンキー先生 ありがとう

何やらボヤキのようなタイトルで始めましたが

 

私は仕事柄 企画書や戦略シートなど
A4用紙1枚とか出来るだけ簡潔に
背景、目的、コンセプト、ワンビジュアル、メリット、アイデア、ゴールイメージなど
限られた時間の中で、提案内容がいかに分かりやすく、価値のあることなのか
説明出来るようにすることがチョクチョクありました。

 

ですので、今回の治療もそういった経験をふまえて
いろいろと専門医にもヒアリングを行いながら
情報を得ながら構想をネリネリし
これでどうだ おいッ! と

オリジナル治療戦略をたてました。
(復活劇第一章 治療戦略の策定の内容を
資料にまとめたものがあります。
ほんの一部の方しか見てないと思いますし
全ての資料を見ているのは自分と嫁さんぐらいです。)

 

時間があれば資料の構成や体裁
見易さ、データの付加など
資料作りはさらにブラッシュアップ出来ると思います。

 

ただ、今回別にクライアントがいるわけではなく
そんな見た目などという体裁云々よりも
自分自身の頭の中を整理する為がメインで
医師やまわりと会話する為に必要な箇所だけ引っ張り出して
説明する時の補助資料として作成してました。

 

それがあるから、話す時も

頭が整理されていたともいえます。


しかし、先日の心タンポナーデ発症で
戦略がもろくも打ち砕かれてしまった。

 

ショックだったなぁ

 

でも、もう一回見直せば
そこから得た情報や内容の骨格は変えなくても
イケる部分も残っている。

 

ちょっと、「思ってたんとちゃう」という部分は

どうしても出てしまうが
それも「しょうがないか」とある意味

あきらめるというと語弊があるが
「こっちが駄目なら こっちでいくか」
と柔軟さも必要だと思うように至ってます。


治療は患者が判断することが大切だと思います。

 

でも、医療の現場でも治療コンサルティングと言いますか
言葉と言葉の治療内容のやりとりだけでなく
目に見える形でシートになって
視覚的にまとめられると、
患者もより納得しやすいのではないかとも思いました。

 

耳で聞いたこと、質問したことを頭で整理することで
納得できる部分もありますが
俯瞰して整理された情報が目で見える方が
アホな私は分かりやすいから…

 

テキストの羅列だけでなく
治療方針の表やメリットやデメリットの比較表
治療内容や心の状態のベクトルマッピング
サポート体制の役割分担表
など表現の仕方はいろいろあるような気がする

 

私は患者でありながら
そんなことが今の医療に足りないような気がして
目に見えないことを表現するという

デザインの手段を用いることで
役に立つのかもしれないな
と思った次第でした。

 

もしかすると、医療も進歩しているので
それらのフォーマットがあるかもしれません
(ごめんなさい、そこの調査までは出来ていません)

 

しかし、標準治療以外の考えもふまえた
その人に合わせた治療の仕方が無数にあると思います。

 

なので、どこまで対応できるのか
症例や進行度合いなどいろんなパターンがあるので
簡単に出来るもんではないとも思います。


医師とは対話することで信頼関係が生まれると

書きましたが、さらにうまくいくなら
視覚的にそれらが表現されて、

さらに信頼関係が生まれたら
なんて素敵なことでしょうか。

 

患者にとっても、頭が整理されてすっきりして
余計なこと考えずに治療に専念出来ると、
それも治療の一つなのかもと思ったりしました。

 

ちょっとでも患者の負担をなくせるならなくしたい
そんなことを思いました。


誰か、そんなフォーマットと言うか
ビジュアルシートの骨組み一緒に作りませんか?
なんて思ったりして…

 

やりたいことニョキニョキ書き込みでした

 

今日はわりと「ブンショウミジカメ」
で済みましたかね

 


次回に続く…

毎度毎度文章が長いので
もはや“ブンショウナガ男”という
ニックネームでも良いかもと思う今日この頃…

 

長い文章を読んでいただきありがとうございます


今日は医者と患者の関係についてのお話。

私は、受診する時は前もって聞きたいことや伝えたいことは
メモしていつも話をしています。

 

だから文章と一緒で受診時間もけっこう時間がかかります。

 

医療の現場側からすると
本音を言えば他の患者がいっぱいいるから早く回したい
というのもあるでしょう

 

話を聞きに行く為に様々な医療機関の医師を回っていた時は
明らかに「早く回したいな この先生は」
という医師もいらっしゃいました

 

でも、こちらも納得したい 聞くことは聞きたい
だから 話を切り上げようとしても
ちょちょちょ 待って(心の声)
「この部分についてはどうですか?」
と引き下がらない

 

これだけは聞いておきたいことは聞く


そんな風に受診しています

 

ある意味厄介な患者ともいえます。

 


私がファーストオピニオンの初めての主治医の医師よりも
セカンドオピニオンの主治医の医師と話をしていて
一緒に治療をしていこうと私が思えることとして

客観的な事実やデータ、経験などの情報で

スマートに答えることだけでなく
何となくですが、患者に寄り添う医師であるかどうか
そのバランス感覚というか、個人をみているか
ということがあげられます。

 

もちろん医師は考え抜いた治療計画の道に患者をのせたいと思います。


それはそうです


それを患者はどこまで納得して、踏み切るのか
その為にもしっかり説明もされます。

 

提案に対して、患者はどう思うかぶつけることもあります。

 

医師との信頼関係は対話によって生まれると思います。


ファーストオピニオンの医師は、
私の考えと相容れないことを分かってか
私が望むいろんなところに紹介状を書き
「私たちの治療に同意いただければ共に頑張りましょう。
でも、もし転院されるなら、電話一本でお伝えくださいね」
と言って、別れました。


もう少し、他の提案もなかったのかと思ったりもしましたし
何だかモヤモヤする
でも、なんかそれ言っても、暖簾に腕押し感あり。
そんな感じでした…

 

私は、その時はその時で一生懸命でしたから
そこまであまり気にしてもいませんでしたが
治療について、一度提案したものを簡単には変えないことは
信頼関係において大事だと思います。

 

ただ、ファーストオピニオンの医師は
こちらの思いや意見を聞いているようで
右から左に流れている そんな印象がありました。

 

セカンドオピニオンの医師は
実績や症例数の扱いの多さもあり
受診される患者さんも非常に多い医師である。

忙しいことこの上ないと思う。

(大きな病院の医師は基本的にはそうだと思いますが)

 

それでも、このブログでの経緯でもお伝えのように
手術と手術の間の隙間時間を見つけて

話をしてくれたりします。

 

だから思っていることを伝えやすい。

 

手術と手術の合間の時間で、私のような者と
冷静に話が出来る

情熱大陸とか プロフェッショナル 仕事の流儀とかで
取り上げて欲しいぐらい
プロだな と思う。

 

人の生死がかかった大きな手術かもしれない
一日に4件とか手術しているのに
このように話もする そんな毎日。

「貴方にとって、プロフェッショナルとは?」
とか患者でなくて、がんをテーマにして取材記者として聞きたいと思ったりする。
(まぁそんなことは、私が良くなってからの

 お楽しみにしておこうと思うし
 私の職業は取材記者ではないので、

 記者の方よかったらお願いします。)

 

「標準治療においては、

治療のガイドラインがもちろん存在します。
でも、患者さんにとってそれが本当に正解だと
私は思っていません。人によって考えも違えば、

症状も進行度合いも違います。
だから私は外科医として、持っている技術は提供しますし
また、標準治療以外の治療も考えられていることふまえて
貴方が生きていてくれるように

出来るだけのことは提案します」
とスマートな部分と熱い部分含め
本心を言ってくれます。

 

初めて会った時から、この人

信用おけそうだなと思っていたが
そんなこともあり、私はすっかりチームの一員として

信用しているのです。

 

ちなみに私はチーム医療とか集学的治療という

医療の現場の言葉と同じように
患者を中心とした周りの知り合いや家族、専門医等々
全てひっくるめて、チームなんだと思ってます。

 

その責任と言うか、判断したりする監督のような存在であり
プレイヤーが私本人の患者だと思っています。

私は3週間後に検査結果ふまえ、

医療側で考えられた治療計画について
医師とまずは電話で話すことになっている。

 

そこで私は、今思っていること、考えていることを
お手紙というカタチで医師に昨日送りました。

 

妻にも内容を見てもらい、添削もしました。

 

手紙はA4用紙4枚。

 

ここに手紙の内容を記載すると
それこそ“オテガミナガ男”という
ニックネームまでつきそうなので
やめておきます。

 

要点は
・治療計画に対する私の考え方
・手術における、セカンドオピニオンについて
・化学療法を受ける際の関西を拠点とした

 医師の紹介について
そんなことを書いています。


どこまで私の意見もふまえて
治療計画をたてられるかは正直分かりません

 

でも、私の思いもふまえて
最適な治療を提案してくれるでしょう。

 

さて、どんな治療計画になるか
私の考えていることと医師との対話は続くのです。


第3章に続く…

私の中に出来たがん細胞を「がんぼっち」と

ペットネームをつけていると
一度書いたと思いますが、ちょっとそのことについて
少し考えていることを今日は書いてみたいと思います。

 

まず、「がんぼっち」を悪者と見なして対応するのか
愛するパートナーのように共存していくように対応するか
善か悪かというどちらかの捉え方で対応するかという考え方があると思います。

 

私においては、これまたどっちもかなぁ
というのが今の私の考えです。

 

仮に治療を施してうまくいって、「がんぼっち」がいなくなっても
再発するかもしれないし、転移するかもしれません。

 

そういう意味では、普通は嬉しいもんではないけど
一生付き合っていくパートナーといえます。

 

ただ今回、心膜に悪さをして出血したことから
心嚢水が溜まり出し、危うく死に近づいたことは事実

 

がんぼっち自体はそんなに拡大しているわけではないらしく
ちょっと彼はグレて、

近くの心膜をかじったか突き破ったかまでは
画像では分からないらしいが
どうやら彼は、ちょっかいを出したんですね

やれやれです


彼はもともとは自分の細胞なんですよね
そういう意味では、私は彼の生みの親であり、育ての親。
親として、彼を更生もしなくてはなりません。

 

グレた中学生とするか暴走族や暴力団
はたまた凶悪犯と考えるか
どこまで彼を悪とするかは個人の考えようだと思います。

 

この前までは、私はグレた中学生ぐらいかな

と思ってました。
ちょっと、学ランいじったり

イキッて学ランからフード出したり
ダサいけど何か可愛いもんじゃないの

 

でも、さすがに先日の厳しかった二週間を経た、今
彼はちょっとその域を超えてんじゃないのか
とも思ったりしてます。

 

自分が増殖しながらその活動域を拡げ
また心嚢水が溜まってくるようなことや
胸の水が溜まってくるようなことも有り得ます。

(進むとこの前のように呼吸困難に陥る)
 

はたまた、転移して、臓器不全に陥ることもあります。
 

免疫力が低下して、感染症や肺炎を

引き起こすこともあります。

 

もしそのようなことが起これば
それらに対応していく必要もありますし
自分が増殖し、上記のようなことをすればするほど
死に近づき、私の体が死に至るということは
彼自体も活動が出来なくなるのに、やるんですよねぇ

 

関西弁で言うなら「がんぼっち アホちゃうか」と

突っ込みたくなりますが
そこまで考えてくれないわけなんですよね

 

だから良いか悪いか というより
言い方悪いかもしれませんが
私と一緒で アホな子なんですわ

 

そのアホな子と私は
離れられない親子関係として
付き合っていくんです

面白いですよね


そんなことを考えながらも一方で
私は、「がんぼっち」を患ったからこそ
やりたいことがニョキニョキ出てきています。

 

その中の一つに「がんぼっち」という

絵本を作りたいということ
 

告知されて早い段階に、大方のストーリーは出来ています

 

それを妻と一緒に作ろうかなとも思ってたりしてますし
今、話をしている専門医や

はたまた昨日勝手にこちらから連絡をした
免疫細胞の研究者とも出来るなら話をして
専門的な意見もふまえて そのような創作や
研究活動も出来たらと思ってます。
 

あくまで私は専門的な知識は、

そこまで持ち合わせていないので
表現者の立場として、出来ればと思っています。

 

「治療に専念せよ」と周りは思うでしょう

そうなんです

 

標準治療や代替療法はもちろん日夜、

専門家の意見やネット本から情報を仕入れていますし

そればっかり考えていた時間もいっぱいあります。


やり過ぎはよくないので、

ほどほどにバランスをとりながらやってますが
のめり込んでしまう性質なんですかね

だからこそ、切り替えることも大切だと考えています。

 

ちょっと容態悪化で治療計画も見直しているところですが
標準治療も代替療法も3週間後には実行となります

でも、治療は始まっているんですよね

というのも
人と馬鹿話したり、美味しい食事をすること、

栄養補助をすること、しっかり睡眠をとること、

体を動かして運動すること
全て心と体の治療とも言えますし
私の場合はどうしても表現者の端くれとして
表現することが一つの気分のリフレッシュと言いますか
やりたいことはやりましょうよ
という精神で
何か残していきたいとどうしても思ってしまうのです。
 

この文章もそうなのかもしれません

 

もちろん、それがストレスや負担にならない程度に
ぼちぼちやりたいと思っています。
(このような活動は、もう少し落ち着いたら

 ガッとやりたいと思いますし
 今は優先順位は下げておりますので、ご理解くださいな)

 

ストレスはがんぼっちの大好物ですからね

 

まぁこんなことを言ってるぐらいですから
「がんぼっち」と同じように私はアホなんやと思います。

 

今までの治療データの実績に基づいた
通常の標準治療だけでは、どうも飽き足らないというか
納得できない自分がどうしてもいるので
ちょっと変なアプローチもあっても良いではないか
こんなやつもおるんや と 何かヒントや
周りが動き出すきっかけになればとも思ってます。


ある人は、治療を顧みず徹底的に仕事に打ち込む人もいれば
医者のことを信じきって、治す人もいれば
私のようにちょっとそれた考えを持っている人もいる

みんな、がんという病気と向き合いながらも
それぞれの生き方なんだと思います。


私は今回、がんの専門病院にて

一泊二日と短い期間の検査入院をしました。
ちなみに生検は二度目だったのですが、

前回よりも3回組織を採取し
3倍の量を摘出したのですが、

痛みや熱が前回とは違い全然なく
これは2回目だから体が慣れたのか
処置した先生の腕が良かったのか 分からないが
明らかに体の痛みの具合がこうも違うのかというぐらい
前回より楽でした。

 


今回は4人相部屋だったのですが
私以外の3名の方は、60代以上の男性ばかりでした
抗がん剤治療真っ最中でした

「一緒にがんのこと、話しましょう!」とか
そんなこと簡単には言えませんでした

看護師との対話、回診する先生との会話で
彼らは、
「副作用でしんどくて食事がしにくいんです」
とか
「熱が上がったり下がったりで気分が悪いんです」

とか
苦しむ声もたまに聞こえてきます

(別に不安や恐怖を与える為にこれを

 書いているわけではありませんのでご了承ください)

 

3人ともベッドで頑張っておられました
 

心の中で「がんばって」としか言えなかった

 

そこにはとやかく言えないな

 

彼や彼らの家族と決心をして、化学療法を受けられている

治ると信じて受けている

頑張っている

そんな最中に他人がとやかく言うべきではない
と私は思いました。

 

以前にも治療については

正解が一つではないと言いましたが
患者や家族と決めていくその治療について
いろいろと周りもああした方が良いとか
こうしておくべきだったのではとか
いっぱい考えると思います。

 

でも最終的に決めるのは患者本人

 

本当に勝手な話ですが
その本人を尊重して 応援してもらえる
それでも充分だったりします。

 

治療計画に対する情報を提供するのも良いと思います
 

ただ、受け手の患者としては
もらった情報を汲み取るか 否 汲み取らないか

悩むのも然りです。

 

特に知らない人の意見や情報は流しやすいですが
近ければ近い存在の人の情報ほど
実は流しにくい部分もあります。

 

やはり命に関わることですから、重いかもしれませんが
そんなことを患者になった私は感じてます。

 

突き放すような言い方をしてるところもあると思いますが
役割分担かなとも思っています。

 

治療自体は専門医が主体となって患者と行い
治療方針や治療計画のサポートは家族内でとどめておき
子育てや食事のサポートは親戚や近くの友人を頼り
心のサポートは知り合いに頼るとか
そんなチーム及びサポーターというか体制が
私にとっては良いのかなと思ったりしてます

自分勝手ですいません


周りももちろん勉強して
もしがんになった時
身の周りに人や家族ががんになった時に
その知識はきっと役に立つと思うので
勉強することをおススメ致します。

 

2人に1人が がんを患い
3人に1人が がんで亡くなる今の時代です
※今後 3人に2人ががんを患い
2人に1人が がんで亡くなる時代が来る

とも言われています。

 

他人事だと思わずに
自分事として
受け取って 考え 思い 動き出す
それで良し


まぁこんなんですので、叱咤激励受け付けます

でも、35年間で会得した処世術と言いますか 
さらりと受け流しますので、安心してください


あと、このブログについてですが
「いいねって、嬉しいね」
ということが分かりました。

 

私は今まであまり、SNSやブログなどと言うものから
避けてきました

「私の今日のファッションはこんなんです」
とか
「今日、こんなの食べました」
とか
あまり興味がなかった…

 

でも、今回このような体になり
いろんな方からブログを通してのコメントではなく
直接のコメントや会って話をして思いますが
身の周りの人たちは何かしら心配をかけているということ
そして、声がかけづらいということ
私も逆の立場なら そらそうだと思います。

 

ただし、応援いただく気持ちほど嬉しいものはありません。

 

だからブログでいいねを押していただくのも
嬉しいもんなんだと思う今日この頃です。

 

ですので、面倒くさい 私の我がままなところですが
よかったら いいね 押してもらえると嬉しいもんなんです


ふぅう
今日もいつものように長くなりましたね

ここまで読んでいただきありがとうございます


そんなこんなで復活劇は続くのです

緊急入院後、一度関西に戻り
4/16は琵琶湖バレイと呼ばれるスキー場の麓の桜を家族で見に行き
遅い春を目いっぱい感じて
 

4/17次の日には
セミナーで西洋医学も東洋医学も取り入れている
薬学博士をされている先生の話を聞きに行ってきた

そこでは、多く扱いすぎる薬の話から始まり、

がんについての話もあり
西洋医学をがんと徹底的に闘う二元論とし
東洋医学をがんと共存していく一元論として話をされていた。

 

それは、少し私なりの解釈も入っていますが
悪いモノが体にあるから

それを叩きにいこうとする西洋的アプローチと
 

体本来備わる内からの力をもとに

治していく東洋的アプローチがあるということ

 

現在の標準治療をメインに治療を行う大きな病院は
上記の二元論の西洋的なアプローチで

治療を行うことが大半だ。
(もちろん免疫療法など徐々に東洋的な考えも

入ってきている現状もある)

 

その逆に自由診療やごく稀にというと

語弊があるかもしれないが
一元論の東洋的なアプローチを良しとする

考えの医師も存在する

 

両者それぞれがもちろん自分たちの専門分野の

メリットをアピールするし
お互いのデメリットをもとに、いかにこちらが有効か
ということをアピールする場合もある

 

私の今の考えではこのがん治療においては
基本的には東洋的なアプローチは大事だと思ってます。
 

でも、西洋的なアプローチを一切、排除して行うことが
決して良いとも思えない

そんなことを考えている。

 

自分が良いなと思える知識と
そして感覚を信じて、良いところを取れば良いと思っている。

 

そのセミナーの際に最後にまとめられていた内容として
・感性を信じるということ
・学んでしっかりと知ること
・自分を正しいと考え、自分で決めるということ
とのことだった
まとめの内容と私の思考性はほぼ共通していると思った。

 

ある意味日本らしいというか、

東洋的な思想を持ちながらも
西洋的な思想をも取り入れてしまう

チャンプルー思想。

 

「じゃあ、あなたは西洋なの?東洋なの?」
と決めつけるのではなく
「私は中洋なんです」とでも言いましょうか
良いと思ったらそれを信じてやること
それで良いかなと現在の私は思っている。


ただ、今回心嚢水が大量に溜まったような

緊急の状態に陥った時は
東洋的なアプローチでは助かるものも

助からなかった経緯がある。

 

それは、先にもっと東洋的なアプローチで

予防出来たんじゃないか
 

いやいや西洋的アプローチとして

薬を使っておけば良かった…とか
 

手術をもっと早くにして摘出していれば…とか
 

そういうお叱りの声も出てくるでしょう

 

でも全ては結果論

それも含めて私が判断して、今に至っているのです。

 

食事療法や栄養補助、体を温める行為や
メンタルを下げないようにするなど
それなりに東洋的なアプローチを取り入れていたが
事態は悪化してしまったんです。

 

この事実を受け入れなくてはならない。
だから、早急に手を打たねばならない。
確かにそうです。

 

私が今回患った「心タンポナーデ」を発症した予後は

非常に悪い
 

客観的な数値では中央生存期間が3ヶ月と言う

データがあったりする。

 

非常に厳しい数値だ。

 

でも、それでも今
私の体はピンピンしている。
体というのは本当に不思議なもんです


周りの方は、ああ言っておけば良かったとか
自分を決して責めないでくださいね

何はともあれ
これも私の生き方なんだと見守ってください
お願いします。

 

そして、さらにわがままを言うなら
応援の声ほど嬉しいものはありません

 

今日の急な検査入院中に東京にいる昔からの友のうちの4名が
忙しい中、病院に来てくれた。

※つい先日に始めたブログでもって初めて知らせたので

遅くなって悪いと思う。彼らに伝えておくべきだと思い

ブログを始めたのも、一つの要因であることは間違いない。

多くの人数にしっかりと何が起きているのか

それぞれに電話やメールで伝えるのは大変なので

こういうカタチになってしまいました。

 

 

正直、逆の立場なら声をかけづらいと思う
それでも来てくれて、話をした。

 

はじめは重い話もしたけど
終わりにはどうでもいいような小学校の話をしていた

 

でも、そのどうでもいいような話こそ
今の私にとっては、有難かったりする

 

けっこう、頭の中は何だかんだ
治療計画が崩れたので
どう治療しようか?
とか
どうしたら生きられるか?
と医師と対話したりしながら
考えている時間も多い

 

だからこそ馬鹿話 必須なんです

改めて、来てくれたことに感謝したいと思う
ありがとう


ちなみに今日、私は朝に
免疫細胞療法をの培養を行う為に成分採血をしました。

それは目に見えないがん細胞を抑制する為と
大きな原発がんを抑制する為の治療としてやります。
効果は正直どれほど効くかやってみないと分かりません
3週間後に培養されたのを注入する予定です。

 

そして、検査入院に入り
胸に針を刺して細胞組織をとる生検を行いました。
 

2回目だけど、気持ち悪くて、痛かった
 

胸の骨を貫通させるこの感じ 良いもんでは決してないです

この検査の結果も3週間後
それで化学療法の効果的な選択肢の絞り込みも行います。

 

治療がどこからか始まっているかというと
既に始まっています。
標準治療が始まってないだけです。

焦らないでください。
私は生きています。

 

少し悪化して、危機に陥りましたが
東洋的アプローチも行いながら

(私の言うじわじわ戦略)も少し見直しをかけつつ
西洋的アプローチを行う検討(私の言う速攻戦略)も行います。

 

自分の身をもって実践し
実況中継ではないですが
このようにドキュメンタリーといいますか
ノンフィクションといいますか
引き続き綴っていきます。

 

復活劇と題していますが
結果悪ければ悲劇になってしまいますし
これが続いていけば喜劇になります。

 

私は悲劇の演者にはなりたくないですので
出来れば喜劇であり続けたい。

 

その為にも、私一人ではなく
医師も家族も知り合いも、周りの人も含めて
サポートしてもらいながらも
自分で治していきます。

 

どうぞ皆様引き続き宜しくお願いします。


次回に続く…

緊急入院中のことを少しお話します。

 

私は心嚢水を抜く処置を終えた後は
心臓の辺りから水を抜く管が取り付けられ
左手には少量の生理食塩水を入れる為の点滴の管
左の指に酸素量を図るモニターの線
鼻から酸素を注入する鼻フックのようなもの
そんなものと繋がりながら

SMプレイでいうMの状態で
ベッドの上でひたすら、お小水を
尿瓶に一時間や二時間毎に出しては
身体に溜まりに溜まった水を出すことを行っていた

 

食事中の皆様ごめんなさい

 

そして、こんなこと書いていますが

プレイを楽しんでる余裕は正直ありませんでした

今だからちょっと、そんな茶化したこと言えるんです…

 

お小水という響きが上品だったので
「ベッドからは、まだ動かないで」
と先生からのお達し通り
私はベッドから動けなかったので
ナースコールで
お小水が出る度に看護師さんに
「お小水が少々出まして…」なんて
ちょっと恥ずかしながらも、お願いするのでした。
看護師さん 何回もありがとうです。


そんなこんなの生活を3日ぐらい
したところでしょうか


少しずつ酸素量も安定してきて
血液やレントゲンの結果からも
胸の水も減少していき、数値もおさまってきたから
「ちょっと歩いてもイイですよ」
ということで
酸素の管を延長し、室内を歩けるようになり
自力でトイレにも行けるようになる。

 

また、酸素ボンベと一緒に動けば
病棟内だって歩けるようになっていく。

 

何なら下のコンビニまで看護師さんに
車椅子で連れて行ってもらえる。

 

ベッドの上から解放されるだけで
この喜び

 

たまらなくうれしいもんです

 

余談ですが
緊急入院をして、水抜き作業を行った後
心臓がバックバック再稼働し始めた時に
息がしやすくなり、飲んだ瓶型「C1000タケダ ビタミンレモン」

風呂上がりの一杯ではないが
救われた後の一杯

これは涙が出るぐらい美味しかったな

 

炭酸飲料って、身体に悪いとも言われます
でも
この時ばかりは、グイッ、しゅわっと
飲みたかった。

 

ビタミンCの補給もしたかった。

 

心が小躍りする
 

そんな瞬間でした

 

話がこのままだと
 C1000タケダ ビタミンレモンの宣伝になってしまいそうなので
話を戻します。

 

そんなこんなで少しずつ体は緊急状態から
通常の状態に持ち返していくのですが

入院後の4日目
今回、排出した心嚢水の検査結果が出て
「心嚢水にも残念ながら、がん細胞がおりました。
 検査結果もレベル5なので、確実にいたということになります」
とのことを告げられた。

 

「ついては、ただちに手術を行うのは
 今はやめておいた方が良いということ
 そして、目に見えないがんを抑制する為にも
 化学療法も検討するべきだと判断します」と
 外科の主治医から告げられた
 
「出来るなら内科の先生の話も聞いてみて」
 とのことだった


がっくり


あぁ、もうすぐ手の届くところに
手術で全て取り除く(速攻戦略)と
転移再発を抑制する為に免疫・温熱療法や
食事、栄養、温泉、お笑い…考えられる
免疫力を上げる(じわじわ)戦略を実行出来たのに…

 

悔しくて たまらなく
下を向いた

 

涙も久しぶりに出た

 

見かねて看護師さんは朝ごはんを持ってきて
そっと私の横に座り 手を背中にあてて
ただひたすら、何も言わず横に付いていてくれた
 

ありがたかった

 

後で、この看護師さんと病棟内の景色の良い
多目的ルームで夜中にどうでもいい雑談をいろいろしたのだが
(もちろん、ナンパではない)
23歳のまだまだ新米の看護師さんだった

 

でも、もはや年齢は関係ない
ありがとう 看護師さん
 

貴方のその心使いに感謝だぞ と心で叫びながら
「話に付き合ってくれて、ありがとう」と
割と素っ気なく言ってしまうところが
私は表現下手なのかもしれない。


時間が夜中に行ってしまったが
時は同じ日の朝に戻します。

 

私は、涙を拭い取り
さぁ気を取り直して朝ご飯を食べよう
「食べて元気になることがまずは第一だ」

そんな風に切り替えた。

 

ただ、医者も見かねてか
精神腫瘍科という これまた聞きなれない科の先生に
受診してみたらどうか勧められる。
 

精神腫瘍科というのは、心のメンテナンスをするところらしい

心の治療って一体どんなことするんだろうと
興味もあったので受けてみることにする。

 

昼過ぎ
疲れか何か分からないが
猛烈に眠くなる 横になって寝た

起きてから

妻と電話で話す
兄とも電話で話す


何かが終わったわけでもなく
何も始まらなかっただけ

今回、幸いにも命が繋がったわけで
同じようなことが起こるならば
また、治療を行えば良い

 

もう一度戦略を練り直しすれば良いと
前向きに考えるようにする

 

悲観していたら さらにガンが攻めて来そうなので
嘘でもいいから、笑うことにする

 

そんなこんなの心境のダイナミズムも味わい

精神腫瘍内科の先生と話をする

 

病状や経緯、考えてることなどをヒアリング
→説明もきっちり出来ていることや精神的にも乱れてないので、
特に何か薬とか必要な状況ではないと判断
必要なら継続的に話をしましょうね
と話を終える

 

僕も少し話をして落ち着いているのが分かった

 

外は雨が降っている

上半身を吹き上げ
下半身のみシャワーを浴びる
これでもかなり気持ち良い

 

もはや緊急入院の治療はほぼ完了したので
明日退院したい意向を伝える

 

問題ないでしょう
とのことで退院に向けて動き出す

 

翌日、内科の先生とも話をする

化学療法として
・EGFRやALKと呼ばれる遺伝子検査を行い、分子標的薬が適応するか
・PDL1抗体とよばれるたんぱく質の検査も行い、
 免疫チェックポイント阻害薬(私の場合、最近ニュースでも出ていたキイトルーダ)が適応するか
・また、病理組織の詳細の検査も行い、更なる組織の解析を行い
 治療の計画を立てていきませんか とのことだった
・上記が対応しない場合は殺細胞性のいわゆる抗がん剤を適応するのが標準治療になるけれど
 抗がん剤は受けたくないとも主治医から聞いているので
 そこの判断は検査後に話をしましょう
 

とのこと、一通り説明を受ける


※ちなみに告知の日にネットで胸腺腫/胸腺がんの説明を分かりやすく講義していた医師がまさに、この人だった。

「ほほぉ、非常に今回の説明も分かりやすく、プレゼン力は今までの先生の中でもピカイチだぞ」
とか心の中で言いながら
「うむ、今の状況を考えれば選択肢の幅を持つ為に検査は、即やっておいてもよい」と考えた

 

その話を終えて、私は病院を退院する

 

ただ、外科の主治医ともう少し話をしたいということ
免疫療法についても、現状ふまえ
どうしていくかTKクリニックの先生とも話をしてから
東京から関西に戻ろうと考え
ホテルに泊まりながら、受診をして帰ることにした

退院の時、気を使って入院の時のように
父が迎えに来てくれた。

 

「すっかり大丈夫だよ」と伝えていたが
何かあっては困ると
一泊二日でホテルに一緒に泊まり、過ごすことになる。

 

退院した日の昼は
調べておいた鰻屋に行った。
「あぁ 力つくわぁ」

病院食は体に優しく、ほぼ食べていなかった一週間を過ごしていたので
それなりに美味しいし、楽しいものだったが
外の空気を吸って、美味しいものを食べる

 

たまらんとです

 

昼ご飯を食べて待つこと、3時間

外科の主治医とも話が出来た

(この時も手術の合間をぬって話をしてくれた)


内科の先生の話もふまえて、やっぱり手術をしたいと

私のワガママを言うも

外科はすぐにやるべきでないこと、検査を受けるべきこと
それを医者として、貴方の生きていくことを考えると
その方が良いと思うということだった。

99%取り除けても、目に見えないがん細胞が1%でもいて

(それらは今のCTやPET、腫瘍マーカーでも特定できない部分もあり)

一気にそれらが増殖するケースをみてきているからこそ

ここで手術に踏み切るリスクをおかすのは

勝率として、良くないのでお勧めができない

というのが主治医の本心だと


標準治療では、そうだが

私たちの専門外となる免疫療法の先生の意見も聞いて

判断してはどうか
とのことだった

※それだけ、外科手術を拒むにも訳があることがわかった

 

翌日、免疫療法の先生にも話をした
治療方針は
主治医と変わらない内容だった
 

ただ、免疫療法は標準治療とうまく組み合わせて
力を発揮するから相談しながら進めようとのこと

 

そして、その翌日に、再度外科の主治医と話をして
(ちなみに、その時も手術と手術の合間をぬって話をしてくれた

 私の主治医の先生は、この呼吸器外科のトップでありながら

 毎日4件とか手術してるって他の先生から聞いた

 仕事とはいえ医者というのは、使命や強い想い、

 感情に流されずひたすらに命を救うという行為をしている。

 本当に尊敬する。私だけでなく、

 その他いっぱいのがん患者を相手にしているのだから…)

 医者といえどみんな人、いろんな先生もいる

 ただ、私は医者を選ぶ立場として

 専門的な技術もさることながら

 客観的に自分の体の状況や治療も把握しながらも

 直接会って、この先生と一緒に治していこうと思えるか

 そんなところも大切にしているような気がする。

 チームプレーではないが、

 長年やっているサッカーの精神なのかな

 

 ごめんなさい また話がそれた

 

 で、そんなこんなで
・検査入院にて生検を行うことに合意する
 翌週の火曜日から検査入院となる(まさにこれを書いている今日です)
・上記の検査の結果ふまえ化学療法を施すなり
 免疫療法を施すなりをして
 全身に散らばって目に見えないがんが抑制され
 今ある大きな原発がんも縮小もしくはそのままとどまっていることが
 2~3ヶ月経過で良ければ
 外科手術を行って取りに行くことも治療の計画の一つだと
 主治医から勧められる

ただし、それは標準治療のガイドラインから少し外れた考えでもあるので
必ずしも、結果が必ずしも良くなるとも言えないので
判断は私に任せられている

そんなこんなで、まずは検査入院の手続きをして
今回の「心タンポナーデ」という病状が起こったことは事実として
緊急入院での東京での闘いの日を終え
いったん関西に戻るのでした

ちなみに、私がもがき苦しんでいた2週間の間に
世間はすっかり春になっていた。

夕方、地元の駅を降りたら
桜は満開、いや散り始めていた

花々は色トリドリに咲き始め

私の家の近くの琵琶湖は
変わらず穏やかな波模様で私を迎える

帰り道に偶然にも上司の家の前で上司夫婦にあった
(家がご近所なんですね)

ある意味、生き返って戻ってきたので
こうやって、話が出来るだけでうれしかった

2週間前から考えると天と地の差ぐらい身体が違った

本当にココに戻ってこれてよかったと思った。

夫婦の「引き続き頑張れ」という言葉もうれしかった

片手には家へのお土産の帰りの道すがら見つけた野花を握りしめ
私は家の玄関を開けると
ダダダと長男が変わらず駆け寄って
「おかえりぃ」と大きな声と笑顔で迎えてくれた

あぁ帰ってこれた

「ただいま」とちょっとまだ 大きな声出せないけど
精一杯の挨拶で返して、家に入った。


私の復活劇第二章は始まったばかり


今日はこのあたりにしておきます

毎度毎度長いことお許しを


次回に続く…

入院中にメモしたことは多い

 

ノートを見返して、生命の危機を

ギリギリで乗り越えた時のメモの一つを

残しておこうと思います。

 

 

日常の中にそんなに爆発的なハッピーは存在しない。

もちろんイベントのような時ははち切れる時もあるけど

日常はそんなことない

 

そんな日常でも、少し余裕をもち、見方を変えれば

そこにふふふと思えることってけっこう多い

 

電車の中の何気ない人の行動や

家の中のこどもの動き

何なら足元に生えている草や虫

自然の動きだってみようによっては面白い

 

その感性は人によって違うはずだが

きっと誰もが持ち合わせている

 

ただ気づくかどうかが問題なんかな

 

今やスマホやパソコンの画面が私たちの日常の視界に

どれだけの割合を与えているんだろうか?

かなりの時間見てません?

 

移動中、家の中、寝る前、起きてすぐ

仕事中、家事中

 

そこから、もちろんいっぱい世界の情報が得られるし

興味のあることを探索できる

 

けど

感性が鈍るようでならない

 

とかいう私もこうやって文字を打つ時に

画面みてるわけですが

 

 

でもね

日常の中の幸せってスマホの画面より

けっこう目の前に転がってたり

見えなくても自分の頭の中にあったりするから

その時間を見つめ直す方が僕はなんだか

幸せなような気がする

 

死にそうになった時はそんなことを考えも出来ないぐらい

身体が苦しく、痛くなったけど

痛みがとれ、症状がおさまった今

 

改めて自分の幸せな時間ってなんだろうなと

思い返してたら

そんなことを考えてた

 

生きてるだけでもありがたいけど

生きてても幸せじゃなかったら

それは不幸だよね

当たり前か

 

人は考えようで幸せにも不幸にもなる

生き物

 

ならば幸せを感じるようにすれば良い

でもそれって当たり前のようで

簡単じゃない

 

だから

身の回りの中から見つけ出し

それを幸せと感じる心を持つことが

息苦しい現代には必要なようでならない

 

まずはスマホの10分を

目の前のことに集中する10分に切り替えてはどうか

 

それが今の私の日々の中の幸せのカタチが

浮かび上がってくるような気がする

 

そんなことを動けぬベッドの上で

スマホにメモしていた

 

 

次回に続く…