今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ -28ページ目

今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ

現在43歳 9歳と12歳の男の子のお父さんです。肺腺がんステージⅣの治療や生活をつづります‼

一つ一つの投稿の文章が長い

そんな声が聞こえてきそうな今日このごろ

いかがお過ごしでしょうか?

出来るだけ短く と思いつつ

私の文章は長くなる傾向にありますので

通勤の暇な時間、トイレのちょっとした時間

日常の隙間に読んでもらえたらと思います。

 

 

手術を4月下旬あたりに予定をしていた

 

と書きましたが

 

私はそこを目標に告知以降、妻が頑張って取り入れてくれている食事療法や栄養補助、スーパー銭湯で体を温めたり

出来るだけ“お笑い”をみたり

毎朝起きたら体が良くなるイメージをしたりと

免疫力を高めることで体をキープしよう あわよくば

がんを縮小させよう

 

そう思って3月を過ごしていた。

 

しかし、

 

3/27あたりから

どうも みぞおち辺りが痛くなる

※この程度の痛みは、告知を受ける前から時折あり

医師からも

気のせいでしょう と

ストレスか何かで胃が痛いのかもしれませんね

と言われていたので、あまり気にしないでいました。

 

その痛みは少しずつ、でも確実に痛みが

じわじわと日に日に増す感じもあった。

 

「むむ 何やら変かも」

と思ったりもしたけど

今まで「気のせいでしょう」

と医師からも言われてるし

気にしないでおこう そんなこんなの日々を送る

 

3/29(水) この症状とは関係なく

FHE大学病院(愛知県)にて栄養学の観点で

食事療法と栄養補助のことをヒアリングしにいく

 

その時の受診の際に軽くみぞおち辺りというか胃の辺りの痛みを伝える

 

胃酸を抑える薬を処方された

 

その日以降

さらに体は苦しくなり、息苦しくなり

吐きまくり、食欲がなくなり

痛みも強くなり、呼吸がしづらく

仰向けで寝ることも出来ず

ほぼ不眠状態が続いた

 

それでも、これは胃炎かな とか

何か悪いもん食べた食中毒かな

とか思っていた 

今思えば、考えが甘かった

というかよくそこまで耐えたなとも思う

 

牡蠣を食べて当たったことがある人は分かると思うが

あの熱、下痢、嘔吐や痛みに

さらに息がしづらい呼吸困難な状態が

一週間続くような感じといえば分かるかな

 

私のその厳しい状況の時に残しておいた

日々のメモが以下

 

3/31 金曜

食べたもの:玄米お粥

気分最低 薬で悪化

夜、苦しくて寝れない

 

4/1 土曜

食べたもの:昼にニュウメン

夜、苦しくて気分最低、寝れない

 

4/2 日曜

食べたもの:夜 茶碗むし

夜、苦しくて気分最低、寝れない

 

4/3 月曜

近くの診療所で胃酸を抑える一番強い薬を処方される

食べたもの:朝 うどん 嘔吐 

食べたもの:昼 はちみつレモン バナナ

朝はまだ、よかったが

昼から気分悪い

リンパの痛みもあり

嘔吐

お腹がパンパンにはれて痛い

この日に主治医のKGC病院(東京)に連絡を入れる

4/6の受信日を予約

 

夜ごはん食べて嘔吐

 

寝れない 寝そべると痛い 圧迫される

座ってても圧迫されて吐き気が出るから

立つかうずくまってひたすら痛みに耐えてる状況

夜中 水飲んで嘔吐

苦しくて寝れない

 

4/4 火曜

食べたもの:朝 味噌汁 ヨーグルト りんごすりおろし

嘔吐はなし

夜、下痢で何度も何度もトイレに駆け込む

階段の昇り降りすら、体がきつくなる 時折床に倒れこむ

 

近くの診療所で栄養と吐き気止めの点滴を受ける

→木曜日の主治医へ行くことを早く勧められる

 

4/5 水曜

食べたもの:というか水のみ

咳も出始め、呼吸が困難になる

自力で動くことすら辛い

 

4/6 木曜

東京まで車椅子で父親に連れて行ってもらう

新幹線等の移動中、息も絶え絶え

意識は朦朧としている

 

 

血液検査とレントゲンを受け

主治医を受診

 

・胸に水が溜まっていること

・肝機能、腎臓の機能の数値が異常な数値を示しているので

即、入院を勧められる

やっぱり というか 良かった という思い

 

入院をすぐにし、CTを撮影

結果、心臓と心膜の間に心嚢水という水が

膨大に溜まっているとのこと

危機的状況の為「心嚢ドレナージ」という

水抜きの処置を行います

とのこと

意識はかろうじてあるので、承諾

 

入院したその日の夜に

その心臓の周りの水を抜いた

 

一命をつないだようである

 

そこから麻酔もきいたのか

酸素を鼻から入れてもらっているのもあり

久しぶりにちゃんと息が出来るようになった

 

この一週間の死ぬほど辛かった原因はこれだったのか

 

また、それはがんぼっちが作用してるからなんだと思うと

がんは無作為に大きくなっていく生物だと改めて感じる

 

夜中大量のおしっこが出る

尿瓶にいっぱい

10回ぐらい行ったかな

水がいっぱい貯まってたんだな

身体 お疲れさん

 

父親は付き添ってくれた

いろいろありがたかった

 

多くを語らない父だけど

優しい笑顔と行動は間違いなく僕に受け継がれている

ありがとう

 

元気になって

恩返しをしなきゃな

 

久しぶりに数時間の眠りにつく

 

朝5時過ぎに父親は始発で帰る

 

 

4/6~その後4/12まで入院をした

 

私は、ほぼ瀕死の状態で入ってきて

(60代以上の人とか心臓の力が弱かったら

正直心臓止まってた状況だったよ と聞く)

自分の心臓力に感謝したい

 

結果から言うと

・心嚢水は2200ml溜まっていた

ということ

・その心嚢水の中にも、がん細胞がいる

ということ(癌性心膜炎を引き起こした)

心臓が動き出したので

・胸水は、減少傾向にあるが、まだ残っている

肝機能 GOT(AST)とGPT(ALT)の数値

4/6 入院時

GOT(AST):200U/L

GPT(ALT):700U/Lだったのに対して

4/10 

GOT(AST):100U/L

GPT(ALT):400U/Lと減少傾向    

ちなみに基準の上限値が

GOT:30U/L

GPT:42U/L なので

圧倒的な異常な数値を出していた(出している)ので

通常に戻ったわけでないが、

減っていっているというのが状況

・入院時70キロの体重が退院時は60キロになっていた

=それだけ水が体全体に溜まっていたということらしい

実際、お腹のパンパン具合や足の浮腫が一週間で消えていった。

 

 

今までの人生で一番、痛くて苦しくて

つらい一週間だった

寝れなかったし、ご飯もほぼ食べられなかった

 

よくここまで耐えれたな

 

本当に生きていて良かったと思う

 

 

事態が変わったので

治療計画も見直しすることになった…

 

今日はこのあたりまでにしておきます。

 

長い文章、読んでいただき

ありがとうございます

 

 

入院中のことなど

復活劇第2章に続く…

少し治療の本題から外れますが

小話として一つ 書いてみます。

 

私はがんの告知を受けてから

一度、心理士の方に相談をしにいったことがあります。

 

何やら告知を受けてモヤモヤしていたので

特に事前に相談内容を持ち込まず

話をしにいきました。

 

ヒアリングから始まり、話をしていく中で

私が相談した内容が

「子どもにがんという病気のことを伝えるべきか?」

それを心の中でモヤモヤしていたのだと気づかされました。

 

私は、1歳の次男と4歳の長男がいます。

 

1歳の次男は、ハイハイしてるような、

まだ物事がさほど分からない状態なので

それほど気にしていなかったのですが

4歳の長男は、少なからず

お父さんが何故か今までいなかったのに、

家にいる時間が多かったり、

病院にいったりしたり

前と違い、変わったことを察知していたからだ

 

若干、不安定な部分も見受けられていた

 

 

心理士の方からは

「年齢も微妙なところだけど、そうならば何か感じ取っているはずだから、夫婦でよく話し合って、彼に話すべきか考えてはどうですか?」

ということと

がんになった時の子どもとの接し方のパンフレットをもらい

相談を終えた。

 

私は、相談をして そんなことを悩んでいたんだ

と気づいた。

 

帰って妻とも話をして、彼に話をすることにした

 

また、パンフレットには

・お父さんががんという病気になったのは、あなたのせいではない

ということ

・お父さんのがんという病気は、うつるものでもなく、怖いものではない

ということ

・そして、お父さんやお母さんが困った時はちょっと助けて欲しい

ということ

要約するとそんなことが書かれていた。

 

私は、告知後わりと早い段階のある朝に

彼に上記のような点もふまえて

出来るだけ分かりやすく、短く、目と目を合わせて

布団の上で話をした

 

彼は静かに聞いていてくれた

 

うん

とだけ頷いて、分かっていないところもありそうだけど

大方分かったような感じで

彼はすたすたといつものように電車遊びに向かっていった。

 

それから、彼がどこまで理解したのかどうか分からないが

私が病院に行く時も、

「今日も頑張ってね」とか「気をつけて帰ってきてね」

と普通に言葉をかけて 送ってくれる。

 

僕ら家族にとっては、言ってよかったと思う。

 

夫婦で病気の話をすると

「お話しないで」と今も彼は言う

 

そら不安になるよね

 

だから子どもの前ではあまり深刻な話や

込み入った話はしないで

夫婦二人の時間にすることにしている

 

もっと、彼らが年を重ねていたら話は違うだろうが

今、私の家族にとってはそれぐらいがちょうど良いのだと思う。

 

私は

父親であり

患者であり

人である

 

そんなことも考えさせられた。

 

 

でも、これが母親だったらもっと大変なんだと思う。

 

お母さんと子どもの関係はまた違うから…

 

がんの専門の病院にいくと

おじいちゃん、おばあちゃんが非常に多いのだけど

ちらほら同年代の女性も見受けられます。

ちなみに同世代(30)の男性に会うことは滅多にない。

 

同世代の女性で子どものいる方もいるだろうし

夫婦だけの方もいるだろう

ただ、病院には感染や免疫の観点で子どもを連れて来ない方がよいので、子ども同伴というのは見かけません。

 

だから、その人たちが子どもを持つ家族かどうかは分かりません。

 

でも、お母さんががんになったら

亭主関白宣言のような旦那ではなく

出来るだけお母さんをサポートする旦那でいて欲しいと思う。

 

子育てとがんとの闘いは並大抵の負担ではないと思うから。

 

夫婦や家族のバランス

そのバランスを保つことも試されているように思います。

 

そんなこんなです

 

次回に続く

「ガンは生活習慣病です。」

と先日の投稿の中にも書いたと思いますが

遺伝的になり易いとか、なり難いとかは多少あっても、

生活習慣によって発病する事に変わりはないと

いろいろ調べたり、聞いたりしていると

そう思うようになりました。

 

ですので、治そうとするなら

生活習慣を改めなければならない。

 

自分でガンになった責任を取らなければならない。

 

自分で治療法を選ばないといけません。

 

でも、基本は自然治癒力が大切だと思っています。

 

身体の毒を取り除き、疲れをとって、栄養バランスを整え、生物学的恒常性を最大限に発揮できる状態にする。

 

元来ガン細胞と戦う仕組みが備わっていますので、

それを正常稼動するのが良いのだと思います。

 

 

 

がんになって良くも悪くもいろいろ考えさせられます。

 

正解がない治療だけにがん治療は本当に悩ましい。

 

それでも患者が治療を決めなくてはならない

(それでもというより、だから医者が決められるわけもないのである)

 

だから標準治療があるとも言えるが

それが正解とも言いがたいのである。

 

非常にがんという病気は不思議なものだ

 

生き方を問われているとも言えるし

身体の病気であり心の病気でもある気がする。

 

正解がないからこそ

まわりのアドバイスが多様にもなり

身近な人のアドバイスを断ることの難しさや

(想いがあっての行為やと分かってるから尚更かな)

どこまでを許容し、基準にするかも

がん患者は判断しなくてはならない

 

先生の言う通りにする気持ちも分かるし

うむ それも間違いじゃないんだ

 

でも、僕は仕事柄 クリエイティブなこと

ユニークなこと 人と違ったり することが大好きだ

 

そういう生き方をしてきたので

アホとか馬鹿げたことかもしれないが

これはどうしようもないところがある。

(周りからするといろいろ思うところがあると思いますが

 ご容赦願います。)

 

だから標準治療に執着しない癖があるんだと思うし

直感的なところからはじまり

文献や情報からも自分を通して、それを体現したいんだな

 

医者からしたら科学的根拠がない、

エビデンスにない 馬鹿げたこと

死を近づける行為だと思う

 

ただ、これは私の生き方である

 

命をかけている

 

もちろん妻や子どももいる身だから

長くいきたい

 

でも長く生きられるかも分からないし

抗がん剤や放射線の副作用や痛みで体がヨワヨワ→

心もヨワヨワ→何よりご飯が食べられなくなる

のは嫌だ

 

今、幸い自覚症状がほとんどなくいられる間に私は

いわゆる代替療法で自然治癒力をあげることに専念しよう

 

そして、手術を4月下旬あたりに行い、

がん細胞を全摘出することを目標にしよう

 

そんな治療戦略を抱いていた…

 

そんなことも考えて

3月の日々を過ごしていた

 

そんなある日に私の身体は悲鳴をあげることになります

 

思わせぶりのような話をしていますが

ここまでも過去の話なので

このようにノンフィクションで書けるのです

 

もうすぐすると

今、書いている時間と内容がついてきますので…

 

 

次回に続く

ある人によっては「がんは生活習慣病」とも言われ
医療行為によって、がんを取り除けたとしても
転移や再発したら、元も子もなく
根本的にがんを治すという行為は
医者任せの医療行為だけでなく、
私自身の身体と心で治すものだということも分かってきており
非常に大切な部分だと思っています。

 

そういう意味でがんとの戦いは短期的な戦いではなく
長期的な戦いを求められることになります。


何やら小難しいことからはじめましたが

今日のブログの内容は会社の上司や同僚にあてた報告内容と

ほぼ同じことを記載します。

(一度読んだことがある人はごめんなさい)

 

では、どうぞ…

 

告知以降、私はネットや本で調べまくり

(まわりのアドバイスももらいながら、特に兄も一緒に調べてもらい)
標準治療の外科手術、抗がん剤、放射線の各専門家にも意見をもらう為、直接話をしにいきました。

 

ただし、病院での手続きのシステム上、
他の病院で受診する場合は

主治医の同意や紹介状を書いてもらい
CTなどのデータや医療情報をもらってから

(それを準備してもらうだけで1週間かかったりする)
そして他の病院とやりとりして受診をすることになり
少し時間と手間もかかり、セカンドオピニオンは保険適応外のため、お金もかかるということもあったり
他の先生に話を簡単にいけるわけではないのが、

私としても大変ヤキモキするところでもあります。

 

主治医に受診するのも週に一度の機会しかないので
病院に縁がなかった私としては、

簡単にはいかないことを初めて知りました。

 

やっていくうちにこちらの要求をしっかりと伝えれば

意外に早くに対応してくれることも分かりました。

 

病院は医師を通さないと事務作業は全く動かず、医師の一声で1週間ほどかかると言われていた事務作業が1日になったり、変なもんだなと思った。

特にはじめにかかったKF病院は事務システムがガッチガチで対応が遅いんだと他の病院に移ってみて分かったこと。

 

そんなことも素人患者の私にとっては分からなかったことでやって始めて経験し分かったことでした。

 

皆さんも病気になった時の病院選びは慎重に…

でも病気になる時って前もって分かることは少ないので

緊急時にはそんなことも言ってられませんよね

 

事前に信頼のおけるお医者さんを近くに

見つけておくべきだと病気になって分かりました。

よかったら参考にしてください


さて、話がそれましたが

 

そんな中で、意見にあがってきていたのが
私のような腫瘍が大きくなっている場合
抗がん剤と放射線で腫瘍をなくそうとすると
かなりの薬剤の投与と放射線をあてることになり
身体的な負担が大きく、特に殺細胞性の抗がん剤はがん細胞をやっつける力がある反面
赤血球や白血球、リンパなど正常細胞もやっつけてしまい
免疫力や自然治癒力が著しく低下してしまう傾向にある

との意見もヒアリングした医者からもらいました。
=それは、例え今あるがんがなくなったとしても

その後の転移や再発のリスクをとることになり
結果として命を縮めることにもなりうるということです

 

もちろん人のがんのケースにもよって、よく効く場合もありますので
あくまで私のがんのケースの場合、標準治療が最善の治療と言われていますが
かなりリスクも高いこともいえると分かりました。

 

この期間中

KF病院の放射線科の医師(放射線のこと)

KF病院の消化器内科の医師(温熱免疫療法のこと)
東京へがん治療を総合的に診ている元KG病院の医師や

温熱・免疫療法の第一人者のTKクリニックの医師
陽子線放射線の実績の高いTKクリニックの医師

大阪の免疫療法の医師などにも
ヒアリングをし、各専門領域からの意見を求め
私のがんの治療を総合的に判断する為の材料を整えていっておりました。

 

上記のように他の専門家にも話を聞きにいっていますが
その詳しい話もすると大変なので割愛させていただきます。

 

そこで3/1に
がんの情報の中枢期間も担っている
東京のKGC病院に行ってきました。
 

そこでは手術をメインにヒアリングする為、

呼吸器外科の医師にセカンドオピニオンを受診してきました。

医師の治療方針として、抗がん剤と放射線の併用はガイドラインにのっとってるけど
それでがんを無くそうとするのには厳しい部分があるし
外科として、取り除くことも可能性としてあるとのことでした。
※ただし、KF病院の主治医からもらっているCTのデータや病理検査の結果の情報だけでは
判断するにも不十分な部分があり、再度KGC病院の精度の高いCT検査を受けて判断したいということ

また、肺腺がんと確定診断している細胞の検査結果にも提供されている情報に疑問点が残ると言うことで
残っている細胞のプレパラートで再度診させて欲しいとのことでした。

 

私のがんは希にみる縦隔腫瘍にある為、それを胸腺がんとするのか肺腺がんとするのか
今後の治療にも関わってくるので再度診ておく必要があると判断しました。
(そうなるとKF病院の見立てとは違うことになります)

 

で、

3/9にKGC病院にて再度受診を行うことになりました。

 

そんなこんなもあり、現在主治医を担当してもらっているKF病院の治療方針とも違う為
その前日の3/8に外科的視点での話をさせて欲しいと

KF病院にお願いをし
呼吸器外科の教授とも話をし、意見を求めることにしました。

 

治療方針の大きなところであるので、しっかりと両者からヒアリングして
標準治療をどう捉えるのか、私自身でも判断したいと思ったのでした。

 

KF病院 呼吸器外科の教授としては

外科内科放射線科の合同カンファレンスの結果

外科を行うよりも化学療法と放射線治療を薦める

とのこと 

(外科的アプローチよりも腫瘍を小さくしてから取りに行くことも考えているとのこと)

 

KGC病院では、現状をみると全て取り除けるから外科手術を行うことも薦める

とのこと

 

がんが発覚してから さまざまなヒアリングを行い集まった情報ももとに
標準治療を行なう上での決断として、ここは一つ重要なポイントだと考える。


ここまで標準治療の話を中心にお伝えしましたが
あくまで標準治療は対症療法であり「今そこにある がん」
という出来た部分について行なう治療ですが
そもそも その人のがんが「なぜ出来て、育てたのか」はみておらず
「がんは生活習慣病だ」とも先ほども書きましたが、私自身の生活や
生き方全体を見直さないことには
がんは、また生まれ育っていく可能性があるのだと
今の私は思っています。

 

ですので、最新の医療技術の助けも もちろんもらいながらも
結局は自分の身体と心をがんが住みづらい環境にするように
積極的に自分でも治していくようにすることが大切で


そういう意味でも
私のがんの治療の戦略としては
医療の力をかりた「速攻型戦略」+
自分の免疫や治癒力を高める「じわじわ戦略」も実行したいと思っています。

 

免疫療法と呼ばれる免疫力をあげる治療として
先進医療にもなっています治療や
保険適用されており、治療をより効果的にする
温熱療法といった代替療法も取り入れようかと考えております。

 

代替療法はイカガワシイものもありピンきりですので
あまりここに手を染めることは得策ではないと思いますが
(先日に行ったとある東京の某クリニックは私が話をしにいった中で、今のところ初めてですが、非常に怪しすぎるところも実際にありました。雑然とした処置室、注射の保管の仕方、趣味の悪いインテリア、よく分からない温熱装置や薬の治療法など 実際は治療効果はあるかもしれませんが、
私は恐ろしくて手が出せなかった 気をつけないと と思いました)


標準治療における科学的根拠 それを医療の現場では
「エビデンス」といい、やたら「エビデンス」という言葉を
医者から聞きますが
裏づけとなるデータが代替療法には、乏しい部分もあります。
科学的根拠がないから医者として勧められないとよく言われますが
現にそれによって治っている人もいるのだから
(それだけではもちろん治っているわけではないのでしょうけど)
治療の選択肢の一つに入れても良いと思っています。

 

そのあたりの判断は患者側に委ねられているのががん治療の状況です。

 

しかし、標準治療の限界にも気づいている医者も多く
だからこそ、今、医療の技術もイノベーションが
起きている真っ最中なんだと思います。

 

今、がん治療は新しい薬や治療法がどんどん出てきており
希望の光もどんどん見えてきております。

 

がん治療のトレンドとしては、がんサバイバー(がんと闘う人をこう呼ぶようです)に合わせた
「ピンポイント」の治療がキーワードになっているようです

抗がん剤は、既に行なわれていますが「分子標的薬」と言われる
遺伝子レベルでの検査を行い、その遺伝子変異に合わせたより効果的な薬を投与することや
ニュースでも出てきております「免疫チェックポイント阻害薬」という
がんをやっつける免疫細胞ががんを標的とちゃんと認識するスイッチをオンにさせる薬
放射線(X線やガンマ線)にかわる、近赤外線光線治療(まだ試験段階)など
ここ数年、非常に治療方法が大きく進化しています。

 

今まで「がん=治らない」というイメージがあり、
人によっては満足のいく治療すらできなかったがんがあったり、新たな治療薬、
新たな治療方法により完治することも可能になってきています。

 

逆にいえば それだけ治療法も出てきており
治す可能性が拡がっていることと同時に
患者側も治療を選択する判断を求められている状況にあります。

 

標準治療は、今までの医療のデータの読み取りから良い方法と言われ
医者のほとんどはそれに従って治療する一方で
上記のように治療の可能性も拡がっていることから
がん治療の難しさをあらわしているとも言えます。

 

それらの中から選択する際に、正解は一つではなく
患者側も命がかかっているので
この選択は非常に難しいところでもあります。

 

とはいえ、
今まさに、私はがんを患っているので選択する必要があり
今の状況で適応されない薬や使えない治療法を頼りにするわけにもいかず
そもそも根本的に治す為には
メインは「自分の身体と心を整えて、免疫力を高めてがんをやっつける」ことを大切に
そこに医療の力をかりるような治療にしたいと思っています。

 

ですので、命をより守る為、まだしばらくの間治療に専念させていただきたいと思います。

 

私は、このがんを患い
周りに迷惑や手間をかけており、感謝することばかりですが
おかげさまで、今は治すことに集中させてもらい
「私は治るんだ」と思い込んでおります。

 

「病は気から」とよく言いますが
逆に言えば
「気から病」も治せるとも思っています。
(ちょっと、こういう話をするとオカルト色が強くなってしまいますが
何だか がん という病気はそんなことまで試されているような感覚があり
思い込みも大切だなと思っています)

 

がんが治ったという表現は難しい部分もあり
一般的に病状が落ち着いており、臨床的に問題がない程度にまで治ったことを「寛解」と言われ
寛解の状態が5年続いて初めて、「完治した」もしくは「治癒した」という風にみなされます。

 

ただし、5年以上寛解の状態が続いたとしても、身体の中にがん細胞が全くない状態になったとは
言い切ることができないのが実情です。

 

寛解から7年以上経って隠れていたがんが表に出てくるということもあります。


また、治療した場所と違う場所で新たながんが見つかるということもあります。


ですから、がん治療に関しては、たとえ「完治した」と言われたとしても、
100%安心ということはありません。

 

10年後、15年後、もしくは20年後にがんが再発するという可能性がゼロではないからです

 

それゆえ、がんを患った私にとっては、がんとの付き合いは
長く続くと覚悟が必要なようです。

 

ですので、
データ上の余命期間の16ヶ月を乗り切る短期戦略
いわゆる完治を目指す5年を乗り切る中期戦略
その先転移や再発のない健康な身体を目指す10年の長期戦略あたりを考えながら
生きていくことになりそうです。

 

でも、考えれば重い話にも聞こえますが
人生が短いか長いかは誰しも分からないものですし
がんを患うことで
このように生き方を考えさせられる
いい機会をもらったとも思っています。

 

すいません

また話があっちこっちに行ってしまい
長い文章となってしまいました…

 

命を守る為、必死な部分もあり
皆様や周りにも心配をかけておりますが
おかげさまで今までよりも前向きでいますので
私は大丈夫です。

 

がんは非常に厄介な存在ですが
私をそれを「がんぼっち」と名付け
その厄介なキャラクターをいかにして減らしていくか
自分の身体と心を通して体現していきたいと思います

 

いろいろつづりましたが

私は治療戦略として

手術を行い、見える全ての腫瘍を取り除き

転移再発リスクを抑えるため

摘出されるがん細胞も用いながら

免疫細胞療法を行う戦略を実行する準備を進めていた。

 

時は4月下旬 その手術を行うことを目標に

私は心と体の準備をしていた…

 

しかし、その後、容態が一変します

 

復活劇第一章は続く

 

このブログはノンフィクションの読み物であり

正直復活するかどうかは分かりません

 

でも希望の意味も込めて

復活劇とタイトル付けをして

私はタイミングをみてつづっていこうと思います。

 

これを書いている時 4/15

 

書き残しているメモと記憶を頼りに

文章を起こしています

 

書き残しているメモや小話はちょっと後ほどゆっくりつづっていきます

 

もうしばらく経緯の話を次回も続けます

 

では

告知の日は子ども2人を親に預けて

妻と二人で病院に向かった。

 

私は、事前にいろいろと質問内容をメモしておき

どんな診断であれ、「冷静に落ち着いて話をすること」

ノートの上部にデカデカと書いて受診する。

 

妻にも、CTの画像の形状や内容、医者の対応などを考えると悪性の可能性が非常に高いので、それなりに覚悟して向かおうと伝えておく。

 

診断室の前で、二人で胸腺腫や胸腺がんの内容や治療について説明するセミナーのネット配信の動画をスマホで見ながら待つ。

※実はこの時にネット上で説明していた医師に後ほど偶然会うことになることをこの時は知らない。

 

そして、診察室へ

 

何度も会っている呼吸器内科のU先生より

「診断の結果、悪性の腫瘍とみられます」

「非常に珍しいのですが、縦隔の位置にあるけれど、組織的には肺腺がんと診断がつきました」

「ついては、化学療法と放射線治療を薦めます」

とのことだった

 

正直コトバが瞬間的に何も出なかった

覚悟していてもやっぱりショックだった。

でも頭が真っ白になるとか、感情がこみ上げて涙を流すとかそんなことはなかった。

冷静に あくまで 冷静に と思っていた。

 

気を取り直して事前に書いておいた質問内容をもとに

聞きたいことは聞いた。

ほとんど耳に入っているようで入っていない状態だったとも思うがメモはしっかりしていた。

 

診断を受けるまで縦隔腫瘍とのことで、胸腺腫や胸腺がん、神経原性腫瘍、胚細胞性腫瘍を疑っていろいろ調べていたが、組織的には「肺腺がん」と診断がついたことにショックだった。

「肺腺がん」は生存率や今後の状況において、

あまりいい数字ではないことも知っていたから。

数字に捉われないようにとはいえ、データは実績として残っているので、客観的にみるためにも無視はできないですから…

 

時間にしてどれぐらいだったのだろう

30分ほど近く話をしたかな

 

とにかくセカンドオピニオンも含めて考える期間を設け

次週のPET検査の約束もして診察を終える

 

 

診察室を出て、しばらくベンチに座っていたら

涙が初めてスーッと流れ落ちた

診察室で冷静にしていたが、体が自然に反応している。

 

ワンワン ではなく ただ静かにサーサーと涙が出た

妻の差し出したハンカチで拭い取り

下の階に降りて、相談室で近場の病院のセカンドオピニオン先の情報などをもらい後にする。

 

外を出ると、見える風景の色がモノクロまでいかないが薄く感じた。

 

「昼ごはんでも食べようか?」

と妻と病院の周りの食べ物屋さんを歩いて路地にある

洋食屋さんを見つけて入った。

 

ランチの定食をそれぞれ頼んだ

 

私はその中のかにクリームコロッケを食べた瞬間

「美味しい」と思ったと同時に

これからこうやって美味しいご飯が食べられるのか

いつまで食べられるんだろうか とか

いろんな不安や感情が入り混じり

今まで貯めていた涙のダムが崩壊したように

涙が止まらなくなった

 

店にはお客が他におじさん2人ぐらいいたと思うが

二人して涙を流しまくった

 

この時が後にも先にも一番涙を二人で流した瞬間だったと思う。

 

美味しくも 悲しくも 印象的な洋食でのランチを終え

「また、元気になって来ようね」と決意し

お店をあとにし、妻とは別れた

 

当日の脳のMRI検査が夕方あるので

それまでに私は会社に説明しにいくことにした。

 

治療及び治療計画に専念にする為、しばらくお休みをお願いした。

会社からも仕事は任せて、治療に専念して元気になって欲しいと有難い言葉をいただく。

ご迷惑かけますが、本当にありがとうございます。

 

その日から2週間程は元気にしようとしていたが

感情的には沈んでいたと思う。

 

とにかく、がんと診断されたので徹底的に調べ、治療戦略をたてて自分が納得するカタチで治療に望もうと決意した。

 

ここから家族や周りのサポートを受けながら

私は復活劇第一章をはじめることにした。

 

次回に続く

2016/11月 35歳になったので、成人病検診を受ける

(毎年4月に健康診断を受けていたが、35歳以上を対象に会社の勧める成人病検診を受ける)

 

2016/12月上旬 健康診断の結果、X線に肺の左側に影ありとのこと ※初めて、健康診断で再検査の診断

 

2016/12/21 CTで検査 縦隔腫瘍の疑いありと診断
大学病院で組織でみる必要もありそうなので、KF大学病院を紹介してもらう

※以後、こちらのブログでは特定される固有名詞はイニシャル表記とさせていただきます。

 

私も縦隔というコトバをその時始めて聞いたのだが

特定の臓器の名称ではなく、胸膜によって左右の肺の間に隔てられた部分を指し、心臓、大血管、気管、食道、胸腺、リンパ節、神経節などの臓器が存在する場所をさします。

縦隔腫瘍とはこれらの縦隔内の臓器に発生する腫瘍(できもの)の総称です。 

正直ショックでした

 

2016/12/28 KF大学病院 呼吸器内科にて受診
CTガイド下生検をすすめられる

 

2017/1/10 KF大学病院 放射線科 受診

 

2017/1/18-19 KF大学病院にてCTガイド下生検の為、入院検査

 

2017/2/1 検査結果 病理確定「肺腺癌」
同日 頭のMRI検査を行う

 

2017/2/7 PET検査を行う

 

2017/2/8 検査結果 左鎖骨のリンパ節への転移あり

他臓器への転移なし とのことでステージ3b(3c)

とKF大学病院にて病理確定

 

がんの治療のガイドラインにのっとった標準治療

(三大治療と呼ばれる外科手術、抗がん剤、放射線)を施す場合、肺腺がんステージ3bならば抗がん剤、放射線を併用することを勧められる。
その場合の5年生存率は20%ほど、奏効率は50%とのこと
※1 奏効率とは腫瘍が1/2以下になることが4週間続くこと
※2 余命期間は16ヵ月
(ここでいう余命期間とは同じような症例の人の生存期間中央値を意味します)
ある治療を行った患者さんが101人いたとき、生存期間の短い方から長い方に順に並べ、
ちょうど51人目の方が亡くなった時が生存期間中央値になります。

 

数値は今までの統計からくるものなので
もちろんそれよりも短い場合もあれば長い場合もあり、あくまで統計データ上の話です。


私はそれに捉われないようにし、あくまで一つの目安として
逆に言えばそこに希望があるならばそこに目掛けて
戦略をもって立ち向かおうと思いました。


主治医の提案のあった治療方針は、たしかに医療のガイドラインにのっとり
現代の医療の最善の治療方法である標準治療を勧められたのですが
そもそも最善の治療でありながら、実際には亡くなっている方も多く
本当にこの治療で私は助かるのかどうなのか、その場で納得がいかなかった部分もあったので
他の治療法も含めて納得がいってから治療を勧めさせて欲しいとお願いしました。

※実際には、検査結果が最悪ではなかったものの
リンパ節への転移があったことやデータを聞かされて
この診察でかなり動揺していたところもあるので
そこまで客観的に考えられていたわけではなく
直感的なところもあるのですが
特に抗がん剤の使用については慎重に考慮したいと思い
すぐに入院し、治療という流れにはしませんでした。

 

もちろん その期間にがんが進行していくリスクもありますが
私はがんの告知を受けてすぐその後から
生活習慣を変え、また代替療法として食事療法を取り入れ
免疫力を高め、がんが住みづらい環境を作っているので
がんの進行を極力抑制する身体と心づくりをしています。
(このあたりの詳しい内容は省かせてもらい、また後日説明致します)

 

また、CTで12月から2月にかけて腫瘍が
極端に大きくなっているわけではないようだったので
そのあたりもふまえて治療計画の為の構想期間を設けました。

 

そこから、いろいろな展開が起こることを

この地点で知る由もなかった

 

次回に続く

私は働き盛りの35歳男性会社員であり、
二人の子持ちのお父さん。

そんな私ががんになるとは…
はじめはそう思ったけど
なってしまったのはしょうがない
前向きにがんと向き合いますっ

このブログは
・私の身近な人や知り合いへの情報伝達
・同じような境遇の人に役に立つかも
と思いやり始めました。

次回からは経緯からおさらいしていきますので
皆様お付き合いどうぞ宜しくお願いします~

はじまりはじまりぃ