今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ -26ページ目

今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ

現在43歳 9歳と12歳の男の子のお父さんです。肺腺がんステージⅣの治療や生活をつづります‼

手術の日を24日に

予定していたけど延びます

 

というのも、検査の関係で

私、以前に心タンポナーデ発症し

肝機能の数値が異常な数値のまま

退院したので、その数値の実績の状態では

手術が受けられないということが分かり

23日に血液検査やレントゲンなど

諸々の検査を受けて

受診をしてから手術をが出来るどうか

最終判断をしたい

との連絡を受けた

 

検査で問題なければ

6/2か6/5に手術になるかな

とのこと

 

なので、23日の検査と受診をもって

手術日が確定することになる

 

手術を受ける日が少し延びたが

焦る必要はない

 

万全の状態に体を

もっていく為に準備をしよう

 

手術日が確定したら報告します

 

次回に続く…

食事療法を取り入れた途端に
外食する時にものすごく困る。

トンカツやらハンバーグやら
お子ちゃまの舌を持つ私が好きなものは
どれも
塩分多いしなぁ
油とかいっぱいだしなぁ

あぁ どうしよう私 どうしよぉお

考え出すと食べづらくなり
ダイエットで体を気にする
OLのような心境だ…


今まで外食大好き夫婦でしたが
今は家での食事を
基本的には楽しんでます
(ありがとう。我妻)

とはいって
たまには外食して
気分も切り替えたい時もあるし
外に出かけたらどこかの店で

食べざるを得ない時もある

そういう時は、ファーストフードや
脂っこいものはもちろん避けており
野菜中心の料理や食事療法に気遣った店を
それなりに探すわけですが
ヴィーガン志向なるものを扱っている店を
最近は探して食べに行ったりもしている。

ちなみにご存知の方もいると思いますが
このヴィーガンという言葉
私が、知ったのも最近なんですけど…
「酪農製品を食べないベジタリアン」
を表すようで…



細かい話はぐーぐるさんか
ウィキペディアさんにお任せするとして

そんなヴィーガン志向のお店

といっても
地元の滋賀には店はなく
近くの京都でもそんなに
まだ店がないんだけど…

治療の拠点 東京で探せば
出てくる 出てくるわ の
ヴィーガン志向の店

その中でも
お子ちゃまの私はラーメン好きでもあるので
東京での治療があり、時間をみて
東京駅にもあるヴィーガン志向の
ラーメン屋に行くのを
実は楽しみにしている

ベジソバと呼ばれるそれは
スープ、麺、トッピングの全てに野菜を使用し
動物性の食材を一切使用しない
ヴィーガン対応のラーメンなんですな

先日食べたのが、これ パシャっ

 



いわゆる今までのラーメンを

求めていくと不満だろうけど
私のようにラーメン好きで食べたいけど
ヘルシーで美味しいものを食べたいなぁ
という方にはおススメです

今の私にとっては、好きな食べ物ですが

味はラーメンというより
何といったら言いのだろうか…

濃厚な野菜ポタージュスープに

麺が入っていて、こりゃ旨し

といった具合かな

 

天下○品みたいなこってり求めたら駄目ですよ

あくまで、あっさり方向ですから…


まぁ
よかったら食べてみて感想くださいな


たまには、
そんなちょっとした楽しみもないとね

他にもいいお店あったら教えてくださいッ


食の楽しみも探求しつつ
復活劇は続く…

以前に行った成分採血の際に合わせて
免疫の検査を行い、その結果を聞いた

細かい免疫細胞の情報はさておき
基本的には私は免疫細胞は非常に優秀なようで
肌年齢ならぬ

免疫年齢は18歳
と記載されていた


18歳ッ!

いい響きです

青春真っ盛りじゃないですか

恋とか どうとか
言ってる時じゃないですか
我が免疫細胞


でも、こんな優秀な免疫細胞を持っているのに
がん細胞はいるんですよねぇ

不思議だなぁ


免疫細胞倍増計画してるからね
外科手術でがんぼっちの親分ごと取っちゃうからね

私の体の中で免疫細胞とがん細胞の
戦(いくさ)が始まる

青春真っ盛りピッチピチの
私の免疫細胞たちよ
引き続き頑張ってくれ


戦の後はご褒美だな

何が良いかな
考えておこう
っと


ちなみに昨日の温熱と免疫療法を受けて
身体の発熱等もなく
むしろ元気になってます。

好転反応というのかな

ちょっとがん細胞あたりが
ズーンと少し痛いと言うか
身体が闘っているのかな

これまでもそうだけど
これが起きると
私の首のリンパの小さなしこり
(唯一触って分かるがん細胞)
が小さくなることがあり
今回もその傾向にあり


これは よきかな よきかな


皆さんは免疫年齢
何歳ですか?

これまで免疫年齢なんて
気にしたこともなかったけど
がんに限らず、病気にならないように
免疫力高めてくださいね

検査結果報告書のコメントのまとめに
体を冷やさず、食事や飲み物は温かいものをとり
規則正しい睡眠と口腔ケアなどを心がけてください
とのこと

当たり前だけど
当たり前のことをちゃんとやろうっと


ということで
復活劇は続く…

今朝、新幹線に乗って
東京のTKクリニックまで向かった。
 
タイトルの通り
温熱療法と免疫細胞療法を受ける為だ
 
どちらも初めての治療で
ドキドキわくわく
新一年生の気分である
 
というか
 
予定ではもっと早くに受ける予定だったが
先月に不測の事態
(第一章 緊急入院参照)に陥ったので
延びたわけだが、
この日がようやくやって来たのだ
 
ちなみに簡単に説明しておくと温熱療法とは
通称 ハイパーサミアと呼ばれ
健康保険の適応もされている治療である。
 
サーモトロン-RF8という機械を用いて
身体の内部にあるがんを狙って30~60分、
高周波の電波を送り、42~44℃に加熱する。
 
こんな感じです
 
 
挟まれてきましたよ
えぇ えぇ
 
正常組織に比べて熱に弱いうえに、
熱を逃がすことのできないがん細胞は
この温度に耐えることができず、
死滅していくということらしい。
 
とはいっても、
劇的にこれでがんがなくなっていけば
万々歳だが、残念ながらそこまでの効果が
期待出来るものではなく
 
私の今回の温熱療法の目的は
・手術に向けて、がん細胞の成長を抑える
 あわよくば縮小させる
・免疫細胞療法と併用することで
 免疫細胞療法の効果を上げること
となる。
 
温熱療法単体では、効果が高いわけではなく
他の治療と組み合わせることで
相乗効果を生み出すので
今回免疫細胞療法と組み合わせたのだ
 
今回、受けてみての感想は
特に痛いとか熱いとかもなく
体と接触する柔らかい部分は若干冷たく
内部はちょっぴり暖かいかな
どうかな ぐらいで
40分 寝ているだけで終わった
 
汗は少しかいたかな
 
その後の副作用もなく楽チンである。
 
あとは、イメージで
「効果出てる 出てるよぉ」と
勝手に思い込むことぐらいで
見た目には何も変わらない
 
そんなこんなで
 
温熱療法を終えた後
医師との受診を行い
免疫細胞療法へ いざ候っ

ちなみにですが…
 
もう一つの私が今回行う
免疫細胞療法についても
簡単に説明しておきますと
 
あらかじめ成分採血を3週間前に行い
以下の自身の細胞をもとに培養する
・NK細胞
・ガンマデルタT細胞
・アルファベータT細胞
・がん抗原特異的細胞傷害性Tリンパ球
・樹状細胞ワクチン
以上を点滴で血管を通して
今回は体内に入れ込んだ
 
知らない人からすると なんのこっちゃ
その細胞は…
 
だと思いますが
 
がん細胞をやっつけにいく細胞たち
(警官などの最前線で戦う人)と
がんの標的を教える細胞たち
(指名手配犯を誰か教える人)を
体の中で数を増やすこと
といえば良いのかな
 
ちなみに現状、樹状細胞のように
指名手配犯を誰か教える細胞は
その指名手配犯が
どんな人物なのかの情報が少ないので
今回での効果は薄いのだが、
今度手術をする時に摘出される
がん細胞を用いて、
その指名手配犯(がん抗原)の
より詳しい情報を獲得した上で 
術後に再度、免疫細胞療法を行っていき
より効果を上げていくことが出来る そうな
ふむふむ

今回の免疫細胞療法の目的は
・手術に向けて、がん細胞の
 成長を抑えることを目指す
(前回のような、状況に陥らない為にも…)
・また、術後に免疫が落ちるので、
 その落ちる免疫の力を極力抑え
 摘出したがん細胞ではなく、
 目に見えない小さながん細胞の成長を
 食い止めて、転移再発リスクを抑える
となる
 
事前に説明があった
免疫細胞療法の副作用として
悪寒と発熱が一時的に
起こる可能性があるとのこと
(免疫が働き出す時に起こるよい反応の一つ)
だったが
 
私は、受けてみて 今 3時間程経ったが
悪寒や発熱は今のところない
 
副作用がないことは嬉しい反面
熱が上がらないということは
効いているのかな?
とも思ったりするが
それは気にしないでおこう
そうしよう!

術後にも免疫細胞療法を行い
手術の前後に挟み込んで、出来る限り
転移・再発リスクを抑えよう
というのが、
今回と今後の免疫細胞療法の目的だ
 
うまくいくかはやってみないと分からないが
うまくいくことを願いつつ
治療を終え
日帰りで東京から関西に戻る新幹線の中で
投稿してみた

がんの告知後、代替療法として、
生活習慣を変えることを自身や
周りのサポートを受けてやってきたわけだが
 
このように医療の力を借りて
がん治療をちゃんとやったのは
と言うと 変な話だが
初めてとなる
 
これまでの諸々の検査や
心嚢水が溜まって緊急入院したりして
病院でお世話になったけど
ようやく治療のスタートラインに立ち
歩み始めたわけだ
 
今後に待ち受ける治療は
各治療において達成される
短期的な通過点はあったとしても
がんは一度なくなっても
また、生まれてくるものでもあるので
その先のゴールが有るような無いような
そんなマラソンに挑むような感覚に近いのかな
がん治療というものは…
 
でも、その歩みをとめないこと
続けることこそが
私の復活劇になるんですな
 
いわゆる「寛解」といわれる
症状が一時的に軽くなったり,消えたりして
落ち着いた状態のことをさしますが
寛解した状態でそのまま治る可能性もあるし
場合によっては再発するかもしれない
 
寛解の状態が5年以上続いて
完治したとも言われる
 
そのあたりが治療のゴールになるのかもしれない
 
でも、この治療というマラソンにゴールを設けて
必死に走ることよりも
そのマラソンの歩みの中で
巻き起こるいろんなことも含めて
その時 その時を楽しみながら、時には悩みながら
時にはあっちこっちいったりしていけば良いのかなと
 
もはや
マラソンというよりも
散歩か
いや旅みたいなもんなんかな
 
がんになって
これまで一直線の道を猛然と
走り続けてきたような人生から
それてしまったけど
ふにゃふにゃとした人生も悪いもんではない
などと
知ったようなことを言って
 
復活劇は続く…

私は人を待つのは、どんだけでも待つけど
人を待たせることは、しない

そんなポリシーを持っていました
(いや今でも持っています。)

私が人を待つ時は、人を待つのではなく
本を読んだり、自分のしたいことをしていたり

考え事をしたりすると
イライラしたり、何でこないんだと

プリプリしたりせずに済むので
私はいっこうにかまわない

しかし、私が人を待たせたら
何で来ないんだ と相手が思うかも とか
待たせて悪い とか
プリプリするんじゃなかろうかと
気が気でなくなっちゃう

もちろん仕事においては
絶対に遅刻やお客さんを待たせるようなことは
決してしない

ということで

私が待つことは良くても

私は人を待たせたくない


基本は5分前 さらに出来るなら
もっと早く着いて
待ち合わせ場所の近くをブラブラしたりまでして
余裕を持ちたい方である

とかいう私が
がんの告知を受ける前のある日のこと
10年近く仕事をしていて、初めてといっても過言ではない
遅刻したことを思い出したので今日はその話を…


それは、クライアント先への挨拶や打ち合わせ兼プレゼンがある時だった

私は仕事で忙しくしており、終電で帰るような日々が続いていて
そこから夜中に、今後起こりうる病気のことを
夜なべをして調べたりしながら
組織検査の結果が出ないことには
がんかどうか分からない状況ゆえに不安もあったりと
何とか気合いで乗り切っていた日々のことだった
(気合で乗り切ろうとしてたけど
今思えば、気力も体力もその時期は
かなり奪われていたんだな…)


スマホやパソコンで病気のことを

調べていたら、いつ寝たのか

分からないような日々が続き

そんなある日

アラームさせる携帯を握りしめたまま
アラームをONせずに眠ってしまったのだ

朝 バッと起きたら、外がやけに明るい

起きるべき時間はもっと暗いはずなのに…

携帯の時間を見れば
もはや朝早くの客先の東京へ向かうべき

新幹線の時間を過ぎている…

「なんで なんで アラーム鳴らないんだ 

この携帯めっ」
 

と怒ってみたものの
アラームがONになってなかったのは
自分のせいだと気づくのに

数秒もかからない

あぁやってしまった…

即座に直属の上司に電話もした

私1人だけでなく、チームで動いてよかったと思うと同時に
遅刻して客先の担当者へのお詫びや

信用に欠けるなと思ったり
情けないやら、やってしまったことへの後悔で

いっぱいだった

すぐに着替えて諸々用意して近くの駅の電車に乗るも
遅刻すること間違いなしの状況

その電車はいつも通勤する時間と

一緒の時間帯になってしまっており
元上司と一緒に電車に乗った

話をしながら どうしようもない状況でもあり
幾分落ち着きを取り戻して
新幹線に乗り、遠く関西から東京へと客先へ向かい
遅刻して頭を下げた…


遅刻といえばよくあるといえば、

よくあることかもしれない


しかし、私は遅刻しないポリシーを持って
ここまでやってきたのに
それが崩れたわけだ

まぁ
なんでこんな話をしているかというと
それぐらい、がんの検査結果を待つ状況の

人の心には葛藤があり
不安が大きく広がるものだということがあげられます

組織検査を受けて、がんかどうか疑いがある中で
無いとポジティブに願う反面
どこかで がん かも…と
ネガティブにも考えている時間

それは、受ける本人にとっては

かなりキツイことなんだなと
今になって思うし

私にとって、仕事人生において

初の大きな遅刻を起こさせるほど
このがんぼっちは強烈な存在なんだなと
改めて思う

思い起こせば、告知を受ける前のこの時の方が

がんのことを知らないが故に

自分がどうなるのかの不安や
無知からくる がんの怖さやら

でも普通の日々が進み

心身共にきつかったんだなぁと思う


こんな がんぼっちと私は暮らしていくんだな
あははん

などと少し楽観的に考えるぐらいが丁度よいのかも
と今は思ったり

そんなこんなである

今だからこそ、このように書けるけど
その時はその時でそうも言ってられない…

そんな風に5年先、10年先とか
あとから見たら

「大丈夫だYO!HEY」
とか なんて陽気に言える
そんな日が来ることを願いつつ

遅刻しない生活は続く…

「これまでいろんな人と出会ってきたなぁ」

独り言のように書き出してみたけど

これまで
学校で知り合った友達
仕事での同僚やクライアントの人たち
私生活での付き合い等々…
数えられない程
出会ってきた人はいる

そのような中で
私のがんという病気をどこまで誰に伝えるべきか
ということも考える

私は包み隠さず伝えることで
自分自身がどうこうというより
どうやってがんと向き合うのか
がんとはどういう病気で
どんなことが起こるのか

少しでもそこから役に立つことや
生きる上でのヒントになることが
あるかも…と思って
このようにブログを通してであったり
会ったりして話をして
極力伝えるようにしている

もちろん隠すことで
今までと同じ健康な状態の私で見てもらえたり
相手も考えなくていいので、良い場合もあるだろう

だから、何が何でも包み隠さず
「オープンだ オープンなのだ」
としているわけではないのだが
ちょっとそのあたりも考えてしまう

がんの告知を受けたがん患者本人だけでなく
がんと知ることで
その周りが受ける影響もあるだろう

だからといって
隠し通して生きるよりは
そこから周りも得ることもあるだろうということで
「けっこう オープンなのだ」
といのが私の今のところの考え

心配や不安な部分ばかり見ていると
自分自身も周りも辛くなるだけだから


どんな状況になろうとも
希望をもって生きていくことを続けることが
何よりも

自分にも

周りにも
良いことだと思う。

そのように
「復活劇を続けていきたいなぁ」

と独り言のように書き終わってみる



読んでいただきありがとうございます
次回に続く…

読んでいただきありがとうございます。
今回はがんとお金の話をしようと思います。

一般的な病院で受ける外科手術や化学療法、

放射線治療などの標準治療を受ける場合
健康保険の高額療養費制度によって
月の限度額があるのは有難い

所得に応じて限度額も変わるが
平均的な値として月8万円強はかかる。

長期間の治療を要して通院や入院をする治療の場合は
それなりに期間もかかり、費用もかかり

また、治療費が大きいのが保険適応外となる
陽子線や重粒子線治療等の先進医療や
免疫療法等の自由診療である。

標準治療以外の治療を受けようとすると
場所によって価格も変動するが陽子線治療は

概ね300万円弱
 

自由診療の免疫療法も場所や回数によって、

大きく変動するが

概ね200万円弱
 

100万円単位で治療費がかかる

私は保険に入っていなかったので
標準治療以外を受けたいと考えた場合
自費になるので、大きな出費となる。

がん保険に入っていれば
先進医療や自由診療もカバーしている保険があるとのこと
がんになってから知った。

なので、保険の大切さ
今更、身にしみています。

ただし、統計によると
がんは男女共に50歳以上から徐々に増え始め
65歳以上で本格化するようで
20代・30代で癌になる確率は、

1000人に1人と極めて低い。

そのあたりのことや家計のこともふまえて

がんになる前の方はご検討ください。


「命より大切なものはない。
だから、お金を惜しむな」
よく分かります

かかる医療費の支出だけでなく、
食事療法をする場合の食費、

栄養補助(サプリ等含めた)費用
諸々やればやるほどかかります


収入に関しては、会社の支援も有難く受けながら
有給休暇や傷病手当金、医療費控除などの制度を
活用させていただき、

生活に必要な一定のお金をもらっています。

しかし、子育て世代の夫の私にとって
子どもの今後のこと、家族が生活していくこと
それも考えなくてはならない

日々、家族の大切さを感じつつも
それを守ることも父の務めというもの

また、周りのサポートへも感謝している

もちろん身体を復活させて
社会復帰することで
また、諸々返していけば良いか
という想いもありつつ
転移再発を起こし長引く場合も有り得る

そんなこんなで
がん治療とお金というものは
切っても切り離せないことなのだ

何とかなるさぁ!と もちろん希望を持ちつつ
どこかでリスクに対しても考えておかなくては
長期戦となるがん治療には
立ち向かっていけない

私は現在、自宅療養のおかげもあり
告知前後の期間よりもかなり落ち着き
むしろ、前よりも元気なのではないか
と思うほど、身体の調子は良い

しかし、実際は身体の中には
がん細胞は変わらずいるもので
不思議なものである。


がん患者というのは
このように落ち着いてるように見えて
例え がんがいなくなっても、また現われることもあり

どこかで不安も隣り合わせで
その不安の部分ばかりみていると
精神的に弱り、がんが育ちやすい状況になってしまう

だからこそ
強い気持ちや信念、覚悟が必要なような気がする。

フィジカルとメンタルのコントロール
治療の戦略や戦術、サポート体制
総合的に考え、立ち向かっていく

このように復活劇は続くようだ…

KGC病院の主治医から電話があった

話し合った結果、5/24に手術を行う予定になった!


心タンポナーデを発症して、危険な状況に陥り
当初予定していた4月下旬手術の予定より
1ヵ月近く延びたけど
目に見えるがん細胞を摘出する予定だ


一度は断念した手術だったが、経過ふまえ
医療のガイドラインから少し離れたところもあるようだが
私の想いや考え、また体の状況ふまえて
KGC病院の外科の主治医を中心に
内科の先生とも話し合った結果
ファーストラインとして手術を行うことになった

術前化学療法は避けた

正解かは分からないが納得するカタチで
治療が進められそうだ


私の身体の縦隔の部分にある
7cm程の原発がんにおいては
大動脈への浸潤具合
心膜への浸潤具合

手術において問題になりそうだが
CTでは大丈夫そうとのこと
しかし、実際に手術で開けてみないと
分からない部分もあるそうだ

また、鎖骨のリンパ節転移のがんの摘出などふまえ
今回の手術は全身麻酔+硬膜外麻酔を行い
胸骨正中切開と呼ばれる
胸(胸骨)を10cmほど切って行う予定だ


全身麻酔なので、私自身は手術中の痛みはほぼ感じない

全身麻酔が覚めてからの痛みは
硬膜外麻酔でコントロール出来るそうだ

もちろん手術によるリスクもあるし
痛みもある程度はコントロール出来ても
痛いこともあるだろう

術後はしばらく不便もするだろう

でも、それも今後のことを考えれば頑張れるだろう

家族の為、周りの人の為、復帰して社会に還元する為…

一度つながった命をさらにつなげる為
ここは、何としても乗り切りたいところだ


また、今回 外科手術の標準治療+代替療法として
免疫細胞療法と温熱療法も併用する
(標準治療とは別の医療機関TKクリニックにて行う)

5/12(金)に
TKクリニックにて
免疫細胞療法としてNK細胞+Tリンパ細胞+樹状細部を入れ
その効果を上げる為、温熱療法を行う

5/22(月)
TKクリニックにて
手術の痛みの軽減や回復力を上げる為
直前に温熱療法を行い
KGC病院にその日に入院することになる

手術までの間に検査等の準備を行う

5/24(水)
KGC病院にて手術

尚、KGC病院にて摘出したがん細胞を用いて
TKクリニックにて自家がんワクチンを作成する為
手術の際にがん細胞を付添人にデリバリーしてもらう
(私は手術を行っているので、もちろん運ぶわけにはいかない)

その後、転移・再発リスクを抑える為
TKクリニックにて自家がんワクチンを用いて
がんの抗原(ターゲット)を絞り込んだ細胞を
樹状細部と共に入れ
さらにNK細胞+Tリンパ細胞も入れていく予定

ということで2つの医療機関の医師と連携しながら
標準治療と代替療法が始まりそうだ

 

そして、医師と私だけでなく、看護師の方や

身の回りのみんなと一緒に治療にあたることになる

どこまで効果があらわれるか

 

期待と不安が入り混じりながら

冷静にみていきたいと思う


もちろん今までも治療をしていなかったわけではなく
会社からは休みをいただいて
食事、運動、睡眠の生活のバランスをコントロールしながら
食事療法や栄養補助、温浴などの代替療法も行ってきた

なので、私としては今までも治療をしていたわけだが

「速攻戦略」としての外科手術
「じわじわ戦略」としての免疫細胞療法及び温熱療法を行い
目に見えるがん細胞をなくすことに
焦点をあてていきます。

ただし、前回のように手術前に
心タンポナーデ発症という
緊急事態が起こった経験もあるので
まずは手術の為に体をしっかり
準備をしていきたいと思う。


直接あって話をしたり

手紙を送ったり

電話で会話したりと
私は今まで対話を続け
今の主治医と信頼関係を結んできた

手術も簡単な手術ではなく

難易度も最高ランクほどまではいかないが
難しい方だとも聞いている

でも

私は、信頼のおける医師に命を預けるつもりでいる

そして、この手術が無事に成功することを願う


また、無事に成功したその先に待ち構える
転移・再発をどれだけ抑えられるか
私の治療において
そこも非常に大切になってくる

もし、転移・再発したら化学療法や
放射線治療を行なうことになるだろう

その為にも以前に検査を行っているが
出来るものなら転移・再発は誰だってして欲しくないこと

その為の免疫細胞及び温熱療法であり
今まで行ってきた生活習慣の改善として
食事療法や栄養補助、温浴などの代替療法を行った
食事、運動、睡眠の生活のバランスが
何よりも大切になってくるだろう

そのように私の復活劇は続けていきたいと思う


少し甘えさせていただくなら
みなさんの願いの力もいただけると有難い限りです

オカルトっぽい話になりますが
とある本では祈りが力になるという研究結果もあるようで

ならば祈りの力も活用出来ないかな

そう願うばかりです


手術まで無事に迎えられますように…
そして、手術が無事に済みますように…


そんなこんなで
復活劇は続く…

免疫力を高める効果があるということで
ものは試し
体に合うかやってみようっ

ということで
やってみた陶板浴

信楽焼の陶板を扱った陶板浴で
ラジウムも出ているらしく
15分ほどしたら汗が全身からダラダラ
30分したらビショビショ

これは何やら身体に良さそう
がんも何やら居心地悪そう

効くぞとイメージしながら
これは継続的にやっていこうと思います。

ちなみに
ここは私の住む近くにある
スーパー銭湯

極楽の世界が待ってます


岩盤浴も併設されていて
漫画読み放題
リクライニングシートに寝そべって
琵琶湖を眺めながら
1日ゆったり出来るので
治療と言わず
日々の疲れをとるのにも良いと思います。

世間はゴールデンなウィーク
皆様よかったら
極楽の世界へ
どうぞ
がんを患い、告知された時
人は死と直面します。
私もそうでした。

その時、ショック症状でやはり不安になりました。
むしろ、がんと確定するまでも不安でいっぱいでした。

しかし、がんが身体にいる今の状態は
不安がないといったら嘘になりますが
少し考えが変わってきています。

今日はその心境の変化について
書いてみようと思います。


がんに限らず病気を患い
治療をしていくにあたっては
不安と期待は隣り合わせだと思う。

「うまくいくか 腫瘍は小さくなるか」
 と不安に思えば、不安になるし
「きっとうまくいく 腫瘍は小さくなるんだ」
 と期待を大きく持つことも出来る

どちらにしても、結果次第で
落ち込んだり、嬉しくなったりするので
過度に不安視も期待もせずに
冷静に自分の体の状況を見ることが大切だと思っています。

だから患者は感情をコントロールすることが
大変難しいと思う。

不安に考えれば不安はグルグル頭の中を回りだし
「不安ループ」になってしまいます。

私は最近
「不安ループ」に頭のスイッチが入ると
「逆転思考」もしくは「体を動かすこと」を心がけるようにしてます。

「逆転思考」とは不安になったりすると、少し考えた後に
「あっ不安ループだ」と気づいたら
逆に良いことや希望をもてることを無理やりにでも考えることにする

もしくは

いったん考えることをやめてしまい
歩くでも、掃除するでも、何でもいいから
「体を動かす」ようにしている。

そうすると考えていたことを忘れてしまい
後で考えたら何であんなこと考えてたんだろう
と冷静になれるから

そうやって、少しでも感情をコントロールして
前向きな状態を保つことが出来るようになってきた



あと、どれだけ考えても
しょうがないこともあるかなとも思ったりしてます。

別にあきらめているわけではなく
どうしようもないことはあるから
どうしよう と気負わず
なるようになると ある意味流れに委ねることも
一つの考え方かなとも思っています。


そもそもこのように
私の心境の変化が起きているポイントとして
先日の心タンポナーデの時に
死との距離を間近に体験したことが挙げられます。

その時のことを
書き残したメモと記憶を辿ってみると


人は死に近づいた時
今までの思い出がフラッシュバックするとか
言いますが

私は痛みや息苦しく、意識朦朧とする中、
1歳と4歳の子どものこと、残される妻のこと
家族のこと、まだ自分の状況も知らせていない
身の周りの知り合いのこと
まだまだやりたいことや
いろんな考えや欲求が渦巻いていた
 
だから過去の思い出とか風景とかが
頭に思い浮かぶ前に
そんなことが頭に巡っていた

そんな風に「死ねないぞ」
いやはや「生きたいぞ」
という欲求が非常に強かったと思う

だから、三途の川を渡らなくて済んだのではないかとも
思っています。(三途の川は見てませんが)


もちろん医療の力で何とか治してもらったけど
ある意味、根性というのか
欲求でなんとか繋いでいた部分もあるように思う

どれだけ強く思えるか
ギリギリの世界で感じたことでした。

そこを乗り越えた今
私は、基本的には先日体験して感じた
強く生きようと思う芯の部分を持ちながらも
どこかでしょうがないこともあるかなという
しなやかな心構えを持ち合わせていこうと思っています。


話が少しそれますが
今の日常では死との距離が遠く
なかなか死を感じる場面に遭遇することはないと思います。

私が今回の経験以外で過去に死と直面した時を思い出せば
中学の時に同じサッカー部の友達が亡くなった時や
おじいちゃん、おばあちゃんが亡くなった時
大学時代に行ったネパールの寺院での
動物の生け贄の場や沐浴の側で遺体を弔う儀式の場
東日本大震災の時…

日常の中に死との距離感が圧倒的に近くなった瞬間の
衝撃を受けたことを今頃になって思い出した。

もちろん、その時々にもいろいろ考えていたが
今回のように自分自身の身に起こり、死と直面すると
それ以上に考えさせられました。

世の中には、がんだけでなく様々な病気、事故や事件、
震災など死と向き合った人は数知れないだろう。

そんな中で
このブログを読んでくれていている家族や知り合い、
はたまた通りがかりの人まで
少しばかりの時間
私を通して死と向き合うことを考えてもらえたらと
勝手ながら思ったりする

死を考えると
どう生きようかと考えると思うから…


日本の葬式は誠しめやかに執り行われるのが普通ですが
とある民族ではお祭り騒ぎのように非常に賑やかに 
踊り 歌い 笑いあり 涙あり いろんなことが
入り乱れたようなイベントのようなとこもあるらしい

もちろん故人への敬う気持ちは変わらない


死を考えること=別に重く深く考えなくても
気負わずに考えても良いと思います

どれだけあがいても
人は死亡率100%

それがいつやってくるかはわからないけれど
いつかはやってくる問題だと思います。

私は少し早い段階でその問題を突き付けられましたが
これも意味のあることなのかなと思っています。

向き合いたくない問題かもしれないけれど
そこを一度考えるかどうかって
生きてる今の時間を見つめ直すことになる

そんな風に思えるようになってきました


だから、私を通して
周りにも何か伝えるべきことがあるのではないか

しゃべるのがさほど得意ではないけれど
このように赤裸々に恥ずかしいながらも思いや考えを解放して
発することでもしかして何か役に立てるかもしれない

私は、どちらかというと
自分からガンガン考えや主張を声を大きくして発するよりも
人の考えを聞いて、考え、視覚的な表現や形での表現
時にはこのような言葉や考えの表現をすることをしてきました。

自分のことどうこうよりも
生かされた命で何が出来るのか

がんぼっちは悪者かもしれないけれど
反面教師でそんなことも考えさせられる
存在なのです。

嫌な存在だけど
それほど悪いもんでもないかもしれない

とにもかくにも
これを機会にちょっと立ち止まって
考えることもそんなに悪いもんではないかなと

そんなこんなです



復活劇は続く