今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ -21ページ目

今日も佳き日を… 35歳からの肺腺がん(HER2)ステージⅣ ライフ

現在43歳 9歳と12歳の男の子のお父さんです。肺腺がんステージⅣの治療や生活をつづります‼

先日まで沖縄に行っていたかと思うと
今日はトコロかわって大阪のIクリニックを受診した後
移動して、横浜におります


ふうてんのトラさんならぬ
ふうてんのハムさんとでも言いましょうか

フラフラしている…

というわけではなく
訳あって横浜におります

実は「第58回日本肺癌学会学術集会」に参加する為に
横浜に来ておるのです。ドドン

私は運よく患者の助成プログラムメンバーに選ばれたこともあり
交通費や宿泊費はサポートしてもらって参加することが出来ました。
有難いことです…

レポートの提出や特定のプログラムへの参加は必須となっていますが
最新の治療情報や研究内容が聞けるチャンスだったので
自身の治療のことも含めて勉強して、出来るならばこのブログででも
情報発信して共有できればと思っています。
(学会の情報や助成プログラムのことを
 教えていただいたブロ友さんありがとう)

学会の内容は後日報告します。


さて、私の状況ですが
血管カテーテル治療を行う予定(だった)の
Iクリニックの受診を本日受けたわけですが
結論から言っておくと

血管カテーテル治療よりも抗がん剤治療を薦める
という結果となりました…

理由として
・がん細胞へアプローチするルートとなる血管
(私の場合気管支動脈がルートになるそう)が
手術の影響もあり、血管のルートが一本しかなくなっており
しかも極細血管で、がん細胞まで
カテーテルが届かない可能性が高い
=局所療法としての効果が出にくい状況であること

・また、今日もCTの撮影をしたが、
やはり心嚢液が溜まり始めており
(既に抜いても良いような状況の量になっている…)
緊急性を要する事態になりかねない状況で
血管カテーテル治療をやっていて
また、心タンポナーデを起こした時に対処が出来ない
(血管カテーテル専門病院の為、設備や専門医の関係もあり)
そして、カテーテル治療によってこの心嚢液が溜まることへの
治療の奏功はあまり期待が出来ない

よって、血管カテーテルよりも化学療法を薦める
とのことだった

うむ そうか

個人的には血管カテーテル治療にかけていたところもあったけど
これだけ話し合って、診てもらって
今まで数々の症例を診てきて、血管カテーテルの治療実績のある
専門医であるH先生の言うように
可能性が低いことにあえてチャレンジすることよりも
奏功することに期待して抗がん剤治療を行う

それも治療だ
とも思った。


これまで散々、化学療法を拒み
いろんな選択肢を探ってきたが
私の今の状況は決してよろしくない

特に心嚢液が貯まる間隔が縮まってきており

4月 7日 第1回 心タンポナーデ
※6月5日に手術を挟み
8月27日 第2回 心タンポナーデ
9月27日 第3回 心タンポナーデ

こうみると
7の付く日は心タンポナーDAYのようである
(何ならポイントUPキャンペーンでもしてもらいたい)


今、私の身体の状況は
痛み止めの薬と気力で耐えている部分があるけど
正直なところ 普通に生活していも
ちょいと苦しい状況が続いている

それは心嚢液が溜まるスピードが
早まってきていることから来るのだろう

今日の検査結果からも1週間後もしくは良くて2週間後には
今までのペースからすると呼吸困難な状況の
溜まり具合になることが想定もされる ふぅう



先日、第二の主治医と考えていた先生との受診で
「悔しい思いをした」と記載したが
ざっくりと言うと
・標準治療(化学療法)を受けないなら
 責任負えないから、この病院に来るべきではない

・緊急の心嚢ドレナージの処置も
 ちゃんと治療をしていないのでココで受けるべきではない

と やんわりと言われていました

えっ?
標準治療受けなかったら、緊急事態に陥っても
診てもらえないの?
という患者としては、これは非常に悔しいというか
不安になることだった

まぁ血管カテーテル治療にのぞみをかけて
私が抗がん剤治療を避けていた部分もあり
標準治療=現在の最善の治療とされる
医者の提案を受け止めずに
他の治療はないか と変化球ばかりを
探し求めていたところもあるので
医者としては、治したいという想いも強く
そう言っている部分もある(だろう)

言っていることは正論なのだ

標準治療を良しとしない立場からすると

突き放しているようにも捉えられるけど

見方を変えれば

根拠もあるのに、出来ることを何故やらないのか

という風にも捉えることが出来るんだね

 

この前は悔しさでいっぱいだったけれど

どっち側に立つかで 意見の捉え方も変わるんだ

と考えると

少し偏見を持ちすぎていたのかと自分自身を反省する



家族を含めて、私の周りには
「抗がん剤は避けるべきだ」
という声が多いことも承知している

私も出来るならば薬に頼らない
自分の体の免疫力でもって
がん治療を行い、自然なカタチで
心と身体を維持すること・治すことを
していきたいと思っている。


・免疫細胞年齢18歳
・血液の状態もさほど悪い部分もない
(CRPの上昇やヘモグロビンやアルプミンの値に
気になる部分ありつつもどれも異常な数値ではない)

でも、がんは進行している

免疫細胞療法やハイパーサミア(温熱療法)
陶板浴、ラジウム温泉での湯治、
食事療法や栄養補助、サプリメント
ストレスフリーな生活…

いろいろと試してきている

でも、がんは進行し、命を脅かし始めている


局所療法の他の策として、ラジオ波焼灼や凍結療法も検討中だけど

大動脈や肺動脈に近接しているがん細胞や

癌性心膜炎に対する治療としては不適合とされているので

おススメ出来ないらしい

東洋医学的なアプローチとして
鍼灸や漢方はまだ取り入れて効果はみていないが
今、私は心嚢液という身体の中の洪水によって
崖っぷちに追いやられている状況になってきているのも事実なんです


標準治療が受けられない身体になり
緩和医療を薦められる自体も少し想定しておかないといけない


そうなる前に
私は抗がん剤治療を行うことを考え始めている

抗がん剤は副作用もあります

行うことで体の免疫力が下がり
結果悪い状況になるやもしれない

デメリットはもちろんある

でも、メリットもある

今までの医者や患者が積み上げてきたデータがある

発展途上であるがん治療だから
満足いかない結果ももちろんある


標準治療を選んでうまくいけば
やっぱり科学的根拠(エビデンス)通りにやって良かったね
と言えるし

標準治療をやっていなくてうまくいかなければ
そらみたことか
とも言える


また、標準治療を拒み続け
代替療法を選択してうまくいけば
エビデンスではない治療で効果が出たぞ
これぞ 今後のがん治療だ

うほほぉい 奇跡だ 寛解だ

 

宴じゃ宴 踊れ 踊れ だ

美しいストーリーを描けもするし

代替療法を選んでも
満足のいく結果がでなければ
そらみたことか と言える


何度も言っているかもしれないが
がん治療において
これぞ正解ッ!なんてことは現状なく
100%必ず治せるがん治療は存在しないのである

どう治療を選ぼうと
結果次第で何とでも言えるのだろう

私は、いや がん患者はそんな中で選択をしているし
命の責任は自分で持たなくてはならない



そんな中で

私は何のために治療をするのか

何のために生きるのか

と問うた時


一番に思うことがある

「息子たちの為に父親として生き続ける」

これは、私の生きる大きな目的だ


今、思っている


もちろん妻や家族、親族、知り合いや仲間
いろんな人の為に
また、この経験を通して得たことや
仕事で還元していく為にも生きたい

でも、私が手術後で激しく痛かった時
心タンポナーデで呼吸が苦しくてどうしようもない時など
思い起こしていたのは、息子たちの笑顔だったし

写真を握りしめていた

息を吹き返すように、身体が戻って退院した時に
彼らの笑顔をみて
やっぱり生きていてよかった


そう思っている

ありがたい存在です



明日からの学会の情報も聞きつつ
私は息子たちの為にも治療を選択し
前に進みたいと思います。

やたらと治療に入る前の戦略やら考えを巡らせ

あっちゃこっちゃして時間が経っている部分もありますが
私は納得しないと治療に入れない性格のようです…

もうしばらくお付き合いください


患者本人の想いをぶつけておりますが
家族会議も必要だな


続く…

少しブログの投稿してませんでしたが
連休を挟んで、ただ今 ワタクシ(家族で)
4年間住んでいた
第2の故郷 心の故郷 沖縄にいます


しかし、10月なのに
アツイッ

10月なのに、こんなに暑かったっけ?と思う

昼間は暑すぎて外に出たくない
というか
溶けそうな感覚
あぁ 懐かしいなぁ



身体は快調だ ひゃっほぉいッ!

ジャンプでもしながら言いたいところだけど
そうとも言えず…

胸はいまだに苦しいし
半日動いたら 半日横になっているような感じだけど
それでも沖縄に来て(戻って)
良かったと思う


がんと告知を受けてから
治療の合間の息抜きに…と
これまで旅行を3度計画するも
ことごとく直前に体が急変して
旅行の諸々手配したことの

キャンセルを余儀なくされてきたので
今回もまた何か起きるのでは…

ヒヤヒヤしていたけれど
沖縄はめんそーれして
私を呼んでくれました

来れただけでもまずは良かった… ふぅ


沖縄へ旅行ッ! となると
あそこの沖縄そば食べて 新しい店のアレ食べて
ちょっと気になるあのショップもみて
やっぱりあの店のアレ食べて
シメにココの沖縄そば だな ウムウム

まぁ食べることがほとんどの予定になってしまいがちだけど
今回は身体のこともあるので予定も入れず
家族と沖縄でゆっくり過ごそうと思って来た

ある意味 これだけゆっくり
沖縄を味わうのも久しぶりかな

とはいえ
沖縄の第2の父と母の家に泊めてもらい
ご飯まで作ってもらったり
恩師に会ったり
クラスメートに会ったり
先輩に会ったり

ナンダカンダあたたかいんだなぁ
ヒトが…


わざわざ沖縄にいるクラスメートをほぼみんな集めて
催してくれた励まし&食事会

ありがとう

子どもも含めて総勢32人も集まってくれるとは
思ってもいなかったので
ビックリしたけど嬉しかったよ
(いろいろ調整大変だったろうに…みんな感謝です)

でも
開始時間の15分も前に着いてしまった
我が家族もどうかしてるけど

開始時間の19:00になっても誰一人
集まらないところが最高ww

そうそう コレコレ うちなぁタイムッ!
こうでなくっちゃね ゆるむわぁ



暖かい眼差しで我が子を見守ってくれたり
励ましてくれたり
久しぶりに会って話が出来てよかった


ハーフマラソンでウンコ漏らした話とか
ご飯中なのにデリカシーのない どうでもいい
くだらない話をしてくれる変わらない友よ

ありがとう



また、10年程前と変わらずデザインのことや
今、考えていることを時間を割いて
話を交わしてくれる恩師も

ありがたい



私はココ沖縄に来ると
原点を見直すような
そんな感じがする


地元に戻れば
もちろん治療は続きます


前回の投稿で
「悔しい思いをした医師との話も
 まとめて書きます」
と言っておきながら
今回は見送ったのも
今、この沖縄でいる時間に
そんなことを書いたり
考えたりする気にならない


自分の体の状況は
まだまだ決して良い状況ではないのは分かっている

冷静にみていかないといけないので
もちろん治療のことは、頭から離れないけれど
ただ長いこと治療のことばっかり考えてたり
調べたり、向き合っていると
正直患者としては疲れてくるのも確かなんです

身体が痛かったり苦かったりする時は
心も弱ってしまう


叩ける時にもっと一気に叩きにいけよ
って
ファイティングポーズをとり続けることも
治療のやり方だけど

私の場合は甘っちょろいかもしれないけれど

しばしの間の気分展開

それも必要ではないかな
とも思っています


いつもと違う環境に身を置き
いつもと違う時間を過ごすこと

頭の中、体の中のスイッチの切り替えも
大事なような気がする



まぁそんなこと言いながら
今、この状況でココにいるということは
結局のところ

私はずっと沖縄に恋をしている
ようなもんなんかな

沖縄はいろいろ問題も抱えていたり
イイことばっかりではないことも知っているけれど
それでも
「だって好きなんだもぉーん」

ラブコールを送って 来たら
あたたかく包み込んでくれるんだもん


ただ、久しぶりに出会った“ミスターG” こと

私が最も苦手とする 宿敵のライバルでもある
内地ではありえない大きさの黒い生物
“ゴキブリ”と遭遇すると私の胸の中がザワワする

沖縄がどれだけ好きでも
彼だけは愛せない

これは昔も今も変わらないようだ…


まぁそれもひっくるめて
愛してやまない沖縄にまた来れるように
ヒトに会えるように生き続けよう
なぁんて想いながら

エアコンがガンガンに効いた部屋の中で
ラジオから流れるFM沖縄の懐かしい
パーソナリティーの声や宣伝を聴きながら
ツラツラと書いているのであります


がん治療の情報も役に立つように
伝えていけたらと思いますが
もし読んでくれている方で
沖縄に行く時は一度メッセージください

私の知っている中での
貴方に寄り添った沖縄情報を送りますので…
(と言ってもグルメ情報がメインになりますけどネ)

ただ、このブログのがん治療の情報以上の熱量で
沖縄情報を伝えてしまうかもしれません…
ご了承を




続く…

she her her hers

中学校の時に英語で初めて聞いた
Herという言葉

私は先日
Her2という
また、新しい言葉を耳にしました


以前の投稿で、近大クリニカルシーケンス
について少し書いておりましたが
私は網羅的な遺伝子検査の
臨床試験をお願いしておりました。

お願いして1ヶ月半程経っていたので
進捗具合はどうだろう と
担当医に電話で問い合わせたところ
結果が出ていました
(結果出るの言われていたより早かった)

というか
わがまま言いますが
検査結果出てるなら出た地点で
教えて欲しいですね
(このあたりの対応も医師によるんですよね
こちら患者側も積極的に働きかけないと
後回しにされるのはよくあることです
患者力がアップしてます ワタクシ)

さて結果としては
HER 2と呼ばれる
乳ガン患者さんの20~30%に発現すると
言われている遺伝子変異が
私のがん細胞から発見されたようです

肺がんにおいては
1~2%の確率で発現する
との情報もありますが
まだ、肺がんにおいて保険対応するほど
これに対する治療が確立されていない為
医療の現場でも治験や臨床試験などで
データを集めている最中のようです。

網羅的な遺伝子検査も
肺がんにおいてHER 2の遺伝子検査も
保険対応しておりませんから
まだ、周りにも同じような人は
かなり少ないと思います

医者とも相談しながら
情報もかき集めて
標的の特性が1つ掴めたので
そこに対する対策も練っていきたい
と思います。

誰かいないですかぁ
HER 2の肺がんの人?

ブログやってる人の中にいないか
肺がんの患者会の中にいないか
自分なりに少し探しましたが
まだ見つかっていない

会ったら飛びついてハグしたいです


もし、何かのつながりで周りに
いらっしゃったら教えてください

新しい標的のがん治療づくりに
今後の患者さんの為にも
役に立てるかもしれませんからね



おかげさまで私は昨日
2泊3日の緊急入院を終えて
愛媛県松山から関西に戻りました

処置のおかげで呼吸は元のように
出来るようになったものの
右のリンパあたりが熱をもって
痛みが出てきている為
フラフラしながら
今日は地元の病院に行ってきました

ただ今、寝込んでいます

地元の病院で
医師との関係について考えさせられる
患者としては少し悔しいことがあったので
また、元気になってから書きます。

今、書くと体調よくないこともあって
冷静さを欠いた
単なる悪口投稿をしてしまいそうなので
また改めて書きます。

とにもかくにも
肺腺がん HER 2の患者に
私はなりましたとさ


続く…
入院中 時間もあるから
You Tube で音楽を聴いていた

懐メロでもたまには聴いてみっか
1980年代のヒット曲をランダムに流していると
藤井フミヤ「True love」が流れてきた

この曲は私にとって
いや、中学の同級生にとって
思い出深い曲である

今日は治療とは関係ないけど
そんなことから話を始めようと思います



何故 思い出深いか

それは私が中学一年の時
同級生でサッカーチームのメンバーでもある
スケ(あだ名)が
急性の喘息の発作で帰らぬ人となり
お葬式の時に流れた曲が
True loveだったから…

悲しすぎて、この曲を聴くと
あの時を思い出してしまうから
どちらかというとあまり
聴かないようにしてたように思う



私はスケと過ごした時間は
それほど長いものではなかった

しかし、同じようにサッカーを楽しみ
これからもっと
あんなことやこんなことをしようと
思ってる矢先のことだった

彼はキーパーをやっていて
チームの中でも抜群にうまかった
県の選抜にも選ばれるような
能力の持ち主だった

寡黙だけど
受け止める力
はねのける力
守る力が半場なかった

そんな彼がいなくなり
私には何が出来るのかな


中学生なりに
ない頭をひねり考えたけど
何も出てこなかった
何も出来なかった

サッカーは仲間と続けた
恋もした

スケには悪いが
スケベなこともした
ごめん


時は過ぎ
高校にあがり
私は相変わらずサッカーを続けていた

しかし
入った高校の同い年のチームの中に
キーパーがいないッ

まさかの事実が発覚ッ

ということで
チーム内で誰がキーパーをやるか
問題になっていた

キーパーいなかったら
試合になりませんからね


とりあえず夏にある新人戦まで誰やる?

という時に


ちょっとやってみようかなぁ

いつもゴールを取る方ばかりだったけど
逆に受ける側からみたら
新しい見え方が見つかるかも

なぁんて
軽く言ったのが運のつき


みんなやりたくないから

誰もが おぉ よくぞ言った
ハムだぁ
拍手 喝采 

まさにヒーロー扱い

だった


のも

それも一瞬のこと


いざやったら
土のグランドに横にダイブするわけだから
痛いわ 辛いわ

歩けないぐらい足が腫れたこともあったし

手は何度も捻挫した


試合で失敗したら
ボロクソに言われるわ

まさに踏んだり蹴ったり
ストイック過ぎて
ドMの極地がココにありました
(私がドMになったのも
この経験によるところが大きいと今思う)


それでも
痛いし 面白くないし
点取りたいし
キーパーやめるわ
とは言わなかった
(やめたいと思ったこと数知れずですが…)


周りにもあまり言ってこなかったけど
何故私がキーパーをやろうとしたのか
さっき書いた理由とは違う
実は大きな裏目的があったからなんです


それはスケの果たせなかった夢
やりたかったであろうキーパーの気持ちを
自分で感じよう

彼の意志に少しでも近づこう

そんなことを思ってました


だから高校3年間は
どんなに辛くても 痛くても
やり続ける

そんな風にして私は
3年間 とにかく耐えに耐えて
晴れてキーパーを卒業しました

おかげさまで
人の何倍いや何十倍と
強い忍耐力や精神力を
手に入れたと思ってます。


キーパーもそこそこうまくなりましたが

私はやっぱり点を取る方が好きなことが分かり
(早い段階から分かってましたけど…)

それ以来
私はキーパーをやっていたことを隠しました
(キーパーやっていたと言うと
確実にキーパーをやらされるのは知っていますから)


私は、社会人になって
ブランクもあったけど
運動せねばと
サッカーをやり始めました

住んでいた地域の社会人サッカーチームが
あることをネットで知った

ダイナマイトボンバーズ という

ダイナマイトにさらにボンバーしちゃうわけですから
どんだけ爆発するんだ
というチーム名だったので

モヒカン頭でピアスバリバリの
イカれたクレイジーな奴らがいっぱいの
チームかと思いきや

活動拠点に行ったら
みんなまともで紳士な人たちばかりでした

私のような見ず知らずの者を
優しく受け入れてくれ
一緒にサッカーをしてくれた

みんないい人たちだった

ダイナマイトボンバーズという
チームの名前で判断してはいけませんね


そんな素敵なチームの中で
私はキーパーをやっていたことを
今の今まで隠していました

すいません
ダイナマイトなボンバーズの皆様


ミニゲームとかでキーパーして
条件反射でうまいこと
ボールを止めてしまった時

あれ ハムだぁさん
キーパーうまくないっすか?

なぁんて言われた時には

いやいやいや たまたまです
たまたま

内心冷や汗ダラダラかきながら
否定してました

キーパーするときは
全力でうまいこと手を抜いてました

今だから言います
すいません
ダイナマイト de ボンバーズの皆さん

入院の時も11人分のお守りや
サッカーボールを送ってくれた
優しいボンバーズの皆さん

私はあなたたちのことが大好きです

でもキーパーは嫌いです

ということで
次に一緒にサッカーする時は
タイムキーパーぐらいから始めましょうかね
テヘ


オッとハートフルな
True loveの話からどんどん
飛んでしまいました

私はこのように少し嘘もついてしまう
処世術まで身についた人間になりました

でも基本、嘘はつきませんよ
いけませんよ 嘘は

いやほんとに
 


がん治療において
私はたまに茶化した記事を書いたりもしてますが
とはいえ
やはり私も含めて患者は
苦しい時や辛い局面に向き合わざるを得ない時がいっぱいあります



しかし、私の場合は
サッカーで培った体力や忍耐力、
精神力で負けない心と体をもとに
友人のスケの想いや
周りの皆さんの応援や力によって
生かされてるんだと思ってます。




人生における
あなたの名曲


そんな話を周りとしたら
けっこう面白いかもしれないですね


今の音楽も良いけど
たまには懐メロもよかろう


そんなこんなで
私は明日退院を予定しています

滞在期間が予定より長くなった
松山をあとにします


看護士さんの松山弁が名残惜しいです

たまりません 方言ナース



こんなこと思ってるぐらいなので
ダイジョブ ダイジョブ



続く…
昨日は道後温泉の飛鳥乃湯泉
完成式典に参加できました

完成品を前に職人さんと再会したら泣いた

伝統工芸士のおばあちゃんが
会うや否や泣いてんだもん 泣くよ


しかし、どの作品たちもよくここまで仕上げたなぁ
途中からプロジェクトを抜けていた分
これまでの努力や葛藤を考えると感慨深かったなぁ


そんなこんなで式典に参加してたけど

久しぶりに体を動かしたからか
時間が経つにつれ

あ しんどいぞ

むむ クラクラするぞ

ゲゲゲ 呼吸がつらいぞ

これは水が貯まってきた時のシグナルだぞ


ということで
夕方からの懇親会は無理せずに遠慮させてもらいました


そこから救急で病院へ行くかどうか
体と相談

とりあえずじっと耐えた


明日の朝に行こう

夜の病院へ行っても対応する医師も限りがある
 (インターンの先生とかは出来たら避けたいですし)

まだ体は何とか大丈夫

そう言い聞かせて
じっと夜が過ぎるのを耐えた

苦しくて寝れなかったけど
何とか朝がやって来た


朝イチで病院へ駆け込みました

四国のがんセンターへ


したら
まさか
予約や紹介状のない患者は診れません
とな

むむむっ
けっこう緊急性高いんだけど
診てくれないんだ へぇえ

市内の総合病院に向かってください
だって へぇえ

がんの専門病院
緊急患者は受け入れないこと
知らんかった 無知でした


松山市内の総合病院に向かう

診てもらったら
やっぱりかなり貯まってる

ここで抜いとかないと危険だから
抜きましょう

とのことで
緊急オペ&入院

ふぅう



一連のこの流れ

本当に
すいません


やっぱり
バカ野郎
なんです
ワタクシ

でも
昨日の完成式典は何があろうと
どうしても立ち会いたかった


だからこんなことになっても
悔いは全くありません

ただ、こんな病院の使い方はいけないこと
私も知ってます
真似はしないでください
悪い見本です

また、同僚のSくん お休みのところ
病院へ駆けつけてくれてありがとう

プロジェクトでも面倒かけた上に
完成式典終わったら倒れて入院って
迷惑かけっぱなしで本当にごめんね

今はドレナージの処置を行い
管につながれてますが
抜けきれば退院です

もしかしたらこんなことになるかもと
手持ちの情報や病院情報や対策はしておいて来たけど
本当にこんなことになるとは…

医者が想定していたよりも2週間近く
心嚢液の貯まる期間も短かったな

痛みで2日間ほどまともに寝れてなかったので
とにかく水が抜けて幾分楽になったので
寝て養生しよう


でも思う

昨日来れなかったら
もっと後悔してた


治療する為にだけ
生きてるんじゃないんだからね

どう生きる為に どう治療するか
そこのところはブレないようにしたいです



続く…
昨日から、私は単身で
道後温泉に来ています。

湯治で来たのねそうなのね
と思うでしょうが
実は湯治はオマケみたいなもんで来ています

というのも
このブログではがん治療にまつわる
アレコレを基本的に書いているんですけど
今回は珍しく少しお仕事に絡むお話をさせてもらいます。


この程、9/26(火)に
日本最古の温泉とも言われる道後温泉に
「飛鳥乃湯泉」という
新しい入浴施設がオープンします。

施設の詳しい内容は、コチラからどうぞ

会社の広報的な話は
担当者にお任せさせてもらいますが
私は今回、このプロジェクトに絡んで
思うこと、感じることを
書き残しておきたいと思います。


私は今年の2月にがんの告知を受けて
治療に専念する為、会社を休職し
このプロジェクトも残念ながら
途中で抜けることになりました。

しかし、プロジェクトの途中で抜けたとはいえ
関わっていたメンバーの一人として
一緒に仕事をした仲間たちと完成する日に立ち会いたい

途中で抜けてごめんネ
という気持ちと
完成をワクワクする楽しみが
入り混じってこの日を迎えることが出来ました


今回のプロジェクトは
建物の内装に関わる調度品について、
伝統工芸の技術をお持ちの職人さんたちと
デザイナーとの協同作業で進められました

通常仕事のコミュニケーションと言えば
電話やメールでチャチャチャっと
済ませることが多いもんです
相手が70~80歳にもなる
おばあちゃんやおじいちゃん伝統工芸士の
職人さんとのやりとりということもあり
手紙でのやりとりや
普段使い慣れないメールでやりとりしてくれたりしてました

この日に再会することも約束もしていたこともあり
私にとっては、短期目標の一つだったので
明日を迎えることが出来て本当に良かったと思います

完成に向けて、こちらの無理難題の考えを
素晴らしい技術で表現いただいた
伝統工芸士の皆さま
ありがとうございます

また、途中で私が抜けてしまい
面倒をかけてしまったSくんをはじめ
同僚のみんな本当にありがとう

大量生産、大量消費される工業製品の
本質的な価値や美しさ、使い勝手などを
追及することとはまた違う
数十年、いや100年以上
使い続けられることも想定した
今回のようなモノづくり、コトづくりに
関わることが出来て光栄に思います

長い目でみて、人の命はなくなろうとも
モノは残り、ヒトの心を魅了していく

そんなこともあるんだと思うと
このようなことに少なからず
関われたことを誇りに思います

どうぞ読んでいただいた皆様もよければ
愛媛県の伝統工芸の新しい文化に触れながら
温泉で癒される空間に
一度お越しいただき体感いただければと思います。



傷ついた白鷺(しらさぎ)が温泉に
浸かり、治り、元気になって飛び立っていく
道後温泉にまつわる「白鷺伝説」のように
私も復活劇を続けられたらと願うばかりです


さぁ、明日は完成式典です!!

完成に至るまでのプロセスで
いろんな問題やドラマもありましたが
それらも過去の笑い話として
久しぶりに会う仲間と
この瞬間を味わいたいと思います。


私の復活劇もいつかの白鷺のように
続く…

KGC病院呼吸器外科 主治医との次の治療の相談をし

「標準治療なら化学療法だね」

ということで、呼吸器内科の先生にも話を聞いた

 

また、以前から相談しにいっている

大阪のIクリニックの血管カテーテル治療も

局所治療法として考えられるので

こちらでも話をしてきた

 

そこで、以前は術後で血管が細くて難しい状態だったけど

新たにCTを撮影した結果、血管カテーテル治療も出来る状態に

なってきているとのこと

 

しかし、2ヶ月ほどの前のCTよりも

縦隔のリンパがどうやら大きくなってきているようで

大動脈に残存するがん細胞含めて

「放射線治療が効果があるのではないか?」

ということで

放射線の話も地元の病院に聞きに行くことに…

 

基本的には、現状の私はがん細胞は急激に大きくなったり

転移したりしていない穏やかな傾向にあるようだが

とはいえ、リンパのがん細胞が少し大きくなっていること

 

心臓の周りの水は、また少し溜まっているので

そこがさらに溜まってきたら、また呼吸困難になるので

そこはしっかりみていく必要があるとのこと

 

・抗がん剤による化学療法

・放射線による治療

・血管カテーテルによる治療

まだ相談しきれてないこともあるので

しっかり話し合って治療しよう

 

でも、数人の医師と相談して思うが

現状のがん治療は必ずしも

患者の進行状況にもよるが

選択肢が一つではないということ

 

これまで積み上げられてきたデータによって

最善の治療が築き上げられているとはいえ

個人によって、副作用の出方も効果も

やってみないと分からないところもあり

発展途上なんだよなぁ

 

とか

そんなことを考えながら

 

ここ最近、みぞおちあたりや胸が痛かったり

と何かと不調が続いていたが

今日は少し体が楽だったので

なまっている体を動かすべく

久しぶりに「運動だ 運動だ」と

2時間程、ぶらぶら実家の近くを歩いた

 

山の中もしばらく歩いた

 

車や人の生活する音がなかった

静かだなぁ

 

でも、人が通らない

こんなところで倒れたら

えらいこっちゃ えらいこっちゃ ヨイヨイヨイヨイ

と思いつつ

 

こんなことしたら心配するだろうから

家族にも伝えず、山をしばらく歩いた

(これ読んだらバレるけど

書いているということは大丈夫だと言うことで…)

 

歩いてたらいつのまにか

治療のことも何も考えてなかった

 

歩いてふと気付いたが

そこは、夏の朝早く子どもの頃に

近所の友達とそのオッチャンと

カブトムシを採りにいったことのある場所だった

 

今まで思い出したこともなかったけど

30年越しぐらいに思い出した場所だった

 

30年も経っているけれど

景色が全く変わっていなかった

 

変わったことと言えば

大した山でもないのに

ビビりな私は手元にスマホを持って

GPSで道を確かめながら

迷わないように最短ルートを歩いていることだった

 

子どものころは、冒険するように

ドシドシ思うままに歩いていたのに

いつの間にやら私は冒険心を失っていたようだ

 

そんなことに気づき

トリャッ

途中でこのスマホメを捨ててしまおうか

という衝撃にかられたが

 

いやいや それは不法投棄や

環境破壊や

 

というよりも

スマホなかったら

やっぱり困る

 

スマートなワタシは

一人少し葛藤した後

 

文明の機器をみないで

自分の感覚もたよりに歩くことにした

 

ふぅー

 

涼しくなったとはいえ

汗でびっしょり

 

ひとしきり歩いたら住宅のある場所に出た

 

すると

こんな標語 看板があった

 

 

この手のたまに見かける標語看板

 

ダジャレやら 誰に向けたメッセージなん?

と首をひねるものが多いけれど

歩き疲れたこともあってか

このダイレクトなメッセージ

 

身に染みるわぁ

 

文字が日焼けして見えにくいが

小学校のPTAと自治会からのメッセージのようだ

 

いつから立ててあるのか知らない看板

今まで見向きもしなかった看板

ワタシには伝わりましたヨ

 

でも、有難いコピーであると同時に

ほとんどの標語看板って滑稽というか

余計なおせっかいな表現でもあるので

衰退していくんでしょうね

 

このような看板コピーは地方ならではだと思うし

都会なら商業コピーが氾濫してるけど

コピーって目にしてるようで

実はほとんどが伝わってないように思う

 

なかなか心に残らないものがほとんど…

 

オッと

話がわき道にそれてきそうなので

閑話休題

 

 

がん治療中の身ではありますが

今日みたいなこんな些細な冒険も悪くないなぁ

 

出来るもんなら無人島とかでサバイバルするぐらいの

冒険をしたいもんですが

今の私はがん治療のサバイバルをする時期なんだよ

と言い聞かせています

 

まぁ体と相談しながら無茶はいけないけれど

積極的な休養も必要だな

と思う

 

身体が不調な時はナンダカンダ横になっていることが多いけれど

ベッドに横たわっていることだけが治療ではない

 

医療の力も大事だけど

PTAさんや自治会さんもおっしゃるように

「健康は自分の力で守ろうね」

だね

 

治療中の皆さんも

健康なみなさんも

どうぞ自分の体をご自愛ください

 

 

続く…




先日「もっと知ってほしい肺がんのこと 2017 in 京都」という
前半、大学病院の医師による講演と
後半、患者によるおしゃべり会に参加してきた

前半の講演では、テーマが
~進歩する肺がん薬物療法を正しく理解する~
ということで
「肺がんの免疫治療について」
「肺がんの分子標的薬治療について」
「肺がんの化学療法・支持療法について」

現状の化学療法のことを各テーマ25分ほど
医師からスライドを使って説明があった

講演の内容について私にとっては、
ほぼ知っていることばかりだったけれど
後で他の患者の方と話をして分かったこととして
思っている以上に講演内容の
治療の情報を知らない人が多いことを知った。

私のような30代の患者は
ネット等から治療における情報を得ることはそう難しいものではないが
特に高齢者の方たちはネット等からの新しい情報や
詳しい情報を得るのは大変なことなのだろう

そういう意味では、このように治療に関する情報が
得られる場の設定というのは大切だと思った。

多くの患者と向き合わなくてはならない医師にとって
一人一人に説明しきれないところもあるのだろう
説明が足りていないところもあるのだろう

日々進歩する治療について
患者も患者で情報を自ら得て、患者力もつけなくてはならない
お互いに努力が必要なんですね


ちなみに今回の情報で知らなかったこととして
私が唯一メモした内容が
遺伝子変異の割合についてだった

メモよりも分かりやすくグラフと表に
まとまっているものがあったので共有しておきます




※ROS1の治療薬は承認されていたり、

適応する薬の情報が最新のものではない箇所もありますが
遺伝子変異の割合などが分かりやすいので
記載させていただきました

また、医師に直接質問が出来る場があったので
次に承認されそうな分子標的薬は?
と質問したところ
“BRAF”と“RET” とのことだった

時期は明確ではないらしいが
そう遠くないらしいので
承認されたら使用できる方も増えるだろう

そのようなことで化学療法について
一通りの講演があった


ちなみに当日の内容を運営側が
動画で記録して残していく活動をしているので
下記にその講演内容がアップされる

http://www.cancernet.jp/video
※セミナーから一週間近く経ち
この投稿した日には、まだアップされていないが
後日アップされると思うので情報を残しておきます
(これまでの講演の内容もストックされているので
興味のある方はご覧いただけます。)


で、講演後は
肺がん患者の会 ワンステップ 設立者の長谷川さんより
「肺がん患者連絡会の紹介」と
医師も交えたQ&A/ディスカッションがあり

その後
患者同士のおしゃべり会が開催された

私はこのような患者同士の話し合う機会に
参加するのは初めてだったので
少しドキドキワクワク

・遺伝子変異 EGFR:陽性のグループ

・遺伝子変異 ALK:陽性のグループ
・それ以外のグループ

・患者ではなく家族のグループ

に分かれて話し合うので、

私はそれ以外のグループで参加

全体を見渡しても。高齢者の方が多い

これは病院に行っても同じことだけれど
同じ世代の患者と会う機会というのは、かなり少ない

そんなこともあって
子どもをもつがん患者同士でつながるためのSNSサイト
「キャンサーペアレンツ」というコンテンツを立ち上げられた
西口さんという方もいらっしゃるわけです。
(登録したものの、そちらでは投稿していないですが
同じ世代での悩みや考えを共有する意味では
素晴らしい活動だと思います)

やや話が脱線しそうなので…


さて
トークが始まると 即座におじいちゃんが話を始めた

いろいろ治療をして
「私はもう治療することがなく
 八方塞がりだ」
と涙ながらに嘆くおじいちゃん

グループ内には、医師も入って
一緒に話をする時間もあったので
そのおじいちゃんの話を聞きながら
医師が答えたり、周りがこういう治療や薬もあるし
「八方塞がりじゃないよ」
と伝えたり
周りがフォローをしていく

悲観的だったおじいちゃんも気持ちが
時間と共に落ち着いたようで
後には笑っていたので良かった


そのおしゃべり会の時間は
自由に、ざっくばらんに話をする場ではあったが
おしゃべり会の難しさなのかもしれないが
しゃべる人としゃべらない人がどうしても出て来てしまう

その話し合いの場を進行する
明確なファシリテーターが不在なこともあり
私も仕事柄ワークショップでのファシリテーターや
会議の進行役などをしてきた経験上
どうしても運営側の立場に立ってみてしまい
そのおしゃべり会の在り方ややり方が気になり始め
しまいには、しゃべってない人にどう話を振ろうか
とか
ループし始めたおじいちゃんトークを違う話の方向で
議論できないか
と、いつの間にか いかにこの場を有意義なものに出来るか
そんなことを考えていた
(ただ、ワタクシ反回神経切断しててあまり声が大きく出ないので

 大人数での会話の時に困ったもんだなと思うと同時に

 こういう場では拡声器かメガホンでも持っていくべきかも…と思う)

 

自己紹介もなく、どんな病気でどんなことを考えていて
どんな悩みを持っているのか
といった各々の基本情報がないまま話が進んでいったので
お互いに探りながら会話を進めることや
おしゃべりな人がずっと話をしてしまう状況など
気になる部分は多かった。

いろんな患者との話し合いの場があるだろうけど
こういった話し合いの場の時の仕方なども
患者会でも、それぞれトライ&エラーで日々
やり方を試行錯誤しているのだろう


今回の講演会とおしゃべり会に参加して感じたこととして
患者自身の患者力を上げることの大切さや
患者会の力も上げていくことの難しさを感じた

患者会というのも設立される方は
治療を続けながら行っている方も非常に多く
自分のことで大変な状況にも関わらず
患者会を通して積極的に周りにも働きかける活動は
本当に尊敬する

もちろん周りのいろんな人がいて
サポートをしてくれる体制が出来ているだろうけど
自身の状況に応じて活動が出来ないこともあったり
それはパワーのいることだと思う。

患者だからこそ、出来ること
経験したからこそ寄り添える関係であったりと
その存在は大きいと思う。


私も自身の治療に今は集中して
体を復活させたいと思う反面

今回このような場に参加して思ったことに
これまでの仕事や生活などのいろんな経験で得たこと
治療をしていく中で得たことや考えを還元する意味でも
役に立ちたいなぁと思うところもあった

どんな状況でも、前向きに出来れば楽しく
過ごすことに越したことはない

はじめは悲観的だったおじいちゃんが笑ったように

もちろん医療の力は大きいが
それだけでなく、いろんな視点から人を助けることは出来る


そんなこんなで
講演会と患者とのおしゃべり会を参加して感じたことだった。


続く…

がん治療において
標準治療で治すことも
代替療法で治すことも
全て正解などない

患者自身がどう生きるかだ

旅に終わりはないように
人生も終わりなどない
次の世代に
次の世界につながっている


ほほぉ
さもありなんと素晴らしいことのように
言って始めてみました本日の投稿


今朝、私とほぼ同じ時期に
癌性心膜炎による心タンポナーデを発症し
ブロクを通してメッセージをやりとりしていた方が
昨日亡くなったとの訃報が入った


やはり辛いな


がんの種別は違っていても
同じような症状を経験し
数ヵ月の間だけど
少しばかり治療の情報のやりとりや考え等を
共有したりしていたのでね


少し年上の彼女は言っていた
人生は宝石箱のようにキラキラしていて
また、バカンスのようだ
会ったこともない方ではあるが
女性らしくしなやかで強い人だと思う

苦しい思いや痛い思いもあっただろうけど
お疲れさん ゆっくり休んでくださいな
私は今日、東京の病院へ向かう
新幹線のホームで黙祷した





私はこの一週間次なる治療のコンセプトというか
自分の中の覚悟や思いを集中する為に
今までに体験をして来なかったことに挑戦
というか足を踏み込んできたので
そのお話を少し…


1つ目の話は昨日のこと

胃ガンで余命3ヶ月と伝えられてから
5年近く生存されている近くに住む方と
縁あってお会いして話をした

その方は5年前に食事も出来ない程
厳しい状態で肝臓転移、リンパへの転移ありの
胃ガンステージ4の告知を受け
胃のパイパスの緊急手術をした後
医師から勧められた化学療法を行わず
(余命3ヶ月ならやりたいように
生きたいようにいきようと化学療法を拒み)
北海道で湯治をひたすら一ヶ月されたらしい。

一ヶ月後の検査で転移していた腫瘍が
消えたので、原発の胃のがんの摘出手術を受けて
体の中からがんがなくなり
今に至っているそうだ

かたや、もう1つの話は
日曜日に
「もっと知って欲しい肺がんのことin京都」
という医師による講演と患者のトーク会の
2部構成のイベントがあったので
少しばかりの勇気を振り絞って
初めてそのようなところに参加した
(この時の詳しい話は、また投稿したいと思います)

その中で患者会を設立された方が参加されており
肺がんで遺伝子変異もないステージ4という
私と同じような状況の方で
標準治療(化学療法)を積極的に受け続け
8年生存している方とも少しだけ話をした


治療は人によって本当に様々だと思う


この一週間にお会いした中の
このお二方のように幸運にも助かる人もいれば
残念ながら助からない人もいる

それはしようがないことかな

患者の数だけ周りも含めたドラマがあるのだろう
そして心の葛藤やいろんな選択や判断をしていかなくてはならない


私はそのようないろんな話を聞きながら
いろんな知識を得ながらも
人と比較するのではなく
自分自身が納得のいく治療というか
生き方を選択していこうと改めて思った

周りへの気遣いも大切だが
過度に結果を期待し過ぎず
かといって悲観もし過ぎず

どうなろうとも
周り以上に一番自分がぶれずに
少し前向きにユーモアを持たせながら
ニュートラルな状態でいたいなと思った

言うのは簡単なようで
しかし命の選択ともなると
実に難しい側面をもっているけど

素直に あるがままに いこうかな
そんなこんなです


人生はバカンスのようだ
と言っていた彼女の想いもこの胸に残しつつ

私にとって
第1治療の戦地
東京に着いた

ウキウキするような晴れではなく
ビチョビチョになるような雨ではないが
少しだけ雨が降っている

まぁこんな日はそれも悪くないか
と思いながら
病院に着いた

手術から3ヶ月しか経っていないけど
久しぶりに来ると懐かしさというか
手術痛かったなぁとか
いろいろ思い出す

さっ
私は今の自分の状態とこれからのことを
しっかりと主治医とも話をしてきます



続く…

今、まさに治療をしている私や患者さんにとっては

5年先の治療法となると待ってられないッ! 夢のような話なので

良いなぁと指をくわえてしまいますが

今まさにがん治療は進歩しているんですよね

 

がん治療も革新が起きている真っ最中

 

ということで

ご存知の方も多いかと思いますが

分かりやすくまとめられていたのでご紹介しておきます

 

光免疫療法について①

 

光免疫療法について②

 

ゲノム編集について

これについては編集されている内容に

ん?

と思うところもあるけど

ゲノム医療は個人的に気になる治療法なので

私も情報は入れていこうと思います。

 

今、健康な方が5年先に癌に罹っても

今以上に治るようになっている

素晴らしい世界じゃ

あぁりませんかぁ

 

 

私は今をみなくてはならないんですけど

こういう希望があるとワクワクするので

情報共有まで…