昨日、秋から仕事でドイツに行く旧友の送別会に行ってきました。
様々な話題を語り合いましたが、その中で過熱したものの一つが、「資源制約の時代」とも言える現代が、これからどうなっていくのか?でした。
歴史上の事例に、資源制約の時代がどういうものかを学ぶ、というテーマは、私にとってここ2~3年のテーマ(去年ブログに書いた「ビザンチン帝国の危機と再生に都市と地方の未来を見る 」もその一つ)。自分の見解を話しつつも、友人たちの自分には無い視点にも目を見開かされました。
そして今朝の日経新聞(2008年6月2日朝刊)を見ると、三菱UFJ証券チーフエコノミスト・水野和夫氏によるタイムリーな分析が! 氏は、私も随分影響された「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」の著者です。
* * *
●いま起きつつあるのは大航海時代の十六世紀以来の「価格革命」なのだという。
●「いまのグローバル化は十億人の先進国の市場に中印など三十億人近い新興国が統合される過程です。市場統合で追っかける側の人口が圧倒的に多い歴史上の事例は十六世紀しかない。当時は、先進地域のイタリアなどの地中海世界の三千万人に、英、独、仏、東欧など北方の新興国の五千七百万人が加わった」
●新大陸から大量の銀が流入し、貨幣量を増やした。
●欧州の小麦の値段は十七世紀にかけて八倍になったという。
●二十一世紀の銀は、株や証券化商品などの金融資産だと水野氏はみる。「企業買収での株式交換制度で、株式が新たな貨幣になった」
先進国市場に、それをはるかに上回る新興国市場が統合される事例としての16世紀。
市場統合の中で旧先進国市場が次第に没落し、貨幣供給が過剰となり、基本的な資源の価格が爆発的に向上したという意味で、確かに現代の次の局面を読むには、よい事例となりそうです。
特に、没落していった旧先進国の中心であった北イタリアのその後の運命からは学ぶべきものが多そうです。
(結局は、新興国に対抗するための「リソルジメント」の話になってしまいそうですが・・・)
しかし、この事例と現代は、「資源制約」という点ではやはり違うとも言えそうです。
これは、盟友ジャワ氏 の言葉ですが、「あのときは、新大陸で絶対的な供給量を確保できた」という背景があります。貨幣過剰という金融面の現象によって資源(穀物)価格は高騰しましたが、実体経済としては新大陸の供給量によって資源制約は無かったはず(一つの例として、アルゼンチンの放牧により、ヨーロッパ人の肉食の頻度は新大陸発見前の数倍になったといいます)。
この点で、現在と16世紀は明らかに違います。
水野和夫氏の分析はいつも鋭いのですが、やはり専門である金融現象に目が行ってしまいがちなのかもしれません。現代には、16世紀にあった貨幣供給源としての新大陸と同じ役割を果たす証券化商品はあるものの、同じく16世紀にあった資源供給源としての新大陸はないのです。(よく、ネットが新しい新大陸を切り開いたという言説が展開されることがありますが、あれは需要面の話が中心で、資源供給の観点はゼロです。)
16世紀は、現代の次の展開を読む重要な先例ですが、これだけでは足りません。
エジプトを失ったより時代のビザンチン帝国なども併せ、より複合的な見方をしていく必要がありそうです。
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様々な話題を語り合いましたが、その中で過熱したものの一つが、「資源制約の時代」とも言える現代が、これからどうなっていくのか?でした。
歴史上の事例に、資源制約の時代がどういうものかを学ぶ、というテーマは、私にとってここ2~3年のテーマ(去年ブログに書いた「ビザンチン帝国の危機と再生に都市と地方の未来を見る 」もその一つ)。自分の見解を話しつつも、友人たちの自分には無い視点にも目を見開かされました。
そして今朝の日経新聞(2008年6月2日朝刊)を見ると、三菱UFJ証券チーフエコノミスト・水野和夫氏によるタイムリーな分析が! 氏は、私も随分影響された「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」の著者です。
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●いま起きつつあるのは大航海時代の十六世紀以来の「価格革命」なのだという。
●「いまのグローバル化は十億人の先進国の市場に中印など三十億人近い新興国が統合される過程です。市場統合で追っかける側の人口が圧倒的に多い歴史上の事例は十六世紀しかない。当時は、先進地域のイタリアなどの地中海世界の三千万人に、英、独、仏、東欧など北方の新興国の五千七百万人が加わった」
●新大陸から大量の銀が流入し、貨幣量を増やした。
●欧州の小麦の値段は十七世紀にかけて八倍になったという。
●二十一世紀の銀は、株や証券化商品などの金融資産だと水野氏はみる。「企業買収での株式交換制度で、株式が新たな貨幣になった」
先進国市場に、それをはるかに上回る新興国市場が統合される事例としての16世紀。
市場統合の中で旧先進国市場が次第に没落し、貨幣供給が過剰となり、基本的な資源の価格が爆発的に向上したという意味で、確かに現代の次の局面を読むには、よい事例となりそうです。
特に、没落していった旧先進国の中心であった北イタリアのその後の運命からは学ぶべきものが多そうです。
(結局は、新興国に対抗するための「リソルジメント」の話になってしまいそうですが・・・)
しかし、この事例と現代は、「資源制約」という点ではやはり違うとも言えそうです。
これは、盟友ジャワ氏 の言葉ですが、「あのときは、新大陸で絶対的な供給量を確保できた」という背景があります。貨幣過剰という金融面の現象によって資源(穀物)価格は高騰しましたが、実体経済としては新大陸の供給量によって資源制約は無かったはず(一つの例として、アルゼンチンの放牧により、ヨーロッパ人の肉食の頻度は新大陸発見前の数倍になったといいます)。
この点で、現在と16世紀は明らかに違います。
水野和夫氏の分析はいつも鋭いのですが、やはり専門である金融現象に目が行ってしまいがちなのかもしれません。現代には、16世紀にあった貨幣供給源としての新大陸と同じ役割を果たす証券化商品はあるものの、同じく16世紀にあった資源供給源としての新大陸はないのです。(よく、ネットが新しい新大陸を切り開いたという言説が展開されることがありますが、あれは需要面の話が中心で、資源供給の観点はゼロです。)
16世紀は、現代の次の展開を読む重要な先例ですが、これだけでは足りません。
エジプトを失ったより時代のビザンチン帝国なども併せ、より複合的な見方をしていく必要がありそうです。
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