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 COSMOSの第3話宇宙の調和。

 この回はCOSMOSシリーズの最高傑作だと、私は思っています。

 カール・セーガンがヨハネス・ケプラーの生涯を通して、自分の信じる「科学の心とは何か」を強いメッセージとして表現した作品です。そのため、今回の番組アウトラインは、特別に詳しく記すことにします。

 

 冒頭のイラストはケプラー。本当はもう一人、ティコ・ブラーエのイラストも描いておきたかったのですが、それはまた別の機会に。

 

第2話 宇宙の音楽

 

【番組のアウトライン】

 

・星の生まれるスバルも、星の終焉であるカニ星雲も、どちらも占星術の牡牛座に属している。

・占星術では惑星は人間の運命に結びつけられている。天文学と占星術は長い間、同じものと考えられていた。ドイツのケプラーがその2つを分けた。ケプラーは最初の天文学者であり、最後の占星術師だった。

・占星術の基盤は300年以上前に失われたが、今も多くの人が信じている。どの新聞にも星占いが書かれているが、科学の記事はほとんどない。災厄の星ディザスター(災害)や星の影響インフルエンザは、占星術から生まれた言葉だ。

・占星術は危険だ。人の運命が生まれた星で決まるのなら、人生に努力は必要ない。だが、双子は同じ星のもとに生まれるが、異なる人生を送る。

・分娩室には火星の光は届かない。届く可能性があるのは引力だが、産科医の引力の方が火星よりずっと強いのだ。

・地球が変化のない星だったり、逆に物事がでたらめに起こる星だったら、科学は進歩しなかった。地球は変化はするが一定のルールに従っている。おかげで科学は進歩した。

 

・昔は本も映画もなかった。人々は焚き火の側で夜空を仰ぎ、星を見てきた。星は太陽と同じく東から昇り西へ沈む。規則正しい繰り返しなので、予測することができる。

・千年前、(アメリカ原住民の)アナサージ族が建物を立て、夏至を知る仕掛けがあった。夏至の日だけ太陽の光が窓から入り、壁を照らす礼拝堂だ。

・太陽、月、星の位置を示す遺跡はストーンヘンジなど世界中にある。なぜ、人々は天文学を学ぼうとしたのか。

・当時、天を読むことは文字通り生死に関わることだった。水牛は季節により移動し、農耕を始めてからは種蒔きや収穫期を知る必要があった。

・アナサージ族の遺跡は単なる偶然かもしれないが、そうでないとはっきりいえる遺跡もある。アナサージ遺跡の近くに、夏至点を測る目的で立てられた碑がある。入念に配置された岩の隙間を通って、奥の模様を光の筋が二分するのは、夏至の正午だけだ。

 

・先史時代、我々の祖先は動かない星星の中で動きが一定しない星を5つ発見した。普通に進んだかと思うと、数カ月宙返りし、また進む。まるで迷っているかのよう。これが惑星プラネットだ。プラネットはギリシャ後でさまようものという意味から生まれた言葉だ。

・やがて、その動きが理論化される。二千年前、天文学者で占星術師のプトレマイオスの考えが広く知られた。地球が宇宙の中心で、太陽や惑星がその周りを回るというもの。

・惑星の逆行する動きは、惑星が公転軌道上を回転しながら進む透明な球(周天球)に張り付いて進むからだと考えた。当時の観測技術では、この理論で十分だった。教会から支持されたこの考えは、こののち千五百年間、天文学の発達を妨げることになった。

 

1543年、ついにポーランドの牧師コペルニクスが地動説を発表した。地球は惑星の一つに格下げされ、火星の逆戻りは地球が火星を追い抜くときに起こる、と。

・これはカトリック教会から禁書とされた。(宗教改革を行った)マルティン・ルターは「この男は人々を惑わせている。成り上がりの愚かな占星術師だ。自分は天文学を覆せると思い上がっている」と評した。

 

・地動説と天動説の対立に興味を惹かれたある男が、科学革命に火をつけることになる。

・ヨハネス・ケプラーは1571年に生まれた。プロテスタントの神学校で牧師の勉強をした。夜明け前に祈りを捧げる修行の日々。宗教改革の頃、神学校はまるで新兵訓練所のようだった。神学という武器を手に、ローマ・カトリックと闘うのだ。

 

・ケプラーは賢すぎた。強情さと自立心の強さのため、彼は孤立する。友達は一人もできなかった。殻に閉じこもり、一人考えるようになる。神の道から外れた空想だった。ケプラーの神に対する好奇心は恐怖を超えていた。「神が世界をどこに導くのか、神が何を考えているのか知りたい」と。

・彼は中世の神学会から外の世界へと出ていく。当時の神学会には賢者の教えが生きていた。ケプラーは神学のほかに音楽や数学を学んだ。そして、完全さを感じる幾何学に出会う。

・彼は書いている。「幾何学は創世の前からあった。神の御心とともに永遠に存在する。幾何学は神に天地創造の道を示した。幾何学は神それ自身である」

 

・彼の時代はひどい時代だった。人々は病や飢えや戦争を恐れ、迷信にすがり生きていた。ただ一つ確かなものは星だった。プトレマイオスやピタゴラスの教えが頼りだった。惑星の動きは外界に影響すると占星術師はいった。

・ケプラーの父が残忍だったのは惑星の影響か。母が意地悪なのは惑星の合が作用したからか。星で運命が決まるのなら、隠れた規則があるはずだと彼は考えた。

・神が世界を作ったのなら、物質の検証から始めてはどうか。万物は神の御心の調和を示しているはずだ。

 

・1589年、ケプラーは神学校を去り、大学へ行く。そこで教授がコペルニクスの仮説を説いた。大学で、彼の才能はついに認められた。

・卒業後、オーストリアのグラーツという町の学校で数学を教える。彼は教師としては落第で、2年目には生徒が一人もいなくなった。声も小さく話も逸れ、内容も難しい授業。注意散漫で頭の中は空想でいっぱいだった。

・ある夏の午後、退屈な占星術の授業中、彼はある重要な天啓を受ける。当時知られていた惑星は水金地火木の6つ。なぜ6つなのか、なぜ20や100ではないのか。なぜ、軌道に隙間があるのか。

・彼は十二宮の円に正三角形を内接させてみた。すると、その三角形に内接する円と外接する円の関係が、木星と土星の軌道と一致したのだ。

・他にも応用できないか。思いついたのは正多面体だった。正多面体が5つなので、惑星は6つなのだ。6つの惑星の軌道を5つの正多面体が支えている。神の御業としか説明しようがない。

 

・「この仮説を考えついたときはうれしかった。仕事が楽しくてしかたなかった。コペルニクスの軌道と一致するかどうか、昼夜をとれず計算し続けた」と彼は書いた。しかし、どうしても正多面体と惑星の軌道は一致しなかった。

・それはその仮説が間違っていたからだ。惑星の軌道と正多面体とは無関係だ。彼の説は否定されたが、彼は諦めきれず、計算を続け、最後に彼は観測結果を疑った。

・当時、より正確な観測を続けていたのは、ティコ・ブラーエだけだった。

・1598年、弾圧が始まった。地元の大公はグラーツでカトリック復興を試みた。学校は閉鎖され、異教徒とされた祈りや讃美歌・本が禁止された。カトリックでないものは罰金を課せられるか、追放される。ケプラーは追放を選んだ。「私は信仰には真剣だ。信仰を弄んだりしない」彼は生涯何度も追放される。これはその始まりだった。

 

・追放された彼はプラハへ向かう。ティコ・ブラーエはデンマーク貴族の出身で、王室数学者に任命されたばかりだった。ケプラーは妻と養女をつれて辛い旅に出た。妻は病弱で子を二人亡くしていた。妻は夫の仕事を理解せず、その職業を蔑んでいた。

・「ブラーエの同僚となり、彼にふさわしい相手になりたい」という彼の期待は裏切られる。ブラーエは派手な男で、鼻は金の作り物、数学の出来で争い、本物の鼻を失っていた。ブラーエの周りにはうるさい助手たちや遠い親戚・居候が集まっていた。

・ケプラーは観測記録を見たがったが、情報の一片をときどき渡されるだけだった。「ブラーエは研究を共有しようとしなかった。食事の合間に気まぐれにいうだけ。今日はあの星が遠日点にくるとか、明日は交点にくるとか」

・ケプラーは駆け引きができず、礼節を忘れていく。学者肌の彼はバカにされ、しだいに塞ぎ込んでいく。「ブラーエは多くのものを手にしているが使い方を知らない。ブラーエには観測技術があり弟子もいる。しかし、記録から理論を組み立てられる者がいない」

・ブラーエは観測記録を理論に発展できずにいた。その達成にはケプラーの力がいるが、しかし記録を渡すことができなかった。ブラーエは観測の天才で、ケプラーは最高の理論家だった。どちらが欠けても推論は証明できない。

・近代科学には観測と理論が必要だ。しかし、彼らの相互不信により、発展できずにいた。仲違いと仲直りが繰り返され、数カ月後にブラーエが暴飲暴食で死ぬと、事態は好転する。

・ケプラーの手紙より。「最後の夜、ブラーエはうわ言で何度も何度もこう繰り返した。まるで詩のように、私の生涯を無駄にしないでくれ、無駄に終わらせないでくれと、そういい続けた」

・ブラーエの死後、ケプラーは渋る遺族からようやく観測結果を受け取る。星座中の火星の動きを何年も観測した結果だ。天体望遠鏡の発明される数十年前からの記録で、当時、最も正確なデータだった。

 

・ケプラーは熱心に研究を続けた。逆行する火星の動きと正確な観測記録を矛盾せずに証明できるのか。ブラーエも、火星の軌道は円に最も合わせにくいといっていた。

・数年の研究の結果、ケプラーは火星の円軌道を発見した。観測記録と2分の差で一致したのだ。1度は60分で、水平から天頂までは90度ある。望遠鏡のない時代の2分の差は、誤差の範囲だ。

・しかし、ケプラーの喜びは失望に変わる。他の2つの記録が一致しなかった。その差は8分だった。彼は悩んだ。完璧な幾何学を想像してきた神に疑念を持たざるを得なくなった。彼は数ヶ月計算し続けてうまくいかず、なかばやけくそ気味に、初めて楕円の公式を試してみた。その公式は、観測記録と見事に一致した。

・その理論では、楕円の2つの焦点の一つに太陽があり、太陽から離れたところでは惑星はおそく、近づくと速く進む。惑星が太陽に届くことがないのはこのためだ。

・ケプラーの第一法則。「惑星は太陽を1つの焦点とする楕円に沿って動く

 

・惑星が太陽の周りを回るとき、一定の時間に進む領域は楔形になる。この楔形は太陽から遠いときは長く幅が狭い。近ければ短くて幅が広い。それぞれの形は違ってもその面積は同じだ。惑星の速度と距離の関係がこの法則でわかった。天文学者は初めて惑星の運動を公式で予測できるようになった。

・ケプラーの第二法則。「惑星が一定の時間に描く面積は等しい」(面積速度一定の法則)

 

・この2つの法則は日常とは縁遠く感じるだろう。しかし、地球はこの法則に従っている。宇宙船を飛ばすときも、連星や銀河の運動を調べるときも、宇宙全体がケプラーの法則に従っている。

・何年も経って、彼は三番目で、最後の法則を見つける。それは惑星間の運動を関連づけ、太陽系を説明するものだった。軌道の大きさと公転の平均速度の関係で、これは太陽が天体に影響していることを証明した。この影響は内側の惑星には強く、外側の惑星には弱く働く。のち、アイザック・ニュートンが万有引力と定義した。惑星はなぜ動くのかという質問への答だ。

・ケプラーの第三法則。「惑星が軌道を一周する時間の2乗、つまり周期の2乗は、その惑星の太陽からの平均距離の3乗に比例する」太陽から遠いほど遅く進む惑星は、この数式に従って動いていたのだ。

惑星や太陽系の運動を、ケプラーは数量的に理解した。これを成し遂げたのは人類史上、彼が最初だった。

 

・宇宙の調和を探した男は、不調和な時代を生きた。第三法則を発見した8日後に事件が起こる。それが三十年戦争へと発展する。戦争は多くの人の生活を破壊した。

・ケプラーは妻子を伝染病で亡くした。後援者の皇帝は退位し教会から破門された。彼はまた追放される。

・聖戦とされる三十年戦争も実態は違った。領土や権力のほしい連中が宗教を利用したのだ。罪のない人が略奪され、スキやクワが剣や槍に作り変えられた。噂と恐怖心の波が地方を襲った。

・一人の老婆が魔女狩りの犠牲となった。ケプラーの母親は真夜中に連れ去られ、捕まった。ケプラーが母の命を救うのに六年かかった。

・彼の故郷では毎年三人ほど女性が捕まり、魔女として拷問され処刑された。1615年から1629年まで続く。ケプラーの母は偏屈で、議論で町の貴族を悩ませ、ドラッグも売っていた。

・ケプラーは母が捕まったのは自分のせいだと思っていた。自分の書いたSF小説『夢(ソムニウム)』が原因だと。月旅行を書いた小説で、宇宙旅行者は月面に立ち、頭上でゆっくり回る美しい地球を見上げる。母親が魔女とされたのは、その本に登場する主人公の母親が魔術を使ったからだ、と。

 

・彼はいつか宇宙旅行ができる日がくると信じていた。月には山や谷やクレーターがあり、生物も存在すると彼は書いている。

・以前は、物理学と天文学は別のものだった。しかし、ケプラーが物理的力と惑星の軌道を関連づけた。

・幼い頃からケプラーは宇宙に魅了されてきた。生涯をかけてその調和の世界を探し続けた。宇宙の調和は、彼を翻弄した。しかし、彼の見つけた法則こそ、本当の調和なのだ。

・彼にとっては、この法則は多面体の仮説から偶然発見したものにすぎない。しかし、多面体仮説は彼の頭の中にしか存在しないものだった。

・しかし、これを機に、自然の法則が発見されていく。地球と天界に当てはまる法則だ。想像と現実、2つの世界の法則が共鳴していたこともわかった。

 

自分の仮説が観測記録に一致しなくても、事実を受け入れたケプラー。彼は強烈に愛した幻想よりも、真実を追求した。

・それが、本当の科学の心(heart of science)なのだ。

 

 

【第3話を観て】

 

ひな「感動しました」

きりる「うむ。ケプラについてのイメージが変わったな」

みすみ「ケプラーって、占星術師でもあったんだ」

えみり「今で言う、数理物理学者でもあったのかな」

ひろじ「うん。ガリレオと同時代の人で、ガリレオより若いんだけど、亡くなったのはガリレオより先。手紙での交流もあった。科学史を語る上では地動説支持で宗教裁判にかけられたガリレオの物語が有名だから、ガリレオの名前は知られているけど、じつはケプラーもすごい人なんだよね」

ひな「わたし、この人のこと、全然知りませんでした」

ひろじ「そういう意味では、カール・セーガンのCOSMOSは、ケプラーのすごさを初めて世に知らしめた番組だといえる。番組一つをまるまるケプラーの生涯に費やしているのは、おそらくセーガンが自分の科学観をケプラーの人生を通じて伝えたかったからだろう」

ひな「番組の最後で<科学の心>って出てきたとき、ぐっときちゃった」

ひろじ「字幕では<科学の道>となっていたけど、言語では<heart of science>といっていたから。NHKの吹替版でも<科学の心>になっていた」

きりる「セーガンも一流の天文学者だから、科学者から一般視聴者への直接のメッセージだな」

ひろじ「セーガンの遺作ともいえる『科学と悪霊を語る』でも、科学についての強いメッセージがあった」

ひな「それも読んでみたいな」

 

みすみ「人類の歴史では、最初に占星術があったんだね。ケプラーも占星術師だったって、おもしろい」

ひろじ「ケプラーは、パトロン向けの占星術でもうけたお金で天文学の研究を続けたんだ。ケプラー自身、自分の本で占星術の母が天文学の娘をやしなったみたいなことをいっている。この番組には出てこないけど、ケプラーの占星術の暦はよく当たるというので宮廷で評判でよく売れたんだよ。このへんが、科学研究一本だったガリレオとの違いだ。実際、ケプラーは本当に占うというより、その当時の社会情勢やいろいろな情報を占い暦にうまく使ったらしいけど。ケプラー自身は、星占いなんて、てんで信じていなかったようだ」

きりる「宗教改革のあった頃だから、信仰の背景も複雑だな。私たち日本人にはよく理解できない話だが」

えみり「うん、日本人の宗教観って、特にヨーロッパの人とは全然違うからね。よく、宗教と科学の対立って話を聞くけど、ケプラーはプロテスタントで強い信仰心もあったんだよね。他の科学者もそうなのかな」

ひろじ「うん。ガリレオはカトリックだけど、やはり敬虔な信徒だった。宗教と科学を対峙させるというのは、のちの世の思い込みじゃないかな。日本で一番ガリレオに詳しい物理学者豊川利幸氏の『ガリレイ』(中央公論社)によれば、ガリレオの宗教裁判は地動説を擁護したことより、ガリレオが聖書の解釈に口を出したことが発端になったんじゃないかって話だ。それに、その裁判の時の法王は、科学にも明るくて、地球の潮汐の原因は月じゃないかといっている。これについては、ガリレオより正しかったんだ。ガリレオはこの問題については間違えているからね」

みすみ「そんな法王がガリレオを宗教裁判にかけるって、なんかぴんとこないな」

ひろじ「一般には、ガリレオの出版した『天文対話』にでてくるマヌケなシンプリチオが、法王のことではないかと噂されて怒ったという話になっているけど、それはどうかな。法王になる前、ガリレオとは親交があった人だし、ガリレオの能力を買っていた人だから」

 

ひな「ところで、プトレマイオスの天動説って、なんだか複雑ですね。番組にモデルが出ていたけど、この透明な球、周天球っていうんでしたっけ、これ、なんですか」

ひろじ「プトレマイオスは古代ギリシャ、アレキサンドリアの占星術師にして天文学者。アメリカではなぜだかトレミーという名前で知られている。単純な天動説では火星などの逆行現象を説明できなかったので、それを説明するために、火星などの惑星が透明な球、つまり周天球に乗っていて、その球が自転しながら、地球の周りを公転するって考えた。この周天球の速度や大きさを調整することで、実際の火星や木星の運動を説明できるようにしたんだ。周天球が何かっていうことはどうでもよくて、そう考えるとうまく説明できるっていう立場だよ。つまり、観測データにあうように、現実的な対応をしたって感じかな」

えみり「それが、中世の協会で支持されたってことかしら」

ひろじ「そのへんの事情は複雑だけど、ざっくりいえばそうかな。ローマ帝国がキリスト教を国教にして教会の権力が増すにつれ、ギリシャ時代の知の蓄積は忘れられていった。その知の集大成であるアレキサンドリアの図書館も失われてしまったしね。その知識はいったん、アラブ世界に伝わり、そこで発展して、ルネセンスの時期にヨーロッパに逆輸入されているからなあ」

みすみ「でも、占星術なら途切れずに伝わっているんじゃない」

ひろじ「占星術や魔法は、やはりキリスト教的世界観からすると異教だから弾圧を受けている。でも、民衆はおいそれとそういうのを捨てられないから、生き延びたんだろう。プトレマイオスは占星術の大家だから、その天動説モデルも広く伝わったんだろうね」

ひな「その時代の科学と宗教と魔法の関係って、どうなっているんですか」

みすみ「それ、すごい興味あるな」

ひろじ「それはまた、次の機会にしておこうか」

 

きりる「ケプラーが正多面体を追い続けたという話は、おもしろいな。古代ギリシャのピタゴラス学派は数学で有名だけど、なんだか数秘術的なこともやっていたみたいだし。やはり、古代や中世は科学と魔法の区別が曖昧な時代だったんだろう」

みすみ「秘密結社の薔薇十字団とかね」

えみり「それにしても、電卓もない時代に、手計算で太陽系の軌道の計算をするとか、ケプラーさんって、数学の天才ね。そもそも、正多面体と内接外接する球の半径とか計算するの、とんでもなく大変だよ」

ひろじ「ケプラーの第三法則については、時代が味方した部分もあるよ」

ひな「それ、どういうことですか。すごく興味あります」

ひろじ「第三法則って、とんでもない法則だろ? 惑星の周期の2乗と平均距離の3乗が比例するって、どうやって見つけたんだと思う?」

えみり「・・・いわれてみれば、簡単じゃないわね」

ひろじ「本当に偶然というか、幸運なことに、ケプラーが第三法則を見つける少し前に、数学で対数が発見されたんだ。ケプラーはそれを知り、数学者から対数の性質を習っている。横軸、縦軸をともに対数で取る両対数グラフを使うと、2つの変数が何乗かの関係にあるとき、それを直線で表すことができて、何乗かという数字が、その直線の傾きで示せるんだ。ケプラーはその性質を使って、横軸を平均距離、縦軸を周期に取って、個々の惑星の値をグラフに打点した。そしたら、その傾きは1.5乗になったんだ。ここから、ケプラーは自分の本で、惑星の周期は平均距離の1.5乗に比例すると書いている。第三法則はこうして発見されたんだよ」

えみり「すごい偶然ね」

きりる「第三法則は対数の発見ありき、か」

 

みすみ「ねえ、番組にちょっとだけ出てきたマルティン・ルターってさ、宗教改革の人だけど、地動説には大反対したし、魔女狩りもやれやれと音頭を取った人だよ。むしろ、腐敗していたカトリックのほうが、どちらに対しても甘かったんだよ。プロテスタントががんがんやるので、カトリックも厳しくせざるを得なくなったといわれてる」

ひな「詳しいですね」

きりる「みすみはそういうオカルト系の話は詳しいんだ」

ひろじ「魔女狩りはひどかった。捕まればたいてい亡くなった。森島恒雄氏の『魔女狩り』(岩波新書)によると、ケプラーが母親を救い出したのは、魔女狩りの歴史の中でもほとんど例のないことだったそうだよ。ケプラーは第三法則を研究しつつ、母親を救うための活動をし続けた。これは、とんでもないことで、よほど意思の強い人じゃないとできないだろうね。救い出した後、母親は衰弱していて結局亡くなってしまったという話だけど」

ひな「ケプラーが書いた本がお母さんが捕まった原因というのはどういうことですか」

ひろじ「問題の『夢』という小説については、ケプラーらしき青年が母親の魔術で露を気球に集めて上空に舞い上がり、月まで旅行し、そこで月の様子を見聞きするというもの。おそらく、世界最初のSF小説だろうね」(*これについては、拙著『いきいき物理マンガで冒険』(関連記事欄にリンクあり)のケプラーの回に詳しく描きましたので、ぜひご一読ください)

ひな「でも、小説なんでしょう?」

ひろじ「昔の人は小説と現実の区別とかつかない人も多かっただろう。そもそも『夢』はケプラーが大学時代に地動説を学んで感激し、古い天動説を信じている人達をばかにするように書いた小説なんだ。月が地球の周りを回っているのは誰もが知っているが、月に住んでいる月人だけは自分のいる大地は不動で動くはずがないと固く信じている。それは愚かなことだ、と」

みすみ「すごい皮肉じゃん」

ひろじ「のちにこれを本として出版するときに、本文の2倍以上ある注釈をつけている。ケプラーが地動説と天動説をどのように見ているかということが詳しくわかる注釈だ。正直、本文よりこちらの注釈の方がはるかに面白いよ」

 

きりる「ケプラーの法則は生きている、というのがよかったな」

ひな「うんうん」

ひろじ「ニュートンが万有引力の法則を見つけるとき、ケプラーの第三法則を使った。惑星の軌道は楕円といっても、真円にかなり近いから、ニュートンは近似として楕円を使わず、軌道を円として計算している。現代物理学の知識で見ると、ケプラーの第二法則は惑星が太陽から受ける力が中心力という力であることが原因だから、別に万有引力でなくても面積速度一定の法則は成り立つ。でも、第三法則は、万有引力が距離の2乗に反比例し、太陽と惑星の質量にそれぞれ比例する性質があることで、初めて成立する。ニュートンが万有引力を発見するとき、ケプラーの第三法則を使ったのは必然だったんだ」

えみり「ケプラーの第三法則、偉大だな」

ひろじ「おまけの話をすると、第三法則だけでは発見できなかったはずだ。ニュートンはこのとき、自分の見つけた運動の三法則を使っているからね。これらの法則は、ガリレオが『新科学対話』で示した物体の運動の研究から生まれているから、力学はガリレオとケプラー、そしてそれを引き継いだニュートンの三人が生んだといえる。一つの番組でここまで扱うと焦点がぼやけるから、セーガンはケプラー一人に焦点を当てて、自分のメッセージをそこに託したんだろう」

 

えみり「ティコ・ブラーエは最高の観測データを持っていたのに、太陽系の理論を作れなかったのね。自分でつくろうとはしなかったのかな」

ひろじ「これも番組には出てこないけど、ティコの太陽系モデルもあるんだよ。これは天動説と地動説の折衷案で、地球の周りを月と太陽が周り、他の惑星は太陽の周りを回るというものだ」

えみり「それはかえって複雑ねえ」

ひろじ「ティコ自身もそれはわかっていたから、ケプラーを呼んだんだろう。ただ、番組にもあったように、はるばるやってきたケプラーに自分のデータを見せなかったのは事実。それどころか、ティコの死後、そのデータをケプラーが見るのを家族や弟子たちが嫌がったので、ケプラーは苦労してデータを手に入れている。魔女狩りの母親の件もそうだけど、ケプラーのこうと決めたら必ずやりぬくという強い意思は、ずば抜けているね」

 

ひな「また、次回が楽しみです。全部で何話あるんですか」

ひろじ「13話。まだまだだね。あせらず、少しずつやっていこうか。あ、でも、番組のアウトラインは次回以降はもう少し簡潔に書かせてね。今回は一番好きな回なので、気合が入ってしまって、とんでもない量になってしまったけど、すごく時間がかかってしまった」

ひな「じゃあ、無理しない程度にお願いしま〜す」

 

 

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