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つれづれ写真日誌

自宅周辺の日常の些細なできごとを中心に写真を添えて。

見る場所によって 見え方って変わりますよね。
$つれづれ写真と共に-スタジアム

ヨコハマスタジアムの見え方って?周囲をぐるっと回って見ると ええええもしかしたらこっちが正面??????
結構ずっしりした「カマエ」ですよね。
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ランドマークタワーがない風景?って地元民にはフヌケに見えてしまう!よね。
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どこに飾ってあるかは 伏せておこう。赤い靴はいてた女の子の童謡を絵にしたものだが、どうもアメリカ国旗がリアル過ぎで なんかバランスの悪い感情が湧き出てしまう。
空中浮遊!?している感じもするよね。
作家には そして掲示している 施設管理者には申し訳ないけど
往来の多い空間に掲示するには適さないのでは。
あくまで感覚ですが。
2009年に完成した「象の鼻パーク」にあるカフェから見る風景。
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特に 大型客船が入港した時には 窓からの風景が絵になる。
食事も喫茶も時間に応じて楽しむことができる。
時々 ギャラリーにも変身して 楽しむこともできるぞ!
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開港の道から 開港広場を眺め、その向こうに教会が見える。そこに「赤い靴号」が通りかかる風景が好きです。
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日本大通のカフェ、普通の風景に外国人の笑い声。

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ちょっと危なそうなイメージで写っていますが、山下公園から船に乗って 氷川丸と白灯台を眺めた時、良いねと感じる。目線が低いから 迫力を感じる。

1951(昭和26)年創業の洋食レストラン&バー「ホフブロウ」
昭和22(1947)年創業横濱最古のパブレストランとも!???
どちらでも良い。古さを感じるか 伝統を感じるかは 紙一重???

中区山下町25-1 上田ビル1F
045-662-1106
洋食、オムライス、スパゲッティ他
山下公園近く 県民ホールの楽屋口近くにある。
昔、ドイツ人のおばあさまが店の奥にいらしたのを覚えているが
1999(平成11)年にオーナーが代わったらしい。
最近の名物は「スパピザ」らしい。
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ナポリタンを生地にピザが乗っている感じの(正直B級グルメ)
量で勝負、大食漢の男性でもちょっときつい。
(この店の隣は「味奈登庵」で 知る人ぞ知る富士山がある)紹介はこんどね!体調の良い時に。
友人がこのスパピザを
私は

つれづれ写真と共に
つれづれ写真と共に

かつカレーを注文しました。
ちょっと辛口ですが「亡霊」のような店ですね。といいつつ今週は二度行きましたが。(それぞれ違う)友人に誘われて。
本日の昼食 勝烈庵にて
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キャベツとご飯はおかわり自由って トンカツ店の特徴?さすがにみそ汁自由は少ない(でもある)
美味しいトンカツ屋さんの条件は(肉はもちろん)ソースが決めて。 なんといっても
キャベツの質ってあるよね。しゃきっとしていて 柔らかなキャベツが良いな。
キャベツの旬は?春キャベツ、冬キャベツというけれど 寒い季節の野菜ってことか。
話し戻して
勝烈庵は 棟方志功の絵が飾ってあることでも有名で、逸話が二階の小上がりの所に掲示してあるが 何時もじっくり読もうと思いつつ忘れてしまう。
食事に出される箸袋の裏側には世界遺産の「吉野熊野古道」の杉の間伐材・端材を使っていて‘持ち帰って使ってください’とあるので ぜひマイ箸にどうぞ。
勝烈庵はすぐ近くの「馬車道十番館」と兄弟会社??らしい。トンカツに必須のパン粉も「十番館」謹製でいわば自家製パン粉を使っているようなもの。
ちょっとランチには贅沢だが たまには元気が出る。
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勝烈庵 馬車道総本店
  〒231-0014
  横浜市中区常盤町5-58-2
  TEL:045-681-4411  
  営業時間 午前11時~午後9時(年中無休)
馬車道の歴史 もう少し 詳しくご案内します。まず
現在の地図を示します。縦に大岡川が流れています。上が横浜港側です。
JR根岸線と市営地下鉄、首都高速横羽線が左右に走っています。
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横浜の関内、桜木町エリアは埋め立ての歴史で語ることができます。
明治の地図を示します。大岡川に現在5つの橋が架かっていますが
明治期は3つしかありませんでした。上から 弁天橋、大江橋、都橋です。
弁天橋は、桜木町駅(横濱駅)と港を結ぶ当時の最も賑わった橋です。絵図の石橋でもわかります。
大江橋といえば 大阪が有名です。国の重要文化財にも指定されています。
横浜の大江橋も 関内エリアと駅を結ぶ重要な橋でした。この大江橋近くに明治時代「富貴楼」という料亭があり伊藤博文、井上馨、陸奥宗光 他多くのキーパーソンが料亭政治を繰り広げたといわれています。(今も変わりませんね)
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もう少し 俯瞰してこのエリアを見てみましょう。馬車道が当時 最も大きな通りだったことがわかります。横浜港には現在の大桟橋(イギリス港)より馬車道と市街地を結ぶ(国内線?)港の方が賑わいました。港と商業地、住宅地を結ぶ大動脈が馬車道通りです。
$つれづれ写真と共に-明治34年


馬車道近くの六叉路が「六道の辻」で、現在「勝烈庵」の横に記念碑が建っています。

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私 ネコ派です。
少し 警戒していますが 好奇心ありあり。
そうそう 一昨日
携帯電話を沈没させました。
夜中の大雨、水たまりに落ち  バッテリーの蓋が取れ、アウト!
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大通公園、古地図を見ると 昔 川だったらしい。
現在は公園になっているが 下は地下鉄線が走っている。
この 大通公園 駅で3つ(関内、伊勢佐木長者町、阪東橋)間 続いている。
彫刻像が点在し よく見ると 有名!な作家名が。
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ロダンだそうだ。像の周辺は しばらく工事中で 最近リニューアルオープンした。

過去の写真を探していたら 見つかった!
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ほぼ 同じ位置からの記録(2004年) 変わった。
市営地下鉄関内駅とみなとみらい線馬車道駅をつなぐ「馬車道通り」。
幕末明治の時代、最も人々で賑わった通りです。全国に同名の通りがあるかどうかわかりませんが、馬車が頻繁に往来した当時のメインストリートです。
古地図をみると現在と全く変わってしまった所と、変わらないところがあります。
一番変わったのが、左右につらなる掘割でしょう。現在は首都高速横羽線が走っています。首都高建設計画の当初は、日本橋のように川の上を高速が走る予定でしたが、横浜市の粘り強い交渉で地下化した(偉大な)資産?です。
$つれづれ写真と共に


画像中央部に放射状の道がありますが、ここを六道の辻といいます。京都の六道の辻が有名ですが、少し関係があるようです。現在とんかつの「勝烈庵」横に記念碑が建っています。