浜ロンです。 -22ページ目

浜ロンの夜空の縄跳び

私の小学校は、縄跳び月間というものがあった。全校生徒がひたすら縄跳びに没頭する月間だ。2月だったと記憶している。いや2月はマラソン月間か。歯磨き月間なんてのもあった。いやそれ年間やれよ。思えばあんなにメチャクチャに縄跳びばっかやっていたのに、次の月になったらパタリとやらなくなった気がする。一年で本当に1ヶ月だけ異常にやる。何故好きなら普段からやらないのか不思議だ。1ヶ月という限定がむしろ燃えさせたのかも知れない。

確か10級から始まり何段とかまであったと思う。しかしそんな段なんかは当然あっという間にクリアして皆オリジナル技や連続技を作ったりしていた。運動が得意ではない子も二重飛びなら出来る、みたいな環境だった。まさに環境。周りが当然の如く飛ぶもんだから、自分にも出来て当然、となるのだろう。全国レベルの飛び抜けた人は居なかったと思うが、校内の平均レベルは、全国一位なんじゃないかと本気で思ってた。女子も三重飛びをしていたし。
男子は後ろ三重はやぶさや後ろ交差三重をしていた。六色という技があり「二重飛び→はやぶさ→交差二重→片足二重→交互二重→三重飛び」というのがあった。
朝礼台の高い方に王者がいて、低い方に挑戦者が登り、技の名前を伝えてどっちが長く出来るか勝負するのが学校の伝統だった。低い方の朝礼台に長蛇の列が出来ていた。朝礼台の真ん中は、鉄板が少し減っていた。近所のおもちゃ屋の縄跳びが売り切れていた。切れた縄跳びをライターで溶かして繋いでた。まあすぐまた切れるのだが。

縄跳び月間の時期は、家の下で夜遅くまで練習してた。二階の窓から覗けばすぐそこに息子がいるから、親も安心。友達なんかと縄跳びして、無駄話をして、そして疲れてアスファルトに横になり、夜空を見上げてた。
子供の目がそう見せたのか、当時排気ガスが少なかったのか、そんな時の星空は驚く程にクリアで美しかった。想い出補正も入ってしまっているだろうが。星と自分が静かに見つめ合っていた。あの星はどうなっているのか。あの星が浮かぶ宇宙はどうなっているのか。あの星の子も縄跳びをしているだろうか。

その瞬間は不思議と自分一人という感覚だった気がする。隣の友達も窓の向こうの両親も、存在を感じない。宇宙に浮かぶ自分。そこから何を受け取ったかも分からず、また立ち上がりぴょんぴょんと跳ねる。子供の僕はバカだ。だがそこが良い。きっと何かを少しずつ感じ取って今に至っているに違いない。きっとそうだ。今なお言葉に出来ずとも心にその感覚が残っている事自体が宝だろう。
あの頃の好奇心を、あの頃の無邪気さや純粋さを、死ぬ寸前まで持っていたいものだ。