翌日に外出許可が下り、午後からNICUに行く予定に。


朝早めの時間に母から電話。

「ベビ太が気になるから、NICUに行って様子を聞いてから

 あなたの所へ行くわ。お父さんも行くって。」

「でもNICUは祖父母は面会できないみたいだよ(←助産師さんに教えてもらった)」

「知ってるよ。でも落ち着かないから」


面会できないのに両親が揃って朝からベビ太の様子を聞きに行くなんて

申し訳ないという気持ちばかり。また少し涙が出ました。


しばらく後に母からまた電話。

「先生と話したら、容態は落ち着いたらしい。これからそっちへ行くから」


すぐに両親が到着して先生からの話を伝えてくれる。

■高濃度のぶどう糖を点滴していたら状態は落ち着いている

■多分、最悪のケースの痙攣→麻痺発生の事態が発生することは無さそう。

■だが果たして点滴が取れるのか、取れるとしたらいつ取れるのかはまだわからない。

■NICUに来てからは大丈夫だが、その前に脳や神経に障害が発生してるかもしれない。

 容態が落ち着いたら調べる必要がある。


「とりあえずは良かった。昨夜眠れなかった。」

と母親が言っていて、ベビ太の転院に付き添わせたことによって

大きなストレスを持たせてしまったことがわかり、申し訳なく思った。

もちろん父親にも。


そしてチビ太の様子を聞くと

「元気よ。昨日もやんちゃして。

 ベビ太がこんなになってチビ太の存在が救いだわ。」

と言われて、私はこらえていた涙がまたあふれる。

私もベビ太が危なくても気丈でいられるのは、

チビ太のためにも頑張らねば…と思ってるから。


私は他人に依存する甘えん坊タイプ、

だけど母親なんだ…と考えると、

自然と「私がしっかりしないでどうする」と思えました。


この後、先生と対峙する時も怖い怖いと思いながら

「私が子供のことを聞かなくちゃダメなんだ!」という気持ちでいけました。


ま、母親として当然なんですけどね。

子供に関する悪い事は辛いんですもの…





ボロボロ状態でしたが、私には

ベビ太は神様から生きる力を与えられている

と思うことが出来ていました。


理由は次の2点

■母子同室の病院で、低血糖に陥った夜に一緒に過ごすか迷ったが

「やっぱり…」と助産師さんにお世話をお願いしたおかげで

低血糖に早く気づくことが可能だった

  ↓

私が頑張って世話していたら、大人しく寝ていると思ってただけで

翌朝に大変なことになっていたと思います。


■NICU転院先がすぐに決まり、しかも近距離の病院

  ↓

症状が悪くなりきらないうちに転院できた


悪い事が起こってる中で、タイミングは悪くなかったのです。


まぁ、そもそも生きる力が与えられてたら、こんな状況にならないんじゃ?!

と思われる方もいらっしゃると思いますけど汗


私は自分が入院している間、暇な時間が沢山あって

一人で色々考えて気持ちが上向いたり下向いたり不安定だったけど

この確信が私を支えてくれる大きなものであったのです。




ベビ太がNICUに転院した夜、昨日もお見舞いに来てくれた

仲良しの会社の先輩が駆けつけてくれる。


この先輩は常に前向きで、話したりメールすると

励まされて気持ちが落ち着くので、ピンチの時にいつも頼る存在。


実は出産前日にNSTをしたところ、ベビ太は定期的に心拍が下がることがわかり

産科先生や助産師さんがちょっと慌てていて、私も少し怖い気持ちでした。

その時もその先輩にメールして励ましてもらったら「大丈夫!」と思えたり。

(うちのダンナは常にお気楽なので、この時もあまり頼りにならず)


その先輩が珍しく、慌てて「大丈夫?」というモードだったので

あぁベビ太はこの先輩も慌てさせるんだなぁと

余計に心がザワザワになってしまった。


でも状況を話しているうちに、その先輩が

「ベビ太は大丈夫。昨日会った時に嫌な感じがしなかったもの」

と言ってくれて、なんだか心が落ち着く。


この先輩がそう感じたならばベビ太はきっと元気になる!


そう思えて、先輩とも笑顔でおやすみなさいが出来たのでした。


もちろん、いざ寝る時になると悪い考えが頭の中をグルグル…

でもNICU経験ママが言ってたように母体がまず回復しないと、と思って

「ベビ太は助かる」とマインドコントロールして寝に入る。


病院が睡眠薬をくれたが、今後入院生活が長くなると思うと

睡眠薬に頼らず眠れるようにならねばと。


前日ほとんど寝てないし、昼間の疲れもあって、なんとか眠れました。

もちろん数時間寝ては起き、都度マインドコントロールして寝に入るの繰り返しだったけど。