次のような設例を考えてみましょう。

 

【設例】

札幌市在住のAは、大阪市内にある実家の不動産を売却するため、大阪市内の宅建業者Bに対し、2020年2月21日午前9時10分、媒介依頼の電子メールを送信したところ、Bより、同日午前9時13分に「お受けします。」との返信メールを受け取った。

 

民法では、申込に対しする承諾の意思表示が、申込者に到達したときに契約が成立すると定めています。これを「到達主義」といいます。改正前の民法でも、到達主義を原則とし、例外として、隔地者間(遠く離れている者同士)の場合には、申込を受けた人が承諾の通知を発したときに契約が成立すると定められていました(改正前民法526条1項)。

民法が制定された明治時代は、隔地者間の意思表示のやりとりを郵便によって行っていましたので、意思表示が到達するのに日数を要することが想定されていました。しかし、現代は、遠距離であっても、さほど意思表示を到達させるのに時間がかかりません。そこで、改正民法により、現行法にあった到達主義の例外規定(発信主義の規定)が削除され、到達主義が徹底されることになりました。

改正法で発信主義が削除された理由は、上記の設例に現れています。

現行法ですと、Bがメールの送信ボタンを押したとき、すなわち、午前9時10分から13分の間のいずれかの時刻が契約の成立時となり、改正法ですと、午前9時13分が契約の成立時となります。

設例の場合、発信主義でも到達主義でも契約の成立時がほとんど変わらないことがよく分かります。

 

 

破産手続では、一定の例外(いわゆる「同時廃止」事案)を除き、裁判所によって破産管財人(弁護士)が選任され、破産管財人が債務者の財産をお金に換えて債権者に配当することになります。つまり、破産管財人は、債務者の財産について、管理処分権を有し、主体的に破産手続を進めていきます。

これに対し、個人再生では、債務者が自己の資産・負債・収支の状況を明らかにし、再生計画を立て、債権者の承認を得るべく活動します(専門用語で「DIP型」(Debtor in possession)などということもあります。)。

したがって、個人再生では、債務者に代わって手続を進めていく破産管財人のような立場の人が関与することはありません。

但し、個人再生には、「個人再生委員」の制度があり、裁判所が必要と認めた場合には、個人再生委員が選任されます。なお、債権の存否や金額に争いが生じ、その判断を仰ぐ申立て(法律上は、「評価申立て」といいます。)がなされた場合には、必ず個人再生委員が選任されます。

どのような場合に裁判所が必要と認めて個人再生委員を選任するかは、ケースバイケースですが、①個人事業主で、事業負債が多額(概ね3000万円以上)である、②弁護士等の専門家が代理人に就いておらず関与もしていない、③申立書類や疎明資料に不備が多い、④困難な法律的解釈を含んでいる(例えば、個人再生の計画弁済中に再度申立てをした事案、資産や担保物件の評価が難しい事案、自宅不動産についてペアローンを組んでいる事案等)、といった場合に個人再生委員が選任される可能性があります。

個人再生委員には、当該事件に利害関係のない弁護士が選任されます。個人再生委員が選任される場合、債務者は、その費用(個人再生委員の報酬)を裁判所に予納しなければなりません。つまり、個人再生委員が選任されると、申立人(債務者)には追加の費用負担が生じることになるのです。なお、全件個人再生委員を選任する運用としている裁判所もありますので、注意が必要です。

個人再生委員は、債務者の資産及び負債について調査を行い、手続開始について意見を述べます。裁判所は個人再生委員の意見をふまえた上で、開始について判断します。再生手続開始後、個人再生委員は、債務者に対し、再生計画の立案について助言・指導を行い、債務者が提出した再生計画について、裁判所に意見を述べ、裁判所はこの意見をふまえ、債権者に対し決議又は意見聴取を行います。

もっとも、個人再生委員は、破産管財人のように、債務者の財産について管理処分権を有するわけではありませんので、債務者に対する事情聴取や債務者からの資料の提出に基づき、意見書の作成、助言・指導を行うのであって、個人再生における主役が、債務者自身であること(DIP型であること)に変わりはありません。

評価申立てがあった場合、事案の性質上選任が不可避である場合、全件選任の運用をとっている裁判所に申し立てる場合を除けば、申立準備をしっかりすることによって、個人再生委員の選任を回避することは十分可能です。

不十分な申立てをしたために、個人再生委員の選任に至るということは回避したいところです。

以下のような設例を考えてみましょう。

【設例】

Aは、西隣に住むBの自宅を訪れ、玄関先で、Bに対し、「私の家を1000万円で買って貰えませんか。」と言ったところ、Bは、「1000万円かあ。どうしようかな。」と言って腕を組んで考え出した。その時、Aのスマートフォンに、東隣に住むCから「Aさんの家を1200万円で売って頂けませんか」とのメールが入った。それを見たAは、Bに対し、「やっぱり今の話はなかったことにして下さい。」と言ってその場を立ち去ろうとしたが、Bは、「1000万円で買います。」と言った。

 

上記事例で、AとBの間に売買契約は成立しているのでしょうか。

改正前民法では、承諾期間の定めのない申込み(「いついつまでに返事を下さい。」というように回答期限を設けない申込みのことをいいます。)について、隔地者間(離れている者同士)を前提とした規定はありましたが(改正前民法524条)、対話者間を前提とした申込に関する規定がありませんでした。

そこで、改正法では、「その対話が継続している間は、いつでも撤回することができる。」との規定が新設されました(改正民法525条2項)。

設例では、Bが「どうしようかな。」と言って腕を組んで考え出している中で、CからAにメールが入り、Aは、「なかったことにして下さい。」と言って申込みを撤回しています。

したがって、Aの撤回は、「対話が継続している間」の撤回ですので、有効であり、その後にBが「買います。」と言っても、契約は成立しないということになるのです。