ムガル帝国はウズベキスタン・サマルカンドのモンゴル系ティムール朝の王族がインド北部に進入してできたイスラム王朝で、16世紀から勢力を拡大し、18世紀初頭の最盛期にはインド半島の大半を支配下にした大国です。
ムガルとはペルシャ語でモンゴルを意味した他称で、自称はヒンドゥスタンと称したともいわれます。
インド洋交易の進展で帝国は栄え、農業税を含む租税はルピー銀貨で支払われたこともあって貨幣経済は進み、基軸通貨として銀貨は流通しました。
イギリスの東方進出の貿易会社であった東インド会社は、インド南東部マドラス(チェンナイ)を手始めに、18世紀以降帝国の衰退に乗じ植民地化を進め地方の藩王国を従属させて支配地域を拡大、抵抗勢力を壊滅させてインド全体を勢力下に治めて行きます。
1858年に最後の抵抗にも敗れたムガール帝国は滅亡し、1877年には英国王を皇帝とをしたインド帝国が成立しました。
現在のインド、バングラディシュ、パキスタン全体を領域とする広大な地域で、1886年ビルマ(ミャンマー)もその一部として支配しました。(1937年分離)
ルピーは銀本位通貨として海外でも広く使われましたが、広い国土の各地方にも独自通貨があり、イギリスに服従した各藩王は発行を継続したため多くの地方コインが残り、独自の通貨単位体系のコインも独立まで多数残りました。
ムガール朝や地方のコインは文字だけのデザインが多くヒンドゥー系はデーヴァナーガリー文字、イスラム系はアラビア文字を使う傾向ですが、各言語や宗教で違う文字を使用したりするため判別しにくくしています。
ムガル帝国時代のコインを追加、本位貨幣の1ルピーコインに絞り再掲します。
購入時のデータで年号以外は読めないので鋳造地は確証できません。
ムガル帝国? 不明 1ルピー銀貨 11.2g
第3代Akbar(1556〜1605年)時代辺りに4角形ルピーが多数あり、当時の物と思われます。


ムガル帝国 KM#300.2 1ルピー銀貨AH1108(40)年 アーメダバード鋳
6代Aurangzeb時代 24.4mm 11.5g 1697年 洗浄あり


ムガル帝国 KM#300.2 1ルピー銀貨AH1134(3)年 Shahjahanabad(デリー)鋳
13代Muhammad Shah時代 21.6mm 11.4g 1722年 洗浄あり


※英領(東インド会社)ベンガル 1ルピー銀貨 カルカッタミント
名目上、ムガル帝国皇帝アラム2世、首都ムルシダバード製造、治世19年銘で製造


英東インド会社 1ルピー銀貨 1835年F(c)


英東インド会社 1ルピー銀貨 1840年WW(c)


英領インド 1ルピー銀貨 1862年0/5(1867年B) ビクトリアQUEEN(女王)銘


英領インド 1ルピー銀貨 1885年(c) ビクトリアEMPRESS(皇帝)銘


英領インド 1ルピー銀貨 1905年(c)


英領インド 1ルピー銀貨 1917年(B)


英領インド 1ルピー銀貨 1941年(B) Ag.500


英領インド 1ルピーニッケル貨 1947年(B)


ハイデラバード藩王国 1ルピー銀貨 AH1361AH(32)年
インド中南部にあった最大のイスラム系藩王国(ニザーム王国とも呼ばれる)で唯一紙幣も発行し、インド独立時に単独国家を模索する程の立場で、帝国内でも独立国家に近い地位待遇にありました。1ハイデラバードルピー=6/7インドルピーで、インド独立後も暫く使用されています。


※メーワール藩王国1ルピー銀貨VS1985年(1932年)
西北部ラジャスタン地方の中世から続くヒンデゥー王朝国家。

