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コイン好みAtoZ

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アフリカ南東部の大地溝帯にあるマラウイ湖に面した内陸国。1891年にイギリス保護領となりニアサランドと呼ばれ、1953年にはローデシア・ニアサランド連邦の一部として統治されました。

1964年独立。国名は植民地化以前にこの地域を治めた王国の名前で、現地語で(光)を意味する言葉からきています。

通貨は最初に南ローデシア£ローデシア・ニアサランドポンドが使われ、独立後マラウイポンドとなった後、1971年夜明けを意味するクワチャ(1ポンド=2クワチャ)が採用されデシマル化されました。

補助通貨名のタンバラは、雄鶏を意味しており、コインのデザインに使用されています。

※6ペンス 洋銀貨(ニッケル黄銅) 1964年 ヘイスティングズ・カムズ・バンダ初代大統領

※1タンバラ 青銅貨 1971年裏面         ※1クワチャ白銅貨 1971年裏面

※5タンバラ ニッケル張スチール貨 1995年裏面紫鷺 ※10タンバラ ニッケル張スチール貨 1995年裏面 

※20タンバラ 20ニッケル張スチール貨 1996年 バキリ・ムルジ大統領/象の親子

 

アフリカ大陸南東沖約400㎞にあり、世界第四位の大きな島を領土とする国。住民はマレー系の言語を用いる民族で、東方のボルネオ辺りからインド洋を渡ってやって来た人々が最初の人々で、後にアラブ人やアフリカ人と混血して成立した民族が中心のようです。ゴンドワナ大陸の分裂移動が始まって以来の孤島として独自の生態系で進化した固有種が多い地域ですが、人間の進出で大型鳥など絶滅した種も数多いとの事です。

1897年に最大勢力のメリナ王国が滅亡するまで各地域に多くの王国が興亡しましたが、アフリカ分割の動きの中、最終的にフランスの進出を許し植民地化させられています。

1960年共和国として独立、コインは1943年以降発行しています。

1961年から5CFAフラン等価で導入された通貨アリアリ(ariary)は、スペイン$レアルに由来のある名前で、植民地化以前に使われていたとの事です。

☆フランス領

※2フランアルミニウム貨 1948年 コブウシ

※5フランアルミニウム貨 1953年

※10フランアルミ青銅貨 1953年 マダガスカル島地図

※20フランアルミ青銅貨 1953年

☆独立後

※5フラン(1アリアリ)ステンレス貨 1968年 ポインセチア

※10フラン(2アリアリ)アルミ青銅貨 1970年 バニラ(世界一の生産量)

※20フラン(4アリアリ)アルミ青銅貨 1970年 綿花

旧ユーゴスラビアの構成国の一つで、多数派のブルガリア系スラブ人のマケドニア人とアルバニア人等で構成された国。1991年にマケドニア共和国として独立し、2019年に北マケドニアに改称しています。

旧マケドニア地域は、アレキサンダー大王を輩出したギリシャ人の国でしたが、長い年月の間に支配民族が次々と変わりスラブ人の民族移動等もあって混住地帯となり、オスマントルコ撤退時に今の国境線が作られ、セルビアギリシャブルガリアの3国に分割されています。

そのうちの旧セルビア領域がユーゴスラビアを経て独立したのがマケドニア共和国で、歴史的経緯でギリシャと名称問題を起こした末、北マケドニアの名に落ち着いています。

通貨デナリは、1993年に100ユーゴディナールの価値で導入され、コインも発行開始しています。

※2デナリ黄銅貨 1993年 オフリドマス(固有種の魚)

※2デナリ ニッケル黄銅貨 1993年 バルカンオオヤマネコ

1999年に中国の経済特別区として返還されるまでポルトガル植民地として発展した港湾都市。

大航海時代の16世紀、明の時代に貿易拠点として認められ、1887年に正式に植民地となっっています。国力低下と港湾条件の悪さから、対岸の英領香港に国際的地位を奪われましたが、カジノをはじめとする観光産業が栄え、経済的に発展しています。

通貨パタカは、中国(香港)ドル(円)を起源としいますが、長らく香港ドルよりも低いレートの固定相場(1.03パタカ=1香港$)で取引されています。ただし現地では香港$通貨が優勢で、パタカと併用して流通しているようです。

コイン発行は戦後の1952年以降で、2か国語表記のコインを発行、縁起を担いだデザインもあります。

※5仙(アボス)青銅貨 1952年

※1毛(10アボス)黄銅貨 1982年

※2毛(20アボス)黄銅貨 1982年          ※5毛(50アボス)黄銅貨 1982年

※1円(パタカ)白銅貨 1982年(low stars)

※1円(パタカ)銀貨1952年 Ag.720 3g

※5円(パタカ)銀貨1952年 Ag.720 15g

※20円(パタカ)銀貨1974 タイパ大橋 Ag.720 18g

 

ベネルクス3国の1国をなし、独仏白の国境地帯にある唯一の大公国

大公は公爵より上の爵位で、王よりは下の格にあたり、現存する君主としての称号はルクセンブルク大公のみであるようです。

963年にこの地を本拠地に定めたルクセンブルク家が治めた地で、最盛期にはボヘミア王や神聖ローマ皇帝にも選出される名家でしたが、その後断絶してこの地はフランスやハプスブルグ家の支配下に置かれています。近世は両国の領地争いに巻き込まれながら、ナポレオン戦争後に周辺各国の思惑でオランダ王家(オラニエ=ナッサウ家)の領地となり独立、オランダ王国との同君連合となっています。

その後ベルギー独立時には実質的に支配下におかれ、1839年西半分をベルギーに割譲し、現在の領域が確定しています。

軍事上の要塞都市としてドイツ連邦の構成国ながらオランダ王の支配する国で、ベルギーフランスとの関わりも強い等、大国の事情で成立した小さな緩衝国でした。独立後には地理的にも恵まれ、国外周辺国資本の投入で鉄鋼業等を中心とした産業が発展、国際化とともにヨーロッパ統合の中心となる要因を生み出しています。公的文書がフランス語でコインも仏語表示ですが、使用言語はドイツ語(ルクセンブルク語)が主流のバイリンガルが当たり前な国民のようです。

1890年オランダ王にウィルヘルミナ女王が即位される際に、ルクセンブルクに女子相続規定がない為に同君連合は解消し、オランダ王室と同系である旧ドイツのナッサウ公国(ナッサウ=ヴァイルブルク家)の元君主が大公に就任しています。その後にナッサウ家に男性相続人がおらず、女子の継承を認める法律を成立させで女性大公が誕生しているのは皮肉なものです。

通貨フランは通貨同盟によりベルギーフランと等価で共用して使用されたため、同規格のコインが多い特徴があります。なお戦前の1935~40年は1ルクセンブルクFr=1.25ベルギーフランのレートと経済的優位に立っていた事が伺われ、ベルギーフラン硬貨より高品質のコインも作られています。

※5サンチーム白銅貨 1901年 アドルフ大公

※10サンチーム青銅貨 1870年 ユトレヒト(蘭)ミント

※25サンチーム白銅貨 1927年

※50サンチーム ニッケル貨 1930年         ※1フラン白銅貨 1953年

※2フラン ニッケル貨 1924年 鉄鋼国らしい錬鉄工デザイン(上記2コインも同様です)

※5フラン銀貨 1929年 Ag.625 8

※5フラン白銅貨 1949年 シャルロット大公

※10フラン銀貨 1929年 Ag.750 13.5g

※10フラン ニッケル貨 1974年

※20フラン ニッケルアルミ青銅貨 1982年  

※100フラン銀貨 1946年 Ag.835 25g ジャン大公(即位前)

ヨハン死去600年(ボヘミア王(ルクセンブルク伯)で100年戦争で戦死した勇猛な名将。

※250フラン銀貨 1963年 Ag.835 25g  ルクセンブルク1000年記念